第9話 「あぁ、妖精ね」




 オーラ増強術のレベル2を受けて、ナヅキの精神と身体は限界にきていた。


 強制的なオーラの注入により、筋肉は膨れ上がり、脳の神経細胞ははち切れんばかりであった。



「ナヅキ君、調子はどうだい?」


「まだ……まだだ……、まだいける」


「ナヅキ、もうやめて!」



 普段冷静なアサも、ナヅキが損なわれていってしまう光景を目の当たりにして、取り乱していた。



「ナヅキが壊れちゃう……もうやめてよ」


「打て、もっと打て!」



 ナヅキは、遠のく意識の中で、天に向かって叫んだ。



「おやおや、そろそろまともな思考も出来なくなってきたようだ。可哀想だから、レベル3を注入して魂のない人形にしてあげよう。やれ」



 3本目の注射が打たれ、再び電流のようなものが流された。



「ナヅキ!」



 アサの涙の粒が宙を舞い、後ろで見ていたルルは少し顔をしかめた。黒く塗った唇が歪む。





 レベル3の増強術が終わると、ナヅキは完全に動きを失った。

 うなだれて、その表情は見えない。

 ただ、その身体はもの凄い量のオーラに包まれていた。



「やはり自我を保てるのはレベル2までか。まだ実用化には程遠いな。さらなる改良が必要だ」



 ただのオーラの入れ物と化したナヅキを見たアサは、もう泣くのをやめていた。

 泣くだけ泣いて、叫ぶだけ叫んで、もう悲しむのをやめた。

 意識は、ナヅキに酷い仕打ちをした姿の見えないこの声の主に復讐する事だけに向いていた。


 いつかこいつに復讐してやる。


 だから、今、私が死ぬわけにはいかない。ここは大人しくして、生き延びて、機会を待とう。

 そして、この声の主を殺し、ナヅキの意志を継ぎ、ジェネシスを根絶やしにしてやろう。


 アサは心に誓った。


 そして、忘れない為に、もう1度だけ、変わり果てたナヅキの姿を見た。



 その時だった。ナヅキの口元が微かに笑ったように見えた。


  

 ナヅキ……?



「みなぎって……きたー! おらぁ!!!」



 ナヅキは物凄い力で拘束具を引きちぎった。



「限界突破ぁぁぁーーーー!!!!!!!」



 警報が鳴り響き、部屋中の赤いランプが光り緊急事態を告げる。


 ルルは咄嗟に反応したが、ナヅキの方が速かった。


 ルルの前まで瞬間的に移動し、おもいっきりオーラを込めた拳で殴ると、ルルは吹っ飛び壁に叩きつけられた。

 そして、ナヅキはアサの元に向かい、アサの拘束具を破壊した。



「アサ、大丈夫だったか?」


「ナヅキ……」



 アサは、笑顔で、また涙を流した。


 そして、ナヅキの胸を両手でトンと叩いた。



「心配した」


「悪い、これしか俺達が助かる方法がないと思ったからさ」


「ばか」



 アサはナヅキの胸に顔を埋めた。



「ルル! すぐにそいつ等を殺せ!」



 機械的な声が叫んだ。


 ルルは、瓦礫を押しのけて立ち上がった。



「はは、とんでもない奴だな、お前」



 ルルは口から血を流し、笑っていた。

 ナヅキはアサを優しく離すと、ルルと向かい合った。



「今の俺の力では、お前を倒せないと思ったからな。タカシのオーラの量を見て思ったんだ、あれだけの量を身に付ければ、お前にも勝てるって。でも、レベル3までが限界だったけど」


「恐ろしいな、その精神」



 ルルは銀色の瞳を光らせ、黒いオーラを身に纏った。



「久しぶりだぜ、お前みたいな奴とやるのは。本気出してやるよ」


「じゃあ、俺も本気でいくぜ」



 2人は互いに笑いあった後、殴り合った。

 拳が衝突し、激しい衝撃が走る。続いて2撃、3撃と打ち合う。



「パワーは互角だな」



 ルルは後ろに飛び間合いを取ると、両手に銀色に輝くオーラの剣を出現させた。

 そして、ナヅキに斬りかかった。

 髑髏のタトゥーが入った腕から繰り出させる剣技はしなやかで、ナヅキは避けるのに精いっぱいだった。

 切っ先に触れたナヅキの赤い髪が切れ、制服のシャツがパックリと割れる。

 それは、少しでも間違えば致命傷に至る、ギリギリの攻防だった。

 ナヅキは、避けるのに必死で攻撃出来ないでいた。



「オーラの量は同等だが、実戦経験では俺の方が格段に上だ」



 ルルは身体を回転させ、斬りかかった。

 ナヅキは上手くかわしたが、すぐにその上から浴びせ蹴りが飛んできた。ナヅキはもろにくらい、壁際に吹き飛ばされた。

 間髪入れず、ルルは剣を真っすぐに向けて突進してきた。

 ナヅキは、ギリギリまで避けなかった。

 ルルの黒い刃が胸に突き刺さる寸前で身体をずらし、間一髪で避けた。

 ルルの刃は、ナヅキの頬をかすめ、壁に突き刺さった。

 すると、ナヅキはルルの右腕を掴んだ。

 ルルはもう一方の剣で斬りかかろうとしたが、その方の腕もナヅキに掴まれた。

 ナヅキはルルの動きを封じ、そしてオーラを込めた脚で思いっきりルルを蹴り上げた。


 ルルは吹き飛び、オーラ増強装置に直撃した。



「あぁ、何をしている! 僕のオーラ増強装置が」



 機械的な声が、泣きそうな調子で叫んだ。

 ルルが突っ込んだ装置はグニャグニャにへこんでいる。ルルは機械の間に挟まれ、口から血を吐いてぐったりしていた。



「ルル、何している! なんの為にお前のようなクズを雇ってやってると思ってるんだ。こういう時に働かないでどうする!」


「ったく、うるせぇんだよ……」



 ルルは銀色の瞳を開き、カメラを睨んだ。



「このクソ野郎が!」



 そう叫びながら、ルルはオーラを込めた拳で装置を殴った。



「ぎゃあああああああああああ! やめろぉぉぉぉぉ」



 すると、装置は黒いオーラのようなものに包まれ、それは次第に髑髏の形になったかと思うと、爆発した。

 オーラ増殖装置は、粉々に砕け散った。



「ぼ、ぼ、ぼ、僕のオーラ増殖装置が……」



「羅刹区からパクった設計図があればいくらでも作れるんだろ? またシャバーニ社に金出してもらって作り直せや」



 ルルは瓦礫の中から姿を現した。



「さぁ、続きをやろうぜナヅキ」


「はは、なんだかよくわかんないけど面白いなお前」



 ナヅキは再びオーラを集中させた。



「お前ほどじゃねぇよ」



 ルルもオーラを放出させ、背後に黒い髑髏を出現させた。



「男ってよく分からない」



 アサは部屋の隅で身体にオーラを纏い、身を守っていた。

 この2人の闘いには、自分が手を出してはいけない気がした。



「ああああああああいいいいいい」



 そんな中、機械的な声が奇声を上げ始めた。



「お前ら……クソガキ共が……僕の大事な研究を……こ、ころ、殺してやる……殺してやる!」



 その声と共に、部屋の奥のエレベーターが降りて来た。


 そのエレベーターの乗っていたのは、タカシだった。


 膨れ上がった身体を上下に揺らし、血走らせている目は焦点が合っていなかった。



「タカシ……」


「あのクソ馬鹿、こいつを野放しにするなんて……」


「やれ! そいつらをぶっ殺せぇ!」



 次の瞬間、タカシはルルの目の前に移動していた。

 ルルは瞬時に防御したが、無駄だった。ルルの血と肉片が飛び散った。



「タカシ……」



 タカシは、ギロリと大きく見開いた目をナヅキの方に向けた。

 そして、瞬間移動のような素早さでナヅキの目の前まで移動した。


 真っ赤な血液が、警報が鳴り響く赤い部屋に散った。














 マナは、口元についた血を拭った。

 上質なスーツはボロボロになっていた。

 オールバックの金髪も少し乱れている。マナは最上階の社長室から屋上のヘリポートに上がった。



 階段を上ると、冷たい夜風が吹き抜けた。

 エメラルドグリーンに薄暗く光るヘリポートの上に、8人の人影が見える。


 その中の1人が、ヘリポートの真ん中まで歩いてきた。


 すらっとしたスーツ姿をした、女性だ。

 ピンク色の長い髪を後ろで纏めてアップにしている。前髪はきちっと7・3で分けてあるが、それとは正反対にとろっとした垂れ目をしている。



「マナ様、社長室にお戻りください」


「サーヤ、そこをどけ」


「できません」



 サーヤは、丁寧に身体の前で手を組んでいる。

 マナはサーヤの顔を見て、そして後ろの7人を見た。



「サカグチ3人分と言ったところか。厄介だな」



 サーヤはニッコリと笑った。



「3.5人分です、マナ様」












 ナヅキは、片腕でアサを抱えたまま飛ぶように研究所の通路を逃げていた。



「ここから出れたらもうちょっとダイエットしろよ」


「うるさい」



 タカシはスピードは物凄いが、反応は遅かった。

 恐らく、認識能力が著しく低下しているのだろう。

 最早、制御機能を失って暴走した破壊兵器となっていた。


 ナヅキは、右手を負傷していた。

 タカシの攻撃から間一髪で避けた時のものだが、恐らく骨が折れている。



「アサ、タカシの動きを止めることはできるか? この前の、熊を倒した時みたいに」


「わからない……けどやってみる」


「ありがとう。タカシを捕まえて、ハギワラさんのところに連れてこうと思う」


「そうね、あの人だったらなんとかしてくれるかも」


「タカシを連れて、3人でここから出よう」


「うん」



 その時、後ろからオーラの塊が飛んで来た。

 オーラの塊は壁に当たると、爆弾のように激しく破裂した。

 タカシの技だった。



「くっ、オーラの技も強力になってやがる」



 ひたすら逃げ回り、大きな扉がある部屋に辿りついた。

 その扉は厳重にロックしてあり、開くことはなかった。

 扉には、『Zella』と書かれていた。



「しまった、行き止まりか」


「ここで、捕まえよう」



 アサはオーラのヨーヨーを出現させた。



「わかった。アサ、無理すんなよ」


「大丈夫、フーカに女の戦い方を教えてもらったから」



 アサはオーラで、小太りの体型に禿げ散らかした頭、白いランニングシャツにステテコといういで立ちの小さいおじさんを4体出現させた。



「こ、これはなんだよ? まさかリトルピー……」


「妖精よ」


「あぁ、妖精ね」



 ナヅキは、ジェネレータはイメージが大切だという言葉を思い出した。

 ナヅキは、妖精と言ったらティンカーベルのような可愛らしい妖精をイメージしたが、アサの中のイメージは……、つまりそういうことなんだろう。


 いや、アサなら、都市伝説的な存在の小さいおじさんを実際にみている可能性もある。



「この子達にタカシの動きを止めてもらう。でも、今のタカシのオーラでは、無理かもしれない」


「あぁ、俺もできるかわからない。でも、やってみよう」


「わかった」



 小さいおじさんを床に配置し、アサは上に飛んだ。

 そして、凄まじい破裂音が段々と近づいてきた。しかし、それは部屋の止まった。



「ヤバい! アサ、避けろ!」



 遅かった。

 タカシは、大型トラックのタイヤほどの巨大なオーラの球を出現させると、それを思いっきり蹴り上げた。

 オーラの塊は拡散し、ショットガンのようにオーラの球がナヅキ達を襲った。

 小さなおじさんは一瞬で消滅し、アサもまともに食らって気を失って床に落ちた。

 ナヅキも、右手が使えなかったのでガードしきれなかった。

 ナヅキは、大きな扉の前にもたれて座り込んだ。




 目の前に、タカシがいる。

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