第7話 「今回は、殺していいという許しが出てる」




 地下鉄から続く地下街の一角に、廃れて一般人が近寄らない通りがあった。

 その廃れた地下街の中に、LBスタジオはあった。


 地下街は薄暗く、併設している居酒屋などの店舗はどれも営業している気配はなく、廃墟と化していた。


 天井の電灯は殆ど割れていたが、残っている電灯は微かな光で荒れ果てた地下道を照らしていた。


 ナヅキ達は、LBスタジオと書かれた青い扉の前に立った。

 取っ手を引くと、扉が動いた。


 身体をオーラで纏い、警戒する。


 ゆっくり扉を開くと、左手には小さなカウンター、右手にはスネアドラムなどの楽器類が並んでいた。

 一通り様子を伺い、誰もいない事を確認し、中に入る。

 カウンターの中を覗き込むと、人が倒れているのが見えた。と、同時に奥から足音が聞こえて来た。


 ナヅキとアサは戦闘態勢に入る。



「あれ、ナヅキくんとアサさんじゃないすか」



 現れたのは、ワタの手下の青バンダナ、トシだった。



「ん、なんでお前がここにいるんだ?」



 トシはニヤリと笑った。



「ナヅキくん、一足遅かったすね。ここの奴らはもうワタさんが片づけましたよ」


「タカシは!?」


「え?」



 ナヅキは、トシをどけて奥に入り、スタジオの扉を開けた。中には機材が置いてあるだけで、誰もいない。



「ワタさんはイチバン奥の部屋ですよ」



 ナヅキは走り、一番奥の突き当たりにある部屋の扉を開けた。



「あ、ナヅキじゃねぇか」



 そこには、数人の黒い屍の上に立つワタ、海坊主、フーカがいた。

 ワタは返り血を浴びて、青い髪に赤いまだら模様が出来ている。



「ワタ、タカシは!?」


「ここにはいなかった。こいつらのボスもな。外れだ」



 そう言ってワタは制服のポケットから青いハンカチを取り出し、顔に付いた返り血を拭いた。

 ナヅキの表情は、暗く沈んだ。しかしそれは一瞬の事で、すぐに気持ちを持ち直した。



「ワタ、他に当てはないのか?」


「ある。だがそこは少し問題があって――」



 ――バタン。


 ワタが言い終わる前に、スタジオの扉が勝手に閉まった。



「ん、なんだこれ」



 トシが取っ手を動かそうとするが、ビクともしない。



「この前と手口が一緒だな」



 ワタは、スタジオを見回した。



「出て来いよ」



 ワタがそう言うと、部屋の奥の壁に備え付けられてある大鏡の前の天井に、どす黒い渦巻きが現れ、そこから人が降りてきた。

 黒く長い髪を無造作に肩まで伸ばし、ぴっちりと真ん中で分けている。右目を包帯で覆っており、反対の一重の左目は、3日間徹夜しているような大きな隈が出来ていた。黒い細身の皮のパンツに、あの銀色の瞳を持った骸骨がプリントされた黒いTシャツを着ている。



「これ、痛かったよぉ、ワタァ」



 ロン毛の男は包帯の上から右目を指さした。



「あの時の、空間移動を行う能力者か」



 ロン毛は猫背で少し俯いたまま、ニヤリと笑った。



「今回は、殺していいという許しが出てる」



 ロン毛がばっと両手を広げると、ロン毛の足元から黒い闇が広がり、それはスタジオの床全体に広がった。



「飛べ!」



 ワタの掛け声で、咄嗟に各々飛んだ。

 ワタはフーカのオーラの鞭に捕まり、ナヅキも同じようにアサのオーラの糸に助けられた。海坊主は部屋の角で、両手両足を使って起用に捕まっている。トシは、扉の取っ手に捕まっていた。

 ロン毛は、宙に浮いているようにそこに立っている。



「この穴の先は、某国の地下核実験場に繋がっている。運良く、今日はバンバン実験してくれるらしいぞ」


「お前馬鹿か。そんな事したら、この穴を通じて爆風が飛んで来るぞ」


「ククク、お前にこの右目をやられたおかげで、一方通行に改良したんだよ。博士に頼んだら、すぐだった」


「博士?」



 ワタは首を傾げた。



「お前! お前がタカシを連れ去ったのか」



 ナヅキが、アサの縄につかまりながら叫んだ。



「お前と同じ、エヴォルヴだな。あいつなら、ルルが連れてきたぞ。もう生きてるかどうわからないけどな」



 ナヅキは、抑えきれずオーラを込めた拳で殴りかかった。



「ナヅキ!」



 アサはもう片方の手からヨーヨーを出現させ、ナヅキの脚目がけて放った。



「そう言えば……」



 突然、ナヅキの目の前に、黒い渦が出現した。



「エヴォルブのガキ2人は連れて来いと言われてた」


「え……」



 ナヅキは、勢いよく渦に飲み込まれた。

 アサのヨーヨーが間一髪でナヅキの足首に絡みついたが、渦の吸引力も方が強く、アサも同じように飲み込まれてしまった。



「ハハハ、エヴォルヴゲットだぜ」


「クソが!」



 ワタはロン毛目がけて水の槍を放った。しかし、その槍も突如現れた黒い渦に吸収されてしまった。



「ククク、ワタ、今回はお前を殺す事だけを考えて対策してきたんだ。結果、細かい細工するよりも、こうして一気に消した方が良い、という結論に至ったんだ。眼球の恨みは、怖いぞ」



 そう言うと、ロン毛は両手を上に掲げた。



「あの世で詫び続けろ。ワタァ!」



 すると、地面に広がる闇が物凄い勢いで渦を巻き始め、お風呂の栓を抜いたように激しい吸引力でワタ達を飲み込もうとした。



「うわああああ」 



 まず、トシが飲み込まれた。



「ワタ、ちょっとヤバい」



 天井に突き刺してあるフーカの鞭が、今にも抜けそうになっている。



「フーカ、マナに伝えろ。奴の助けを借りるのは気に食わないが、今はそれどころじゃないからな」



 そう言うと、ワタはオーラで水竜を出現させた。

 水竜はフーカを飲み込むと、スタジオの扉を突き破り、一気に店の外までフーカを運んだ。その瞬間、ワタは渦の中へと落下した。続いて、海坊主も耐え切れずに落下していった。

 3人を飲み込むと、黒い渦はロン毛の足元に収束するようにあっという間に消え去った。



「スッキリしたー」


 

 ロン毛はグッと背伸びをした。



「いや待てよ。まだあの生意気そうな女が生きてる。恋人がいなくなっても可哀想だな。一緒に始末してやろう」



 そう言って外へ歩き出そうとした時、海坊主が踏ん張っていた部屋の角に取り付けられていたオーラの爆弾が、激しく破裂した。

 爆風はスタジオの全てのものを飲み込み、店の外で倒れているフーカの目の前にまで及んだ。フーカは、意識の奥底で鈍く鳴り響く警報の音を聞いていた。












 ドラスティ社、社長室。

 マナは、オールバックでスーツをピシッと来て社長の椅子に座っていた。そこで、自身の携帯で、フーカからの電話を受け取った。



「そうか。わかった、今そっちに救助を向かわせるから、大人しく待っていろ」



 マナはサカグチの方を見て、目で合図をした。



「分かりました、すぐにフーカさんを保護します」



 電話の向こうから、フーカの弱々しい声が聞こえる。



「アサ達を助けて。お願い」


「あいつらは、助けられない」


「え?」


「話が複雑になってきたんだ。この件には、東山区のシャバーニ社が関わっている可能性が出て来た。迂闊に手を出せない」


「は、何言ってんの? そう言ってる間に、あの子達、殺されちゃうかもしれないんだよ」


「殺されたならそれまでだ、仕方ない」


「仕方ないって……」


「間違えば、エヴォルヴのガキ3人の命じゃ拭えないほどの損害が起きる可能性がある」


「あんた、サイテーね」



 ブチっと電話が切れ、会話は終わった。



「サカグチ、あの女が下手な事をしないうちに拘束しろ」


「承知しました」





 マナは、デスクの上に置かれている高価なペンを手に取り、クルクルと手の上で回した。


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