第6話 「3か月経つまでは、キスだけよ」




 翌朝、アサが玄関を出ると、家に前にナヅキが立っていた。



「どうしたの?」


「タカシが、帰って来ないって」


「うん、お母さんから聞いた」


「アサ、マナにかくまってもらうんだ」


「なんで?」


「狙われてるんだ、マナが言ってた連中に。だから、アサも危険だ」


「まだわからないでしょ。ただの家出かも」


「タカシはそんな奴じゃねぇよ。とにかく、危険なんだ、行こう」


「あなたはどうするの?」


「タカシを探しに行く」


「どこに?」


「わからない」


「ダメじゃん」


「でも、探しに行くんだ」


「それなら、わたしも連れてって」


「ダメだ」


「連れてって」



 アサは、ナヅキの腕を掴んだ。



「恐いの」


「アサ……」



 ナヅキは、アサを抱きしめた。



「俺が守る! 俺が守るから、安心しろ」



 初めて抱きしめたアサの身体は、思ったよりもずっと細く小さく感じた。

 そして、シャンプーの甘いにおいがした。

 ナヅキは、どんな感情でアサを抱きしめたのか、わからない。


 でも、守りたいと思った。




 ――カシャ。




「あ……」



 2人の後ろで、アサのお母さんが、2人が抱き合う姿を写真に収めていた。



「3か月経つまでは、キスだけよ」



 アサは無言で母の携帯を奪うと、青空の向こうへ投げ捨てた。



「あぁ、なにするの!」



 アサはスタスタと歩いて行ってしまった。



「お、お母さん! アサを暫く借りるけど、心配しないで!」



 そう言ってナヅキは後を追いかけた。



「いきなり外泊は許しませんよ。もう、最近の若い子は」









「どこに向かうの。アテはないんでしょ?」


「いや、あのワタが倒した髑髏のマスクの男。あの髑髏のマーク、どこかで見た事あるんだよな」



 アサは頭の中で記憶のページをめくり、あの両手にマシンガンを持った男の映像を映し出した。

 灰色の目玉を持った、不気味な髑髏のマーク。



「あんなの、どこで見たの?」


「それが思い出せないんだよなぁ。うーん」



 ナヅキは赤髪の髪をかきむしった。



「フーカに聞いてみるよ」


「あいつらの手を借りるのか?」


「今はそんな事言ってる場合じゃないでしょ」



 アサが指をすっと振ると、空気中にディスプレイが現れた。

 これはオーラではなく、携帯電話の機能だ。

 アサが「フーカ」と言うと、フーカの派手な顔写真のアイコンと電話番号が表示された。



「あ!」



 ナヅキが叫んだ。



「どうしたの?」


「アイコンだ。あの髑髏のマーク。誰かがSNSのアイコンに使ってた」



 そう言うと、ナヅキはずっと放置していたSNSのページを開いた。

 フォロワーを検索すると、いた。同じクラスのジュンジだった。

 ナヅキはすぐにジュンジに連絡した。



「おう、お前から電話なんて珍しいな。どした?」


「ジュンジ、お前がアイコンにしてる髑髏、あれなんのマークだ?」


「なんで今そんなことわざわざ電話で聞くんだ?」


「いいから」


「なんだよもう。悪い夢、っていうバンドのギターのルルっていう人が腕にしてるタトゥーの画像だよ」


「ルル……その人、奈古屋にいるのか?」


「あー、うん。地元だからさ、よく東山区のライブハウスに出てるけど」


「そっか、サンキュ」


「お前、ルルさんに会いに行くのか?」


「あぁ、そうだけど」


「あの人、バンドやりながら、裏で活動してるギャングの頭してるって有名だぜ。俺達みたいなエヴォが会いに行ったら、即殺されるぞ」


「ギャング……」


「それよりさ、お前アサちゃんと仲良いだろ、番号教えてよ」


「お前の手には負えねぇよ、ありがとな」


「お、おい! アサちゃ――」



 ナヅキは電話を切った。



「東山区に行くぞ」


「うん」



 あ、と言ってナヅキはアサの方を振り返った。



「アサ、お前ジュンジのことどう思う?」


「カッコつけ過ぎてイマイチ」


「ならいいか」



 2人は地下鉄に駆け込んだ。








 東山区。


 その名の通り、奈古屋の東の端に位置している。

 高級住宅街があり、自然も多く住みやすい地域だ。有名な動植物園もある。東山の頂上には、東山区を仕切るシャバーニ社の、鉛筆の様に細長く、先の尖ったビルが聳えたっている。


 ナヅキ達は地下鉄を降りると、ルルが良く顔を出すというライブハウスに向かった。住宅街の中にある、小さなライブハウスだった。


 入り口のところに、黒いTシャツに短パンを来た髭オヤジがいた。



「こんな朝早くからなんだ?」


「ルルって人、今日は来るかい?」


「今日は出ないよ」


「そっか。どこにいるか知ってる?」


「知らないね」


「今度はいつ来るんだ?」


「うーんと、来週の水曜かな」


「そこまで待てねぇよ」


「はぁ? ワガママいうんじゃねぇ、ボウズ。ホラホラ、帰った帰った」


「それなら、ルルの連絡先を教えてくれよ」


「あぁ? 教える訳ねぇだろ」



 髭オヤジはいよいよ不審そうな表情をした。



「行方不明になった俺の親友の居場所を知ってるかもしれねぇんだ」



 髭オヤジの動きが少し、止まったように見えた。



「頼みます、教えてください」



 ナヅキが頭を下げると、続いてアサも丁寧に身体の前に手を重ねて頭を下げた。髭オヤジは、困ったように額をかいた。



「あいつは、ルルは、昔はどこにでもいるバンド小僧だったんだがな。最近は何やら、あぶねぇ事に足突っ込んでやがって……」



 そう言って髭オヤジは額をさすった。



「だがな、場所は教えられん」


「頼むよ!」



「よう、ジンさん。ルルさんに頼まれて来たんだけど――」



 不意に、ナヅキと髭オヤジの間に割り込んできた黒づくめの男性3人は、確かにルルという人物の名を口にした。

 もちろん、ナヅキとアサがそれを聞き逃すはずがなかった。



「あちゃー」



 ジンと呼ばれた髭オヤジは、額を押さえた。



「ちょっと聞きたいことあるんだけど」



「あ? なんだお前」



 3人組の表情が、変わった。












「一体何もんだお前ら」



 人通りの少ない暗渠の中で、ジンは絵に描いた様な驚き顔をしている。

 3人組はナイフを出したり、ジェネレータを使った。しかし、あっさりとナヅキとアサに倒されてしまった。



「ルルの居場所はどこだ、言え!」



 ナヅキが黒づくめの胸ぐらを掴んで言ったが、3人とも完全に伸びていた。



「もっと手加減しないと」


「アサだって」



 2人とも、まだジェネレータの力加減を十分理解していなかったので、思いっきり3人をぶっ飛ばしてしまった。



「どうしようかなぁ」



「携帯のGPSを解析してみよう。3人が共通してよく立ち寄る場所があれば、そこがアジトである可能性が高い」


「そんなこと出来るの?」


「出来る」



 アサはそう言って、気絶している男のポケットから長細いスティック状の携帯を取り出すと、空気中にディスプレイを表示した。そして、何やらアプリを起動させた。



「なんでそんな事知ってんだ?」


「ナヅキこそ、なんで出来ないの。そんなんじゃ世界は変えられないよ」


「うぬぬ……」



 ナヅキはアサの手元をじっと見つめた。しかし、よく理解出来なかった。アサは3人の携帯で同じ操作を繰り返すと、1つの共通するポイントが現れた。



「書道教室・桜木」


「しょ、書道教室……?」



 アサは少し考えた。



「いや、違う。地下だ」



 地下に視点を変えると、書道教室の下に別の施設が表示された。



「LBスタジオ」


「ここだ! 駅の傍か、行こう」


「待て」



 振り向くと、壁に手をついてジンが立っていた。



「お前ら、本当に行くのか?」


「あぁ、当たり前だ。ジンさんが止めても俺達は行くぜ」



 ナヅキとアサの瞳は、揺るがない決意の光をたたえていた。



「いや、止めないよ」


「え?」



 ジンはまた額を押さえた。



「その代わり、ライブファームのジンがお前の帰りを待ってると、そう伝えてくれ」



 ナヅキは、複雑な心境になった。

 恐らく、タカシを誘拐したであろう敵グループの頭にも、こうして心配してくれている人がいるという事に。


 しかし、今はそんな事を考えている余裕はなかった。



「わかった、伝えるよ」



 どうしていいか分からないまま、LBスタジオに向かった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る