第5話 「マナの歪む顔が目に浮かぶぜ」




 ナヅキ達と隔離されたマナ、サカグチ、トシの前には、真っ黒なシルクハットに真っ黒なロングコートを身に纏った長身の人間が立っている。

 やたら細いので、男か女かもわからない。


 マナは、座ったまま、何も言わずにその様子を伺っている。


 黒づくめのシルクハットが手をひらりとかざすと、今度はマナとサカグチの間に虹色の半透明なオーラの壁が出現した。

 マナとサカグチは隔離された。



「ほほう、変わった能力ですね」



 サカグチは、マナとの間に現れた虹色の壁を撫でるような仕草をして言った。マナは、なお木の箱の上に座ったまま落ち着き払っている。


 次にシルクハットがそっと手をかざすと、今度は正方形の壁がマナを取り囲むように出現した。

 マナは、オーラの個室に閉じ込められる恰好となった。



「そこからは、もう出られない」



 マナは依然表情すら変えずに腕を組んだ姿勢のままだ。シルクハットは手をひらひらさせた。すると、マナを取り囲む正方形のオーラの個室が縮小し始めた。



「サカグチさん、ヤバイっすよ! マナさんが潰されちゃいますよ」



 トシはあたふた慌てている。

 それに反してサカグチは冷静にその光景を眺めていた。その銀縁の眼鏡をきらりと光らせて。













 髑髏マスクの男は、両手を綺麗に折られ、顔は水の球体で覆われていた。


「どうだ、苦しいだろう? 鍛えられたヤツほど抵抗して逆に苦しむんだ」



 ポケットに手を突っ込んでいるワタの足元で、髑髏マスクはもがき苦しんでいた。

 やがて、髑髏マスクの動きが止まると、水の球体ははじけてただの水となった。



「大丈夫だ、殺さねぇよ。この後さらに苦しい拷問が待ってる」



 ワタは冷たい目で骸骨マスクを睨んだ。その表情を見たタカシは背筋がぞっとした。



「フーカ、こいつを捕まえといてくれ」


「はーい」



 フーカはオーラで2つのリングを作り出し、それで髑髏マスクの腕と脚を固定した。



「ヘンなお面。シュミ悪~」



 フーカは舌をペロっと出した。



「ワタって、とんでもねぇヤツだったんだな」



 タカシは額に冷や汗をかいていた。



「そりゃそうでしょ、あのマナの喧嘩相手だもん」


「さぁ、今度は俺達の出番だぜ」



 ナヅキはオーラを全開にして、拳をポキポキさせた。

 目の前には、大きな熊が2本の脚で立っている。その姿は、深い森の中にそびえ立つ巨木のような威圧感があった。


 熊はまだ動かない。



「じゃ、こっちから1発」



 そう言ってナヅキは走り出し、勢いをつけて殴りかかった。

 ナヅキの頭の位置が、調度、熊の腹の位置にあたる。

 ナヅキはその熊の腹を狙ったが、熊の間合いに入った瞬間、大きなかぎ爪が横から飛んで来て、ナヅキは勢いよく吹き飛ばされた。

 熊は、更に攻撃をくわえようと倒れ込むナヅキのもとへ歩き出した。



「ナヅキ!」



 タカシは瞬時にオーラの球を作り出し、それを思いっきり蹴り上げた。

 オーラの球は美しくカーブを描き、熊の頭に直撃した。

 ぐおおおお、という叫び声を上げ、熊の動きが止まった。



「おぉ、当たった!」



 タカシは思わずガッツポーズをしてしまったが、「はっ、いかん」とすぐに気を取り直し、2発目を放った。



「ナヅキ、今のうちの逃げろ!」


「お、おう!」



 ナヅキは身体を起こしてタカシ達の所まで後退した。



「ナヅキ、血が出てる」



 アサは、制服のポケットからハンカチを取り出して血が流れているナヅキの額を拭いた。



「止血しないと」


「大丈夫だって、こんくらい」


「大丈夫なわけないでしょ」


「お、おい、こっち来るぞ」



 タカシの声で前を向くと、熊がゆっくりとこちらに向かって来ていた。



「わわ、来るな来るな」



 タカシはオーラのボールを次々と繰り出すが、熊の動きを封じるほどのダメージは与えられなかった。



「やっぱこの技じゃ致命傷は与えられないか。奴を倒せるとしたら、ナヅキの大砲みたいなパンチだな」


「あぁ、でも近づくとめっちゃ速くて破壊力がある張り手が飛んでくる」


「それなら、わたしが動きを止める」



 そう言って、アサはオーラのヨーヨーを出現させた。



「それで熊を縛り付けるのか?」


「後ろに回り込んで羽交い絞めにする」


「大丈夫か?」


「うん、たぶん。やってみる。タカシ、熊の注意を引き付けておいて」


「おう、任せとけ」



 タカシは、更に小さい手のひらサイズのオーラのボールを作り出した。



「じゃあいくぞ、GO!」



 タカシはボールを投げ、熊の注意を引き付けると、アサは横に向かって走り出した。

 ナヅキは制服のネクタイを取り、止血の為に額に巻いた。


「1発でキメてやる」



 タカシが連投すると、熊は上手くそちらの方に反応してズンズンと向かってきた。

 タカシは後ずさりしながら投球を続ける。


 アサは熊の後ろに回り込むと、両手で2本のヨーヨーを熊の腕目がけて投げた。ヨーヨーは熊の腕に巻き付き、5巻きくらいしたところで、そこから更にヨーヨーが伸び、地面に向かって垂直に落下し、ヨーヨーの先端は地面のコンクリートに突き刺さった。

 熊の動きは、アサと、地面に食い込んでいるヨーヨーの2点によって封じられた。



「やったな、アサ!」


「うん。この熊、物凄い力だから早くお願い」



 アサの腕は、すでに震えていた。



「待ってろアサ、今ケリをつけてやる。おりゃあああああ」



 ナヅキは、オーラを込めた右腕の拳でおもいっきり熊の腹めがけて放った。拳は熊の腹に直撃し、もの凄い衝撃とともに、その巨体は地に伏した。



「や、やったな!」



 タカシはナヅキに駆け寄り、アサはふぅ、とヨーヨーの力を抜いた。


 その時、不意に、アサは強い力に寄って引っ張られた。



「アサ!」



 熊が、ヨーヨーの糸が絡まっている太い腕を、野球選手が投球するみたいに思いっきり降り、それによってアサはヨーヨーの糸ごと投げ飛ばされた。

 アサの身体が壁に激突する直前で、タカシはその鍛えられた脚力で高く飛び、アサを受け止めた。


 そして、それに気を取られていたナヅキは、後ろに迫っている巨大な獣に気が付かなかった。

 気配を感じた時には、ナヅキの身体は巨大な肉の塊によって吹き飛ばされていた。



「ナヅキ!」



 タカシがまた飛ぼうとしたが、一瞬のうちに海坊主がナヅキの身体を受け止めていた。

 ナヅキは血を吐き、意識を失っていた。



「ここまでだな」



 ポケットに手を突っ込んで見ていたワタが、ゆっくりと熊の前まで歩いていった。熊はまたその巨大な腕を勢いよく振り下ろしたが、ワタはそれを片手で受け止めた。

 そして、反対の右手で、強力なオーラを出現させた。



「お前に悪気はねぇと思うが……」



 ワタが手の平を広げ、指の先を鋭く伸ばしたその時、



「待て!」



 ワタが振り向くと、血だらけのナヅキが立っていた。



「まだ終わってねぇ、俺が倒す」


「もう戦える状態じゃねぇだろ。初心者にしてはよくやったよ」


「ダメだ! 俺達で倒す!」



 ワタはじっとナヅキを見つめた。

 その瞳の奥は、覗いたら火が散って火傷しそうなほど熱く燃えていた



「ふん、好きにしろ」



 ワタは熊の手を振り払うと、素早く壁際に飛んだ。



「だ、大丈夫かよ? ってか大丈夫じゃねぇよ」



 タカシとアサはナヅキの元に歩み寄った。



「もうやめときなよ、身体ボロボロじゃん」



 ナヅキは頭から血を流し、制服のシャツはボロボロになっている。



「そう言えば、思い出したんだ」


「何を?」


「熊の弱点さ。鼻が弱いって、ネットで読んだ」


「なんでそんなこと知ってんだよ」


「いつか熊とも戦う日が来るかと思って」


「もう、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ、熊来てる」



 振り向くと、熊はゆっさゆっさとこちらに近づきてきている。



「アサ、一瞬だけでいいから熊の動きを止められるか?」


「うん、大丈夫」


「タカシ、俺はお前みたいに高く飛べないから、鼻まで届かない」



「あ……そうか、あれだな、了解だぜ」



 言わずとも、タカシは理解した。

 タカシはナヅキの前に立ち、ナヅキはタカシの後ろに間隔を開けて立った。目の前に、再度巨体が迫りつつある。



「じゃぁ、リベンジだ。GO!」



 熊は、学習能力が高い。

 しかも、普通じゃない化け物のような熊だ。前回と同じ手は通用しないかもしれない。

 アサは、今度は真正面から突っ込んだ。アサに、巨大な平手打ちが襲い掛かる。それを素早く交わすと、熊の手首に素早くオーラのヨーヨーの紐を絡ませた。そして、その腕を支点にして、まるでターザンのように遠心力で熊の身体を一回りした。

 熊は振り払おうとしたが、アサの方が速く、その後もグルグルと熊の周りを回転し、熊はオーラの紐でがんじがらめになった。

 半分無茶な力技だが、今はそれしかなかった。

 それを見たタカシが、



「オッケー、来い!」



 と叫び、身を屈めた。その合図でナヅキが走り、タカシの背を土台にして、飛び上がった。



 タカシが土台になってナヅキが飛ぶのは、2人がよくする遊びの1つである。

 無駄に高い塀を見つけると、ついつい越えてみたい年頃なのだ。

 ナヅキが飛んだ後、アサは遠慮せずにタカシの背中を踏み倒して壁を上る。そしてタカシが「重い!」と言い、アサに蹴られる。

 最近、これが痛みから快感に変わってきたタカシである。


 2人の相性は抜群だった、タカシがしっかり支えることによって、ナヅキは思いっきり飛ぶ事が出来る。

 思いっきりオーラを込めてとんだナヅキは、タカシの背中から発射されたバズーカ砲の様だった。

 直撃された熊は、断末魔の叫び声を上げ、沢山の煙とともに小さくなり、見る影もないくらい小さなミイラと化した。











 マナは、両手を後ろに投げ出して足を組み直した。


「お前、誰の指示でやって来た?」


「もうすぐスーパーツナのように四角い肉の塊になるというのに、余裕だな、マナ」



 黒づくめのシルクハットは、その長い指をゆらゆらと動かしている。



「ヤバいっす、ヤバイっす!」



 トシはオーラの壁をドンドン叩くが、びくともしない。

 マナを取り囲む正方形は、どんどん縮小していき、とうとうマナの長い脚のつま先に触れた。



「マナさん!」



 トシが悲痛な面持ちで叫ぶ。黒づくめのシルクハットは、その赤い唇を横に広げてニヤリと笑った。そして、その唇よりも鮮やかな赤い血が、唇の端から流れ落ちた。



「え……?」



 黒づくめのシルクハットの、首が落ちた。

 それと同時にオーラの壁は全て消え去り、空間はぐにゃりと大きく歪み、そして元に戻った。

 すぐそこに、ナヅキ達の姿が現れた。



「珍しい能力だったのに、もったいないですね。ハギワラに与えたら、喜んで解析したでしょう」



 サカグチは黒づくめのシルクハットの生首を拾い、顔を確認した。



「確かに珍しいが、それだけだ」


「マナ!」



 満身創痍のナヅキが駆け寄ってきた。



「うげぇ、生首!?」


「これはこれは、失礼しました」



 そう言うと、サカグチは手品のように一瞬にして生首を消してしまった。



「おい、マナ。こいつら、心当たりあるか?」



 ワタが聞いた。



「誰かはわからない」



 マナは短く答えた。



「いい、こいつに聞く」



 ワタは親指で、フーカに捕えられている髑髏マスクを指さした。

 髑髏マスクはまだ気を失ったままだ。


 ワタはナヅキ達を見て言った。



「お前達は暫くジェネレータを使うな」


「な、なんでだよ? やっと上手く使えるようになったのに」



 ワタは立てつくナヅキを睨んで言った。



「さっきお前達が倒した熊やネズミは、恐らく、強制的にジェネレータの力を注入された改造生物だ。その技術は、お前達にジェネレータの力を与えたものと同じ技術だろう。お前達に関係がないとも言えない」


「あぁ、そうか……って、ワタ、俺達がエヴォルヴだって知ってたのか?」


「マナから聞いている」


「じゃあ、なんでエヴォルヴの俺達にここまでしてくれるんだよ」


「そんなこと知るか。とにかく、ジェネレータは使わず大人しくしてろ。いいな」


「でも」



 アサが聞いた。



「よくわからない。何か隠してるんじゃないの? 詳しく教えて」



 アサはワタを見て、その後ろで座っているマナを見た。

 マナはすっと立ち上がると、口を開いた。


「お前達にジェネレータの力を与えたのは、ハギワラが責任者となって極秘に研究している技術だ。しかし、数日前、その技術の核となるものが、何者かによって科学館から盗み出された。その後、この事態だ。ワタの話しでは、ジェネレータの力を得た動物が現れたようだが……、無関係ではないだろう。技術を盗み出した奴らは、早速動物で試した。そして次に試すのは――」


「人間……」


「そうだ。そして、もしその連中がお前達の存在を知っているとしたら、サンプルとして欲しがるのは当然だ」


「そういうことか……」


「あれだけの能力者を送り出し、すぐに実践できる研究設備を持っているんだ、大きな組織に違いない。大人しくしていろ」


「俺も、俺も強力させてくれ!」



 ナヅキが言った。



「そう言うと思ったぜ、お前なぁ……」



 ワタがナヅキを説得しようとした時、後ろから素早い拳が飛んで来て、ナヅキを打った。



「おい!」



 倒れ込むナヅキをタカシが受け止めたが、ナヅキは完全に気を失っていた。



「なにするんだよ!」


「そうでもしないと、そいつは聞かないだろ。サカグチ、車を用意しろ。そいつらを送ってくれ」


「かしこまりました」



 サカグチはすぐさまどこかに連絡を取り、車を手配した。



「会社に行くぞ」



 そう言うと、ワタはスタスタと歩き始めた。

 フーカと海坊主もその後に続いた。海坊主は、少し気に掛けるようにナヅキ達の方を一瞬だけ見た。



「埠頭の端ですので、多少お時間がかかりますが、お待ち下さい。車が来たら、とりあえず病院に寄りましょう」


「ありがとうございます」

 





 20分ほどで、黒塗りのリムジンと高級セダンが到着した。

 マナとサカグチはセダンに乗り、ナヅキ達はリムジンに乗せられて羅刹区の病院へ向かった。



「またかよ……」



 そう言って、ナヅキは病室で目を覚ました。













 その後、暫く普通の高校生活が続いていた。

 マナからの連絡は、あの倉庫の一件以来なかった。



「アサ、マナから何か連絡ないか?」


「ないよ。なんでわたしに来るのよ」



 アサは、スティック状の飴を口に含みながら答えた。

 2人は、放課後の運動場の脇で座り込んで、見るともなしにサッカー部の練習を眺めていた。

 すると、グラウンドから体操服姿のタカシが走って来た。



「わりぃ、練習遅くなりそうだから先帰ってて」



 タカシはごめんねのポーズをして言った。



「ダメだ、マナも言ってただろ、1人じゃ危険だ」


「大丈夫だって、サッカー部のみんなと帰るし。じゃぁ、頼むな」



 そう言うとまたグラウンドの方へ走っていった。


 どこからか、カラスが鳴く声が聞こえる。



「じゃぁ、帰るか。腹減ったし」


「からあげさん買って帰ろう」


「太るぞ」


「うるさい」



 ナヅキとアサは立ち上がり、グラウンドの端を歩いた。空は赤みを帯び、グラウンドで走り回る生徒たちの身体を赤く染めていた。














「お疲れー!」



 タカシとサッカー部の一行は練習を終え、中華料理屋でラーメンを食べていた。食事を済ませると、暫く雑談し、気が付くと20時を過ぎていた。



「やべぇ、もう帰ろうぜ」



 中華料理屋を出て、ぞろぞろと5人で歩いていると、高架下のトンネルに入った所で、1つの人影が見えた。

 それは、通路を塞ぐように、道路の真ん中に立っていた。



「なんか気味悪くね?」



 サッカー部員達は、一瞬立ち止まったが、すぐに歩き始めた。

 段々と影に近づくと、その姿が露わになってきた。

 顔の下半分を、髑髏のマークのついたバンダナで半分覆っている。



 髑髏――



 タカシが気付いた時には、もう遅かった。

 黒い影の手から、瞬きすら許されない速さで、全員に拳が撃ち込まれた。

 タカシは瞬時にオーラでガードしたが、他の4人は、クラッカーのように頭が吹き飛んだ。



「ビンゴ」



 黒い影は、よく見ると、タカシと同い年くらいの若い男だった。

 タカシより背が低く、小柄だ。ツンツン立ててある黒髪を右側だけ大きく刈り上げ、前髪は細い眉毛のところで一直線に揃えていた。その下に、灰色の瞳が鋭くタカシを睨んでいた。ノースリーブの黒いシャツから伸びる腕に、髑髏の入れ墨をしている。



「うわああああああああ!」



 タカシはオーラを込めた蹴りを放ったが、受け止められ、足を掴まれると、軽く投げ飛ばされた。

 しかし、タカシは上手く地面に手をついて、撥ねるように身体を起こした。

 タカシは髑髏入れ墨から距離を取ると、オーラの塊を作り出した。



「よくも、よくもみんなを……」



 タカシはオーラの塊を放り投げると、足で思いっきり蹴った。すると、オーラの球は大きく弾け、ショットガンのように髑髏入れ墨に降り注いだ。しかし、オーラでガードされ、髑髏入れ墨は無傷だった。



「お前、そこらへんのジェネシスよりセンスあるじゃねぇか。殺すのが勿体ねぇな」



 クロスさせた両腕のすき間から、銀色の瞳を光らせて言った。


 その直後、髑髏入れ墨が吹っ飛んだ。

 何事か分からず、タカシは後ろへ跳躍し距離を取った。

 よく見ると、トンネルの出口あたりに黒いスーツ姿のガッチリした男が立っていた。



「タカシ君、早く逃げなさい」


「あ、あんたは?」


「ドラスティ社の者だ。君を守る為に派遣された」



「くそ……」



 髑髏入れ墨は首を抑えて立ち上がった。



「こんなつえぇ奴連れて来るとは、マナの野郎はよっぽどお前の事気にかけてんだなぁ、タカシ君よぉ」



 髑髏入れ墨は、口元のバンダナをずらし、黒い唇でニヤッと笑った。

 スーツの男は、大きな警棒のようなものを取り出した。



「マナの歪む顔が目に浮かぶぜ、ハハハ」



 スーツと髑髏入れ墨がぶつかり合うと、激しい衝撃が起こった。













 ナヅキは、自室で腕立て伏せをしていた。

 ナヅキの部屋はテレビやパソコンなどはなく、机とベッド、漫画を含む大量の本と、簡易的なサンドバックが置いてある簡素なものだった。

 ナヅキの部屋は、自分を鍛える為だけに存在していた。


 その時、ノックの音と共に、母の呼ぶ声がした。部屋のドアがガチャリと開いた。



「母さん、なに?」



 ナヅキは腕立て伏せをしながら聞いた。



「タカシ君がまだ家に帰らないって、タカシ君のお母さんから電話が来たんだけど、お前知らないかい?」



 ナヅキの表情が一気に曇った。ナヅキはなにも言わないまま、部屋を飛び出した。



「ちょっとナヅキ! どこいくの?」

 





 ナヅキは、一晩中街中を走り回った。


 学校を、帰り道を、タカシが寄り道しそうなところを、走って走って、その見慣れた後ろ姿を探して走り回った。



 しかし、とうとうタカシを見つけることは出来なかった。


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