第4話 「久々に暴れられると思ったのにねぇ」



 ナヅキ達5人と、青髪3人は人気の少ない裏路地に入った。



「マナ、何なんだよコイツら」



 タカシが言った。

 ナヅキは、青髪とにらみ合っており、すでに臨戦態勢だ。



「港区を仕切っている、竜宮社のドラ息子、ワタ。ナヅキのように、俺に突っかかってくる馬鹿だ」


「赤髪、お前に興味はねぇ」



 そしてワタはナヅキの後方にいるマナを睨みつけた。



「悪いがワタ」



 そう言いながらマナは道端に積んであった黄色いビール瓶のケースの上に腰かけた。



「お前の相手をするのは、その赤髪の馬鹿、ナヅキだ」


「あ?」



 ワタは、その青髪から覗かせている右目の眼球をギロっとナヅキの方に動かした。



「ワタ、お前とマナ、どっちが強いんだ?」


「馴れ馴れしく呼ぶんじゃねぇ。俺の方が強いに決まってんだろ」


「じゃあ、お前を倒したらマナも倒せるな」



 ナヅキは、身体の中に溢れ出るオーラを放出させた。



「けっ、めんどくせぇ」


 ワタは両手を胸の前に構えた。と、その瞬間、ナヅキの目を水滴が襲った。

 ナヅキは思わず目をつむってしまった。その隙に、ワタの鋭いストレートがナヅキの頬に綺麗に入った。

 ナヅキは、3メートルほど吹っ飛んだ。



「ナヅキ!」



 タカシとアサが駆け寄ろうとしたのを、仰向けで倒れているナヅキが制した。



「大丈夫だ、こいつは俺がやる」



 ナヅキは、ゆっくりと立ち上がった。1発食らっただけで足がガクガク行っている。

 その時、マナが口を開いた。



「タカシは海坊主、アサはギャルの相手をしろ」


「お、俺が?」



 タカシは人差指で自分の顎を指した。

 アサは、無表情で赤毛のギャルを見た。ギャルは、腕を組んでイライラした様子でアサを睨んでいる。

 おかっぱ優等生とギャルJKの相反する女の戦いである。



「おい、赤髪」


「なんだ?」


「おととい来やがれ」



 そして目の前が暗転。


 ワタの動きは、完全に見えなかった。










「――冷たっ」


 頬に急激な冷気を感じ、目を覚ますと、アーケードの天井と、こちらを見下ろすアサの顔があった。

 黒く艶のある髪が、口元に垂れている。



「目、覚めた?」


「一体どうしたんだ? いててて」



 上半身を起こすと、首元が痛んだ。



「ワタって奴にノックアウトされたんだよ」


「え、そんなことあるか」



 そう言ってタカシの方を見ると、額や頬に絆創膏をいくつか貼っていた。



「どうしたんだよタカシ、その顔」


「海坊主にボコボコにされたよ」



 タカシは頬を人差指でかきながら言った。



「わたしもあの派手な子と戦ったけど、負けた。その後、マナがワタを倒した」



 後ろを見ると、マナとサカグチが唐揚げを頬張っていた。



「また、マナに助けられちまったのか」



 ナヅキは拳を握りしめながら俯いた。



「助けたわけじゃない。自惚れるな。ワタがお前を殺さなかっただけだ」



 マナは手に持ったカップの中に串を入れ、唐揚げを突き刺して取り出した。



「その後俺に突っかかってきたから、返り討ちにしただけだ」


「くっそぉぉぉ、強くなりてぇ」


「落ち込むことはありませんよ、ナヅキ君。ワタ様もよっぽど強いですからね。さぁ、君も唐揚げを食べて元気出しなさい。美味しいですよ」



 サカグチは、串に刺さった唐揚げをナヅキに差し出した。



「ありがと」



 受け取ると、ナヅキは唐揚げにがっついた。それを見たマナが、唐揚げを頬張りながら言った。



「お前達、もう1度ワタと戦ってこい」


「は? なんでだよ」


「悔しくないのか、お前は。憎いジェネシスに、しかもタメの高校生に、1撃も与えられずに、倒されたのだぞ。折角力を手に入れたのに、それでは豚に真珠ではないか。1発入れてこい」


「ぐぬぬぬぬ、クソ!」



 ナヅキは地面を叩き、ズンズンと歩き出した。



「お、おい! ちょっと待てよ」



 タカシも慌てて後を追った。



「早くもナヅキの扱い方を身に付けたわね」



 アサが立ち上がって言った。



「単純だからな」



 マナを一瞥し、アサも後を追った。




「ワタ様に鍛えてもらうつもりですか?」


「馬鹿は馬鹿同士で切磋琢磨するだろう。サカグチ、唐揚げもう1つ」


「かしこまりました。お兄さん、激辛唐揚げ1つ」


「はーい、激辛1つね!」











「何しにきた、赤髪」



 商店街の中を捜し歩き、先ほど寄った饅頭屋の前でワタ達を見かけた。3人は、揚げまる棒を食べていた。



「もう1回勝負しろ」


「嫌だ」


「なんでだ?」


「お前は弱すぎるんだよ。もっと強くなってから来い」


「くそぉ、どいつもこいつも……」



 ナヅキは、ワタの顔の前に拳を突き出した。



「必ずお前を倒すから、俺を強くしてくれ」



 ワタは眉間に皺を寄せた。



「意味わかんねぇよ」


「オーラの特訓をしてくれ」


「なんなんだお前は」


「俺はナヅキだ!」


「名前聞いてんじゃねぇよ!」


「まぁまぁ」



 傍にいた海坊主がワタの肩を叩いた。



「話しを聞いてみようじゃないか」



 海坊主は、サカグチにも似たとても落ち着いた物腰で言った。

 その大人びた調子で言われると、何故か納得してしまうところがある。


 しかし間違えてはいけない、彼も同じ高校生だ。



「ナヅキ、お前はなんで強くなりたいんだ?」


「俺は、この世界を変えるんだ。ジェネシスがエヴォルヴを虐げているこの世界をぶっ壊して、みんなが平等に安心して暮らせる世界を作るんだ!」


「お前……」



 マナは、右目を見開いてナヅキを見た。



「面白いヤツだな」


「面白くないし! 俺は本気だ」


「お前、一応聞くが、マナや俺がどんな立場の人間か分かっててそれ言ってるのか?」


「もちろん。マナは羅刹区の、ワタは港区のジェネシスを束ねてるトップだろ?」


「それで、ヤバいと思わないのか?」


「別に。だって、勝負をしかけるなら宣戦布告しないと卑怯だろ?」


「卑怯か、ははは」


「なんだよ」


「いいぜ、着いて来いよ」



 そう言って、ワタは揚げまる棒の串をゴミ箱に投げ入れた。










 6人は、ぞろぞろと固まって商店街から少し離れたところにある公園に向かった。

 ビルの合間を縫うように進んで行くと、周りをビルに囲まれた公園が姿を現した。大きな富士山を模した遊具が特徴的な公園だ。



「よし、ガキ共がいないからちょうどいい」



 ワタは公園の中央の広場で立ち止まった。地面が砂になっている、子供がボール遊びをするようなスペースである。



「よしナヅキ、オーラを全力にして殴ってこい」


「いいのか? 本気でいくぞ?」


「あぁ、やってみろ」



 ナヅキがオーラを開放すると、ナヅキの身体が明るく光った。そして拳に力を込めて思いっきりワタに向かって殴った。ワタはそれを両手で受け止め、その衝撃で、物凄い破裂音と風圧が巻き起こる。周りのビルの窓がバリバリと音を立て、ビックリした近くのレコード屋の主人が窓から顔を出した。


 しかし、ワタは、その場から全く動いてはいなかった。

 直立不動である。


 自分の全力を軽く受け止められ、ナヅキは冷や汗をかいていた。



「全てが足りないな。まずは基礎体力作りだ。毎日家に帰ったら腕立て腹筋背筋走り込み。オーラについては俺が教えてやる」


「お、俺にも教えてくれ」



 タカシは手を上げて言った。



「わたしも」



 アサも続いた。



「しょうがねぇ、ジョージ、フーカ、協力してくれ」



 海坊主がジョージで、ギャルがフーカというらしい。



「わかったよ」


「なんであたしが」



 ジョージは快く引き受けたが、フーカは髪の先を指にくるくると絡めて不服そうだ。



「よろしくお願いします!」



 3人は揃って頭を下げた。











 ナヅキは、帰りの地下鉄の中で、イビキを書いて寝てしまっていた。1日中駆け回って疲れて眠ってしまった小学生のようである。

 気持ち良さそうに寝ているナヅキを挟んで、タカシとアサがぐったりして地下鉄の車両に揺られている。



「疲れたな」


「部活よりキツかった?」


「全然きっついよ、オーラを出すってこんなにキツいんだな」


「そうだね。飲む?」



 アサは鞄からお茶の入ったペットボトルを取り出した。



「お、おう」



 ペットボトルを受け取ると、タカシは少し緊張した。変だな、昔はこんな感じしなかったのに。

 少し温くなった緑茶が、喉を潤した。



「ありがと」



 そう言ってペットボトルを返した。すると、アサは何のためらいもなくペットボトルに口を付けて緑茶を飲んだ。タカシはゴクリと生唾を飲んだ。

 そして、気を逸らすように話し出した。



「でも、不思議だよな」


「なにが?」



 アサはペットボトルのキャップを閉めながら言った。



「マナや、ワタとかさ。何で俺達に協力してくれるんだろうって。だってあいつら、ジェネシスの中でも上級層の人間だろ? 普通だったら関わり合いになることもないような人種にこれだけしてくれるって。なんか不思議だよ」


「似た者同士なんじゃないかな?」


「似た者同士?」


「うん。たぶん、ワタも、わたし達がエヴォルヴだって分かっても同じように接してくれるよ」


「そうかなぁ?」


「うん。だって元は同じ人間だもん。ジェネシスにだって良いヒトはいるし、エヴォルヴにだって悪いヒトはいる。ナヅキが壊したがっているのは、2つを隔てるその垣根」


「そっか。でも、その垣根は相当高そうだな」


「うん」


「明日も、垣根を壊す為に頑張るかぁ」



 タカシは両手をぐっと伸ばして背伸びをした。



「タカシもその気になってきたの?」


「あぁ、いつかサッカーでジェネシスと対等に試合できる世の中を作るんだ」


「タカシらしいね」



 アサは笑顔で言った。









 翌日、学校が終わるとマナ、サカグチも含めた5人で港区にある倉庫に向った。

普段乗らない路線の電車に乗り、終点である埠頭の駅で降りた。


 降りる人はナヅキ達しかいなかった。

 改札口を出ると、少し生臭い潮のかおりが風に乗って漂ってきた。



「相変わらず利用客が少ないな」


「竜宮社はこの辺りの開発も考えているみたいですよ。このままでは採算が取れません」



 マナとサカグチは何やら仕事の話しをしている。

 少し歩くと、青いバンダナを頭に巻いた、某ダンスグループのメンバーの様な男が突っ立っていた。



「マナさん達ですね」


「そうだ」


「ワタさんの所へ案内します」



 どうやらワタの仲間の様である。

 そう言えば、海坊主は青い石の付いたピアスを、フーカは青い貝殻の髪飾りを頭に付けていた。ワタ一味は青いものを身に付ける決まりになっているようだ。


 埠頭は、無駄に広い道路、海沿いに謎の倉庫が並んでいる、寂しいものだった。大きな公園があるが、人っ子1人見当たらない。


 大きく7と書かれた倉庫の前で青バンダナは立ち止まった。



「ここです」



 青バンダナが扉を開くと、だだっ広い倉庫の真ん中に、ワタ、海坊主、フーカと他に青バンダナの男が3人いた。



「来たか」


「わざわざ来てやったぞ」



 そう言ってマナは木箱に腰かけた。



「ふん、じゃあ始めるぞ。ここなら派手にやっても目立たないからな」


「どんどん打ち込んでいいってことだな」



 ナヅキは拳をポキポキやった。



「調子に乗るなよ。1週間動けなくしてやるぞ」



 ワタが顔を横に傾けて右目を見開いた時、倉庫がただならぬオーラに包まれた。それは、ナヅキ達にもはっきりと分かった。



「な、なんだよ」


「クソ! トシ、扉は?」


「ダメです、ロックされてます」


「あぁ、クソが!」


「どうしたってんだよ」


「この世の中に、俺とマナを消したいヤツなんて、ごまんといるからな。2人が一か所に集まったら、それはチャンスだろう」


「商売敵ってことか?」


「まぁ、そういうことだ」



 その時、空間がぐわんと歪んだと思ったら一気に広がり、マナとサカグチと青バンダナのトシの3人と、少し離れていたナヅキ達は、まるで地面が反対方向に高速で移動したように、一気に遠くへ引き離された。

 そしてナヅキがマナ達の方へ手を伸ばしたその時、目の前に虹色の壁が出現し、完全にマナ達の姿は見えなくなった。



「こりゃすげぇな」



 ワタは水色のオーラを出現させ、周りを睨んだ。



「お前らオーラで身体を覆え!」


「お、おう」



 ナヅキ達もオーラを出現させた。

 昨日の特訓で、オーラの扱い方には大分慣れていた。



「ワタ、これは特訓じゃないんだな?」


「あぁ。お前達、いきなり実戦に送りこまれちゃったな」



 ナヅキたちが構えると、地面にいつくかのマンホールより少し大きいくらいの丸い影が現れた。次に、その影から、白い熊のような獣が現れた。よく見るとそれは熊ではなく、



「ネ、ネズミ?」



 大きな鼠だった。

 鼠の目は赤く血走っており、凶暴な牙を携えていた。



「お前ら全力で倒せ」



 大きな鼠たちはナヅキ達に飛びかかってきた。

 ナヅキとワタ、海坊主は拳で、タカシは蹴りで、アサはオーラで作り出したヨーヨーの様な武器で、フーカはオーラを鞭の様にして鼠を撃退した。

 鼠は倒れると、身体から煙を放ち、一気に小さくミイラ化した。



「何なんだよ、これは」


「わからん、俺も初めて見た。油断するなよ、まだ来るぞ」



 大きな鼠は、無尽蔵に影から出現するようだった。



「オーラを消費させるのが目的か。まさかこんな子供だましで俺を倒そうってつもりじゃねぇよな」


「おう、まったくだぜ!」



 と言ったナヅキは、実はけっこう必死だった。オーラを使って攻撃するのは、物凄く体力を消費する。

 これが続くと、さすがにキツい。



「ワタ、どうにかしないと、埒があかないな」


「あぁ、この面白くもねぇお遊びを終わらせないとな」



 ワタは、真っ黒な穴も前に飛ぶと、そこに手をかざした。



「この化け鼠は、オーラで作り出されたものじゃねぇ、実態を持った生物だ。それなら、どこか別の場所から転送されてる可能性が高い。もしこの穴がその場所と通じているとしたら……」



 ワタの手の平から大量の水が溢れだし、そして水は3又に分かれ、その先は槍の穂先のように鋭く尖った。



「陰でコソコソ攻撃してくるクソ野郎の小せぇ心臓を突き刺してやる」



 ワタの手から放たれた水の槍は、黒い穴に勢いよく入っていった。



「すげぇ、オーラであんなことも出来るのか……」



 ナヅキはワタの技に見とれていた。



「見ろ、穴が閉じていくぞ」



 ワタの水の槍を飲み込んだ直後、穴はするすると排水溝に流れるように小さくなって消えた。



「おぉ、やったな、ワタ!」


「いや、これだけじゃ面白くねぇだろ」



 ワタがそう言うと、マンホールくらいの小さな穴と、その後ろに、直径2メートルほどありそうな大きな穴が現れた。


 小さな穴からは、人間が現れた。前進黒づくめの、ひょろっとした細身の男だった。顔は、髑髏のようなマスクで隠されているのでわからない。その両手には、マシンガンを持っていた。


 そして後ろには、巨大な獣が現れた。

 今度は真っ黒な熊のような生き物、ではなく、紛れもない熊だった。

 先ほどの鼠と同様にその目は血走り、その手には大きく鋭い爪を持っていた。明らかに異常な様子だった。



「おい、ナヅキ」


「な、なんだ」


「俺はマシンガン野郎をやる。後ろのでっかい熊は、お前達3人でやれ。ジョージとフーカは手を出すな」


「えぇ? あのでっかいヤツを」



 タカシは震える手で大熊を指差した。



「久々に暴れられると思ったのにねぇ」



 そう言って海坊主は力を抜いて腕を組んだ。



「良かったじゃん、疲れなくて」



 フーカはオーラを鎮め、水色のマニキュアが塗ってある爪のチェックを始めた。



「こんなのは、マナとの喧嘩に比べたらお遊びレベルだ。ナヅキ、ついてこいよ?」



「あぁ」



 ナヅキはグッと拳を握った。


 俺も、絶対そこまで行ってやる。



「ガキが……」



 骸骨マスクは、両手を上げて黒く光る銃口をこちらに向けた。


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