第3話 「じゃあ、次は唐揚げいこう」




 次の日。



「いってきます!」


「気を付けてねー!」



 母に見送られ、ナヅキは、勢いよく家を飛び出した。


 心地よい青空の下、いつもの十字路で、タカシとアサが待っていた。



「おはよ、ナヅキ」


「なんか、いつもより活き活きしてる」


「もちろんだろ、これから俺たちにも明るい未来が始まるんだからよ」


「ホント、ポジティブだよね」



 そして、少し歩くと、



「どうする?」



 ハギワラのボロアパートの前に着いた。

 ボロアパートは、廃墟のように、静まりかえっていた。

 まるで人の気配がしない。



「いいんじゃない? 一応教師なんだから早く出勤してるだろうし」


「そうだな、行こう行こう。今日は必殺技とか教えてもらえるのかなぁ」


「ナヅキ、完全に武力でジェネシスを制圧しようとしてるでしょ? それじゃ、あいつらと何も変わらない」


「お、俺はあいつらと違うし! なぁ、タカシ?」


「まぁ、俺もむやみな暴力には反対かな」


「お前まで……もういい!」



 そしてナヅキはひとりで走って行ってしまった。

 いつものお決まりのパターンである。



「昨日はわたしを守るって言ってたくせに、見捨てて行っちゃったよ」


「そ、それなら、俺が守るぜ」



 アサはじーっとタカシを見つめた。



「な、なんだよ」


「ロリコン」


「ちがう」











 教室に入ると、異変が起こっていた。



「よぉーし、みんな、ホームルームを始めるぞ!」



 教壇に立っているのは、ハギワラではなく、南の島に飛ばされたはずのマツオカ先生だった。


 どういうことだ、まさか、昨日のは夢だったのか?

 いや、そんなはずはない。



「先生、昨日いたハギワラ先生は?」



 ナヅキが立ち上がって質問した。



「あぁ、ハギワラ先生は残念ながら、急きょ大学の研究室に戻らなきゃいけないということで、退任なされた。今日の明け方、突然プライベートジェットで迎えに来られて驚いた!」



 何かあったんだ、と思った。


 味方――かどうかは分からないけど、力になってくれそうな人が突然いなくなって少し不安になった。



「そのかわり、みんな喜べ、転校生だ!」



 クラスが、一気にざわついた。



「さぁ、入って来い!」



 驚いた。

 ナヅキは、その光景を2度見した。

 実にベタな展開だ。

 奴が、こんなベタの事をするとは夢にも思わなかった。



 マツオカに転校生と紹介されたのは、オールバックではなく髪を下ろしているが、まぎれもなく、マナ本人だった。



「マ、マナ……」



 女子はイケメンだと騒ぎ、男子はヤンキーが入って来たとざわついた。教室内は大騒ぎである。マナは少し鬱陶しそうな表情をしている。


 しかし、待てよ、マナが来たということはあの金魚のフンの……



「そして、もう一人、新しく副担任として赴任なさった、サカグチ先生だ」


「やっぱりついてきた!」


「よし、じゃあマナ! みんなに挨拶だ!」


「そんなもの必要ない。席はそこか」



 ちょうど、ナヅキの隣りの席が空いていた。



「ちょっと待て! なんだその態度は、ちゃんと挨拶しなさい!」



 マナは、マツオカを無視して席に着いた。



「こら、マナ! 教師を無視するとは何事だ」


「まぁまぁ、マツオカ先生、落ち着いて」



 サカグチが止めに入ったが、マツオカは止まらない。マナは意に介せず、ポケットに手を突っ込んで目を瞑っている。



「おい、マナ。どうしてお前が……?」



 ナヅキが隣りに座ったマナに話しかける。



「ハギワラに、急な仕事が出来てここにいられなくなった。代わりに、お前らの監視役は俺がする事にした。サカグチがグチグチとうるさいからな」


「サカグチだけに、グチグチ……」



 ナヅキが、空気を読まないギャグを放った。マナは、冷たい視線をナヅキに浴びせた。



「な、なんだよ……」


「わかった。じゃあ、これからはサカグチとグチグチと呼ぼう」


「え……」


「その代わり、お前達もグチグチと呼べよ。悪いが、あいつは怒ると厄介だぞ」



 アサがクスっと笑った。タカシは、相変わらず口をあんぐり開けたままだ。



「あぁ、上等だ! お前が社長だろうが、ここに来たら普通の生徒なんだからな。デカい態度はさせねぇぞ」


「できるならな」



 そう言って、マナはまた瞳を閉じた。

 教室の前では、依然としてマツオカ先生が騒いでいた。







 マナの噂は、半日にして全校に広まった。

 金髪長身のイケメンというだけではなく、教師の質問には素早く的確に答え、体育の授業ではあのタカシを負かした。




 昼休憩。

 4人は誰も来ない校舎の屋上にいた。



「マナ、お前少し目立ち過ぎだぞ」



 タカシがパンを方張りながら言った。



「そのようなことはない」


「絶対目立ち過ぎだって! お前あのドラスティの社長だろ? バレたら色々とヤバいんじゃないのか?」


「お前、変な奴だな。何故、監視役の心配をするのだ?」


「だってよぉ」


「タカシはそういうやつなのよ」



 アサが言った。



「それより、あなたお昼ご飯は?」


「ない。何か買ってくるか」


「じゃあ、わたしの食べていいよ」


「あ? アサ、こいつにやることねぇよ」



 ナヅキがご飯を書き込みながら睨みをきかせた。



「なんでよ」


「だって、こいつは俺達の敵だぞ?」


「敵だって味方だって、お腹は空くでしょ? お腹が空いてる人がいたら助けてあげなきゃ」


「ぐぬぬ、まぁ俺が倒す前にこいつに餓死されちゃ困るからな」


「お前って、ホントに馬鹿だな」


「なんだとコラぁ」



 ナヅキはマナの胸ぐらを掴んだ。

 ナヅキの口からご飯粒が飛んだ。



「まぁまぁまぁ」



 タカシが止めに入った。



「落ち着けよ、ナヅキ。たしかにマナは俺達の宿敵、ジェネシスのトップだけど、今は同じクラスメートだ。とりあえず、そんなガツガツするのやめようぜ」


「ふん」



 ナヅキは鼻息荒く弁当を書き込み始めた。



「はい、マナ。食べて」



 アサは、卵焼きを箸でつかんでマナの口元に差し出した。



「いらない」


「食べな」



 アサはマナの頬をつねった。



「っつ、なんだお前は」



 アサはマナの頬を掴んではなさない。



「いてて、わかったわかった」



 マナは、可愛らしい弁当箱に入っている卵焼きを手で掴むと、口に運んだ。



「どう?」



 マナは目を閉じたまま咀嚼した。



「美味い」


「よかった。後ろに隠れているサカグチさんも出て来て」



 アサがそう言うと、サカグチが扉の影からすっと出て来た。



「グチグチ、そこにいたのかよ!?」


「ナヅキくん、その呼び方は心外です。マナ様の青春を邪魔してはいけないと思い、身を隠しておりました」


「なんか、グチグチ、マナの保護者みたいだな」



 タカシがそう言うと、サカグチの眼鏡がギロっと光った。



「ひぃ、すみませんすみません」



 タカシは手を合わせて拝むようにごめんなさいポーズをした。



「はい、サカグチさんも、どうぞ」


「では、ありがたく頂くとしましょうか」



 サカグチは、アスパラのベーコン巻きを1つ食べた。



「うむ、絶妙な味付けですね。アサさん、あなたは良いお嫁さんになりますよ。マナ様、どうですか、奥様に迎えられては」



 アサは、珍しく照れるような仕草をした。



「バカを言うな。こんな貧乳の小娘など、俺の好みではない」


「は?」



 アサの表情が一変して鬼の形相に変わった。



「バカ、マナお前訂正しろ、ボインボインと言え、殺されるぞ」


「事実を述べたまでだ、何故俺がこんな色気の欠片もないガキに気をつか……いててててて」



 アサは、両手でマナの耳を掴んで思いっきり引っ張った。



「お、お前俺を誰だと思ってるん、いててててて」


「さっきも言ったでしょ、無礼な奴にジェネシスもエヴォルヴも関係ない」



 アサはさらに力を込めた。



「バカ、おいサカグチ、止めろ」


「良いではないですか、青春というものです」




 このように楽しそうなマナ様を見るのは、初めてですよ。



 ナヅキは依然としてムスッとしていた。










「マナ、わたしたちこれから大須にいくけど、行く?」



 放課後、アサがマナの机の前に立って言った。



「大須? あの商店街か。何故わざわざ大須にいくのだ?」


「色々可愛いのがあるから」


「こいつの可愛いってのは、謎だぞ」



 ナヅキが横から入ってきた。



「その謎なものが沢山あって面白いんだ」



 タカシが続く。



「謎じゃなくて可愛いの」



 アサが少しぷくっとむくれた。



「ってか、俺大須よりも修行したいんだけど。マナ、相手してくれよ」



 ナヅキはシュッシュッっとシャドーボクシングをした。



「いいけど、殺してしまうかもしれないぞ」


「あ? やれるもんならやってみやがれ」


「お前ほどの身の程知らずは初めてだぞ」



 マナはダルそうに立ち上がった。



「……いや、もう1人いたか」



 マナは頭の中に、1人の男を思い浮かべる。ナヅキに似た、馬鹿野郎。



「もう、今日はみんなで大須行くって約束だったでしょ? ほら、行くよ」



 アサはナヅキとマナの間に入ってそのまま2人の腕を引いた。



「おい、なんで俺まで」


「マナは香監視役なんだからわたし達に着いて来なくちゃダメでしょ」


「そんな義務はない」


「ホラホラ、大人しく一緒に行こうぜ」



 そう言ってタカシがマナの背中を押した。



「くっ、あの時助けずに殺しておけばよかった」

 









 学校の最寄りの駅から地下鉄に乗る。

 地下鉄内は、まだ比較的空いていた。

 4人は座席に座り、サカグチはそのすぐ隣りでいつものようにピシッとした姿勢で立っていた。電車が強めに揺れても、備え付けられたポールのように微動だにしない。



「なぁマナ、必殺技を教えてくれよ」



 ナヅキは力こぶを作って見せた。



「自分で考えろ」


「ケチ!」



 マナは、地下鉄の黒い窓に映るそっぽを向くナヅキの顔を見た。



「サカグチさん、教えてくださいよ」



 今度はサカグチに飛びついた。



「そうですね」



 サカグチは、少しだけナヅキの方に顔を向けた。



「人間とは、イメージの生き物です」


「イメージ?」


「そう。病は気から、という言葉があるように、風邪をひいたらどうしようと不安がっていると本当に風邪を引いてしまったりする。一方、ただの小麦粉を風邪薬だと思い込んで服用していると本当に治ってしまったりもする。このジェネシスの1番の能力であるジェネレータも同じようなもので、思い込み、イメージの影響するところが非常に大きい。オーラは、自分が思い描いたような形をとる。マナ様がおっしゃった自分で考えろとは、そういう事ではないでしょうか」


「おぉ、じゃあ俺が思い描いたような必殺技が作れるってことか?」


「その為には、訓練が必要ですが。いくら大きなオーラのイメージを持っていたとしても、その分のオーラを捻り出せなければそれは実現しません」


「そっか、やっぱ最初は基礎体力作りが必要なんだな」


「そうですね、でも今からでもイメージの訓練はしておくと良いですよ」


「イメージか、例えばどんな?」



 タカシが聞いた。



「タカシ君はサッカーが得意ですから、オーラの球を作り出しそれを蹴り上げで敵を攻撃するというのはどうでしょう? オーラの球を作るのがまた難しいのですが」


「なるほど、それなら分かりやすいな」


「でも、まだ皆さんは、言ってみれば生まれたてのヒヨコです。ちゃんとニワトリになって一人前になるまでは実戦は控えましょうね」


「はい、わかったよ、サカグチさん。早く一人前になってやる」


「ナヅキは無理ね」


「なんでだよ?」


「この前の事忘れたの? マナに助けてもらったからよかったけど、そうでなかったらきっと殺されてた」


「あれは、中学生がからまれてたからしょうがないだろ」


「他にもやり方があったんじゃないの? いきなりドロップキックなんて」



 あのマナと初めて出会った日、ナヅキは中学生の男の子にたかっているジェネシスのヒャッハー達にいきなりドロップキックをかました。



「じゃあ、助けを求めにいったらよかったのかよ? エヴォルヴの事なんて、誰も助けてくれないよ」



 結果、中学生を逃がす事は出来たが、ヒャッハーに追われ、マナに助けられたと思ったら、謎の施設に連れていかれ、謎の改造手術を受けることになった。

 そして、力を手に入れた。



「でも、今の俺にはチカラがある」



 ナヅキは、右手を掲げて強く握った。



 地下鉄の女性車掌のアナウンスが大須観音駅への到着を告げる。

 地下鉄を降り、改札を抜け、階段を上り地上に出る。

 階段を上りきると、左手に洋服店があり、その先にコンビニがある。



「揚げまる棒食べようぜ」



 大須観音の前を通り過ぎ、アーケードに入ったところでタカシが言った。



「食べたい食べたい」


「揚げまる棒?」


「なんだマナ、食べたことないのか?」


「ない」


「ならいいじゃん、今日は俺がおごるよ」


「タカシ気前いいね」


「だって、助けてもらった上にジェネシスの力までもらったんだぜ? 少しはお礼しないと」


「そういうとこ律儀だよね」


「しかし、マナにも知らない事があったとはねぇ」



 ナヅキはニヤニヤした。マナがお菓子の存在を知らなかっただけで随分得意げである。



「マナだって知らないことあるわよ、いちいち突っかかるのやめなよね」


「だって」


「今はそれくらいしか勝てるところないからな」



 そう言ってタカシは笑った。ナヅキはムスッとしている。


 大須は、カオスな商店街だ。

 昔ながらの商店街然としたアーケードに、若者向けのおしゃれで新しい店舗があると思えば、その隣りに年配の方が利用するような呉服店などのお店が混在している。飲食店も様々あり、普通にスーパーもある。異国人が集まるお店もある。はたまたマニアックな電気街でもある。よって、様々な人種が集まる、不思議な雰囲気を持つ観光名所になっている。比較的エヴォルヴも訪れやすい場所でもある。


 メイン通りを真っすぐ歩くと、交差点の角にその饅頭屋さんはあった。揚げまる棒はそのお店の名物となっている。



「おばちゃん、揚げまる棒5つ」


「はい、5つね。ちょっと待ってってね」



 饅頭屋さんは、奥に長細い作りになっており、奥のディスプレイには美味しそうな饅頭が並んでいる。


「はい、どうぞ」



 揚げまる棒は、木の串の先に揚げた丸い饅頭が刺さっているお菓子だ。



「私も頂いてもいいのですか?」


「いいよ」



 タカシは、揚げまる棒をマナとサカグチに渡した。マナはなにも言わずに揚げまる棒にかぶりついた。



「どう、マナ?」



 アサはそのちいさな口で揚げまる棒をくわえて言った。



「普通だ」


「普通かよ」


「サカグチさんはどうだった?」


「私は美味しかったですよ。ありがとうございます、タカシ君」


「じゃあ、次は唐揚げいこう」



 そう言ってアサはスタスタと歩き始めた。



「アサ、そんなに食うと太るぞ」



 カカカ、とナヅキが笑った。

 そしてすぐアサの後を追おうとしたが、アサは立ち止まっていた。


 アサの目の前に、3人の高校生が立っていた。

 他校の制服。

 真ん中にいる男は、緩くパーマのかかった青い髪を肩までのばし、某鬼太郎のように右目だけ出している。首に、先端が3又に分かれた銛のような形のゴツいネックレスを付けている。

 その男性の横には海坊主のようなスキンヘッドに真っ黒なサングラスをかけた体格の良い男。とても高校生には見えないが、制服を着ているから高校生なのだろう。一体何回留年しているのだろうか。

 その反対の左側には、赤毛の髪を腰まで伸ばした、ギャルギャルしい女子がいた。スカートがやたら短い。瞼を開いているだけで疲れちゃいそうなボリュームあるつけまつ毛をしている。腕を組んで、つまらなそうに地面のどこかを見ている。


真ん中の青い髪の男は、顔を傾け、睨んで言った。


「よぉ、マナじゃねぇか。こんなトコでなにしてんだよ」


「なんだ、マナのツレか?」



 ナヅキは振り返ってマナに聞いた。


「同業者だ」


「同業者? なに、こいつも社長ってか?」


「違う、専務だ」


「せ、専務?」


「ゴチャゴチャうるせぇんだよ。ツラ貸せ」




 楽しい放課後に突如現れた、クセのありそうなジェネシス3人。



 睨み合うマナと青髪、バトル不可避の様相を呈している。

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