第46話 未来

あの大事件からどれだけの時が経ったのだろう。

この国では時間というものが曖昧だ。なんせ、レイという象徴的な英雄が幾年を重ねても、姿がほとんど変わらないのだから。

「あなたは何年経っても美しいわね、レイ。…初めてあなたを見てからもう何年も経つのに。変わるのは髪の長さばかり。」

「お前がさす初めての日はいつかは知らないが、オレだって多少の変化はある。」

対外的には妹と同じように、病に倒れたとされるアマネは、それでも気品を失わず、年を重ねた表情でレイに話す。

「ええ、あなたのは成長なの。…私は駄目ね。どんどん老けてしまう。老けることが悪いことではないけれど、アムやあなたたちを置いていく日がそう遠くないことが寂しいわね。」

「死ねないのよりましだろ。」

「いえ、あなたは死ねないわけではないわ。他の人より、ずっとずっと長い生を持つだけよ。」

「オレの周りの人はもれなく、全員が先に死ぬ。」

「ええ。寂しいわね。」

「それでも、お前はオレに生きろ、というんだろう?」

アマネはレイの髪に手を伸ばす。

「あなたはこの髪に誓ってくれましたね。アムとともに生きてくれる、と。」

レイは諦めたように首を振って

「わかっているよ。」

アマネは少しだけ口ごもってから話し出す。

「レイ。あの約束を少しだけ私は破ります。そして、あなたについた嘘も…もう、あなたにあの娘を殺せ、なんて言いません。」

「お前の嘘は聞き飽きた。」

アマネは静かに目を伏せる。

「私にも、姉様にも妹にも子はありません。誰一人として残す気もありません。これで私たち姉妹が死ねば、残る王の血筋は、あなたとアムだけです。」

アマネは静かに言葉を紡ぐ。いまだに眠りの世界から帰ってこない妹に想いを馳せているのだろう。

「この国のシステムは、ロミの力で、姫の影響からほぼ脱しました。イズル様達のもとで優秀な人も多く生まれています。もう、必要ないでしょう。」

「お前がそれを望んだからな。」

「ええ。もう二度と悲劇を生まないために。」

「悲劇は、どんな世からだって生まれる。」

レイは達観した言葉を容赦なくアマネに投げかける。

「悲劇は生まれます。それでも立ち向かわなくてはならない。そのための絶対的に信頼のおけるもの、それが必要です。…レイ、あなたはそれだった。でも、これからの世は、自らの中にそれを持たなくては生きてはいけない。だから姫はそれを失ったときに狂った。」

アマネは、約束をした時と同じように、強い真っ直ぐな瞳をレイに向けた。

「彼女が目覚めたとき、一人ぼっちにならないように。彼女が死ぬ、その日まで生きていてください。」

「…それが”姫”でもか?」

「はい。」

「ずいぶんと勝手だな。」

「承知しております。」

レイの出す静かな殺気にも怯むことなくアマネは立ち向かう。

「ですが、私も院の娘という気楽な立場から離れ、姫に近い位置にたち、彼女の孤独を知りました。ですが、私にはあなたがいた。」

「不幸と幸福をパック詰めしたようなオレがな。」

レイの皮肉を正面から受け止める。

「否定はしません。姫でもアムでも、もうあの娘を一人にはしません。…よろしくお願いしますね。」

「…今度は誓わねえぞ。」

レイの言葉に、アマネは花が開くようにふんわりと笑った。

「もう眠ります。また。」

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PRIDE 水無瀬 @Mile_1915

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