第44話 博愛

「よかったですわ。」

「何が?」

アマネはレイの言葉を聞き、安堵のため息をついた。

「私もそのつもりでしたから。もう、あの子を苦しめるものなど、もう一つたりともいりません。」

レイはアマネの顔をまじまじと見つめて

「オレも、あいつも狂ってるが…。お前も大概だな、アマネ。」

どこ吹く風と流すアマネは一人の少年を呼ぶ。

「ロミ、来てくれる?」

中空に向かって、彼女が知るはずのない名前を呼ぶ。

「…こうやって呼べば、シズル様が聞いてくれるのですから、便利ですね。」

「その代わり、隠し事もできないけどな。」

「だったら、なおさらふさわしいですね。」

最後のアマネの言葉に問い返す前に扉がたたかれる。

「ロミです。」

「入っておいで。」

おずおずと、でも自信ありげに入ってくるロミ。

「レイさん、お久しぶりです。」

「オレ的にはそんなにたってないんだがな…。お前がなぜここに?」

「それが僕も驚きなのですが…。」

二人の会話を遮るように、アマネが言葉を継ぐ。

「彼には宰相となってもらいましてね。」

「…ロミはまだ子供だぞ?」

流石のレイも驚いたようにつぶやくが、アマネはさわやかに笑って

「関係あります?ロミの能力はそこらの大人よりよっぽど役に立つのですから。すでにいくつか仕事をこなしてもらいました。」

「ロミ?」

ロミのほうを二人で見つめると恥ずかしそうに

「自分たちの戸籍をちょっといじって…。姫のシステムを多少乗っ取っただけですよ。」

アマネはクスリと年相応に笑って

「ね?レイ。十分でしょう?」

「ああ、ロミが姫のシステムに干渉できるのは知っていたが、ここまでとはな。」

ロミはどこか照れたように笑う。

「ティアからの伝言です。”アム様の健康状態は良好、言ってみれば目を覚まさない以外はなんの問題もない。うわ言は一つ「姉様」のみ。人格を特定するには厳しい。”」

「そう…ありがとう。戻っていいわ。」

アマネは哀しそうに礼を言う。

「失礼します。」

ロミが立ち去ったのを確認してから、アマネはつぶやく。

「本来なら、妹をイズル様達のもとに預けるのは、残酷でしょう…。シズル様をあそこまで追いやったのは、妹ですから。そして、あなたを含める、みなを作り出した根幹も。」

彼女は姫も同じように妹として扱っている。姫を殺そうとした想いは、ただ妹の心を裂く行為を止めたかった、それだけだったのかもしれない。そうレイに思わせるにも十分だった。

「どうせ、イズルが名乗り出たんだろう?アムを自分のところで面倒を見るって。」

レイは何事もなかったように言葉を紡ぐ。

「ええ。シズル様を安全な場所に預けた後、どうしてもレイが心配で戻ってきたんだそうです。そこからはなし崩し的に手を組み…。イズル様はあんなことがあった後だというのに、優しく笑ってくれました。」

レイは笑って

「お前もイズルにやられたのか。」

アマネも笑って

「ええ、彼はとても魅力的ですね…。”やるべきことがあるのなら、彼女は僕たちが預かる。大丈夫、悪いようにはしない”そう言って、私の背中を押してくれました。思うことはたくさんあったでしょうに…。」

「そういうやつなんだよ、あいつは…。」

レイは呆れたように笑う。

「多分、これも全部聞いたうえで、あいつは笑うんだ。」

アマネは優しく微笑んで

「彼らには、彼らの本来いたはずの場所である神殿を返そうと思います…。今は人の入れる状況ではありませんが。イズル様のお体もご丈夫ではございませんから、今も無理がたたって臥せってらっしゃるようですし…しっかり治療をさせていただきたいと思います。少なくとも、彼が望むように生きれるように。」

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