第36話 情

異様なまでに信奉していたような姉の裏切りにも、アムが見せた表情は、怒りではなく、純粋な疑問だった。

本物の妹が、姉に穏やかな質問を投げかけたかのように。ただただ、疑問だ、と言わんばかりの表情を浮かべる。

レイは殺気を収め、イズルに渡していた銃を手で弄ぶ。姉妹の話が終わらなければ、姫はさっきの話をしようとはしないだろう。それが分かったから、強者らしく、待つことにしたのだ。

「私の妹は姫様…あなたじゃない。アムよ。アムを返して!!」

激昂するアマネに、姫は不思議そうに

「何を言ってるのです?姉様。この体はアム、あなたの妹のものではないですか。…私はあなたの妹だったはずですが?」

「そうよね…。父様がアムに姫の記憶という名のを植え付けて長いけれど…。確かに、私はあなたが演じるアムと、本来のアムの区別はつかないわ。それでも…。私にとって愛しいのは、アム…。私の妹ただ一人よ!!ずっと待ってた!姫を殺せる時を!」

そう言いながらもアマネは泣いていた。

長い時間、姫か妹かわからぬまま時を過ごした。そう彼女が言う以上、姫のことも同様に愛しくあっただろう。それでも、狂おしいほど、殺したいと願っているのだろう。

その涙を見た姫も同じように涙を流しながらも、哀しそうな表情とは違った言葉を放つ。

「そうね…。姉様。そう見れば、私はあなたの妹…”アム”の敵でしょう。あなたの言う通り、私と彼女の人格は入り混じり…。私は彼女に、彼女は私になった。彼女の人格は途中で年齢が止められてしまって、成長が遅いから本来よりずっとずっと幼いけれど、それこそが擦れていない、純粋な院の子女として正しい姿でもあった。私とはまた違った形でね。」

思い出話をしているはずの彼女の表情は、また狂気に満ちていく。

「まだ、幼い彼女は、私に体を譲るにあたって、いくつか条件を出した。…きっとそれが逃れられないことは直感していたのね。時々は遊ばせてほしいなんて可愛い願いと…。姉だけは何があっても守ってほしいという、真摯な願いを。だから、私は、姉様だけは祀り上げてきた。だから、私は…。」

アマネの顎を持ち上げて、妖艶に微笑んだ姫は、容赦ない蹴りをアマネに繰り出した。

「お前は狂ってるな、姫。」

あれほど信奉している姉を蹴り飛ばし、担ぎ上げ玉座に落とす姿を見たレイは言った。

「狂ってるのは、一緒よ、レイ。…私本来の人格はアムという娘に浄化され過ぎて、おかしくなった。それに最後の最後に狂わせたのは、あなた…。あなたが無意識か故意か私のことを姫と呼び、あんなに美しい殺しを見せたから。」

「そんなことはどうでもいいさ。それより今は、順番をおとなしく待っていたオレは褒めてほしいくらいだね。…まあ、邪魔者は消えたし。」

レイは呆れながら剣を抜く。

「仕方がないから…。狂った死にたがりの戦闘狂同士、最後の殺し合いをしようか。」

「理由は?」

「オレとお前が殺しあうことに理由なんているか…?母さん。」

レイが本能的に呼んだ呼称。突然のその呼称に驚きこそ見せるが、すぐに姫は嗤う。

「まあ、それは間違いじゃないわね。私がいなければ、あなたもイズルも誰一人生まれなかったのだから。」

レイは、自分たちの実験の理由など知らない。ただ、自分の備える爆発的な力から、おそらく兵器だとぼんやり知っているだけだ。

それでも、姫を母と呼んだ。

自らの体に流れる血に、彼女のことを母と呼ばされたのだ。

「オレは、オレを生み出した要因を壊しに来た…。そしたら、お前は壊すべき最たるものだろう?」

レイは美しく微笑み、右手に剣を、左手に銃を構える。姫は似たような表情で、おそらく伏す王族たちを殺したのであろう銃と、アマネの手から取った銃を両手に構える。

「子に殺されるも、親に殺されるも世では不幸といわれるけれど…。私たちはどちらかしか、選べないようね。」

「もともと、そんな贅沢を言える立場か?」

「言われてみればね。」

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