第32話 血
「何…言ってんだ?お前…。」
イズルの突然の行動に、二人は戦いの手を止める。
「僕はシズルの言う悪夢を知らない…。でも、僕にとってシズルも、レイも、みんなも…等しく愛しい存在なんだ。シズル、君がともにいることを望むのなら…。僕は君とともに生きたいよ。」
イズルのこの言葉は本音ではあった。でも、そこにある真意は別にあった。
そしてシズルもそのままイズルを抱きしめに行くほど愚かでもなかった。
ここで初めて、拮抗していた戦局が動いた。
イズルをただ神のように愛するシズルと、イズルを人間として呆れかえっているレイ。その差はこの場において大きかった。
いや、ある意味レイとイズルは、誰よりもシズルを信じ、残酷な決断をしたといえるだろう。そしてこの行動は、この場ではレイにしかとることは出来なかった。
レイは何のためらいもなく、よけることの出来ない、今まででも最高速のスピードを乗せた、剣先をイズルに投げつけた。
その場にいたレイ以外の全員が、その行動に気づいた瞬間、イズルのほうに動いた。彼らにとっては神の子も同じであるイズルを守るのは、当たり前の頃だった。
一番早かったのは、シズルだった。
その場から動く気のないイズルをどけることは出来なかったイズルは、レイの凶刃からイズルを守るように、自らの体を盾にして、イズルを抱きしめた。シズルの体は、レイの投げた剣が深々と突き刺さって貫通している。
「シズル…。」
シズルの右胸に背後から突き刺さる剣。レイとの戦いで、消耗したシズルには、その剣を抜いて、治癒させることは難しかった。
「わかっていたんだろう?お前に剣が投げられれば、私が身を挺してでもイズルを守ることを。」
苦し気に話すシズルの目からは、狂気が抜け落ちていた。
「…ごめんね。それでも僕はシズルとレイの哀しい殺し合いを止めたかった。レイを止める手立ては思いつかなかったけれど、君ならこれで止まってくれるかもしれないと、賭けた。…ごめんね。シズルの願うままに育てなくて。」
イズルはシズルを抱きとめたまま、目を潤ませる。
「…いや。イズルが強く生きててくれた。それがよくわかったよ。シズルは、僕たち全員の希望なのだから。…イズル。お前は何も知らないままでいてくれ。ただ幸せに…生きて。」
そう言って、皆の顔を見渡す。
「イクト、エト、ティア、ケイ、ルカ…それにレイと言ったね。イズルを頼んだよ。」
そう穏やかに微笑んで、シズルは目を閉じた。
「ゴメンね…。またいつかどこかで会おうね…。姉さん。」
自然とイズルの口からこぼれ出た謝罪と言葉。
シズルの体から自然と力が抜け、イズルの涙がシズルの体に落ちる。
イズルは必死にシズルを抱き上げようとするが、彼の力では無理な話。
「イズル、貸して。」
ケイがイズルに手を伸ばし、シズルを抱きとる。イズルは渋々ながらも、自分の力ではシズルを運べないことを理解しているから、おとなしくケイに委ねる。
「…ここから先は、一人で行く。お前たちは連れて帰れ。」
たった一人、感傷に対抗するにように、レイの冷ややかで艶やかな声が響く。
「レイ…?」
「そもそもあちら方のご指名はオレだけだ。お前らがいなくとも文句はあるまい…。」
「僕も行く。シズルの仇だよ!?」
いつになく冷静さを欠くイズルにレイは言葉を返す。
「バーカ。そいつの仇はオレだ。お前なんかに歯が立つようなやつじゃないんだよ…。それに、お前は…その子を、また一人ぼっちにする気か…?」
レイの言葉に黙り込むイズル。
「でも、どうするんだ…?ここから先は、いくらロミでも厳しいぞ…姫のシステムの最奥だ。ましてや、俺達がここから出るならそれに労力を割いてもらわなきゃならない。」
冷静なイクト。
「ロミは、そっちにかかり切ってもらって構わない。」
「どうやって進む気だ?」
「簡単な話だ。」
そうしてレイはアムたちが去ったほうに向かい、いまだ癒えない、シズルとの傷から流れる血を壁に流し込む。
「あの時、アムはこうして開けた…。まぎれもなく姫が王族に準ずる血の持ち主だったことの証明だ…。それならば…オレにも、同じ血が使われているはずだ。」
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