第30話 二人の娘

そこに立っていたのは、アムと、その姉であるアマネだった。

「その質問に答えるなら、姉様を連れて、あそこから抜け出したから。なぜ、そのことを知っているのか、と問うているのなら、今の私は”アム”という娘ではなく、かつて存在した”姫”だから。」

淡々と答えるのは、アムだったはずの娘だ。その隣で、アマネはどこか怯えたような虚脱感をまとっている。そもそも彼女が”姫”だというのなら、なぜアマネのことを姉様と呼ぶのか理由がわからない。

「どういうことなんだ…。」

全員が衝撃から抜けきらない中、たった一人、アムだったはずの少女は歌うように、楽しそうに言葉を紡ぐ。

「今、あなたたちが知りたいのは私の真実なの?それとも、壊さなくてはならないのが、自らの脳だと知って呆然としているの?」

その言葉を紡いだ後、幼い少女の表情はかき消え、冷たい女の表情になる。

「まあ、でも…。そんなものどっちでもいいかな。殺したい、という想いはあなたと同じよ。気が合うわね、レイ。」

「どうかな…。オレはお前ほど、サディストじゃねえよ。」

レイは他よりは早く立ち直って、姫の挑発を正面から受ける。

「あら、私もサディストなんかじゃないわ。ただ、あなたと同じ愛に飢えた獣よ。そして、それはもう一人…。おいで、シズル。」

彼女が招いたのは、この場の誰もが見覚えのある姿だった。

「レイ、私の元にいらっしゃい。…まあ、シズルを破れないような子はいらないから、シズルを破れたら、の話だけど。行きますよ、姉様。」

そうして、まだ怯えた様子のアマネの手を、幼い子供のように引いて立ち去る。レイは本能的に彼女たちを追おうとする。否、追わなければならないと、レイの本能が訴えかけた。

光一閃。

レイの前に振りかざされた剣。

「そーか、忘れてたよ。シズル。お前…生きてたんだな。」

「おかげさまで死に損なったのよ…。でも、おかげで…イズルに再び会えた。」

シズルの口からイズルの名が愛しそうに紡がれる。

「シズル…。なんで…。」

「イズル…。久しぶりね。元気でいてくれて嬉しいわ。また私とともに生きましょう。」

本当に楽しそうに、ウキウキした様子で言葉を告げる。

「なんで、シズルのことをレイが知ってるの…?生きてたって…?」

かみ合わない会話。其のキャッチボールはレイに投げられる。レイは珍しく困惑しながらも、見たことのないイズルの様子と、イクトたちの厳しい視線に誘われて答えを告げる。

「なんでって…。シズルは、オレが殺したはずの一人だ。ちょうどこの場所でな。」

「なんで…。シズルは、私やイズルたちの世代の実験体だ…。なんで、そのシズルが、レイの時にいるんだよ…!」

レイにとっては知ったことではない話。でも、それはイズルたちにとって重要な話だった。

「イズルとともにいるためなら。イズルのためなら。私は悪魔にだって忠誠を誓う…。レイを殺したら、イズルとともにどこにでも行けばいいと、彼女は言ってくれた。…ならば私のすることは一つ。…レイ、あなたを殺すわ。」

レイは脱力した様子で、シズルに手を伸ばそうとするイズルを見やりながら告げる。

「それは、そのイズルが望まないんじゃ?痴話げんかにオレを巻き込まないでほしいね。」

シズルは少しも動じず。

「もう、イズルの意志なんて関係ないの。私がイズルとともに生きるために、決めたんだから。」

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