依子の章
依子の章 一
「
「村に訪れるのは久しぶりですね」
今までは、頭首である兼光様の許しが無ければわ私は外出することが出来ませんでした。兼光様は、私が立派に退魔師として大成するまでは外には出せないと言っていましたが…結局、腕も確かでないままこうして外に出てきてしまいました。
「依子、まずは疲れた体を休ませるのが先だわ」
「そうですね。慣れない歩きをあまり続けるのもよくありませんからね」
この東の村は、私がよく兼光様から聞く事のある村です。退魔の一族"東風斎一門"から最も近く、それ故栄えずとも決して滅ばない安寧の村と聞いていました。その噂通り、この村は妖怪の気配がしません。普段お屋敷に居るときは、昼夜を問わず大なり小なりの妖怪が周囲を巡っていました。それが、この村においては殆ど見られないのです。
「安寧の村は今だ衰えず…ですね」
「妖怪は入れないけど、幽霊は入れるのね」
傍らにいた
「あの頭首は、何の
霜月の疑問も、もっともな話です。基本的に、幽霊は人間に弱く、その人間は妖怪に弱い。そのため、妖怪を人間が封じる場合、その力は幽霊にも必ず影響を与えるものになります。だから、妖怪を除けられて、幽霊を除けられないなどといった術は、私と霜月の知る限りには存在しないのです。勿論、霜月は幽霊ですし、私はまだ未熟な身。兼光様や、他の兄様姉様達は知っているのかもしれません。
「こんばんは~」
この村の退魔の力についてはさておいて、私たちは何処にお宿があるかを尋ねてみることにする。
「あら可愛いお嬢さんだね。どうかしたのかい?」
「私たち、お宿を探しているんです。昼のうちに旅を始めてここまでたどり着きましたが、宿が何処にあるのかを知らないもので…」
尋ねたのは、村に入ってすぐの家。中から出てきたのは、さも健やかな女性。見た目には、私の姉様くらいに見える。
「あら、それはご苦労さまだけど…残念ながらこの村には人を泊める宿はないのよ」
「えっ、」
女性のその言葉に、予期せぬ声が漏れた。
「何せ、この村に用事のある人なんて、大概は東風斎の家に用がある人ばかりだからね」
「そう、でしたか…」
それを聞いて、残念だが仕方のないといったため息が出た。普通に考えれば、当然の話だろう。決して大きいわけではなく、そして、町への大動脈も張っていないこの場所で、直ぐさま宿が見つかるかと言われれば、その答えは明白だ。
「…わかりました、次の村を当たってみますね」
陽は概ね沈み、宵闇はもうすぐ側だが、ここで宿が無ければ、あまり贅沢は言ってはいられない。とにかく、大物の人喰い妖怪が現れる前に次の村に着かなければならない。
「あぁ、ちょっとあんた」
踵を返して立ち去ろうとした際に、背中を止める一声が掛かった。
「はい?」
「宿がないんならさ、あたしの家に泊まっていきなよ」
「えっ、」
「あんたみたいな小さいお嬢ちゃんが、こっから夜道を歩いてたんじゃ危なくて仕方がないからねぇ、幸い今年は村でも色んなモノが採れた年だ、一宿一飯くらいならもてなせるよ。」
「…本当に、いいのですか?」
「旅人を放っておいたとあっちゃ、ご先祖さまに示しが付かないからねぇ」
「…っ!あ、ありがとうございます!」
私を迎え入れてくれた女性に、私は何をすればいいか迷い、身に任すがまま、私は地に膝を付いて、深々と頭を下げた。
「お、おいおい…土下座なんてしなくてもいいから…あぁ、せっかくの着物が台なしになっちゃうじゃないか。とにかく中に入ってちょうだい。丁度、夕飯支度をするところだったから」
「はい。それなら私もお手伝いします!」
こうして、私と霜月はこの元気な女性のお家に泊めてもらうこと二なりました。
………
「ご馳走様でした」
「お粗末さまでした」
夕飯も終わり、一息の休息の時が訪れた。
「お嬢ちゃん、なかなか腕が立つんだね。どこかで習ったのかい?」
「習ったというほどではありませんが…一番上の姉様がとても料理の達者な人で、私に包丁の使い方などを教えてくださいました」
一番上の姉様…
「なるほどね、いいお姉さんだったのね。そういえば、お嬢ちゃんのお名前は?」
「えっ」
「ほら、夕飯のごたごたで結局話してないじゃない?あたしは
「私は…」
名前を言おうとして、ふと口が止まった。思えばここの人達は東風斎をよく知っている。今ここで私が名前をすべて表せば、ただ事では済まなくなるだろう。そうかと言って、姓を明かさなければそれもそれで心配されてしまうかもしれない。
「………依子です。
「依子ちゃんか…うん、可愛い名前だね」
結局、東風斎という姓から
「…依子、そろそろ出てきてもいいかしら?」
「うわっ!?」
お互い名前の事で一息着いた矢先、私の背中から霜月がするりと現れた。そのいきなり具合に、妙さんが飛び上がって驚いてしまう。
「霜月、急に出て来ないでくださいよ。人が驚きますから」
「ごめんなさいね、さっきから私隠れたっきりだったからつい、」
「あ、ゆ…幽霊…なのかい?」
前に向き直ると、妙さんが霜月の顔をしげしげと見つめていた。霜月は、いつもの調子を演じながらも、見つめられている気まずさに目を泳がせている。
「妙さん、幽霊が怖くないんですか?」
「へ?あぁ、幽霊ね。別に怖くはないわよ。私たちはむしろ幽霊の事は信頼してるから」
「信頼…?」
「この村はね、向こうにあるお屋敷…東風斎一門のお屋敷から、年越しの供え物と引き換えに、強い守護霊を降ろしてもらってるのよ。年末になると、あそこの主人…東風斎兼光さんがこの村の様子を伺いに来るんだよ」
妙さんは、私が来た道の向こう側の方角を指し示して、そう語ってくれた。退魔の術の一つ…降霊術。それは、妖怪を防ぐ強い力を持った霊を呼んで、妖怪退治の手助けをしてもらうモノだ。今の私には、降霊術は使えないけれど、兼光様は確かにそんな話をしていた気がする。
「おかげで、他の村は妖怪にあくせくしてるらしいけど、この村では妖怪よりも野性の猪や野犬の方が怖い始末さ」
「へぇ…」
そうか、やはり兼光様がこの村を守っていたんだ。
「…そんなこともあってか、この村の皆は幽霊に対して抵抗がないんだよ。特に、この子見たいに目に見える幽霊は、かなり敬われるんじゃないかしら?」
「敬われても、私には何も出来ないんだけどねぇ…」
バツの悪そうな顔でそっぽを向く霜月。霜月にも、こんな表情が出来るんだなと、新しい発見をしたような気がした。
「うわあああぁぁぁぁぁーーーーーー!!!」
「っ!?」
話が一段落して、辺りが静かになった途端に、一体に響き渡るような男の人の叫び声が聞こえた。
「な、なに…」
「猪でも出たのかしら?」
私と妙さんが、立ち上がって外に出ようとする。その時…
「待ちなっ!二人とも出るんじゃないっ!」
「「えっ」」
私たちの歩を止めたのは、霜月だった。その表情は、いつもの飄々としたそれとはまるで正反対で、もしかしたら初めて見るかもしれない顔だった。
「どうしたのです、霜月?」
「…まずいことになってる」
「まずいって………」
「…妖怪が入ってきてる。この村に…」
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