魍魎黙示録
黒羽@海神書房
一の巻
世界がまだすべてを信じて疑わなかった頃、その戦いは始まった。
「…では、
赤子からずっと住んできたこの大屋敷を、私は今後にする。頭首様は、その厳格な面立ちで私を見送った。微塵の曇りもなく、頭首としてあるべき姿を体言したその面立ちで…
半人半妖のヒト
私は、今の今まで長く住んできた「東風斎一門」の家を出て行くことになった。長きにわたって妖怪の退治を生業としてきた退魔師の名家「東風斎一門」私はその一門に、半人半妖の能力を買われて養子として引き取られた。
けれど、妖怪の力を持つ私には、様々な妖怪が寄ってきて、このままでは退魔師の家としての体裁を保てなくなるということで、私がこの家を出て行くことになった。
「…さて、まずはどこへ行こう?」
その代わり、家を出て姓が無くなると危険だということで、東風斎の姓だけは名乗っていいということになった。今の世の中で、姓が無いとなれば、その人間は物同然の扱いを受けることになる。頭首である兼光様は、それを危惧して姓を残してくださったんだろう。
「依子は、これからどうしたいの?」
「そうですね~、まずは町を探しましょう。お宿が無ければ、それこそ危険ですし」
それに、私は一人で出て行く訳ではない。東風斎の家で知り合った幽霊"
「東風斎のお屋敷から一番近いのは…東の町かしら」
「そうですね。では東へ参りましょう」
………遠野
「なにぃ!?
遠野の業火
ここは、誰も知らない遠野の秘境。人間は決して入るることの無い洞窟の中。硬い岩で出来た洞穴に、その男の叫び声が鳴り響いた。
「あんのイカレジジイがぁ!」
そう言うや否や、彼は持っていた釈杖に業火を巡らせた。そして、緋色の目を血走らせ、今にもこの洞穴から飛び出しそうな熱気を周りに侍らせた。
「落ち着け、火車。」
彼の業火の音が洞窟を埋め尽くす中で、何にも囚われずに、突き抜けるような一声が発された。人の声のようであり、しかし人以上に凛とした言葉。その主は、洞穴の奥…その末端であろう場所に鎮座していた。
「お主が気にすることではなかろう。それに勘当された訳ではない、姓はしゃんと残っておる」
遠野妖怪の若長
それは、人が伝承で目にする通りの、九尾の狐であった。その黄金色の尾は、何れも美しく、雑な毛のない純粋な九尾。そして人形のその姿は、真に端正で、恐ろしいほど精密に綺麗である。
「けど狐姉(きつねえ)、あれを一人にしていいってのか?いくら半妖っつっても、あいつはまだガキだぜ?」
幽玄に佇む狐は言う。
「心配せんでよい。アレは強いからの、いざという時は自分で身を守るじゃろうて。そんなに心配なら、アレのもとへ行ってやればいい。きっとアレも喜ぶぞ」
「…はぁ」
九尾の狐の言葉に、緋色の目をした男…妖怪火車は大きくため息をついた。彼は、彼女が身も心も落ち着いているのを理解して、それがどういう意味なのかを感じ取ったのだ。
「まあ、狐姉がそう言うなら仕方ねえな。遠野の総帥様の言うこった。人間よりは信頼置けるだろう」
「どうかのぅ?わしも人間から成り上がった妖怪ぞ?お主らよりはえげつないかもしれぬ」
………霊界、関東大霊廟
そこはつとめて静かである。昼の刻…霊を裁く
「………」
霊士のいないこの大霊廟。その中に一人佇む女性の霊士。その気配は閑散としていて、美しさはあっても華やかさはない。潮騒の漣…彼女を表すなら、その言葉に尽きるだろう。
霊士の一
「…漣」
無精髭の男が、彼女の名を呼んだ。
霊士の一
「十二神将からの伝令だ」
彼女は、一枚の手紙を受け取り、その文言を一読する。
「お手間を取らせました」
読み終わったのか、手紙を閉じ、渡し人に一礼をする。
「お前さん、随分と厄介なのを任されたみたいだな。しかも十二神将が直接伝令を出したと来たもんだ」
「それだけ嫌われているのでしょう。お上にとっては、私は居座り過ぎのハイエナみたいなものですから」
「そう言うなって。自虐したって何もいいことはねえぞ?」
男はそう言って快活に笑って見せた。女はどう反応すべきか困っていた。
「…しかし、未練が解けて尚、霊界に行かない幽霊か…時代も変わったもんだな。生き霊でひぃひぃ言ってた頃が懐かしいよ」
幽霊とは、人間の世界を反転させた場所…霊界にいる者たちである。漣や橘のいるこの関東大霊廟は、霊界にのみ存在する建物であり、霊士達しか入ることは出来ない。
ただし、逆を言うならば、幽霊は霊界にしか居られない筈なのである。それ故、人間の世界に現存する幽霊がいるとなれば、その存在は幽霊の意義をおぴやかす異質なる者と認識される。
漣の受けた伝令…そして、十二神将が彼女に押し付けた指令…まさにそれこそが霊界異変の片鱗である。
………富士の奥地
この国の山々を総括する大山…富士。その大山を寝食の拠点とする者たちがいる。それは、力によって集められ、力こそを欲する者たち…力を得るために手段を選ばない有象無象の集まり………
「…よく集まったな。不義理な連中ばかりだから心配したぜ」
大和妖怪の絶対王者
奇影・ヌラ
「ヌラ様が直々に命令を下したんすから、集まらなけりゃ殺されちまいますよ」
有象無象の口利き
カタリ
ヌラとカタリ。その二人の遥か下には、全国から集まってきた数万の妖怪…それは正に、百鬼夜行の前触れとも言うべき代物だ。
「野郎どもっ!!」
ヌラの発した第一声に、有象無象の騒ぎの声はぴたりと止んだ。そして、海を割るかの如く、妖怪の群れが道を開いた。
「…よくやって来てくれだ。お前らは優秀な妖怪だ。だが、人間はお前らの事などかけらも知らん。そうだな?」
静かなるその問い掛けに、連中から歓声があがる。
「ならばっ!人間に俺達を知らしめたいかっ!」
一つ上の歓声があがる。
「恐怖を植え付けたいかっ!」
更に強い歓声があがる。
「良かろう。ならばその手始めとして、我々大和妖怪は………」
すぐさま満たされるピンと張り詰めたような静寂…そして、ヌラの心地よいかの如き呼吸音…
「………遠野連盟を、潰す」
………
物語は、整った。これで、すべてが動き出す。これが、魍魎黙示録の始まり………
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