七通目 私から彼への最後の手紙




「ミユちゃん……?」




 ここ最近、具合がすこぶる悪かった。

 胃が食べ物を受け付けないし、食べ物の匂いを嗅いだだけでさえ気持ち悪くなってしまった。食欲もあまりわかなかった。

 そのせいか、顔色も優れないので、タツキの葬儀に参列していた知り合いの人からはことごとく心配された。


 まるで死人のようだ、と思われていたかもしれない。だって、今の私には生きていく理由がない。この先長い人生を、独りぼっちで生きていくことなど、今の私には考えられなかった。



「大丈夫です、おばさん……」



 タツキのお母さんが、忙しい中そんな私を気遣って声を掛けてくれた。本当に、優しくて温かいタツキのお母さん。本当の家族であるかのように、私と接してくれる。



「少しでも食べてね」



 そう言って、タツキのお母さんは私に、並べられていたお寿司を差し出した。



「ちょ、ちょっと気持ち悪くて……」



 せりあがってくる吐き気に、思わず近くにあった椅子に座った。






「……!ミユちゃん、もしかして……」




 タツキのお母さんは私に、一筋の希望を与えた。






*****





 偶然と呼んでいいのか、それとも運命なのか。タツキの体が灰になってしまう日は、私の二十七回目の誕生日だった。

 自分がこの世に人間として誕生した、これまでほかの日にはないように特別でおめでたい一日だったけれど、今日は事情を知る近しい人たちからは誰一人としておめでとうを言ってもらうことはなかった。まるで、私の誕生日は今日ではなかったのではないかと錯覚するほどに。


 でも、それでよかった。おめでとうと言ってもらう気分では毛頭ないし、本物のタツキにもう二度と会えなくなる日に、お祝いの言葉なんて言われても、私はなんて返せばいいのかまったくわからなかったから。



 事情を知らない、ソーシャルネットワークサービスだけで繋がっているような友達から送られてきたおめでとうメッセージには、何も返事をせずにそのまま放置した。せっかく送ったのに……と、悪く思われるかもしれないが、そんなこと、今の私にはどうだってよかった。



 私はタツキがしてくれたように、タツキへの想いを全て手紙へしたためて、棺桶の中へ花と一緒にいれた。

 これで、タツキに私の想いが届くのかといったら、きっと多くの人がいいえと答えるだろう。けれど、今はこうして文字にしたためることだけが、タツキへと続く一つの道のようなに私には感じていた。



きっと、届くって願ってる。





*****





 火葬場で、タツキの体に最後のお別れをした時、もう私を見つめる優しい瞳も、低い甘い声を紡いでいた唇も、私を包んでくれた腕も、けがをしたときにおぶってもらった大きな背中も、全て全て無くなってしまうのかと思ったら、また涙が流れてきた。

 その涙が先頭を切って、止まらなくなった。



「タツキっ……!タツキ、返事してよぉ……!タツキ!!」



 その場に他の人がいたけれど、そんなことなんて構わなかった。

私の世界は、タツキと私、そしてあと数人の家族や友達で出来ていたのだ。その半径一メートルちょっとの私の小さな世界で、一番大きな割合を占めていたのがタツキだった。


 そのタツキを本当の本当に失うことを、タツキの体が焼けて灰になってしまうことで改めて実感した私は、狂ったように火葬場で泣き叫んだ。


 焼いてほしくなかった。まだ、生きているように綺麗な顔をしているんだ。私の好きな人を、灰になんてしてほしくなかった。壺に入ることのできるような物体にしてほしくなかった。だって、これで本当に会えなくなるんだ。タツキの顔を永久に見れなくなるんだ――。

 そんなの、信じられなかった。受け入れられなかった。

 





 小さな扉が開く。周りの人たちのすすり泣く声が、大きくなった。


 タツキ。


 数分後には、もうあなたの身体はなくなってしまう。



「置いて……いかないで……」



 私の両親は、私を抱いていた。タツキのことをよく知っていた私のお母さんは、私と一緒になって、涙を流した。マミも、泣きじゃくる私を同じように傷ついた表情で見つめながら、私の背中をさすってくれた。アツヒコくんもユウノスケくんも、タツキを想って涙を流していた。




 ――タツキは、本当に愛されていたんだな。




 小さな扉が、パタリ、と閉じられた。





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