六通目 二人の部屋の写真立ての後ろ ‐2‐





「ねえ、子ども、何人欲しい?」



 タツキがちいさな子どもがおつかいに行く、という番組を見ながら私にそう問いかけた。



「う~ん。二人は欲しいな。できればお兄ちゃんと妹」

「お兄ちゃんがいいの?」

「うん。お兄ちゃんいないから憧れてて」



 いつも、同年代で上の兄弟の話をしている子たちがうらやましかった。



「そうなんだ。……きっと女の子だったら、ミユに似てかわいくなるな」

「ふふ。男の子は多分タツキに似てやんちゃだろうね」

「かもな。一緒にスポーツしたいな」

「お弁当持って公園でピクニックもいいね」

「うん。いいね」



 そんな話をしていると、タツキと結婚した未来の想像がどんどん大きく膨らんでくる。

 タツキと結婚できたら、私はきっと幸せだ。これ以上の幸せは、私にとってこの世には存在しないと思う。



「タツキ、大きくなったら嫁に出したくない~!って泣いてそうだね」

「うん。俺絶対泣く。自信あるもん」



 ふふふっと、二人で目を合わせて笑いあうと、どんな困難でも乗り越えられる気がした。二人の未来のために。





******





 残された二つのお揃いのマグカップ。私のピンクの歯ブラシの隣にある、先が丸くなっている青い歯ブラシ。タツキの匂いのするシーツ。この部屋にいると、まるでタツキがまだここにいるのではないかと私に実感させてくる。

 タツキが明日いなくなってしまうなんて、夢にも思っていなかった。きっと、それはこの部屋も同じだ。


 タツキの好きなプリンは、食べてもらえる人が帰ってこなくてずっと冷蔵庫の中に眠っているし、タツキが育てていたお花もどこか元気なく萎れている。

 この部屋は、タツキとの思い出であふれている。辛いほどに。



「探さなきゃ」



 そう思うけれど、心の半分は探したくないと言っていた。

 だって、タツキの手紙通りなら、これが最後の手紙だ。

 タツキから私への、正真正銘の最後の言葉だ。


 見つけてしまったら、タツキがいなくなってしまうような気がした。タツキが、消えてしまうような気がした。



 ……でも、会いたい。どうしようもなく、タツキに会いたい。



 自分たちの辿って来た道を、思い出を振り返りながら手紙を探してきて、本当だったらタツキとあんなことがあったね、とか、こんなことが楽しかったね、とか話しながら手紙を見つけているはずだった。

 掘り起こされた思い出は、二人で語るはずのものだったのに。私だけのためのものではないのに。それを語れる唯一の人は、何処へいってしまったのだろう。



「探さなきゃ」



 ゆらりとベッドから立ち上がり、タツキが隠しそうな場所を探す。

 今まで通りであれば、タツキの言葉と私たちの思い出にヒントがあるはず。タツキの、“笑顔が好き”という伝言には何か意味があるはずだ。



「もしかして」



 洗面所に向かって、鏡の棚を開ける。そこには、いつも通り私のストレートアイロンと、タツキの電動髭剃り、そして化粧水などの美容用品が入っていて、手紙は見当たらなかった。

 がっかりしながらパタンと扉を閉じると、そこには私の顔が写されている。げっそりとしていて、顔色が悪い。目元のクマと肌荒れも。




 笑顔なんて、どう作るかこの数日間で忘れてしまった。



 ここじゃないなら、とまたリビングへ。



「どこだろう」



 部屋の中を見回す。本棚には教育関係の本がぎっしりと詰められていて、クローゼットには私の洋服と、タツキの洋服がぎっしりといつもと同じように詰まっている。

 チェストの上には、今までに私とタツキが撮った写真がいくつか並べられている。



「あ……」



 目についたのは、一つの写真立て。去年旅行に行ったときに撮った写真で、私とタツキの笑顔がいっぱいに写っているものだ。

 その写真立てを手に取ると、手に紙の感触が。後ろを見てみると、いつもの空色の封筒が張り付いていた。


 でも、いつもと違うところが一つだけあった。




「何か入ってる……?」




 封筒が、変に膨らんでいた。何かと思って開けてみると、そこには――。







******


ミユヘ


最後の手紙、よくみつけました。お疲れ様!

これで本当に最後です。


高校の時から付き合ってきて、今までいろんなことがあったね。たまにはケンカをしたりしたけど、その度に乗り越えてきたね。辛いことは分け合って、楽しいことは倍にして。そんなミユとの毎日は、俺にとって宝物だよ。

俺は、この世界で一番ミユを幸せと笑顔であふれるように努力し続けます。だって、ミユの隣にいられるだけで、俺は世界一幸せだから。


ミユ……俺と、結婚してください。


これからもいろんな出来事がたくさんあると思うけど、苦しいことも嬉しいことも、分け合いたいと思えるのは俺にとってミユだけなんだ。未来のことを考えるとき、俺の隣にいるのはいつもミユなんだ。他の女の子なんて想像できないんだ。

ミユは、俺にとって世界で一番大切な女の子で、これからもそれは永遠に変わらない。

まだまだ男として至らないところもあるけど、こんな俺でよければ、家族になってください。


愛してる、なんて照れくさくて人生で一度も言ったことはないけど……これを文字でだったら言えそうだから、最後に書いておきます。


ミユ、愛してる


タツキ


*******






 封筒から出てきたのは、キラキラと輝く、おそらくダイヤであろうものが付いた、シンプルだけれど可愛らしいデザインの指輪だった。



「タツキ……!」



 タツキがいなくなってしまってから一度も流れなかった涙が、目から零れ落ちた。




 もういないのに。




 もう、私の好きだった声を聞くことも、男らしい腕に抱かれることも、優しい瞳を見つめることも、できないのに――。



 プロポーズされる瞬間は、きっと人生で一番幸せで、あったかいものにあふれているだろう。子どもは、男の子が一人に女の子が一人。男の子はきっとタツキに似て少しいたずらっ子で、でも優しい笑顔を持っているちょっと不器用な子。女の子は、ちょっと泣き虫でお父さんっ子で、いつもタツキについて回ってる。お兄ちゃんと妹は仲良しで、週末には公園に遊びに行って、みんなで作ったサンドイッチを食べる。


 ずっと、こんな風に未来がやってくるだろう、と思っていた。ずっとずっと、そんな将来が訪れるだろうと信じていた。




 なのに、どうしてこんなにも私は今、苦しいんだろう。胸が、張り裂けそうなんだろう。




「なんで……いないの?タツキ……!」





 何度呼びかけても、私の好きだった人からの返事はない。




「世界一幸せにしてくれるつもりなら、戻ってきてよ!ねえ……ねえ!」





 一度流れ始めた涙は、止まることを知らなかった。





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