五通目 実家の卒業アルバムの間 - 2 -




「はー、緊張した。ミユのお父さんもお母さんも、とってもあったかくて優しくて……ミユが大事に育てられてきたんだなって感じた」



 夕食を食べ終わり、タツキと私は二人きりで、私の部屋でくつろいでいた。


 タツキが、背を預けていたベッドの方へくるっと向き直り、顔をうずめた。息を大きく吸い込んだ音がする。



「なにしてるの?」

「なんかいいにおいするなって思ったら、ミユのにおいだ」



 満面の笑みで恥ずかしげもなくそう言い、私の髪の毛を一束すくって匂いを嗅ぐタツキ。そしてその後、髪の毛にそっと口づけた。



「ちょっと……!」

「慌ててるミユ、かわいい」


 高校生のころからいつもこの不敵な笑顔を見ているのに、いつまで経ってもこの心臓は、タツキの笑顔を見ると暴れだす。きっとタツキもそのことを知っていながらこんなふうにいたずらを仕掛けてくるのだから、タチが悪い。


 ……だけど、そんなタツキの表情が、たまらなく好きなんだ。



「あ、懐かしいものみーっけ」


 私越しに何かを見ているタツキの目線を追って見ると、そこには中学の卒業アルバムと高校のものが並べて置かれていた。


「あ、ダメ。中学のはダメ!!」


 そんな私の主張は露知らず、私の身体を乗り越えてタツキは本棚の方へ。


 本当に、写真だけは見られたくない。

 あか抜けない頃の笑顔で写る写真は、彼氏に見せたくない写真間違いなくナンバーワンで、どうにか阻止しようとタツキの身体を引っ張ったけれど、そうそう容易く男の人の力に勝てるわけがなかった。



「いいじゃん」



 さほど重要なことだと思っていなさそうな口ぶりだけれど、私にとってはなんとしてでもタツキが見るのを阻みたい。


 だから、タツキが机にアルバムを広げたタイミングで、その上から覆いかぶさった。



「……何してんの、ミユ」

「阻止。……だって見られたら、タツキ私のこと嫌いになるかも」

「そんなことありえないよ」


 タツキはおかしそうにくすくすと笑いながら、未だに机に覆いかぶさっている私の頭を撫でた。


「でも、ミユがそんなにいやならやめよっかな」

「うん。ぜひともやめてください」

「いつか見せてくれる?」

「うーん、いつかね。いつか。結婚したときとか」

「わかった。楽しみにしてる」


 タツキはそう言って目じりを下げた。


「じゃあこっちでも一緒に見よっか」


 棚にあった高校の頃のアルバムを出す。私はもうさすがに大丈夫だろうと、中学のアルバムをぴったりと体に寄せながら、机から離れた。


「うわ、懐かしい」


 ずらっと並ぶ懐かしいクラスメイトの顔。私たちの三年生のころのクラスは仲が良くて、一年に一度は年末に忘年会をやっていた。都合が合うとタツキと一緒に行っていたのだけれど、高校のころに比べてみんな顔立ちが大人になった気がする。もちろん自分たちも含めて。


「ミユ、大人っぽくなったね」


 タツキも同じことを考えてたみたいだ。なんだか、ちょっと嬉しい。


「タツキもね」



 そして、ふふふと二人で笑いあった。




*****




 母が作ってくれた夕ご飯は、どれも私が好きなものばかりだった。


 痛いほどに、私を心配してくれているということがわかったけれど、食欲は一向に湧かないし、さらにはうっすらと吐き気まで催してきてしまったので、食べられそうなものだけを選んで少量口に運んだ。

 そんな私の姿を、父は何も言わなかったけれど、心配そうに見ていた。




 夕ご飯の後、私は自分の部屋に来ていた。きっと、ここにある。私のカンはそう告げていた。


 高校の卒業アルバムを棚から取り出し、あの時と同じようにテーブルに広げた。違うことは、今私がこれをたった一人ぼっちで見ているということだけだ。


 そして、私はタツキと私のクラスのページに、いつも通り空色の封筒が挟まっていたのを見つけた。




*****

ミユへ


四通目だね。おめでとう!

これを隠すためにミユの実家にこっそり来て、お父さんとお母さんに会いました。

今、ミユの部屋で手紙を書いています。なんか変なかんじ。笑

ここに来るとやっぱりミユが両親から大切に大切に育てられてきたのだなと実感して背筋が伸びるなあ。いつも緊張する。笑

同棲の話をしにきたとき、余裕ぶったふりしてたけど、俺実はめっちゃ緊張しててさ。でも、あの時俺が持てる最大限の勇気振り絞ってがんばったんだよ。どうだったかな?俺。ちょっとはミユの目にかっこよく映ったかな?


じゃあ、最後の手紙でまた

タツキ


p.s 中学のアルバム、まだ見てないから近々一緒に見ような。



******




 タツキの、絶対は存在するかわからないという言葉を、痛感する。


 タツキは、私のそばにずっといてくれると思っていた。当たり前のように結婚して、当たり前のように子供を産んで、当たり前のように一緒に年老いて。そんな未来が絶対に待っているだろうと、息をするように思っていた。


 私がタツキを好きなことは変わらない。生涯、変わらない。でも、タツキがそばにいるという未来はなくなってしまった。

 このやるせない思いを、どうしたら解決できるのだろう。私には、一つの解決策しか浮かばない――。


 


 そろそろと思い、帰ろうとしたら母が紙袋を持って玄関に出てきた。


「これ。包んだから食欲があるときに食べなさい」

「ありがとう、お母さん」


 優しさが、じくじくと心に沁みる。声には出せなかったごめんねを、心の中でそっと一言付け足した。


「あと、タツキくんから。“ミユの笑顔が、何より好きだ。一番大切な場所で会おう”って」



 タツキの最後の伝言を聞いて、私はその言葉を頭の中で反芻していた――。

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