三通目 大学の部室のギターの裏
次に私が向かったのは、大学だった。
運よくも私たちは同じ大学に進学することができた。そして、タツキの趣味がギターだったので、軽音サークルに一緒に入った。
「ここだ……」
他の校舎よりもちょっと古いキャンパスの奥の方にある建物は、部室棟と言われ、サークルや部活の部室が集まっている校舎である。
サークル勧誘の張り紙が廊下の壁には所狭しと貼ってあって、初めて入った時はちょっと怖いところだなあと思っていたけれど、慣れてからは授業がないときはよくここにきて、お喋りをしていたものだ。
コンコン、とドアをノックすると、中から「はーい」という声が聞こえてきた。
「あ……ミユさん。……こんにちは」
中から出てきたのは、
「アツヒコさんから、いろいろ聞きました。タツキさんのことも……」
私がアツヒコくんに今日大学に行くと言っていたから、もしかしたら気を使ってユウノスケくんは部室に居てくれたのかもしれない。
「俺、ちょっと前に会ったばっかりだったんです……だから、なんていうか、すごいショックで……。ごめんなさい、ミユさんの方が、俺の何百倍も今、つらいですよね」
「ありがとう、ユウノスケくん」
泣きそうになりながらそう言うユウノスケくんに、私は小さく笑みを返した。
****
「ミーユ。部室いこ!」
友達と大教室で授業を受けていたら、近くで別の男友達と講義を受けていたタツキが私の元にやってきた。
「うん!」
同じ大学に運よく進学できた私とタツキは、高校の時と変わらず、仲良くいい関係で付き合っている。学部も同じ、教育学部。
私たちの夢は偶然にも、先生だった。もっと詳しく言うと、私の夢は小学校の先生になることで、タツキの夢は高校の国語の先生になることだった。
学科は違うけれど、教育基礎など学部で共通の授業があり、いくつか同じ授業があって、たまに一緒に講義を受けたりもしている。
友だちには、仲良しカップルと呼ばれていた。
二人で部室に行ってみると、珍しくそこには誰もいない。
「貸切だ!珍しい」
タツキはそう言うと、ソファーに座って伸びをする。
「ミユ、おいで」
そして、私に微笑んで手を差し出した。
「ん」
私は、ソファーに座るタツキの元へ抱きつくようにダイブした。
タツキの香りが、ふわっと鼻先に香る。この香りを嗅ぐと、いつも胸にきゅっとここちよい痛みがはしるのだ。
「ミユの歌……聞かせてよ」
私は、サークルではピアノを習っていたので、主にキーボードを担当していたけれど、たまに、ごくたまにヴォーカルをすることもあった。
タツキはギター。高校生の時からコツコツ練習していたらしく、私はよくわからないけれど、タツキは相当うまいらしい。
置いてあったアコースティックギターをケースから取り出して、タツキは音を奏で始める。それは私がよく鼻歌で歌っている曲だった。
「えっ、タツキこれ弾けるの!?」
「ミユがよく歌ってるから……練習してみた」
そう言ってはにかむタツキを見て、やっぱり好きだなあと思う私は重症だろうか。
タツキが笑うたびに、いつも私の胸はきゅっと締め付けられる。
「ほら、歌って!」
タツキの柔らかなギターの音色に合わせて私は歌った。
音は空気に溶けて、窓からすっと出て行った。
私たちは何度もこの部室で歌った。観客がいるときも多々あって少し恥ずかしかったけれど、ステージをこなすうちに人に聞いてもらうことも徐々に慣れてきた。
「俺さ、今度この歌やりたい。ほら、最近流行ってる」
「あ、その歌私も好き」
タツキの言った歌は、最近人気上昇中の女性シンガーソングライターで、力強くも優しい声音を持つ歌手が歌う、ラブソングだった。
街中でもよくこの曲が掛かっている。
「ミユが歌うんだよ?」
「え?私が?」
「だって俺、ミユの歌声好きなんだもん。なんか、優しくて」
「……ありがと」
私はいつも、タツキのために歌っているんだよ、と言おうと思ったけれど、ちょっと照れくさくて言うのをやめた。
****
部室に足を踏み入れると、何人かの子たちが中でおしゃべりをしていた。
その様子は、まるで昔の私たちを見ているようで、胸の底からじわっとしたものが、のどのあたりまで押し寄せてきた。
「こんにちは」
「こんにちはー」
私が挨拶をすると、女の子たちが挨拶を返した。もう、まったく面識のない世代だけれど、きっと楽しくサークルを行っているんだろうということが、彼女たちの表情で分かった。
タツキは、どこにいるんだろう。
部室の中を見回す。
私たちがいるころからある古びたソファー、いろいろな物が積み上げられているテーブル、そして、たくさんの音響設備や弾いてもらうのを待っている楽器たち――。
その中で私の目に留まったのは、一つポツリと置いてあるギターだった。
「あれ……」
そのギターは、タツキが学生時代によく使っていた、誰かが部室に置き去りにしたアコースティックギターだった。
直観でもしかして、と思いギターケースを開け、ギターを見るとギターの裏にまた同じ空色の封筒が入っていた。
「やっぱり」
私はソファーに座って、手紙を開いた。
*****
ミユへ
さあ、二通目よく見つけました。難しかった?
ミユは覚えてるかな?俺たちがよく歌った歌。よくミユが鼻歌を歌ってて、俺はそれが好きでさ、ギターのコード覚えて一緒に部室でよく歌ったよね。楽しかったなあ。
俺、ミユの歌声が好きなんだ。力強いけど優しくて柔らかくてさ。
今は忙しくてギターは押入れで冬眠してるけれど(笑)また一緒に歌いたいな。
じゃあ、次の場所でまた会おう。
タツキ
*****
タツキが好きと言ってくれた歌っていた歌は、今は歌える気分ではなかった。
だって、タツキのために歌っていたんだ。
タツキが好きだと言ってくれたから、私は歌っていた。
タツキがいないんじゃ、もう歌えない。歌えないよ……。
「ミユさん……」
ユウノスケくんが、手紙をじっと見つめて固まっていた私に声を掛けた。
「あ、ごめん、ごめんね。ユウノスケくん」
「大丈夫……じゃないですよね。あんなに仲が良かったし……」
不安そうな顔をしたユウノスケくんが視界に入ると、私はなんとか口角をあげた。
「心配かけちゃってごめんね」
「なにかあったら本当にいつでも言ってください!……タツキさんからの伝言です。友達思いなミユが好きだよ。よく待ち合わせしたあの場所で会おうって」
「ありがとう、ユウノスケくん」
タツキの言葉が示す場所へ向かうため、私はユウノスケくんと別れて部室を後にした。
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