第15話

「あんたもすごいわねえ。」セリーシャはニンジャ社を歩きながら言った。「昨日の試験も一気にパスしたじゃない。」

「セリーシャもな。」

「あたしは経験者だし。」

「何はともあれ順調でよかった。」

「ロウジェベールの爺に感謝しなきゃね。」セリーシャは当てつけっぽく言う。

「爺って・・・ほんとセリーシャは教授の事苦手なんだな。」

「あいつはガラの事ばっか見ててあたしのことみてくれなかったんだもん。今回だってガラのために、て言ったら簡単に協力したじゃない。」

「まあな。でも・・・」

 ベンは思い出す。私たちはガラの親友でガラと同じ志をもち、皆の役に経つために衛星巨神になりたかった。今はガラだけ打ち上げられているが、ガラは独りでいるのは良くない。友達としてサポートしてあげたい・・・そんな心にもない嘘をペラペラとにこやかな笑顔で嫌いなロウジェベール爺にしていたすセリーシャに、ベンは感嘆しつつも、やっぱりこの人とは深く関わらない方がよさそうだ、と言う警戒心を容易に抱かせる。

「お前の気軽に嘘をつけるところ、本当に怖いよ。」ベンは言った。

「あら、おこちゃまね。どんな言葉も必要に応じて私に用意してくれてると思えば嘘なんてかんたんにつけるわよ。」

「そう気軽に誇れるのがますます怖い。」

「来週侍打ち上げ予定なんだってね?」

「あ、ああ。緊張するな。」

「一緒にがんばろ。」セリーシャはニコリと笑う。

「うん。」

「先に訓練場、いってくるね。」



 衛星巨神を扱う会社には、必ずバーチャル訓練場がある。それはコックピットを模した部屋で、何度も模擬訓練をして宇宙でも慣れてもらうのだ。

「ったく、さすがロウジェベール爺が唯一関わった衛星巨神だけあって、旧式よね色々。」セリーシャはコックピットのレバーなどを確認しながら愚痴る。

「むしろ温かみがあっていいじゃないか。」ベンはボタンをあちらこちらと押す。 「よし、今日もいくぞ。」

「出発進行―!」セリーシャは元気良く声出しながらレバーを引くと。効果音でグイーンと宇宙を回る映像が見える。だが直後に映像がすぐに真っ暗になる。

「え?」

 ブザー音、そしてブザー音。いつもの訓練とは違うと気づき、ベンは慌てて訓練場から出る。「ちょっとどういうことよ。」とセリーシャも後から付いてくる。『緊急放送、緊急放送、』とアナウンスが流れる。ベンもセリーシャも顔を見合わせる。『衛星巨神”忍者”が大破したとの連絡が入りました。至急臨時集会を開くので職員の方は大会議室にお集まり下さい。緊急放送、緊急放送、・・・』




「みなさま静粛に。」ニンジャ社長メジロウ・オシムラは咳払いしながら言った。「先ほど衛星巨神忍者の信号が途絶え、道化から通信が入りました。」

そして衛星巨神のガラの声。

『衛星巨神”忍者”が何者かに撃墜されました!地球にいま墜落しています!場所はX108:Y2039と予測。繰り返します、衛星巨神”忍者”が正体不明の何者かに撃墜されました。地球に墜落し、墜落場所は X108:Y2039 と予測しました。』

(ガラ・・・!) ベンは叫びたい気持ちで一杯であった。(ああ、ガラ・・・)

「そして予測地点に移った映像です。」メジロウ社長は言ってプロジェクター投影で再生する。それは青い海。そこに巨大な鉄の塊が落ちて、激しい水しぶきを立てる。

「これが・・・・あの”忍者”だというのか・・・・」と声を漏らす者もいた。一同は騒然とする。「随分欠損しているようだぞ。」「何があったんだ。」「事故とは思 えぬ。」

「静かに。」メジロウ社長は穏やかに言う。「映像を見る限り胴体と右腕と頭を残して大破した模様。部分自爆をしているようだ。忍者は相当抵抗したらしい。道化の言う正体不明の何者か、は少なくとも忍者にとっては極めて危険な存在であった事が伺える。」

「衛星巨神を破壊する存在がいたというんですか?」皆が口々に言い出した。「それは危険じゃないですか?」「どうするんですか。」

「静かに!」メジロウ社長は苛苛と叫ぶ。「まず、忍者の破壊痕を分析し、敵の特徴を知っておきたい。そして、ベンくん、セリーシャくん。」呼び止められて二人は立ち上がった。「君たちには衛星巨神侍として、襲撃者の凶行を阻止する任務を必ず行う事になる。 そのためにも色々情報が欲しいであろう。だから今後の調査に同行してくれ。」

「はい、わかりました!」二人は返事した。




「故マルダ・レーヴィディジナ殿貴方は産まれながら負った数々の困難を乗り越え軍事衛星”忍者”として沢山の功績を治め、母なる地球を守り抜いた。」船の上で男が弔辞を述べていた。ベンもセリーシャもその場所にいる。「功績の多さだけでなく、彼は温かい人柄で我々同僚の心を和ませる存在であった事をも忘れてはならない。我々はマルダ・レーヴィディジナの事を忘れない。母なる地球は貴殿の事を暖かく迎え入れるであろう。」

 そうして港に置かれたマルダの棺桶に一枚ずつ花びらを置いていく。ベンはかつての先輩の顔を見た。歯は牙だらけで、また焼け爛れていて見るも痛々しい姿なのに不思議なほど暖かい笑顔にも感じた。ベンは花びらを暫く見つめた後に置いた。セリーシャは無表情で花びらを丁寧に、あまりにも手早く置いた。



「クラウン・ジョークですか・・・」その後残骸を分析した専門家と話をしているベンはため息をつく。専門家は言った。 「ええそうです。胸の中心に空いた穴を見ると、あまりに綺麗に穴が開いています。しかも砕けるように。これは見た限り、急激に冷やした上で強い衝撃を与えたような痕跡です。それを現時点最も可能とするのは、マイナスエネルギーを用いる動力源クラウン・ジョークの可能性が・・・。」

「へえ」セリーシャが通りかかった。「じゃあクラウン・ジョークを使える誰かさんが忍者さんを殺したってこと?」

「断定は出来ぬが・・・」専門家は答える。

「道化師のジョークって誰がやると思うの?」

「え?」

 当惑した専門家に対しセリーシャは鼻で笑う。「道化師に決まってるじゃない。」

 ベンは思わず叫ぶ。「ガラがそんなこと、するわけないじゃないか!」それにあの懸命な通信。あれが演技なわけが・・・。

 セリーシャはくすくすと笑う。「ジョークが通じないと忍者みたいに胸に穴が開くわよ、ベン。」

「へ?」ベンは面食らった。「そのジョークは面白くないぞ、で、何が言いたいんだ?」と訊ね返した。

「あのさ、私たちで話してイイ?」とセリーシャが専門家に頼んだので戸惑いつつ専門家はどこかに行った。セリーシャは話を続ける。

「私一応審査のごっこ遊びといえど道化師になったことはあるの。少なくともあの時は攻撃なんてぜんぜんできなかったわ。それに無理に力使うと物凄い負担がかかるようになってると思う。」セリーシャは悪戯っぽく笑う。

「何でそんな事がわかるんだ。」

「デルブ・パーリンシンダ。あのサイコクソメガネが私に光る攻撃しようとして自滅したの知ってるよね。つまり構造上できないようになってる。それでデルブ調べたら、パンプキン社の社長さんの息子らしいね。」

「パンプキン社・・・あの頭のおかしい衛星巨神で道楽で作ったといわれてるやつだよね。」

「でそれで南瓜の事調べた事があるんだけど、何でできてるのか全く書いてのよ。」 セリーシャの微笑みはますます嫌な感じに引き伸ばされていく。「なんか怪しくない? クラウンジョーク、クラウン社、道化師、デルブ、南瓜・・・何か、一本 の線でつながりそうな気がするのよ。」

「なるほど。」ベンは頷いた。「じゃあパンプキン社に聞き込みでもするのか。」

「その前にクラウン社長にお会いしましょう。」

「え、なんでだい?」

「ちょっと考えがあってね。」セリーシャはそして岸に乗りかかった船から去る。




「ニンジャ社のパイロットの件、とても残念に思うよ。」クラウン社長、ゴブルグ・ キンピラーノは窓の下の都会を見つめながらベンとセリーシャに言う。

「それでですね。」セリーシャが切り出した。「ちょっとクラウン社に忠告がある んです。」

「忠告?」ゴブルグが振り返る。

「申し上げにくい事なんですが、忍者攻撃に使われたのがクラウンジョークの可能性が高い、として、社内でそちら様の衛星巨神に忍者撃墜の容疑がかかっているんです。」

 ベンはもちろんセリーシャからそんな話を聞いた事が無い。(セリーシャ!?) ベンは思わずセリーシャを見るがセリーシャは (黙ってて) と目でたしなめる。

「そ、それは・・・」さすがのゴブルグ社長も狼狽えていた。

「でも私、実を言うとガラさんとはとても親しい同級生でして」セリーシャは悲しそうな顔で言った。「彼女がそんな事をするはずがないと思うんです。」

「私もそんな事はありえないと思っている。クラウンジョークを通常以上用いる事はできないようプロテクターがかかっているはずだ。」

「はい。私も弊社の試験をうけましたからよくわかります。ですので、私の方から弁護できたらと思うんです・・・。ガラにちょっと話しかけてくれませんか? あの子は賢いので自分の無実を証明できるものがあったら、きっと何か持って来てくれるかと・・・もしも手に入れたら、ここの住所にデータを送ってくださると助かります。多分この件は大事にせず、私たちだけで内部で解決するのが、双方にとってよろしいので。」

「わかった。丁度ガラに連絡する事があるので、ついでに話しかけてみる。」ゴブ ルグ社長はその言葉を一言一言丁寧に言った。




「一体君は何を考えているんだ?」ベンは帰り道、やや怒り気味にセリーシャに 話した。「ガラに敵対してるのか味方してるのかハッキリしないなあ。」

「どっちでもないわ。」セリーシャは淡白に答える。「私たちの目的は、人類のためじゃない。」

「つまり、そのためにガラを悪者扱いして廃棄処分させるというのか?」

「そのアイデアも悪くないけど」ベンは息を飲んだがセリーシャは続ける。「そんなことしたら私たちが今までやってきた事がおじゃんになるし、只の問題回避でしかないし、そこがよくない。そんな短絡的なやり方よりも襲撃者の目的をまず知るべきじゃない。我々ニンジャ社の職員としてね。だからタネはそろえておきたい のよ。」

「タネ?」

「南瓜のタネよ。」セリーシャははぐらかす。「つまり手がかり。私さっきも言ったでしょ。ガラはきっと無実の証明として何かくれるはずだって。」

「あ、なるほど。」

「やっと気づいたわね。」



 そしてその数日後。

「ほうら。」セリーシャは得意げに言った。「ゴブルグ社長から届いたわ。ガラの視覚映像データ。」

「早速見てみよう。」

「そうね。」 タブレット再生機にカートリッジを押し込むとたちまちタブレットに光景が広がる。



『そういえば、ガラ・ステラ。』パイロットのマルダの声。忍者の顔が覗き込んでいる。

『はい、何でしょう。』ガラの声。ベンは再び懐かしくなった。

『お前が衛星巨神になろうと思った理由を聴いていいか?』

『いいけど、バカにしないでね。』

『何でもどうぞ。』

『私、クローン人間だったんだけど、夢でいるわけがない父さんが話しかけて来たわけ。それで「太陽はもともと人の住める場所だった。でも悪い宇宙人が太陽を狂わせて火で覆ってしまった。父を想うなら、太陽を想うなら、道化師になって会いにきてくれ」って言ってきたの。』

『ほおう。』

『どうやら私の知らないところで太陽に影があるという観測結果があったり、丁度その頃にスペース・クラウンが老朽化したりして、不思議と一致したの。だから、何か意味があるんじゃないか、と思って。』

『それで衛星巨神に。思い切ったなあ。』

『何か見つかればいいけど。』

『うん・・・・ん?』

『どうしたの、マルダさん?』

『後ろ。』

 そして視点が回り、宇宙の暗がりから何かがやってくるのが見える。それはぼんやりした姿だが、異様に長い腕と長い顔と黄色い眼が特徴的である。

『宇宙人!』ガラの叫び。宇宙人の両腕の先が光りだした。その姿を見てセリーシャは「ん?」と一瞬声を出す。襲撃者は両腕をガラに向けた。

『どけ!』忍者がガラを突き飛ばした。一瞬視点がぐらりと動いたが白い閃光と共に忍者の胸が貫かれるのが見えた。

『マルダさぁぁん!』ガラは叫ぶ。忍者は穴の開いた胸を見ながら『見、事に、砕い、た、な・・・。』と切れ切れに言う。宇宙人は呟くように歌いだした。

『♪クルンベルバル・ヴォーツェルは語る・・・かつてヒトは光だったと・・・・・ヒトは光を忘れ・・・火と共に生きるようになったのさ。』

「クルンベルバル・ヴォーツェル・・・」ベンは呟いた。

 宇宙人の両腕で再び光が集まる。

『そうはさせるか!』

『♪太陽が語り・・・ヴォォォォォォ』

 ニンジャに右腕が切り落とされ宇宙人は呻きだし、左手を鞭のように奮って、忍者の胸を再び串刺しにした。

『・・・!』ガラは息を呑んだ。

『くそ・・・こんな危険な衛星巨神がいるなんてきいてないぞ・・・しかしもはや、これまで・・・ならば・・・これでも・・・』

 そう言いながら忍者の足と腕が爆発し、宇宙人は『アヤヤヤヤヤヤ』と叫びながら姿を消した。二つの穴の開いた胴体と右腕と頭だけの忍者は爆発の勢いでそのまま地球の方まで吹っ飛んでいった。

『マルダさん!』

『追うな・・・お前まで地球の重力に捕まって墜落する・・・・。』

『マルダさん、マルダさん!だめ!行かないで!』

『俺にはどうすることも、できなかった・・・・。』

 そういいながら地球の方へと遠く遠くに落ちていく。燃えていくのが見えた。ガラは至急政府に通信した。『衛星巨神”忍者”が何者かに撃墜されました!地球にいま墜落しています!場所は X108:』


・・・映像はそこで切れていた。

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