ベンの章

第14話

 ガラとベンが宇宙で再び出会ったその時より3年前の、つまり、ガラがロケットで打ち上げられた直後のことである。ドミニクは飛び立つガラのロケットを見て頬に水滴が伝わっている事を感じて、自分が今泣いているという事を自覚した。ハンカチを取り出して涙を拭きながらその場を去る。 彼は首を地面に傾けながらトボトボと歩みを進めていた。時々その歩みを止めてはまた歩き出し、歩みを止めては歩き出すのを繰り返し、誰から見てもそれは不安定な様子であった。


「ドミニク先生。」呼び止める青年の声が聞こえた。ドミニクは振り返る。二人の男女がいた。

「誰かね君たちは。」冷たいメガネで冷たい声で訊ねる。

「僕は、ガラ・ステラの幼馴染のベン・アドラです。」男が答えると女もそれに続いて答える。「あたしはガラのライバルだったセリーシャ・ショコラッテ。」

「何かね。ガラはもう行ってしまった。私が関係する事は無い。」ドミニクは相変わらず冷たく答えた。

「いえ、ドミニク先生。」ベンはおずおずと言った。「あなた自身にお尋ねしたい事があるんです。」

「ほう、何かね。」

「太陽の王について。」

 ドミニクの顔が一瞬引きつった。「・・・何の話だ・・・。」

「エドマン・ステラ。」セリーシャはドミニクが動揺するのを見て嫌らしい笑みを浮かべ、ファイルを取り出しながら言葉を続けた。「200年前に死んだとされる偉大な科学者で、その遺体は病院に引き取られたという。しかしその亡骸を調べた医者の記録が公式で存在しない。」

「ガラが、狂わされた太陽を助けてくれと父に呼ばれている夢を見た、という話を聞いてから、僕はずっと色々調べていった。それでついに医者の手記を見つけた。それによればエドマンの死体は・・・」ベンがそう言いかけた時ドミニクがさらに眉間にしわを寄せて困惑した表情なのを見てベンは思わず言葉を止めた。ドミニクが口を開いた。

「ガラが・・・そんな事を言ってたのか・・・?その、『太陽を助けてくれと父に呼ばれる』などと・・・。」ドミニクの声は震えていた。

「はい。」ベンは答えた。「それで衛星巨神になると決めたようです。」

「何と言う事だ・・・。」

「・・・やはり知っているようですね。」セリーシャはジロリと睨む。

「いや・・・それは違う・・・」

「ドミニク先生。」ベンはしっかりドミニクを見つめて言った。「これは僕たち人類に関わる事かもしれないんです。ガラの選択次第で僕らの運命は知らぬ間に大きく変わってしまうかもしれない、そんな気がするんです。ただ、そのためには情報が必要です。どうか、協力してくれませんか。」

 ドミニクは沈黙し、ベン達を暫くジロリと見つめて何か考えているようであった。

「分かった。」ドミニクは必死にいつもの冷たい調子を取り戻そうとしていた。「ここでは話しにくい。ちょっと一緒に喫茶店に寄ろう。話しやすい場所がある。」

 ベンとセリーシャは顔を見合わせてお互い頷いた。




「それで、一番気になるのは、」ベンは録音機を置きながら言った。「ドミニクさんはどういう指令をエドマン・ステラ・チームから受けたんですか?」

「いや、それは君も知っての通り、クローン人間ガラ・ステラの監視だ。」ドミニクはタバコを吸っていた。「君達に誤解して欲しくないのは、チームの我々は嘘をついてはいない、と言う事だ。つまり全てはあの方の望むように設計されている・・・恐ろしいまでに・・・。」

「あの方?」

「太陽王、エドマン・ステラ。」ドミニクは苦々しい顔で言う。「ああそうさ。ベンくん、って言ったね、君の見つけた資料の通り、彼の亡骸はクローン人間、いや、ミニチュアの衛星巨神だ。ガラと同じね。」

 (ガラ!?)ベンもセリーシャも息を呑んだ。「え、じゃあガラも単なるクローンじゃなくてミニチュアの衛星巨神だったのですか?」セリーシャが驚いて訊ねた。

「要はそう言うことだ。ガラのクローン技術と衛星巨神はメカニズムが全く同一。というかニンジャ社以外のエドマン王の開発したテクノロジーによる衛星巨神はどれも細胞に酷似した構造なんだ。その細胞は搭乗者にアナフィキラシー(拒否反応)を起こさせないように調整するのだが、ガラはそれがとても楽に行えたに違いない。」

「それでガラは、審査の時もあんなに簡単に扱えていたのね。」セリーシャは一人納得するが、ふと気づいて再び訊ねる。「でもそれってつまり、あの審査は八百長ってことじゃないですか?ガラが衛星巨神に馴染みの良いようにできているのなら、はじめからガラがクラウン社の搭乗者として選ばれれば、私だって行く前から諦めがつくのに、ばっかみたい。」

「言っておくが私はガラが衛星巨神になろうとする話など聞いていない。だから八百長なのかどうか聞かれても知らない。」ドミニクはさっきから曇ったメガネで苦々しい顔ばかりする。「だが去年ごろにガラ自身が衛星巨神になる、と打ち明けたので驚いた。私はそれが彼女の宿命なのか、ただの偶然なのか見定めたかった。だがその夢の話を聞いた今となっては・・・彼女が自主的に衛星巨神を目指し、全ての人と平等に審査を受けるように王が仕向けたに違いない・・・考えてみればわざわざ手間をかけて審査をうけさせた理由は明らかだ。エドマン王の身体は王自身が作り出した完璧なものだが、今の人類にはガラの大きさの小さな衛星巨神を作り出すのは大変困難だった。だから身体と精神が目的に相応しい出来かどうかを確かめたかったのだろう・・・。」

「今の人類?」ベンはふと気づいた。「ドミニク先生・・・あなたは何者ですか?」 「・・・。」ドミニクは沈黙した。

「なるほどね。」セリーシャはベンのファイルから書類をガサゴソと探りながら言う。「やたらエドマンを太陽の王だ王だと呼んでたのは、比喩じゃなくてマジってことね。」

「ああ。」ドミニクはあきらめたように言った。「私は太陽の人だ。」

「クルンベルバル・ヴォーツェルと一緒ね。」

「そこまで知っているのか。」

「むしろベンが彼の研究をし始めてから太陽人の事を知り始めたのよ。彼がもともと学校で研究していたダルムッシオさんが一文だけ引用していたのでね。」

「なるほど・・・。」

「エドマン・ステラ・チームはみんな太陽人かしら?」

「いや、私だけだ。」ドミニクは答えた。「他の人たちは王が残した論文を元に研究しているだけの普通の地球の人間だ。私が太陽人だったからこそ、ガラの事を常に監視し、様子を報告する義務があった。しかし王の目論見は私ですら知らない。が、もしも目論見がアレだったとしたら・・・しかし、私が反対できない。だからこの役職を頼まれたのだろう」

「アレ、とは・・・?」

「君たちも常識で考えたら分かる事だが、」ドミニクはイライラしたような悲しげなような奇妙に振り絞った声で言った。「まあ、もちろん、太陽が実は巨大都市というのも君たちからしたら非常識ではあるのだが、それでも常識で考えよう。君たち地球人は太陽の光の恩恵を受けて生きているのは事実、で、もしも狂わされて火で覆われた太陽が元に戻って冷えたとしよう。そうしたら地球はどうなると思う?」

 ドミニクの問いに二人は頷いたのを見て、ドミニクはため息をついた。

「私は夢の話を聞いて、もしかしたらそうなんじゃないかと、ふといま、予感がしたんだ。王は自身の復活のために地球を滅ぼすつもりだ・・・ もしもそんな事が実現したら、地球で失われた100億の魂がガラを呪うに違いない・・・。うん・・・そうだ・・・」ドミニクは二人を真っ直ぐ見た。「やはり私は自分自身の立場よりも、ガラの今後の事、そしてガラに親しくしてくれる君たちの事を考えると、この計画を阻止した方が良さそうだ。だが、それは本音だったとして、建前の範囲で王を裏切る事など私にはできない。そんな事をしたら、王が何をしでかすか分からないし、只でさえ孤独な私の歴史も居場所も無くなってしまう・・・選択は難しい・・・。」

「大丈夫です。この事は秘密にします。泥をかぶるのは僕たちだけなので。だから、情報だけでも大事なんです。」ベンは言った。「最後に訊きたいことですが、ガラは太陽が宇宙人によって狂わされた、と夢で言っていました。この宇宙人って何者ですか?」

「え・・・?」ドミニクは困惑していた。「聞いた事ない。宇宙人とは、何だ。王はまた何かを隠されているのか。私は、太陽が暴走したから逃げてくれ、と言われただけだ。」

 二人は顔を見合わせる。



「あんな喋らせちゃっていいのかしら。」セリーシャは道を歩きながら言った。

「あっちが勝手に話し出したんだよ。」ベンは言った。「限界だったんだろう。」

「あんたも私に似てきたわねー。」セリーシャは悪い笑いを浮かべて言う。「すぐ人のせいにする。」

「一緒にするな。」ベンは苛立った。「お前じゃなくてもそう思わなきゃやってけない事なんてざらにあるんだ。」

「あら、ベンちゃん大人になったじゃない。あたしドキッとしちゃったかも?ガラの事なんかわすれてチューしましょチュー。」

「・・・本当に嫌味な奴だよな、お前って。そんな事あり得無いから安心しろ。」

「まぁ失礼。嫌味なのはどっちですかね~?」セリーシャは冷たい目線でベンを見る。

「ま、とにかく、」ベンは面倒くさくなって話を戻した。「ドミニクは本当に検診しろとしか言われてなさそうだな。夢のお告げの事など知らないみたいだしな。」

「あたし、それでも審査会が怪しいと思ってるけどね。」

「いや、審査会はどちらにしてもガラが衛星巨神に相応しいか見定めるためにやるんだから、公平じゃないと意味がないだろう。」

「・・・・ふーん。」セリーシャは不満気である。

「いや、でも、クラウン社は怪しいかもな。」ベンは言った。「夢の父とやらわざわざ道化師を指定したんだし。」

「今度はゴブルグ社長に押し入って尋問でもします?」

「いや、次はロウジェベール教授と話しに行く。」

「爺?もうそこ行っちゃうの?」

「ああ。」ベンは先先歩きながら言った。「いよいよ僕たちも衛星巨神の準備をしなきゃな。」




 ロウジェベール教授の家に向かう道中で、セリーシャはこの数日前の事を思い出す。審査後に学校でふてくされていた時にベンと再会した時の事である。

『君に協力して欲しい頼みがあるんだ。』

『頼み?』

 ベンはカバンから大きなファイルを取り出す。 『知って欲しい事と』ベンはセリーシャを真っ直ぐ見ながら言う。『その為にやらねばならぬ事。』

 ベンのあの頃の弱気な頃とは違う眼差しに驚きながらも、セリーシャはコクリと頷いた。『話は聴くわ。』

『ありがとう。』

 ベンは椅子に座ってファイルを開く。

『まずね、これを見て欲しい。』 セリーシャはファイルの中身を見る。『エドマン・ステラの死体のメモ・・・?何これ?』

『由緒正しき病院に侵入して探してようやく得られた情報のコピーだ。』ベンは言う。『これによれば、エドマン・ステラは非常に人に酷似した人造人間であり、また、 脳が一部欠損している代わりに通信機のようなものが埋め込まれていたらしい。』

『え・・・。』

『次にこれ。』ベンは一枚の文書を見せる。『これは僕が作成したものだが、ガラが見た夢だ。』

『宇宙人で太陽が狂わされて今のように火に覆われて・・・ふんふん。』

『そしてこれ。』ベンはスーパー・サイエンティスト誌の切り抜きを見せる。『これには太陽に何らかの不審な高速な影が映るのがここ数年観測技術の向上により発見された、とある。』

『これがあの宇宙人だって?』

『そして道化師になって助けてくれ、とガラの夢の文章で書かれているが、この夢を見たのは、あの朝のニュースで道化師の募集をかける直前だ。君が教えてくれたあの日だよ』

『へえ。これが予知夢だって言いたいの?』

『・・・かもしれない。理屈は分からない。』

『・・・で?だから私に何が言いたいの?』

『もしもこれが真実ならば、ガラはこれから太陽の火を消しにいく事になる。そして僕たちは凍え死ぬだろう。』

 セリーシャは思わず呼吸が止まった。

『だからそれを食い止めるために僕たちで出来る事をしたい。』

『・・・何が、何ができるというの?』セリーシャは焦っていた。

『一つは情報収集だ。そしてもう一つは・・・最後の資料だが』ベンは一枚の紙を取り出した。『ニンジャ社でもう一台忍者とは違う衛星巨神を新たに作るらしい。おまけにニンジャ社はロウジェベール教授と繋がりがある。』

『そうだったの・・・まあ機械おたくだから言われると納得だけど・・・。』

『新しい衛星巨神は侍と呼ばれる。二人乗らねばならないらしい。だから、』ベンはセリーシャを真っ直ぐ見る。『僕と一緒に衛星巨神になろう。そしてガラを説得しよう。』

『・・・・。』セリーシャは考える。どうせ勝利者のガラが忌々しい事だし、その志を挫くのも悪くは無い。さらには衛星巨神として再び選ばれるのだから、栄誉は得られる。その上、もしもベンの憶測が当たれば自分は人類の救世主として褒め称えられるだろう・・・

『いいわ。』セリーシャはニヤリと笑いながら言った。『全ては、皆のためね。』






・・・そんな事を思い出しながらセリーシャは一つの事に気づく。ガラが生まれながらの衛星巨神ならば、予知夢と呼ばれていたそれも簡単に説明がつく。衛星巨神が電波で会話できるのだから、同じように電波で夢の光景が送信されたのだ。太陽の王から。


 そして二人はロウジェベールの家の前に辿り着く。

「ここで僕たちをニンジャ社に紹介してもらおう。」ベンは言った。「なるべく印象良く、な。」

「それなら、任せて。ベンよりはできるから。」 セリーシャは悪戯っぽく笑った。

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