第13話

『まもなくさむらいが打ち上がるらしいわね。』

 女王がガラに話しかけた。侍とは忍者に続くニンジャ社の衛星巨神第二作である。

『あら、そうなんですか。』ガラは答えた。『機械かしら。』

『どうなんでしょうね。』

 女王はそういってツンと振り返ってしまった。女王は難しい人だなぁとガラは思いつつ、しかしガラにとって侍のことは気になっていたのでわざわざ話しかけてくれたのはありがたかった。忍者の事でからかった事が心残りで、気にかけてくださったのかしら、とガラは思った。

『サブレナさん』ガラは魔女に話しかけた。『新しく打ち上がるらしい侍ってどういうお方なんでしょうね。』

『まだ色々秘密が多くて分かってないけど、あの撃墜事件も踏まえて忍者の改良をしたもの、らしいわ。』

『同じ機械なんですね。多分軍事衛星かしらね。』

『そうじゃない?』

『軍事衛星も探査衛星も一緒になるから、今度は私が先輩だね。』

『ふふふ。』魔女は微笑みながらも、すこし切なげな笑いを浮かべていた。

『どんな人が入ってるんだろう。』

『楽しみだね。』

『うん。』




 そしてガラが漂っている足元の遠くの方、地球から何かが飛んでくるのが見えた。眼を凝らして見るとそれはロケットである。ロケットはたちまち弾けた。中から二つ並んだ四角い箱が現れ、その箱から次々と部品が現れ、大きな人型を構成した。衛星巨神とはまた違った"圧縮"からの"解放"である。その部品が見事組み合わさり出来上がった機械の巨人のその姿は、忍者よりも身体がガッシリしており、しかし、顔に穴は開いていなかった。

『あれが侍・・・。』ガラは思わず呟いた。

 侍はそのまま地球の地平と平行移動するようにジェットを吹かす。軌道に乗るつもりである。軌道に乗り始めた頃には侍も減速し、ガラと共に飛ぶような形となっ たので、慌てて自己紹介した。

『始めまして、探査衛星の道化です!前任者の忍者さんとはお世話になりました。』

『・・・・。』侍は何も言わない。

『軍事衛星と探査衛星は一緒に行動する事が多いみたいだし、よろしくね。』

『・・・・。』しかし、侍は何も言わない。

『あの、侍、さん?』

『・・・・。』

 怒っているのかな、とガラは不安になった。ガラには忍者撃墜の疑いがかけられていたが、まだそれが解かれていないのかな、と不安になった。

『あの、忍者さんはとてもお世話になっていたし仲良くやっていました。』

『・・・・。』

『忍者さんは私を庇って殺されたんです。その意味では私が殺したも同然です。』 『・・・・。』

 侍が何も言わない。そして丁度その時に南瓜が通りかかる。『私が殺したも同然です。忍者さんは私が庇って殺す。私をお世話にしよう。』

『人聞きの悪い事言わないでよ!』ガラは南瓜に叫んだ。南瓜はすぐどこかに飛んでいく。侍は南瓜を見つめた後、再び無言で前を見る。

『ひょっとして侍さん、わざと喋らないようにしているんですか?』ガラは訊ねる。

『・・・・。』しかし侍は何も言わない。

『マルダさんが実は生きててバツが悪いから黙ってるとか!』

『・・・・。』

『図星!図星ですね!』と言いながらもガラは心の空しさが迫り来たので思わず話題を変えた。

『じゃあ、もしかしてベン・アドラが私に会いに着てくれた、とか!』

『・・・・。』

『うーん、じゃあドミニク先生?』

『・・・・。』

『ロウジェベール教授?なわけないか。』

『・・・・。』

『セリーシャ・ショコラッテのわけでもないよね。』

『新入りいじめかい、道化さん。』王子が通りかかった。『奴はきっとシャイなんだよ。そっとしてあげてくれたら?』

『・・・あ、そんなわけでは、す、すみません。』ガラは慌てて謝った。『と、とりあえず、よろしくお侍さん!』

『・・・・。』侍は返事をしない。

『侍さん、ここにいるのは皆悪い人じゃないから』王子は言った。『気にせずリラックスするといいよ。』



 とんだ後輩がやってきたものだな、とガラは思った。侍はガラに一切話しかけなかったのだ。挨拶してもガラを一瞥するだけであり、いくら話しかけても返事をしようとしない。

『侍さんって会話機能無いんですかね。』ガラは魔女に愚痴をこぼした。『全然話してくれない。』

『あら、会話機能無かったら衛星巨神の意味ないと思うわ。ヒトがなる事に意味があるんだし。』魔女は答えた。『理由は分からないけど、話したくないんじゃない?話さないであげたら?』

『ふーーん。』ガラは不満げに声を漏らした。

『侍さんは先輩が忍者さんなんでしょう。』魔女が言った。『複雑な心を抱えているのでしょう。』

『そうね。』ガラは考え込んだ。『ところでサブレナさんは忍者さんの件、私がやったなんて思ってませんよね。』

『まさか!』魔女は驚いたように言った。『とても考えられないわ。』

『ありがとう。』ガラは宇宙でため息をついた。『安心した。』

『まあまあ。侍さんとはそのうち一緒に仕事する事もあるでしょう。』魔女は言った。『その時になったら話せるんじゃないかしらね。』魔女にそういわれてガラも『じゃあその時まで静かにしてます。』と微笑して答えた。




『指令だ。場所を送るので宇宙ゴミを回収せよ。』

 ある日、政府からの通信が来た。

『ラジャ!』ガラは言った。『侍と行くんですよね。』

『いや、侍には別の任務を渡してある。道化独りで行ってくれ。』

『え、そうなんですね。』ガラは驚く。

『よろしくたのむ。』 別の任務って何なのだろう、と思いながらガラは指定区域に向かって飛び立つ。

 結局仕事でも侍と話す事は無くなったわけである。これからもずっと独りか、とガラは寂しく思った。


 おまけに到達した区域にはゴミがたったの一つしかなかった。なんだこれ。ガラは途方に暮れた。私には簡単な任務を任せ、侍には難しい任務をやらせる、という事なのかな、と只でさえ気分の良くないガラはますます悪い方に考えて落ち込んでいった。私は厄介者扱いなのかな・・・いやいや、そう考えても仕方ない、軌道に帰ろうと思ってガラは地球に向かって飛んでいく。

 ふと前方を見ると長い影が見えた。何の影だろうとガラは眼を凝らした。その影は左右に伸びて、ガラの方に向かっていった。あれ。ガラはふと気づいて急に心拍数が上がった。もしかしたらと思うが、 確かに長い顔でそして黄色い目。前にも何度もみた。それはまさしく。

 (宇宙人・・・・!)

 ガラは辺りを一瞬見回したが、今回は誰も一緒ではない。そうだゴブルグ社長から武器を貰ったんだったと思い出したガラは、その時もらったマニュアル通りに手に気合を入れようとする。だが、ぶにょんとよく分からない光る瘴気が現れて霞のように薄れるだけで、前方の宇宙人に当たるわけがなかった。疑われてるからなるべく武器を公に発揮しないように、と注意されていたのが仇となり、ガラはやり方を習得できていなかったのである。宇宙人の手が光りだす。もう逃げるしかない、逃げられるのだろうか、と思って身構えたその時、前方の誰かがガラの視界を塞いだ。それは、

 (侍さん・・・!)

 侍が宇宙人に向けて両手を広げて、ガラの前で立ちはだかった。

『逃げて!侍さん!』ガラは叫んだ。

『・・・・。』

 侍は相変わらず無視をする。

(誰も私の為に、死なないで欲しい・・・。)宇宙人の手の光がどんどん大きくなる。

『撃つよ!はやく逃げて!』

 ガラは叫ぶ。

『・・・・。』

 しかし侍はガラの前に手を広げたままである。 そして、激しい閃光と共に宇宙人から光が放たれた。侍の前でそれは激しく爆発する。

『ああ!』

 ガラは悲鳴を上げた。後ろからはよく見えないが侍の前で激しい光が放たれていた。身体は貫通していない。弾を撃った宇宙人は静止していた。侍も停止していた。やはりやられてしまったのだろうか、とガラが思ったその時、侍が手を下ろした。ガラは驚いてしばらく様子を見守ることにする。

『やめないか。』侍が叫ぶ。ガラは驚く。男の声であった。どこかで聞いたことがある声だ。『お前の目的は分かる。奴は僕が説得するからお前は元の位置にでも戻ってくれないか。』

 しかし宇宙人は『ゴゥゥゥゥ!』と叫びながら再び手に光を集めだす。

『どうやら問答無用らしいわね。』侍から今度は女の声が聞こえる。『てゆーか、やっぱりその攻撃、あの時と同じね。あんたの社長の息子がやってたのと同じ。』

 宇宙人は『社長、社長社長!問答無用!』と叫びながら光を集めている。

『クラウン・ジョークを使うのはやめろ。』男の声。『とっくに君の正体も仕組みも関わっている組織も目的もバレているんだ。おまけにこの侍はお前のクラウン・ジョークが通じないように出来ているぞ。』

 宇宙人は『奴は説得、問答無用があったわね、社長の息子が、やめないか、お侍さん、正体!』と支離滅裂な言葉を吐きながらさらに光を集める。

『やはり狂っている・・・仕方ない。』侍の中の男が言った。『僕たちの先輩の敵だ!』

 光を集めている途中の宇宙人に向かって侍は両腕から出てきたサーベルでたちまち二切りしようとする、咄嗟に避けた宇宙人は身体が縮小し始めるのが見えた。

『そうだ、君は好きなように”圧縮”と”解放”ができるんだな。それで身を潜めていた。』と侍の中の男が言いながらジェットを吹かす。

『だが小さくなるということは』侍はガラからはよく見えない何かに向かって切りつけた。『傷口を広げる事となる!』

 宇宙人は『ああああああぁぁぁ!』と叫びながら巨大化したり縮小したりを繰り返し、ぐしゃりと裂けたからだをひっくり返して、寒天質の身体を露にしたまま動かなくなった。あっけなく宇宙人は死んでしまった。

『・・・さて。』侍の男は宇宙人の残骸を手で払ってどこかに飛ばした後にガラのいる方に振り返った。

『あの、ありがとうございます・・・。』ガラはお礼を言った。

『ガラ。久しぶり。』侍の男は言った。

『え・・・?』ガラは思わず言葉を止めた。

『僕だよ。ベン・アドラ。君の幼馴染だ。』その声はずいぶんと大人びた声に変わっていた。

『ベン!?』ガラはわけがわからなかった。

『あたしもいるよ。ガラ・ステラ。』侍の中の女が言った。

『・・・セリーシャ!?』

『そう。侍は飛行機と同じコックピット式の衛星巨神。』セリーシャの声は言った。『メインとサブで二人一組でやる決まりなわけ。しかしガラでっかくなったねー。 こっわーい。オバケみたーい!残念ながらあたしはガラのようになれなかったけど人間のまま衛星巨神にはなれたよ。しかも救世主としてね!』

『救世主?』ガラはわけがわからなかった。

『ガラ。』ベンの声が言った。『実を言うと全て、忍者を殺した犯人をおびき寄せる作戦てだった。だから、君を囮にしていた。犯人に勘付かれないために今まで何も話さなかったのだ。その事を始めに謝っておく。』だから何も話さなかったしさっき自分に与えられたのがあまりに簡単な任務だったのは囮ってことね、とガラは納得した。ベンは話を続ける。『そしてこれから話す事は他の人には聞こえないように電波を調節している。というのは僕個人の頼みだからだ。』

『ベン自身の頼み?』

『ガラ・・・』ベンは重々しく言った。『僕は君を地球に引き戻しに来た。』

『え、』ガラは驚いた。『どうして地球に戻らなきゃいけないの?ベンが決める問題じゃないでしょ。』

『そうだ。僕の問題じゃない。人類の為だ。』

『え?』

『ガラ・・・その・・・。』ベンはそう言いかけて黙ってしまった。 『何?ベン?』

『・・・・。』ベンは何も言わない。

『また何も言わないの?』ガラは悲しげに言った。

『じれったい!』セリーシャが叫んだ。『私が言う。クソめめしいベンと違って、私は人を傷つけるのなんて慣れっこだわ。いい、ガラ?あんたの夢は本当の事よ。あの化け物が太陽に操作していたのも本当。そしてこれからあなたは、太陽の火を消しに行く事になるの。わかる?そうすると地球の私たちは全員凍えて死ぬ。わかる?』

 ガラはセリーシャから突如告げられた言葉を聞いて全身が凍えるような思いであった。

『皆が死んでいいのならそのまま太陽にでも行くがいいわ。この、かつて落ちぶれて見捨てられて世界一惨めだったあたしよりも、あんたが誰にも愛されない人間とでも、本気で、思えるならね!あんたに気にかけてくれるベンもロウジェベール爺もみんな死んでいいと思うならね!』

『まってまってセリーシャ・・・』ガラは慌てて遮った。『全く話が読めないの。一体どういうことなのか説明してほしい。』

『わかった!僕が全部話す。』ベンが決心したように強く言った。『君の掛かり付けの医者の、ドミニクがいるだろう?』

『ドミニク先生が何か関係あるの?』

『大有りさ。』ベンはコックピット越しからまっすぐ見る。『君は生まれた頃から衛星巨神だったからな。』

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