第11話

『サブレナさん。』ガラはゆっくり軌道を廻りながらすれ違う魔女に話しかけた。『私が最初貴方に相談した時の事を覚えていますか?』

『ええ。もちろん。』魔女は笑いかけた。『どうしたの?』

『太陽の付近に影のようなものがある、という論文があると回答を頂きましたが、あの論文って分かりますか?』

『・・・知りたいことがあるならば、「学者」に尋ねるといいわ。』

『学者?』

『私、悩み相談を請け負ってるけど、私独りでは分からない事は沢山ある。だから、さまざまな才能を持つ衛星巨神たちの情報もお借りしている。そのように作られたから、電波話法 (衛星巨神が宇宙で喋るための音波の代わりとなるもの)の感度が送受信ともにとても高くできる。私が望めばここからでも誰でも会話できる。みんなが気づかないうちにね。』

『そうだったのね。でも・・』

『でもごめんね、私はそれでもお答えできない。この高い感度は私用で使っちゃいけないきまりなの。あなたは・・・ そうね、探査衛星だから、地球の司令塔などの一部の対象だけとても感度が高く作られている。でも衛星巨神の間では最低限の距離でしか話せなそう。私みたいに通信はできなそうね。』

『つまり、あの気難しそうな学者さんに直接話さなきゃいけないんですね・・・。』

『あれは忙しくしたいだけで、怖くもなんともないわ。話せばちゃんと対応してくれるわよ。』

『そうなのですか・・・。』

『私が何もできなくてごめんね。』

『いえ、丁寧に教えてくださってありがとうございます。』

 ガラは宇宙の中で一礼をした。




『学者さん、学者さーん。』ガラはやや遠くで縮こまっている学者に呼びかけた。 『学者さーん、聞きたい事があります。』

『2人死んだ、3人生まれ・・・何だい、手短に頼むよ。』金髪の少年がうるさそうに答えた。

『太陽に影が観測された事についてお伺いしたいのです。』

『スーパーサイエンティスト誌ですね。データをそちらに送ります。それでよろしくお願いします。』

 ガラは驚いた。学者の方からガラに何かが迫り来るのを感じたからだ。それは情報である。スーパーサイエンティスト誌の記事、そしてその関連する情報が一気にガラの脳内に満ちてきた。


『コロナか?謎の物体か?太陽を横切る謎の影。』『異常に素早く、撮影に困難』『宇宙生物か?』『大きさは撮影時により様々であり、測定不能。』


 結局、謎の存在であるという事しか分からず、ガラは考え込み、『ありがとうございます』と学者に礼を伝えた。





『さあて、今回は難しそうだぞ。』忍者が言った。『事故で分解した人工衛星の残骸を集めるなんてどうすればいいのかねえ。』

『とりあえず欠片らしいものを集めて、その構造を分析しましょう。そうすれば散らばっている物がその人工衛星なのか分かるし。』ガラは飛びながら答えた。

『まあ、それは勿論そうだが、問題は探す事だよ。細かそうだし。』忍者は目的地に向かってジェットを吹かしながら言う。『おまけに事故の分析のために残骸食っちゃだめ、というし、 燃費の悪いミッションだなあ。トホホ。』

『見つけた。』ガラは拾い上げた。『ロゴマークがある。でも小さすぎるなあ。』

『まあ一応分析してみよう。まあ、この部品と同じ構造のモノなんて沢山ありそうだがな。』

『小さいところまで見逃さない事ね。』ガラは小さな部品をじっと眺める。

『お前はいい目をしてるからなあ。まかせたぞ。』

『あれは、違うかな?』ガラは忍者の近くのやや大きい部品を指差す。

『どれどれ。』忍者は拾う。『んー・・・分からない。』

『きっとそうだわ。』ガラは忍者から部品を取ってよく眺める。『ほら、このさっき拾った部品とはまる。』そういって部品を組み合わせる。

『なるほどなあ。』忍者は感心したかのような下がり調子の声で言った。

『部品データをそちらに送信するわ。』

『おお、』忍者は驚くように顔を上げた。『来た来た。これで俺もちょっとは楽になる。』

『さあて、がんばりますか。』

『ラジャ。』


 分解事故が起きてから数日経つため、部品は遠くへと散らばっている事もある。ガラが宇宙を飛び回り、そのつど分析データを忍者に送り、忍者は分析収集をする 役回りをする事となった。


『今どれくらい?』ガラが訊ねた。

『87パーセントかな。』

『あともう少しね。』

『そうだな。もう回収部隊呼んで良いかな。』

『そのほうが効率的ね。どうせ来るの遅いし。』

『ああ。あいつら時間のったりかけるからな。』

『もう一つ見つけた。はい。』ガラは忍者に部品をゆっくり放り投げる。 『あら、よっと。これで89パーセントだ。』

『ねえ忍者さん。』

『なんだい?』

『時間ということでふと思ったんだけど。』

『うん。』

『衛星巨神になると一日とかあっというまに過ぎてしまうね。』

『一日を認識できるのは地球が回ってくれるからだ。それが無い我々は、一日をいくらでも使えるからな。一日なんて無いも同然だよ。』

『そうなのね。』

『まあでも俺は辛いかもな。お前と違って俺は人間のままだし生理的な所で・・・』忍者が口ごもった。

『・・・忍者さん?』ガラは驚いた。

『はあ。うっかり言ってしまった。隠してもしょうがないな。俺は実は人間サイズのままなのだ。』忍者が照れ笑いするように言った。『といっても人間の形はしていないがな。』

『え?』

『俺は全身に重度の先天性障害をもって生まれた男だ。手足もついてるようなついてなかったような感じで、顔も歯が発達不全で牙のようで気味が悪いんだぞ。ぐふふ。』

『そうだったんですか。』

『だが、俺を救ったのはロボットのおかげなのさ。』忍者は穴の開いた顔で誇らしげに語る。『言う事を聞いてくれる腕、そして弱い身体を保護する金属ボディ。俺はアンドロイドのような姿で復活し、色んな勉強をした。そしてさらに大きな夢をみつけた。』 忍者は顔を上げる。『衛星巨神だ。ニンジャ社が、従来の搭乗者が巨大化するのとは違って搭乗者とのシンクロによって操縦する新しい衛星巨神を作った。俺にはピンと来たんだ。ロボットになって生き返ったから、そのまま神になろう、とな。』

『お話の途中ごめん、また一つ部品を見つけた。』

『お、サンキューな・・・・・でかいな。これで93パーセントだよ・・・それで、俺は頑張って試験を受けて衛星巨神になった。俺は人間としてはこの頭の中に眠り続けていてな、このゴツゴツとした金属の身体に小さな肉片が入ってるってわけだ。』

『新しい部品はい・・・へえ・・・忍者さんもそうだったんですね。』

『忍者さんなんて、もう言わんでイイよ。俺の名前はマルダ・レーヴィディジナ だ。ガラ・ステラ。』

『マルダ・・・マルダさん、よろしく。』

『ああ、よろしく、ガラ・ステラ。お前に秘密を話してしまったよ。ちょっと恥ずかしかったから隠してたのにな。』

『別に恥ずかしいところか凄い事ですよ。』ガラは答えながらまた部品を拾った。 『はい、新しい部品。』


 それから後、回収部隊が現れ、忍者の持っていた部品を確かめた。ほとんど完成に近く、これほどあれば十分だ、と部隊はそう告げて部品を庫に入れた。そして燃料球と呼ばれる黒い玉を忍者に残して去った。

『今回なかなかひもじい思いをしそうだったから助かったぜ。』忍者はそういいながら燃料球を顔の穴に入れて食した。

『がらくたよりは栄養価高そうね。』

『ふふ、そだな。』忍者は笑った。『そうだ、そういえば、ガラ・ステラ。』

『はい、何でしょう。』

『お前が衛星巨神になろうと思った理由を聴いていいか?』

『いいけど、バカにしないでね。』

『何でもどうぞ。』

『私、クローン人間だったの知ってるよね。それで、いるわけがない父さんが話しかけて来る夢をみたの。』ガラは嬉しさのあまりやや早口になる。『そのお父さんは「太陽はもともと人の住める場所だった。でも悪い宇宙人が太陽を 狂わせて火で覆ってしまった。父を想うなら、太陽を想うなら、道化師になって会いに着てくれ」って言ってきたの。』

『ほおう。』

『それで調べたらね。丁度その頃にスペース・クラウンが老朽化するニュースが流れたり、太陽に影があるという観測結果があったりで、不思議な一致があったの。だから、 何か意味があるんじゃないか、と思って。』

『それで衛星巨神に。思い切ったなあ。』

『そう、だから不安でもあるの。何か見つかればいいけど、何もなかったらどうしよう。』

『うん・・・・ん?』忍者がふと後ろを訝しげに見ていた。

『どうしたの、マルダさん?』

『後ろ。』

 ガラが咄嗟に振り返ると、何かが暗い宇宙の向こうからやってくるのが見えた。それは太陽の光に当たる事でようやく姿がぼんやりと分かる程度であった。異様に長い腕、 長い顔、黄色い眼。

『宇宙人!』

 ガラが叫ぶ間も無く、宇宙人の両腕の先が光りだし、ガラに向けた。

『どけ!』忍者がガラを突き飛ばした。宇宙人の腕から白い光線が飛び出し、忍者の胸を貫く。

『マルダさん!』ガラは叫ぶ。忍者は穴の開いた胸を見ながら『見、事に、砕い、た、な・・・。』と切れ切れに言う。そして宇宙人は呟くように歌いだした。 『♪クルンベルバル・ヴォーツェルは語る・・・かつてヒトは光だったと』 あの歌は・・・ガラは眼を見開く。 『♪ヒトは光を忘れ・・・火と共に生きるようになったのさ。』 そう歌いながら宇宙人の両腕で再び光が集まる。

『そうはさせるか!』

 忍者マルダはそう言いながら腕からサーベルを取り出し、宇宙人に切りかかった。 『♪太陽が語り・・・ヴォォォォォォ』 宇宙人は呻きだした。右腕が切り落とされていたのだ。のこった左手を鞭のように奮って、忍者の胸の穴の空いてない所を再び串刺しにした。ガラは息を呑んだ。しかし、何もできない。

 『くそ・・・こんな危険な衛星巨神がいるなんてきいてないぞ・・・』今更のように忍者は呻いた。『しかしもはや、これまで・・・ならば・・・これでも・・・』忍者の足と腕が爆発し、激しく損傷しグロテスクな寒天質の断面を見せた宇宙人は『アヤヤヤヤヤヤ』と叫びながら姿を消した。 二つの穴の開いた胴体と右腕と頭だけの忍者は爆発の勢いでそのまま地球の方まで吹っ飛んでいった。

『マルダさん!』 ガラは叫ぶ。

『追うな・・・お前まで地球の重力に捕まって墜落する・・・・。』

『マルダさん、マルダさん!だめ!行かないで!』

『俺にはどうすることも、できなかった・・・・。』 そういいながら地球の方へと遠く遠くに落ちていく。ガラは呆然とする。やがてその機体が燃えていくのが見えた。大気圏内に入った事を知ったガラは至急政府に通信した。『衛星巨神”忍者”が何者かに撃墜されました!地球にいま墜落しています!場所はX108:Y2039・・・』


 マルダ自身の爆発による、その遺灰のような残骸を集めてガラは一つの球体にした。涙を流したかったが、どうやら衛星巨神にその機能は無い様である。そして過去を振り返る。宇宙人は明らかにガラを狙って殺そうとし、それを庇った忍者が殺された。自分が恐ろしいものに立ち向かおうとしている事実、そしてその為に友人がおそらく死んだことへの哀しみと罪悪感がガラの胸の内をひどく苦しませた。

 どこからともなく何か喋る声が聞こえた。

『今日はいい天気でしょう。晴れのちくもり。♪クルンベルバル・ヴォーツェル は語る・・・俺にはどうすることもできなかった、スペースクラウンの老朽化。マ ルダさん!だめ!行かないで!マルダ。重力は墜落する。』

 南瓜であった。さっきの騒動ややり取りを聞いていたらしくその言葉を反復して いた。

『マルダさん、マルダさん、行かないで!もはやこれまで。♪火と共に生きるよ うになったのさ。』

『うるさい!だまれ!』ガラは叫んだ。南瓜はしかし『マルダさん、太陽に影があるの。うるさい!だまれ!』とガラの言葉を反復するばかりだったが、ガラはますます怒りだした。

『だまって!本当にうるさいの!聞きたくないの!』ガラは耳を押さえながら震 える。『聞きたく・・・ないの・・・・。』

しかし南瓜は相変わらず『本当にうるさい、今日は4人死んだ、聞きたくない、神の意思はここにあり』と無意味な言葉を言い続けた。

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