第10話

『あなたが何のためにここに来たのか、その情熱を忘れなけなればきっと何かが得られるわ。』

 魔女にそう言われていくら太陽を眺めても、ガラにはどうしていいのか分からなかった。この宇宙では光源は太陽しかなく、反射する空気も無いので、明暗が恐ろしいぐらいにはっきり分かれていた。だから様々な惑星が太陽の光の中で黒い丸として浮かんでいるように見える。

『フィルター無しで太陽を見ることができるのか。お前。』忍者が後ろから話しかけて来た。

『フィルター?』ガラは聞き返した。

『衛星巨神達みんな目が黒いだろ。あれは太陽で眼を焼かれないためにフィルターが施されているんだ。だがお前の目はそうではないな。』

『ああ、これね、これもクラウン・ジョークの効果らしいの。』

『へえ。』

『バリアのように包み込む事で太陽のエネルギーを防いでいるわけ。』

『羨ましい。俺の体はほとんど地道に組まれたロボットだぜ。そんな高等技術。』

『いいじゃない。私地球にいたころ、学校でロボットをよく作っていたの。だからロボットは好きよ。』

『ほう、そうなのか。』

『教授は言ってたわ。「ロボットには愛しかない」って。ああ、ロウジェベール教授は元気にしているかしら。』

『ロウジェベール?』忍者は驚くように叫んだ。『俺の制作に携わっていた小さいお爺ちゃんじゃないか。奇遇だなあ。』

『ロウジェベール教授をご存知なんですね。』ガラは嬉しそうに言った。『私達、共通点沢山ありますね。』

『ああ、そうだな。』忍者は笑っているようである。『多分任務も一緒にやるんじゃないかな。よかった、ようやく話し相手が出来たぜ。』


 忍者の予測通り、任務は二人同時に来た。

『道化、忍者、二人に頼みがある。』その政府の通信は、離れた位置の二人にほぼ同時に届いた。『ざっと説明すると、地球外に攻撃衛星を射出しようとしてい るテロリストがいる事が分かった。座標を送る。道化は陽動し忍者はテロリストの宇宙船を捕獲してくれ。無事に終えたらこちらから部隊を送り、テロリストを送還する。詳しくはこのあとデータを送信する。』

『わかりました。』『ラジャ。』




「兄貴、本当に宇宙にきちまったじゃないか。」テロリストのモギーノは宇宙船内で言った。「俺無重力怖いんだよ。終わったら早く帰ろう。」

「いいや、この”圧縮”された衛星を”解放”しちゃんと軌道に乗せるのを確認してからだ。」モギバは脇に置かれているボールサイズの衛星を見ながら答えた。

「バレたらどうするんだよ。おっかない巨人が襲って来たら。」

「怯えるこたない。この衛星は”解放”できたらそんな巨人どもなど一撃で粉砕してくれ・・・」モギバは突如言葉を失った。

「兄貴ィ?」モギーノが不安で訊ねると操縦士のモギバは前を凝視していた。モギーノはそれを見て悲鳴を上げる。

「大きな、ピエロだあ!」

 影の濃い宇宙で巨大な道化があどけない瞳で宇宙船が見つめていた。

「まずい、あれは探査衛星”道化”じゃないか!」モギバは顎を震わせながら言った。

「バレたんだ!逃げよう!」

 宇宙船は真後ろに急回転し、モギーノが「うおう、うおう!」と激しく呻く。そのまま直進するがモギーノは脇の画面を見て、「兄貴!ピエロが追いかけてきます!」と叫ぶ。「わかってる、わかってるからだまってくれ!」とモギバは叫んだ。 巨大な道化がゆっくりと宇宙船の背後から迫り着ていた。「兄貴ィィィィ!」とモギーノが再び叫んだので「うるせぇぇぇぇ!」と叫び返すが、モギーノはそれでも「前!前!」と必死に言ったのでモギバが冷静に前を凝視すると、今度は黒いロボットが前方に待ち構えていた。「に、忍者じゃないか!」モギバは叫んだ。「作戦まで張られておった!ち、畜生、これでも喰らえ!」モギバはボールサイズの衛星を操縦桿の穴に押し込めると、衛星は発射機に格納され、勢い良く前に射出された。たちまち衛星は巨大化し前方の敵を識別すると光を集めだした。『危ない!』と女性の声がモギバ達に聞こえた。だが忍者は腕から光るサーベルのようなものを出し、衛星を斜め横に一瞬で切り落としてしまった。唖然としたモギバ達の前に、サーベルを収納した忍者が迫り着て、宇宙船を掴んでしまった。もう逃げられなかった。


『すごい、手際が良い!』ガラは感激した。

『おかげで燃料を沢山手に入れた。』忍者は衛星の残骸を見ながら言った。『道化、悪いがこいつを俺の胸の格納庫に格納している間、あの残骸を回収してくれないか?』

『ラジャ!』ガラは忍者の真似をして答えた。

『ふふ。』忍者は笑う。『さて、もう捕獲したぞ。』

『ご苦労。さすが手っ取り早い。』政府の声が聞こえた。『これは君たちだけでなく様々の衛星巨神のおかげでもある。学者と魔女が情報収集し、分析した結果をこちらに伝えてくれたのだ。さて、24時間後に回収部隊を派遣する。 それまで軌道を廻っていてくれ。』

『ラジャ。』忍者は答えた。『道化、燃料摂取を手伝ってくれないか?一度に一気は食えないから、残骸を持っていて欲しいんだ。』

『ラジャ!』ガラはもう一度忍者の真似をした。ガラ自身が可笑しく感じて笑い出した。




『それで、この生活楽しくしてるの?』魔女サブレナとすれ違った時に魔女がガラに話しかけた。

『はい、忍者さんと仲良くしてます。』

『あらあら忍者さん。』魔女はクスクス笑う。『あの人ちょっと可愛いわよねえ。』

『面白い人ですね。』ガラもクスクス笑う。

『私ともよく話すのよ、忍者さん。』魔女は行った。『俺は一匹狼だーとか言ってるけど、寂しいんでしょうねえ。』

『ですねえ。』

 その時女王が通りかかった。『道化と忍者が仲良しとはねえ。そこに侍が加われば面白いトリオができそうわね。』

『侍?』ガラは訊ねた。

『あら、新入りなのにぼんやりさんね。ニンジャ社からもう一台衛星巨神が建造されるのよ。』

『そうなんですか。それならば楽しくできそうですね。』ガラは適当に答えた。

『楽しく、ねえ。時々動くだけであとぐるぐる回ってるだけの衛星を作って何になるのやらねえ。技術の誇示、かしら。はは。まるで道楽。南瓜かぼちゃの悪口言えないわね。』

 そういいながら女王は去っていった。魔女と道化の間に沈黙が訪れた。

『女王って、あの、ニュースとかお伝えしている衛星ですよね。』

『そうよ。』

『ちょっと何か変なお方ですね・・・私の昔の友達をちょっと思い出します。』

『そんな友達がいたのね。あの子は気位が高いの。シッ。』魔女が唐突に静かにするように人差し指を唇の前に示したのでなんだろうと思うと、南瓜がケタケタ笑いながら二人の頭上を廻ろうとしていた。ガラは不思議に思いつつも、黙って南瓜の言葉を聞いた。

『技術の誇示とは素晴らしきかな。侍がトリオになる。トリオ、三人が集まれば神の知恵。神は一体どこにある。私は神だ。気位が高い衛星巨神。昔はよかった衛星巨神。友達。3人死んだ。シッ。友達。』

 そして南瓜は過ぎ去っていった。

『今の・・女王が話していた言葉ですね。私たちの言葉も・・。』

『そうそう、あの南瓜はちょっと耳が良くてね、私達衛星巨神の会話を勝手に聞いて繋ぎ合わせて喋ったりする変な趣味があるの。』魔女は言った。『そんなの、気味が悪いから私は南瓜の前ではあまり話したくないわけ。』

『そうなんですね。』ガラは南瓜が過ぎ去った方角を見ながら言った。やがて魔女と自分の軌道がどんどんと離れていくのを悟ったガラは魔女に『じゃあ、また。』と手を振り、お互いそれぞれ別の方角へと進んでいった。


『こんにちは、道化くん。』ある時王子がガラに話しかけて来た。『気分はどうだい?』

『上々です。先ほど隕石の撤去をしてきました。』ガラは答える。

『ご苦労様。そんな事より歌を歌わないか?』

『私あまり歌を歌った事がありません。』

『僕が放送している歌番組は皆が歌えるようにできている。道化の好きな歌を当ててみよう。例えば天気は何が好き?』

『曇り。』

『ほう、お日様が嫌いなのかな。』

『逆です。太陽が隠れているほうが本当の太陽が分かる気がして・・・でも今は宇宙から太陽ばかり見続けていますね。』

『本当の太陽は何だと思うのかね?』

『なんとなく、本当はこんな光ってないんじゃないかなと思ったり。』

『・・・おお、今の話から面白い歌を見つけた。』

『本当ですか?』

『ああ。「クルンベルバル・ヴォーツェルのうた」』

 王子の身体からリュートの伴奏が聞こえてきた。王子が歌いだす。


=


クルンベルバル・ヴォーツェルは語る

かつてヒトは光だったと

ヒトは光を忘れ

火と共に生きるようになったのさ。

太陽が語りかける

おいで光の国へ

でもヒトは光を憎み

光に火を齎した。

クルンベルバル・ヴォーツェルが語る

火とヒトと光の歴史

ヒトは光を忘れ

火と共に生きるようになったのさ


=



 ガラは「不思議な歌!まるで聞いたことがあるみたい!歌ってみたい!」と感激したので王子はにこやかに答えて再び伴奏を始める。 『♪クルンベルバル・ヴォーツェルは語る かつてヒトは光だったと ヒトは光を忘れ 火と共に生きるようになったのさ・・・』






 そしてある日。



『ガラ。』



 呼びかける声が聞こえる。ガラはハッと気づいて叫ぶ。

『お父さん?』

『とうとう、道化師になって宇宙にきたんだね。ガラ。』

『お父さん!今どこにいるの?』

『落ち着いて。これは誰にも聞こえないように気をつけて声を出してるんだ。太陽を見てご覧。』ガラは身をくねらせて太陽の方に顔を向ける。声は言う。『私は、あの中にいるんだ。』

『・・・!』ガラは眼を見開く。

『そして太陽に何かが覆いかぶさっているだろう?』

『うん。』確かに、何かが見える。

『あれが、”宇宙人”だ。太陽を狂わせた存在。』

 それはガラが最初に夢見たときに見たものであった。紫色で半透明で、長い長い腕をしている。顔も長く、閉じられた二つのまぶたしかない。

『あれが、眠ってる間だから、私は君に話しかけられるんだ。』声は言った。『あれはとても危険な存在。関わってはいけないよ。どうにかしてあれを避けて、太陽の中に入って欲しい。』

『でも、どうやって・・・?』

 その時宇宙人の黄色い目が開かれた。そしてたちまち姿を消した。ガラは不穏な気持ちになった。太陽の中に父がいる。そして太陽を妨害する宇宙人がいる。それを避けて、しかも燃える太陽の中を潜るにはどうしたらいい。ガラは悩む。



 宇宙人はそれから姿をしばらく見なかった。

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