第8話
デルブが、明らかに殺意を込めたその光を両手から出した時、セリーシャの脳裏を過ぎったのは、(死にたくない)という生の渇望と、(こんなクズ野郎に負けるなんて)という屈辱のような感情と、(そんな機能って道化にあったっけ?)という疑念であった。
そして、デルブは全身が光りだして、
・・・しかし・・・
光は突如収まった。
セリーシャは呆気に取られた、デルブは完全に意識を失っていた。緊急装置が作動し水槽へと回収されていた。心臓が止まっていたのである。
水槽に駆けつけたデルブの父ゲルミーが「いったいどういう事だ!」と蘇生する医療班に怒鳴りつける。医師は言う。
「これは・・・神経めちゃめちゃやられてますね・・・審査中にそんなことが起きるのは・・アレしか考えられない・・・。」
「アレ?アレってなんだ!」ゲルミー・パーリンシンダが怒鳴る。
「パーリンシンダさんは、うん、パンプキン社長さんですね。」医師は言った。「ひょっとして、お子さんは”
「え・・・・そうなのか・・・。」
「おや、ご存知ないのですね。でもそれしか考えられません。たとえ訓練でも衛星巨神の経験のある人は出場禁止している筈です。なぜなら、他の衛星巨神との特徴が異なるので、下手な信号を送信して、予期せぬエラーが起きるからです。それを、お子さんは、言わなかったというわけですね。」
「く、しかし・・・」
「お子さんがセリーシャ選手に向けて発したあの光を私たちはご存知ありません。つまり”
「そんな・・・・!」
ゲルミーは頭を抱える。
「なんだか私行かなくて良かった気がしたわ。」メラマは下方のゲルミーを見ながら言った。「サーカスの方がずっと安全ね。」
『ペンドリヒ・ルーサー、デルブ・パーリンシンダ、負傷により退場。』という通知が選手の三人の元に来た。ガラはジョーストと協力してゴミを拾い集めていた。
『一体何が起きているのかな。』ガラは大きなゴミを抱えながら訊ねる。
『でかいゴミに当たったのかな。』ジョーストはそういいながら共に外に放り出す。
『随分立て続けに起きるね。』
『まあねえ。』
『よし、ここは大分綺麗になった。』
『そうだね、移動しよう。』
二人は移動する。いつの間にか敵選手と仲良くなっているな、とジョーストは思った。もちろん競技ではなく審査であり、協力的な姿勢が大事という事は承知している。だが、初めに協力的姿勢を示したのはガラであり、 ジョーストはそのガラの意思に沿うように任務を遂行していた。これじゃあ内面的には負けてるな、とジョーストは思いつつ、いやいや、これから頑張らねば、と張り切る。
『あとどこらへんにあるかな。』ジョーストは言う。
『大きいゴミぐらいしかないね。それにしてもすごく速いゴミがある。』
ジョーストは異常に早く回る大きな金属片を指差して言う。
『あれは危ないし片付けるのは厄介だな。』
『ぶつけてみましょう。』ガラは毅然とした眼差しで言った。
『え?』
『他の大きいゴミとぶつけて力を相殺する。』
『しかしあんなに大きいと。』
『三人同時にぶつけましょう。セリーシャ!いる?』
ガラは大声で呼びかけた。その電波はセリーシャにも当然届いた。
『何なの。』セリーシャは答えた。
『大きくて速い危険なゴミを撤去しなきゃいけないの。それでセリーシャの力が必要で、こっちに来れる?』
『・・・分かった。』
セリーシャが来るとガラは言う。『さあて、あのゴミを撤去するために、私たちはこの散らばっている大きなゴミを同時に、そして目標とは逆方向にぶつける必要がある。とりあえずジョーストはあのゴミ、私はこのゴミ、セリーシャはそのゴミ・・・』
『なんであんたが指導者面してるの?』セリーシャが突っかかる。
『そういう問題じゃないでしょう。』ガラは少しムッとした。『対案があればそれ でいいけど・・・』
『・・・』セリーシャは何も言えなかった。
『残り時間、30分。』アナウンスが流れた。
『急がなくちゃいけない。』ガラは言った。『皆、ゴミを持って。』 三人はそれぞれ等身大のゴミを持って位置についた。
『今、って言ったら投げてね。』 巨大なゴミが目の端に見える。それはクイーナを跳ね飛ばしたゴミであった。
『まだ・・・』ゴミが少しずつずれて見える。『残り時間20分。』しかしゴミは近づこうとしない。『まだ・・・』ゴミがだんだん大きく見える。『今!』 三人からゴミが放たれる。それは巨大ゴミに同時に衝突し、そのままゆっくりお互い跳ね返った。
『やった!』ガラはそう言って安全な速さになった大きなゴミの回収に向かう。 しかしセリーシャは不満気であった。このままではガラに相当の得点が入るに相違ないのは間違いなかった。
『残り時間10分。』 セリーシャは急いで他のゴミに向かい、拾ったり遠くへ投げたりしている。ガラを任務不能にするのは不可能に近いと察していた。なぜならばもう危険なゴミは無いし、デルブの件があったので同じ手段で導線を切ったりするのは危険であり、その上自分よりもガラの方が完璧に乗りこなしている事を認めないわけにはいかず、彼女に勝てる気はしなかったからだ。
『残り時間5分。』
今の自分に出来る事は、ひたすらゴミを集め得点を稼ぐ事。しかし、僅かしか無い。
『残り時間1分。』
無い。無い。もう無くなってしまった。
『残り時間30秒。』
うそ、自分は何をしていたの。『無い、無い、無いいいい。』
『残り時間、10』
セリーシャは放心状態である。
『9』
しかし意を決して、
『8』
探し回ろうと、
『7』
あたりを見回し、
『6』
一つのゴミを見つ
『5』
けて、その方向に
『4』
飛び立ち
『3』
あと少しで
『2』
指が触れる
『1』
その時に
『終了!』
ブザーが鳴ってセリーシャは強烈な引力を感じてつんのめり、強制的に水槽へと引き戻されてしまった。何もできなかった事に気付いてセリーシャは呆然とした。
「さて、審査ですが、今回は事件事故により三人脱落しました。」ゴブルグ社長は重々しく話した。「この事を重く受け止め次回衛星巨神審査で二度と起きないようにしたい。そして、残った三人で審査得点を発表します。これまでの点数とゴミを撤去した点数の総和である任務得点と、当審査の追加得点をそれぞれ発表します。」
歓声と怒号。ベンもロウジェベールも緊張の面持ちである。
「ジョースト・プラスティ。任務得点432、チーム協力100点追加により532点」
ジョーストは頭を上げた。あまり得点が高くなかった・・・。丁度観客席にケーリヒが居て、いつになく真面目な顔でこくりと頷いた。
「セリーシャ・ショコラッテ。任務得点491、また、競技場に行われた犯罪を告発した功績で200点追加により691点」
セリーシャは予想外に高い得点に思わず「ヤッピー!」と叫んでガッツポーズをした。
「ガラ・ステラ。」
ベン、ロウジェベール、セリーシャが固まる。
「任務得点488。」
(私より、任務得点、低い!) セリーシャは思わず笑みを浮かべる。
「そしてリーダシップ性、および厄介なゴミに対する判断力の高さを評価し、400点追加により888点。よって、衛星巨神”道化”搭乗員はガラ・ステラとする!」
歓声。ベンは真顔になった。ロウジェベールは朗らかな笑顔になった。セリーシャは笑顔のまま固まった。ガラは天を見上げた。
(お父様・・・まもなく行きます!)
「すごいじゃないガラちゃん!」メラマは拍手する。「やっぱりあの子ならうまくいくと思ったわ、ねえお祖母ちゃん!」
席の隣に置かれていたガラの祖母の肖像画がコクリと頷く。
「ガラ、という名前だったね。」ジョーストがガラに話しかけた。「いくら身体に能力があっても人には相応不相応というものがあるらしい。3次試験でその事を思い知ったよ。ありがとう。いい戦いだった。」
ガラはニコリと笑った。「わたし、頑張るよ。」
「正直、」ジョーストは言った。「真剣に衛星巨神になりたい奴なんてここには殆どいないんだと思う。皆、『神になりたい』高慢さだとか、栄誉とか、功績や自己陶酔や価値欲しさにやってきた。 俺もそうだ。あいつもどうせそうだろう。」セリーシャは打ちひしがれている。ジョーストは続ける。「それに比べてお前は真剣すぎて怖い。衛星巨神でなきゃいけない理由が、お前にはあるみたいだな。」
「ええ。夢でね、」ガラは言った。「私の見た事の無い父さんが助けを求めてきたの。道化になって太陽を救って欲しいって。」
「正直、気が狂ってるわ。」ジョーストは笑った。「本当に道化みたいな娘だな。 でも、だからこそ、衛星巨神の道化としてふさわしいのかもな。」
ガラはちょっとムッとしたが「一応誉め言葉として受け取っておくね。」と答えた。
「ははは。」
負けてしまった。セリーシャはそれから数日間打ちひしがれていた。二位。二位だった。私に足りなかったのは実力ではなく協力性だった。その事が明らかであった。負けてしまった。セリーシャ・チルドレンが慰めてくれる。それは嬉しい反面、彼らは自分に協力というより依存的な好意に近い事も薄々感づいていたセリーシャにとって、協力が足りなかったという自分の後悔を和らげるものでは決してなかった。むしろ、自分の惨めさをさらに突きつけられているようであった。
そしてセリーシャは少し冷静に周りを見渡して、ますます落ち込んでしまった。というのも、自分が負けてしまったためにセリーシャ自身のカリスマ性は酷く損なわれてしまったからである。つまりセリーシャ・チルドレンから去った者が多くいた。当然ガラの評判もグンと上がってしまった。それでも強気でありたかったのだが、 衛星巨神という権威がクラスメートにいるのかと思うと、全くその気にもなれなかっ た。自分は、唯の凡人になってしまった。
積年の夢を失うとこうも人は弱くなってしまうのか、とセリーシャは自覚しないではいられなかった。時々は酷く泣いたし、時にチルドレンに八つ当たりもした。時には妙に明るく振舞ったり、時には誰とも会わなかったり。そうする内に、だんだんとチルドレンがいようと、所詮自分は独りだ、と思う様になってしまった。そんな情緒不安定なセリーシャに、チルドレンもどう扱っていいのか分からなくなり、離れてしまう。
セリーシャはひとりぼっち。
しかし彼女に死の選択はありえなかった。
(死ぬ?そんな事はありえない。)
しかしどう生きる。
(そうね、前向きに考えましょ。学校卒業したら、何か事業でも始めようかしらね。)
そう食堂で独りで考えていた時に、ベンが現れた。ガラが宇宙に打ち上げられる、ほんの数日前の事である。
「なに?嫌味でも言い返しに来たのかい?」セリーシャは嫌そうに言った。
「いいや?」ベンは前よりも妙に神妙に真面目な顔で答えるのでセリーシャは驚く。
「どうしちゃったのベン。なんか落ち着いちゃって。」
「セリーシャ。ちょっとあまりに重大な事なんだけど、」ベンは声を潜めた。「君に協力して欲しい頼みがあるんだ。」
「頼み?」
ベンはカバンから大きなファイルを取り出す。 「知って欲しい事と」ベンはセリーシャを真っ直ぐ見ながら言う。「その為にやらねばならぬ事。」
ベンの妙な気迫に、今や気弱なセリーシャはちょっと怯えてしまっていたが、コクリと頷いた。「話は聴くわ。」
「ありがとう。」 ベンは椅子に座ってファイルを開き、セリーシャに説明を始めた・・・。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます