第7話
「ロボットには愛しかない。」
ロウジェベール教授は教室を練り歩きながら1年ぶ りのその言葉を言う。
「機械で作られた物が精神が無い、と言われるが、機械こそがもっとも作り手の人間の精神が込められていると言える・・・私はだから、人間の精神性を過度に神格化した衛星巨神などまがいものだと以前は思っていたが」ロウジェベールはため息をつき、罰が悪そうに笑った。「もしかしたらこれは間違いかもしれぬ。そう最近思っている。」
授業を終えた後、小さなロウジェベールは急いで退出の準備をして学校を出た。あれから一年。自分の授業の受講生から奇しくも二人、衛星巨神のファイナリストとして選ばれた。これは何か意味があるのかもしれぬ、とロウジェベールは神秘的な気分で考えながら道を歩く。
「クラウン社衛星巨神”道化”資格・第三次公開審査」
そう長々と書かれたゲートを潜ったロウジェベールは透明な巨大な球体のあるドームの中に入り、ぐるりと囲んだ椅子の中の一つに座った。この球体のドームは何だろう、ホログラム映写機かな、とロウジェベールは不思議に思った。ドームの中央に半透明の黒い大きな球があり、球体の周りには7つのカメラと6つの水槽が直結されている。数からして、この水槽が6人のファイナリスト達の”搭乗席”なのだろうとロウジェベールは考える。隣に見た事のある青年が座っていた。学校の生徒だ。名前は誰かな・・・ と思った時にその青年がにこやかに挨拶をした。
「ロウジェベール教授ではありませんか。僕は文学部の方にいましたベン・アドラです。ガラの幼馴染でした。」
「おお、ガラ君の友達か。」
「教授もガラの応援を?」
「ああ、そうさ。そして、もう一人私のゼミの中からファイナリストがいたのでね。」
「セリーシャさんですね。」
「ああ。だから、どちらも気になるのだ。」
「なるほど。」
「ベン君はガラの応援かね?」
「はい。」
「そうなのか。ガラ君、黙々と勉強してる姿しか見なかったから、一人ぼっちではないかと心配していたけど、友達がいるならよかった。」
「・・・・。」ベンは黙ってしまったが、ロウジェベールはそれに気にもとめず、前を向いて言った。
「あのドームの中で、搭乗者が衛星巨神のシミュレーションを受けるのだな。」
「きっとそうですね。」
「一体何が起きるのだろうね。」
「あの。」ベンは話を遮り口を開いた。「僕は実はガラの衛星巨神化には反対していました。」
ロウジェベールは驚いた。「そうなのか。」
「はい。なぜならば衛星巨神になると二度と帰ってこないからです。僕はそんなのが嫌だった。」
ベンはそう言って悲しそうな目で膝を見つめていた。
「でも今は、」決然とした目で前を見た。「ガラは衛星巨神になってはいけない、と思う。あの子はやっぱり愚かなんだ。何も知らないし分かっていないんだ。しかし、僕は今どうすることもできないし、ガラがもしそうなる定めならば、止める事はできない。でもだからこそ、それをどうしても見届けたいんです。ガラがどうなるか。」
「ベン君よ。」ロウジェベールは暖かく話しかけた。「君はまだ若い。人生いろんな出会いと別れがある。わたしもガラ君には地球で研究室に残って欲しかった。彼女のロボットの天才ぶりといったらそれは実に見事だった・・・でも、私はガラ君の選択を尊重するよ。彼女のロボットの馴染みの深さは、ひょっとしたら人と機械を融合した衛星巨神でも極めて有益に働くんじゃないかとね。」
「これは単なる出会いと別れの問題なのでしょうか。」ベンは暗い声で言った。
「おうそうだとも。我々はガラが離れるのが寂しいだけ。だから気長に見ることだ。気長に。」ロウジェベールは答えた。ベンがそのままゆっくりため息をついて会話が終わった。隣に飲食物を持ち込んだガンツィがベンの隣に座った。ロウジェベールが前を見ると、いつのまにか半透明だった球体の中が真っ暗になっている事に気づいた。そしてドームの天高くに設置されたスクリーンにクラウン社長ゴブルグ・キンピラーノの顔が映し出される。
「ご来場の皆様!私がクラウン社長ゴブルグ・キンピラーノです。本日行われます、衛星巨神”道化”資格・第三次公開審査にお越し頂き誠にありがとうございます。 この審査では二次審査から選ばれた6人のファイナリストが、この無重力ドーム上で衛星巨神になりきってクラウンとしての任務を果たすのが趣旨です。ファイナリストの紹介をします。ジョースト・プラスティ!」
水槽のすぐ外の、長身のピエロの扮装をしたジョーストがスポットライトに当て
られ拍手を浴びる。
「ガラ・ステラ!」
ガラがお辞儀をする。やはり道化の扮装をしているのでベンもロウジェベールも驚いた。
「セリーシャ・ショコラッテ!」
その圧倒的プロポーションで舞台映えのする道化衣装のセリーシャが仰々しくお礼する。「セリーシャァ!」と叫ぶ男女の声が聞こえたが、おそらくセリーシャ・チルドレン達である。
「デルブ・パーリンシンダ!」
一番小さいスポーツメガネの道化がおずおずと一礼する。
「ペンドリヒ・ルーサー!」
天然パーマの道化の男が「うっしゃあ!」と叫びながら両手を挙げる。
「クイーナ・ペルデンガス!」
この中では一番落ち着いた女性が静かに一礼する。
「さて!選手達にはすでに伝えましたが、」ゴブルグ社長は再びアナウンスを開始する。「このピエロの扮装は、無重力ドーム内で衛星巨神と同じ性能を発揮してくれるものでございます。それは、扮装の中にあるシステムと搭乗者がシンクロしないと上手く身体が動かない仕組みでもあります。そしてこの扮装もクラウン社が開発したエネルギー、クラウン・ジョークがジェット噴射の代わりに方向転換をします。 ほとんど消費せず、また細かい信号に対応してくれる機敏がウリでございます。」
六人の選手は水槽の中へと向かってく。
「当審査ではドーム内に散らばった宇宙のゴミを制限時間内にできるだけ多く回収するのが目的です。また競技ではなく審査なので、選手の妨害は減点とみなします。時々一人で抱えきれない重いゴミがあったり、非常に速いゴミもあるのでそれをどう扱うのかが審査のポイントとなるでしょう。」選手は水槽から徐々に球体の中に入っていく。「では、まもなく!始まります!では!」
スクリーンが真っ暗になる。
そしてブザー音。
道化姿のガラは勢い良く無重力ドームの中に飛び立つ。宇宙は何と気持ちのいいものであろう。何も音が無く全てに対して力が掛からず、望めばすぐにその方向に飛んでくれる。見回せばあちらこちらに金属片が飛んでおり、ガラはそれをすばやく掴んで背中の袋に入れる。ジョーストが空中でジタバタしている。操作に苦労しているようであった。
『落ち着いて。』ガラは言った。『ゆっくり操作する といいよ。』
「ねえねえお姉ちゃん。」会場内で、ドームの中を大きく映し出しているスクリーンを見たルリナはメラマに言った。「さっきの銀の髪の人が口を動かしてたけど衛星巨神ってしゃべれるの?」
「うん、そうだよ。」メラマは言った。「宇宙には空気が無いけど、衛星巨神は声の音波シグナルを電波に変えて発信し、電波を音波シグナルに変えて声を聴くの。そういう発話法が大昔に確立されていたわけ。」
「そうなんだあ。」ルリナはニコリと笑った。「テレパシー、みたいなものだね。」
「うん。」
セリーシャは中速で進んで目に付くゴミをすいすいと集めていった。意識するとあまり心が落ち着かないのでガラの事はなるべく見ないフリを心がけた。成績的にはまずまずだったので、3次試験は集中しないといけない、という焦りからであった。
ジョーストはガラから操作方法を聞いて改めて動くとなかなか身体がいう事を聞いてくれたので驚いた。(『機械を愛でるように』か。) 比較的痛めつけて鍛錬するタイプのジョーストは愛情といった細やかな精神をあまり持ち合わせていなかったが、今一度衛星巨神に関しては考えなきゃいけない事だな、と思い始めてもいる。今までただの道具だと思っていたからだ。
(ロボットには、愛しかない。)
ガラはそう思いながら飛んでいる。(まさにロウジェベール教授の言う通りだった。衛星巨神はロボットと一体になるのだから。)
ペンドリヒ・ルーサーが高速で飛び回りながら、ゴミを拾い集めているのをガラは見た。ガラはその時ふと思ったのである。
(あんなに飛び回って大丈夫かしらね・・・。)
(ちくしょう、うまく動かねえ! )
デルブは小さい体をモタモタ動かしていた。
(構造が根本的に違ってたのか!)
デルブは自分だけが衛星巨神”南瓜”を訓練機で使い慣れていたからこそ勝算があったのだが、それが大きな誤算であった。つまり操作システムに細かな違いが多くあったのだ。傍を見ると、クイーナ・ペルデンガスが次々と宇宙ゴミを拾い集め、背中のポケットに入れている。そこは低速で小さな宇宙ゴミが多く密集している場所である。
(誰か知らんが目ざとい奴だな・・・しかし・・・)
デルブはチラリと目の片隅に巨大な宇宙ゴミがこちらに向かって廻っているのを見た。
(暗算で計算しよう、どこに着くか・・・。)
クイーナ・ペルデンガスは競技開始と同時に宇宙空間に射出された時に、操作に馴れずにぐるぐると回って、やっと制御が効いて止まったと思った目の前に小さな宇宙のゴミが沢山あったので、(ついてる! )と思いながら次々と欲しいがままに拾い、それらのゴミを無重力の中で固めて運んでいた。そして今、誰かがぶつかってきたのでクイーナは左側に飛ばされてしまい、慌ててブレーキをかけた。
『ちょっと何なの?』
『やあごめん、操作が使い慣れてなかったんだ。』小さいメガネの道化デルブ・パーリンシンダが答えた。
『気をつけてよね。』
『ごめんごめん。』 そして二人はこの穴場で黙々と宇宙ゴミを拾う。
『あのさ。』
『何?』
『ぼく、試験で他人と話すのは始めてで、その、名前とか聞いてもいいかい?』
『デルブ・パーリンシンダくんでしょ?わたしクイーナ・ペルデンガス。ちゃんと覚えててね。』
『ごめん。』
『それでさ・・・あ!』 デルブが指差した。
『え、なに?』
クイーナはデルブが差した先を見ると、クイーナの身長の5倍分はある宇宙ゴミがクイーナの全身に激しく衝突し、クイーナは『ッ・・・!』と軽くうめき声をだしたきり何も言わずに遠く遠くへと速く飛ばされ、ドームの隔壁に当たって跳ね返った。膝や肩が不自然に曲がっている。
(馬鹿め、ひっかかったな。これで敵は減った・・・。勝率が上がった・・・。)
そう思いながらデルブは宇宙ゴミを黙々と拾いだす。
会場がざわめいた。クイーナは衣装に内蔵されていた緊急装置が働いて、自動的 に水槽の外へと射出された。そしてクイーナの周りに医療班が集まる。
「事故だ。」ロウジェベールが言った。「あれは相当まずいぞ。」
「酷い審査ですね・・・」ベンは言った。「さすがにあんな目になってまで やめて欲しいとは思わない。」
「やめろ、縁起でもない。」ガンツィは言った。
『クイーナ・ペルデンガス選手が巨大な宇宙ゴミに追突して負傷し、退場した。』と残った五人の選手にゴブルグ社長から通知が入った。事故により負傷! ペンドリヒ・ルーサーは寒気がした。ここ本当に怪我するんだな。ならば慎重に動こう。今まで飛ばしていたが、すこし押さえて丁寧に飛ぶ事にした。
宇宙ゴミをあらかた集めたデルブ・パーリンシンダは辺りを飛び回る。傍から見てデルブの指摘が遅れてクイーナが怪我したようにしか見えなかったので、彼にお咎めは無かったのだ。そしてゆっくり飛んでいるペンドリヒを見て、(よし、次に” 勝率を上げさせる”のはこいつとしよう。)と考えた。審査の時に監視するカメラは7台。その角度と位置。そこをやがて通り過ぎると思われる大きな宇宙ゴミがゆっくりと動いている。そこで決行する上での角度、位置、所要時間。(数学というのは、 人を殺すためにあるのだな。)デルブはニヤリと笑う。そして背中のポケットから、先ほどクイーナたちのところから拾った鋭い宇宙ゴミを一つ持つ。
『おおい君!』
デルブはペンドリヒに呼びかける。『ちょっとあの大きなゴミどうにかしないか?』
『いいよ、デルブ君。』ペンドリヒはそういってデルブと共に巨大宇宙ゴミに向かう。
『大きい宇宙ゴミって一体どうやって回収するんだい?』デルブは訊ねる。
『回収するんじゃないよ。それは不可能だから、無効化する。動きを止めて遠くに運んでもらうんだ。ここだったらドームの隔壁付近だね。』
『なるほど。』
『この大きさなら二人で十分だな。よし、やろう。』
ペンドリヒは大きな宇宙ゴミを両手で押さえたがデルブは後ろにいた。 『どうしたんだい?手伝えよ。』
『手伝うよ。』
デルブはペンドリヒの左肩を宇宙ゴミに押し付け素早く首に繋がれている導線を切った。
(お前が死ぬのをな。)
『・・・・・!・・・・!』
ペンドリヒは右腕を振り回して何か言おうとしたが何も出ない。
(知っているさ、俺は衛星巨神の内部構造に詳しいからな。そこを切れば、会話もできなくなるし体も麻痺する。) デルブは鋭く尖った宇宙ゴミを見つめながら思う。(さあて、生命維持装置の線もついでに。)
そしてペンドリヒの首のもう一つの導線を切った。ペンドリヒはそのまま青ざめ宇宙ゴミからふらりと離れてしまった。
『おい、どうした!どうしたんだ!』デルブは遠のくペンドリヒに大声で呼びかける。ペンドリヒは緊急装置が作動してそのまま水槽の方へと吸い込まれていった。
『宇宙ゴミにやられたのか、ち、畜生!』とデルブは叫びながら大きな宇宙ゴミを押す。驚くほどよく動く。デルブはこの時道化を完全に使いこなしているどころか、その技能を限界以上まで発揮している事に気づいた。やった、使いこなせるじゃないかやっぱり! ・・・デルブは人を二人も殺めた興奮で脳がいつもより稼動したおかげで使いこなせるようになっている事実を見過ごしたまま歓喜に浸っていた。(よし、さらに勝率を上げよう!次は誰にしよう・・・。)
『見たわよ。』
声が聞こえた。振り返るとセリーシャ・ショコラッテである。 『な、何を見たというのだ!』
『ペンドリヒの首に何かしてたの、見たわよ。生命線でも切ったのかしら?』
『は?!』デルブは叫んだ。『言いがかりはよせ!妨害は減点の対象になるぞ!』
その時ゴブルグ社長の声が入った。『セリーシャ、それは本当か?』
『はい。視覚映像を録画しておきました。』
そう言いながらセリーシャはこめかみに人差し指をあてた。そんな機能をすでに体得していたのか、とデルブは青ざめた。視覚映像とは、衛星巨神の目で見た光景であり、録画ができる。セリーシャは極めて意地の悪い笑みを浮かべていた。
『必要とあらばゴブルグ社長に送信しますが?』
そう言いながらセリーシャも(これで、勝率は上がる・・。)と思っていた。
まずいどうにかしないと、とデルブは焦り、咄嗟に訓練機械で遊んでいた時に偶然発見したアレを思い出した。それはクラウン・ジョークを凝縮して直接相手に放つ攻撃。両手を突き出したデルブの手が光りだす。笑みを浮かべたセリーシャは真顔になる。『ちょっと、 何!?』と言いながら逃げようと体勢を変えたその時。
閃光。
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