第6話

「メラマ!」

「ガ・・・ガラ・・・先に行ってて・・・」メラマは足を押さえながら言った。

「だめ。」ガラは言った。「自分の怪我をよく見て。この場所だと救護班がすぐ来ない。今のうち応急処置しておかないと取り返しのつかないことになる。歩けなくなる。」

「でも・・・あなたが・・・遅れる・・・。」

「そんなのは、どうにでもなる。ほら。」ガラはいつの間にかメラマの足に長い茎を巻きつけていた。「じゃあ、ごめんね、私先に行くね。」

「あ・・・」ありがとうを言う前にガラはさっさと行ってしまった。メラマは前より足が楽になっている事に驚きつつ、もう試験はダメになってしまった事を悟り、涙があふれ出てしまった。お祖母ちゃん、ごめんなさい。


 デルブは、警戒していたガラが友達にかまっている間にどんどん後退していくのを傍目で見て、やはり孤高である事が勝利の条件であると確信した。しかしそう思いつつも実際デルブは6位なのだが、5位から先が全く見えないのとデルブが走りすぎて意識朦朧としてるのとで、自分が1位になったと半ば勘違いするように思い込もうとしていた。そうでもしないとデルブは走れないからだ。彼は持久走が元来苦手で、どうにか必死の訓練を積んだのだが、それでもコース半分を超えると胸を苦しめるような辛さがデルブを襲う。そのためにも脳内に注入する麻薬として勝利の幻想に浸っていたのである。


「お父さん。」クルシャがカメラ室で遠くに見えるガラの様子を見て言った。「あの銀髪の子かなり遅れたね。」

「ああ。」ゴブルグ・キンピラーノ社長は言った。「だが、すごい速さで走り始めたぞ。」

「本当だ。」

「ここから巻き返していくつもりなのだろうか。」ゴブルグは言った。「ガラ・ス テラ。」



(うわ!)

 デルブは心の中で悲鳴を上げた。ガラがスキップするような軽い走り方で、デルブを物凄い速さで抜かしたからだ。

(あんなに早く走ったらすぐ消耗するんじゃないのか?)

 しかしあの時ガラは多少は計算していた。メラマに対処していたら結果的に多少の休息は得られる。そこで徐々にペースを戻して走っていけば、十分に元が取れるはずだ、と考えていたのだ。

(くそ、ガラが見えなくなった・・・。俺は2位か・・・)

 6位のデルブを抜かしたガラは、次に5位、4位、そして3位のセリーシャを抜かした。(うそ!)セリーシャはどんどん先を行くガラを強く睨んだ。2位の栗毛の女性をも抜かそうとするのを見て、(・・・負けてられない!)と思いながらペースを早める。 1位のジョーストは向こうを走り続けていた。1位は無理かな、とガラは思いながらペースを維持する走り方に切り替えた、が、その時、背後から誰かが軽くぶつかってきたのでガラは危うくよろめいた。

「チッ」

 舌打ちが聞こえた。見るとセリーシャがかなり必死に走っている。セリーシャは走りながら脳内でつぶやきが迸っている。(メラマの奴がダメになった、ガラは追い抜かした、あとは誰か知らない一位の奴を追い抜かす、 誰か知らない一位の奴を追い抜かす、一位の、奴を・・・)

 ジョーストは背後のセリーシャの猛烈な気配に驚いてペースを速め始めた。しかしセリーシャは無理に動かす手足を止めるつもりもなかった。ジョーストは少しペースを上げて走る。 セリーシャは猛烈に走り続ける。ガラは気軽に走る。先にゴールが見える。ジョーストはここで急に勢いを上げて、セリーシャをあっという間に引き離す。セリーシャは驚きつつ、追いかける。しかし体力が消耗しだんだんと遅くなってしまう。ジョーストがゴールに着く。そしてガラがセリーシャを追い抜かす。セリーシャはさらに栗毛の女性に追い抜かされ、4位でゴール。その後デルブは6位に入った。

 救護のヘリに運ばれながらメラマはゴールに辿り着いた受験生達を羨ましげに見つめていた。

「驚きました、本当に危険な怪我でしたよ、メラマさん。この紐の縛り、実に素晴らしい。」救護班の人が言った。「あなたがこれをやったのですか?」

「いえ、ガラ・ステラさんです。」メラマは言った。「社長さんに伝えてください。私を危険から救ったのは、受験番号32番、ガラ・ステラさんです。」

 危険から救われたメラマなりの恩返しであった。これはきっと「知恵点」が彼女に加算されるに違いない、と思ったのである。



 メラマが家に着くや否や、ルリナが泣きながら松葉杖のメラマの右足に丁寧に抱きついた。両親が心配そうにメラマを見ていて、メラマはこくりと頷いた。それで 色々と察した両親は黙ってメラマを家の中に付き添っていった。

「お祖母ちゃん。サブレナお祖母ちゃん。」メラマは絵の中の祖母に話しかける。 「だめだった。私怪我してしまったの。お祖母ちゃんのようになれなくてごめんね。」

 サブレナの肖像は微笑した。

「でもガラ・ステラが私を助けてくれたの。取り返しのつかない危険のあった怪我から救ってくれた。」メラマは言った。「どうしてだと思う?」

 サブレナは首を傾げる。

「きっと、ここでも楽しく生きられるようにするためなんだと思う。私、皆が宇宙の道化師になるかわりに、地球で道化師でもやろうかなあ。」

 メラマはそう言いながら、しかし涙があふれ出て、泣き出してしまった。

「ごめんなさい・・・・。」




 一方ガラもメラマの事を想っていた。事故とはいえ、非常に不幸な事になってしまった。私は出来る限りの事をしたけど、でも結局自分の競技の勝利も考慮した選択を選んだ。衛星巨神の道を選び、学校で孤独になって以来、始めてできた友達のメラマが傷ついてまで行うべき選択なのかどうか、ガラは少し分からなくなって来た。そこで一応原点を思い返す。夢の父。太陽の狂気。知らねばならない事。それは誰かが私を求め呼びかけていること。自分をとりまく諸々の障害は、自分自身が引き起こしたものではない。自分は呼ばれている。選択の余地が無い。もしもここで挫いてしまったら、自分に後戻りする道がない。


 翌朝、ドミニク医師が「どうだったかね、2次審査は。」と訊ねてきた。体力試験に向けての練習を監修したのがドミニクだったからである。

「2位でした。」ガラは言った。

「どうした、良い成績なのにあまり嬉しくなさそうじゃないか。」ドミニクはメガネを掛けなおしながら言った。「1位を狙っていたのか?」

「いいえ、そうではありません。」ガラは答えた。「受験中に仲良くなった子が大怪我してしまったんです。でも私は自分の順位を優先した選択をしました。応急措置だけしただけで、あんまり構う事はできなかった。」

「それは仕方ない。」ドミニクは答えた。「残念だが、勝負というのはそういう事だ。」

「勝負じゃなくて適正審査じゃないですか?」

「同じ事だ。どちらにしろその子は走れないのは明白なのだろう?見捨ててしまうのは冷たいけれど、逆にもしも助けたりして道連れになって非常に遅れたら、向こうが君にもつ罪悪感は、君の今のそれの比ではない。」ドミニクは相変わらず冷たい口調だがその言葉はガラのこころを暖めた。「君と友達になるぐらいだ、きっと人並みの心がある良い人間のはずだ。安心したまえ。」

「ありがとう、ドミニク先生。」ガラは言った。「とりあえず、結果を待ちます。」

「吉報を祈る。」ドミニクはそういいながら手を振って家を出た。



 デルブは、もしも通るならギリギリだろうな・・・と思っていた。6位といえど、 自分の中では相当がんばった方だ。しかし、審査員はそういう点を評価するほど甘くないだろう。だが、もし運よく3次に通ったら勝算は十分にあるとデルブは考えた。まさに3次は衛星巨神を仮想体験する試験であり、すでに父の会社を利用して南瓜の衛星巨神の訓練所で似たような体験をしたデルブにとっては問題ない。



(・・・それに南瓜の衛星巨神は、道化と同じ動力源を使っている。なんだっけ、クラウンジョークと言う名前の動力だったかな。色々と共通点が多い。だから、なんだっていけるはずだ・・・)




「ねえ、マーチン。」セリーシャはセリーシャ・チルドレンの総長マーチンに電話で話していた。「4位だった・・・持久走4位だった・・・なんか筋肉バカが先先走るものだったから頑張ったらさ、他の人に抜かされた・・・え?疲れたんだろうって?わったしが疲れるわけないでしょう~・・・ガラが何位?知らないよあの娘のことなんて。マーチンもしかしてガラのこと気に掛けているの?・・・違うでしょ。 うんうん・・・うん・・・ありがとう。」



 ジョーストは今度は落ち着いて郵便受けを眺めていた。その様子を見てケーリヒは自信があるんだなあとクスクス笑っていた。

「3次は公開だから、名前が乗るらしいね。」ケーリヒは話しかけた。

「ああ。」ジョーストは郵便受けを眺めながら答えた。「一体だれが通るんだろう。」

「いくつかデキそうな奴がいるんだよな。」

「どんな人?」

「なんか銀髪の女。」

「ほう・・・・もしかして、こいつ?」ケーリヒは携帯タブレットを操作して写真を見せた。 ジョーは驚いた。

「あ、こいつ!有名人なのかー。」

「クローン第一生だからね。」

「クローンかあ。そりゃ強いわけだ。」ジョーは軽くため息をついた。

「クローンが強いってどうして思うんだい?」

「兄さんはそう思わないのか?」

「だって、自然のものじゃないんだぞ?人造の細胞。安定してるとは限らない。ほら、この12歳の頃のニュース記事にしたってさ、毎日検診に通っている、って書いてあるじゃないか。安定してないんだよ。クローンかだからって優れた能力を示すとは限らないぜ。」

「そうなのか。」

「人間だってその後どう生きるかで全く変わるもんだよ。やせてた同級生がでかくなったりさ。クローンも同じ。時間経過によって色々変わるだろう。極論、クローンに限らずロボットですらメンテナンス必要だ。みいんな同じなんだ。」

「ううむ。」

「ジョースト気にするな。雑念は人を惑わす。勝負は実現を願う心が大事だ。」

 その時ポストがカタンと音を立てた。

「どうだい?」

 ジョーストは慌ててポストから封筒を取り出した。


「クラウン社製衛星巨神”道化” 最終審査通過者

ジョースト・プラスティ

ガラ・ステラ

セリーシャ・ショコラッテ

デルブ・パーリンシンダ

ペンドリヒ・ルーサー

クイーナ・ペルデンガス」




「・・・だってよ。」ニュース掲示板を見ながらガンツィ・デルムは言った。「ガラもセリーシャも通ってる。二人ともすげえな。」

「そうだね。」ベンも同じく掲示板を見ながら言った。

「ベンは三次審査観にいかないのか?」

「勿論、行くよ。」

「おや、ガラの衛星巨神には反対じゃなかったっけ?」

「色々考える事があってね。」

「妨害か?」

「んなわけないよ。」ベンはガンツィをキッと睨んだ。「もしもあの子が選ばれたら、僕も考えなくちゃいけないことがあるんだ。」

「というと?」

「僕のできることは、何だろう、てね。」

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