第3話
翌朝、起きて天井を見ながら、ふとセリーシャの言葉を思い出した。初めて出会った時、まだ自分を嫌っていた頃の嫌味だ。
『毎日検査されてる弱弱しいクローンだし、私とライバルになれそうにないわね。』
ガラは手の平を見つめる。自分はそもそも体質的に資格があるのか知りたいところだ。手をひっくり返して甲を見つめる。自分の知識ではまだそれがわからない。
ちょうどそのとき朝のアラームが鳴った。玄関に向かえば既にロボットがいる。寝台の上に眠ってロボットの検診を受けた後、ドミニク医師が現れる。
「ドミニク先生。」検診が終わって道具を整理している最中に、ガラは話しかけた。 「ちょっと訊きたいことがあります。」
「何かね。」ドミニク医師は慌しく冷たい口調で答える。彼はいつもこういう口調で話すのでガラはそれに怯える事なく答える。
「私、衛星巨神の審査受けようと考えてて」・・・その時、物を片付けているドミニクの手が止まった・・・「でもこうやって毎日検診を受けているようなクローンができるのかなあと。」
ドミニクは丸メガネで据わっているガラを見て、一歩二歩と近づき、鼻がかった 高い声で訊ねる。
「君、それは本気で言ってるのかね。ほんの気まぐれとか、冗談ではないのかね。」
「いいえ。」ガラはドミニクを見つめていった。「先生。私は本気です。」
ドミニクはガラを見下ろし、首を何度か傾げていた。それはまるで何かを考えているようであった。「分かった。」ドミニクは言った。「問題ないと思う。ただ、間違えると死を伴う試験だ。生半可な気持ちで決して挑まないように。」
「ありがとうございます!」とガラは言う。ドミニクは珍妙な面持ちでガラを見つめた後、後ろを振り返って扉から出る。
とうとうベンと会わなくなってしまった。ベンは通学路を変えてわざとガラに会わないようにしているようなのだ。そんなことしても、しょうがないのにな、とガラはため息をつく。
(むしろ残り少ない期間で楽しい思い出作りたいのにな)
楽しい思い出という事で、かつて夢判断をした「魔女」のテントに行った事をガラは思い出した。相談コーナーみたいのもあるのかな、とガラはふと考える。
その時、セリーシャが現れる。その時に感じた安堵感から、ああ、ベンの他に、安心できる友達がいた、とガラは思ったが、直後に、何か違和感を感じる。
「お、おはよう。」・・・・セリーシャの微妙によそよそしい挨拶。ガラはあれ? と思いながらもニコリと笑って「おはよう!」と返す。セリーシャもニコリと笑うがどこか口の端や目の端が緊張していて、苦笑いのようにも見える。
どうしてかしら・・・とガラはこの微妙な陰湿な空気感に戸惑いつつ二人は歩き始める。しばらく無言である。それが重苦しくてガラが何か適当な話でも言おうとするが、思い当たらない。空から冠型の飛行船がゆったりと放送を始めた。
「・・・おはようございます・・・今日は、雲ひとつない青空のまま夜を迎えるでしょう・・・」
ガラはひとつ話題を思いついた。「ねえ、セリーシャ?」ガラは呼びかける。「セリーシャって何の天気が好き?」
「あ、え?天気?」セリーシャは驚いたように答えた。「そうね、うん、快晴が好きかな!」
「・・・セリーシャどうしたの?何か変よ。」
「いやあ、うん。」セリーシャは慌てて答えた。「ちょっと家の方で色々あってね。あ、そうだ、昨日の授業だけど・・・」その後は何事も無くセリーシャはガラと話し始める。空で飛行船がアナウンスを続けている。「・・・以上でニュースは終了い たします・・・この放送は、クイーン社の、衛星より配信されております・・・」
ベンはガラとは会わないようわざと遠回りした道を歩いたが、それでも暗い気持ちは解消されなかった。自分は果たして、ガラの邪魔にならないために孤独を選択をしているのか、それともガラと話したくない自分のエゴで動いているのか分からなかった。ベンは授業中もボーッと黒板を眺めていた。先生が「おい、大丈夫か?」と気にかけて話すほどには上の空だった。教室を出て廊下を歩くとガラの銀髪が見えたが、ベンはわざと正反対の方向を歩きだす。
昼食時は授業中一緒であったガンツィ・デルムと食事をしていたが、ガンツィは 「ごめん、先生に用事があったの思い出した。」と言って先に席を立ってしまったので、 ベンは一人でご飯を食べていた。そこに一人の女が現れる。セリーシャ・ショコラッテだ。彼女はベンの向かい側の椅子に座る。
「最近、ガラと一緒じゃないと思ったけど、どうしたの?」 セリーシャは話しかける。
「ああ、ちょっと色々あってね。」
「話聴こうか?」
「・・・別にイイ。」ベンは鬱陶しそうに答えた。
「そう。」セリーシャは席を立ちながら言う。「彼女、審査受けるらしいね。」
思わずベンはむせてしまい、口を手で覆った。
「やっぱり、知ってるんだ。」セリーシャは悪戯っぽい笑みを浮かべて横目で見ながら言う。「・・・さてはアンタ、ガラが審査受けるの嫌なんでしょ。」
「そんな事言ってないし、お前に関係ないだろ。」と言いつつもなんでそんな事が分かったんだ、とベンはセリーシャを警戒していた。
「そんな怖がらないでいいのよ。」セリーシャはそういいながら椅子に座ってベン をジッと見て言った。「あなたも私も考えてる事は同じだから。」
「・・・え?」ベンはセリーシャの強い瞳にドキリとしながら答える。
「私もあの子はいくべきじゃないと思うの。」
「・・・どうして?」
「だって、クローン人間よ。人間でさえ危険な試験だというのに、生まれたての小鹿みたいに不安定なクローン人間じゃあ死んでもおかしくない。そう、死ぬかもしれない。」
「ガ・・・ガラが・・・・死ぬ・・・・?」
「嫌でしょう。私もいやだ。」
「それは、考えられない・・・・。」
「だけど、私が言ってもしょうがないと思うわけ。なんか同じ審査受けるライバルがそういう説得するのって・・・なんというか・・・嫌でしょう?だから、ベンにガラを説得して欲しいの。」
「・・・・。」
「ガラには元気で生きてほしいでしょう?」
「そうだけど・・・でも・・・あの子の決意は固すぎる・・・。」
「決意って何?」
「いや、ここだけの話だけど、」ベンは声を潜めた。「ガラは夢の中で、実在しない父親の声が呼びかけるからって衛星巨神になろうとしてるんだ。」
「え?どういうこと?」セリーシャは真顔だったが内心とても面食らっていた。
「その父親が言うには、太陽は昔人が住めたけど、今は住めない。なぜならば悪い奴が太陽を操ってるから。太陽と父を想うなら道化師になって助けてくれ、て。だいたいこんな感じの夢を見て、ガラは決心したんだ。」
「はぁ!? 夢で、見たから、やる、です、って?」セリーシャは針のように鋭い眼差しでベンを見ながら震えていた。「バカにしてるわ! あいつは人生をバカにしてる。何だってそうだったわ、ロウジェベール爺の授業だって! 何?ロボットが手に馴染むって! 才能だけはあるから、ろくに努力もしないから上手くいくんでしょうけど、今度はそうはいかない! でしょう? ベン?」
「お、おう。」突然勢いづいたセリーシャにベンはたじろいだ。
「そんなしょうもない夢たとかのために、命の危険を冒すなんて馬鹿馬鹿しいよね?」
「まあ、そうかな・・・。」
「だったら私に協力して! あの子のバカみたいな情熱をどうにかして食い止めなきゃいけないの。その為にも、ベン、貴方はガラの幼馴染として説得する義務がある!」
「・・・・・」ベンは何も答えなかった。
「ベン?」
「『私に協力して』、か。」
ベンがセリーシャを睨み、セリーシャはしまった息を呑んでキョロキョロと見回した。
「よかった。」ベンはボソボソと言った。「お前がやっぱり相変わらずいやな奴ということを再確認できてな。ライバルだから蹴落としたいって正直に言えばいいのに。」
「ありがとう、ベン!」セリーシャはやや大声で笑った。「これからどうにかしてあの子の審査受験を食い止めようね。」
「え?」ベンはセリーシャの突然の言葉に戸惑った。
「そうだよね。ベンも今のあの子嫌だよね。気持ち悪いよね。夢なんかに惑わされてもはや普通じゃないあの子を、はやく普通に戻さなきゃね!」
「セリーシャ?」
「そうよ、ベン。私はセリーシャ・ショコラッテ。そしてあなたはベン・アドラ。 二人の絆はガラよりも強い! 二人はガラがとっても大事! だから」
その時ベンは後ろで足早に去る音が聞こえた。振り返ると銀髪、ガラだ。
「ぁあっ!」ベンは思わず変な声が出た。「そんな・・・。」
「追いかけてあげなさい。」セリーシャは悪戯っぽく笑った。「そして慰めてあげるのよ、王子様。」
ベンはセリーシャを殴りたい、と思ったが、思いとどまってこぶしを握るだけでガマンし、慌てて席を立ってガラの後を追った。
「ガラ!」
「来ないで!来ないで!」ガラは無我夢中で叫んでいた。「来るな!」
「違うんだ!誤解しているんだ!」ベンは走りながら必死に叫ぶ。周りの人は何だあれと指差して笑っていた。
「何が違うの!今日は一度も会おうともしなかった癖に!」ガラは泣き叫んでいた。「そしてセリーシャと組んで私の審査受験を食い止めようだなんて!裏切り物!」
「そんなつもりはない!あれは、仕組まれていた!」
「だから何だって言うの。」ガラは後ろ向きで立ち止まったのでベンはよろめいた。ガラは続ける。「どっちにしたって、あなたは、私が自分の選択についてどれくらい真剣に考えてるのか、一つも考えてくれなかった。それだけで、話は十分よ。」
そしてガラは足早に過ぎ去る。ベン はそのまま座り込んで放心状態でいた。教授の用事を済ませたガンツィが「おい、 どうした。」とベンに近寄ったがベンは何も答えられないでいた。うまく回らない頭で考えて、ベンはあの時のセリーシャの奇妙な発言が、ガラが近くにいると知ってあんな突拍子も無い事を言ったんだ、という事をようやく悟ったのである。なんと、ずる賢い、狂った、女だ。
ガラは再び繁華街をくぐるのが苦痛でしょうがなかった。なぜならそれはベンとの思い出の場所だから。ベンがあんな酷い奴だったなんて。でも、だからこそ、やはり聞かねばならない、とも整理した。紫色のテント。夢占いをした場所た。気休めかもしれないが、知識を結晶と名乗るウィッチ社の衛星巨神ならばきっと何か答えが得られるかもしれない、という期待のもと、テントの中に入る。中には小さな長方形のパネルが依然あった。『夢占い』の隣に『悩み相談』とかかれたメニューを タッチすると、文字入力欄が表示される。ガラはそれで今思っている事を入力した。
『悩み相談。魔女さまへ。 私は人造細胞クローン第一号のガラ・ステラです。以前夢占いもしてもらいました。さて、相談なのですが私は結局夢の真相が知りたくて、衛星巨神になる決意をしました。それは私にとっては人生に関わるかもしれないと思った故の、重い決意です。しかし、私がその選択をしたことで親友とお世話になった教授と友人たちを失いました。私が衛星巨神として去ってしまう事を悲しんだ親友。大学の研究員になって欲しかった教授。仲良くなれそうだったのに、 同じ衛星巨神の審査を受けるからか、おそらく私を憎んでしまった人。私の選択によって私自身孤立し、不幸になっています。はたして、この選択が正しいのかどうか、自信が持てなくなりました。この場合どう考えればよろしいでしょうか。』
そして『送信』の欄を押す。『解析中・・・』という文字を2分ほど見つめた後、 『解析完了』という文字と共にピピッという電子音でパネルの横から紙が出てきた。
ガラはその紙を恐る恐る読み始めた。
『ガラ・ステラ様
覚えていますよ。太陽の夢ですよね。 さて、解析結果ですが、ガラ様の選択がガラ様自身の全てを変える程の決断となっております。それはガラ様を取り巻く友人達の態度の変化から妙実に見て取れます。
あなたはもし今の状況から変化したいと望むならば、その変化を応援してくれる方以外とお付き合いするのは正直厳しいといえます。友人やお世話に成った教授がガラ様の変化を望まぬのであれば、 それはガラ様の変化の決意とは矛盾が生じるため、厳しい意見ですが一人にならざるを得ないといえます。しかしそれは同時に衛星巨神への勉強に集中できる機会とはなります。
もし、そうでなく、変化が間違いだったとあなたが判断するならば、それはそれで決断を止める宣言を伝える決意が必要ですね。そうする事で貴方は安定した生活ができるでしょう。
最後に、衛星巨神である私としてのお言葉をお伝えします。私も衛星巨神になる前は周囲の反対もありましたし、応援してくれる人もいた。そんな中で私がこのように衛星巨神になったのは、単純にこのような形で綺麗に大きくなりたかったからです。巨神の多くはそうやって自己満足の栄誉のためになる事が多く、ガラ様のように何かを見つけるために受けるケースは特殊かもしれません。だからこそ、もしも受けるのならば陰ながら応援しますし、でも、辞めるのならば、その選択も私としては良いと思います。解析結果と照らし合わせて貴方に告げたいのは、貴方自身が何を目指しているか、そこにまず立ち返らねばなりません。それによって人生を決めていくのです。』
ガラは紙をゆっくり読んだ。そうだな、と思いながら丁寧に折りたたむ。ベン・アドラもセリーシャ・ショコラッテも、残念ながら今のままでは私の足を引っ張る存在。何も言わずに黙々と試験に向けて勉強しよう。とガラは思った。どうせクローンは、夢のように儚い存在だ。夢に突き動かされるならそれはそれで、私らしいのかもしれない。妙に晴れ晴れとした気分でガラは煌めく繁華街を後にした。私はこれからがんばるのだ。
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