旅立ちの章

第4話

 衛星巨神資格審査は、ガラとベンとセリーシャが離れ離れになって9ヶ月後の事となる。3人とも会う事は殆ど無かった。たまたま見かけては気まずい思いをしてその場を離れる程度であった。

 ガラは一人黙々と様々な勉強をし、ドミニク医師の協力の下に体力訓練を行っていた。

「7分56秒。」ドミニク医師は言う。「2秒縮んだね。」

「でも目標の7分まで、まだまだ、です。」ガラは息切れしながら言う。 「そうだね。でも無理をしないように。」

「分かってます。休憩後もう一度走らせてください。」



 一方ベンはとうとうガラに他人の顔をされてしまったので、割り切ろう、忘れようと必死で考えながら学校でだらだらと過ごそうとした。もっとも、そのような”否定”的な選択をすることでベンの心に墓石が積みあがって重苦しくなっていく。そうして次第に暗い気持ちを募らせるベンに、彼の友達であるガンツィ・デルムが心配になって話しかけたりもする。

「大丈夫か?ベン。」

「いや、全然?」

「時々、すごい暗い顔するから心配になるよ。今もそうだった。」

「大丈夫だよ。ありがとうガンツィ。」ベンは儚げな笑顔を浮かべる。「それに失ってしまったものは仕方ない。」

「前々から言ってるけど。」ガンツィはため息をついた。「シンプルな問題じゃないか。ガラは応援して欲しいだけだよ。」

「僕は応援できないんだ・・・。」ベンはかぶりを振った。「嘘をつくなんてできない。」

「あの子のために正直になるってか。ハハッ。」ガンツィは笑った。「お前はあのにっくきセリーシャと同じ、自己中心的な奴じゃないのか?え?」



 セリーシャは内心ガラの能力を評価していたが、それでも精神面について見下していたと言える。セリーシャからしたらあんな飄々としていて「感覚で動いている」……セリーシャに言わせれば「自分の意志を持たない」人間が、セリーシャの欲しい栄誉を手にすることなど許しがたく考えられない事だ。だから、弱点である精神面を突かねばならぬ、と、ロウジェベールの部屋でガラの衛星巨神の決意を聞いた時に真っ先に考えた。そのため友達である体を装いつつ、親友のベンを引き剥がして孤立させようと企んだ。

(そうすれば悲嘆にくれて、勉強する気もロクに起きないだろう。あんなひ弱な子じゃね。)

 セリーシャが”セリーシャ・チルドレン”と呼ばれる彼女の後輩男子達と喋っていた時に、ガラが口笛を吹きながら図書館に向かうのを見た時、己の誤算を悟った。 ガラは自分が孤立している事を気にもとめてないように見えた。しかしこれがさらにセリーシャの怒りに火をつけた。セリーシャはチルドレンたちに「ねえ、あの銀髪の子知ってる?」 と聴く。「知ってる、クローン人間のガラ・ステラちゃんでしょ?」と幼稚園生のような表情の男が答えるとセリーシャは「あの子、あんな可愛い顔して、男を弄んで楽しんでるらしいわ。ベンが最近落ち込んでるのは、それなの。」と言う。チルドレンたちは驚いた顔をする。「それはひどい。」「ベンくんを慰めねば。」「ガラってそんな人だったんだ。」セリーシャは慌てて言う。「ベンはとてもガラのことがトラウマで傷ついてるみたいだから、ガラについて話をしちゃ絶対だめよ。」”チルドレン”は「わかった。」「僕もガラに気をつける。」

 それがキッカケでガラの周囲に冷たい雰囲気が流れ始めたのは言うまでもない。廊下で歩く時もヒソヒソと噂されたし、その事にガラはちょっと不快であった。ただ、自分がもし衛星巨神になれば地球を捨てて旅に出る事になるので、そのような嫌がらせなど知らぬ顔であった。なぜなら孤独だったから。

 しかし、とガラは思った。もしも自分が衛星巨神になれなかったら、最悪な結末が待ち構えている、と言うことも悟っていた。もしも自分が試験に失敗し、その後普通の人として過ごす事になった時に、周囲の冷たい目線に耐えうるだろうか、と強い不安に襲われる事もあった。この点はセリーシャの精神攻撃の目論見は成功していたと言える。



“お父さん、とても不安です。わたしがもし宇宙の道化になれなかったら、本当に 道化になるしか道はありません。”


 ベッドにもぐって窓の外を見ながらガラは祈るように頭で唱えていた。だが、月には父はいない。それは分かりきっている。声が返ってきたらいいのになあ、と思いつつも、あの最初の夢以来全く”父”の声を聞いていない。にも関わらずあの夢は強烈にガラを捉えていた。だから、こうして取り組んでいるのだ・・・。それがまた、苦しい・・・。あの夢なんて忘れちゃえばよかったんだ。でも、そう思うことは、できない。



 第一次審査当日。


 ガラたちとは遠く離れた地方のブルーチェット家では審査の話題でもちきりだった。

「ねえねえお姉ちゃん。」ルリナという少女が訊いた。「審査って何するの?」

「あら、話してなかったっけ?」メラマ・ブルーチェットが妹のルリナに快活に笑いながら答える。「審査は3次あるの。まず、知力審査、次に、体力審査、最後に、実施審査。」

「知力、体力、実施?」

「そう。知力はもちろん学力を見られるわ。衛星巨神になるにはやっぱりしっかりした頭が無いとね。そして体力審査。宇宙に行くから、それに耐えられるか、色々とスポーツテストをされるわけ。そして実施審査。これは半分衛星巨神になるようなもので、身体に機械を付けられ、仮想の宇宙を旅する事になる。そこで何が起きるかは公表されてない。」

「仮想の宇宙?」

「あたかも自分が衛星巨神になったかのように、審査会が作った宇宙を飛ぶの。一番難しいのはこれ。どうやら体質によって操作のしやすさも変わるという噂もあって、無理なものは無理かもしれないという意味で厳しい審査ね。」

「お姉ちゃんは大丈夫だよね?」

「さあ?」メラマは苦々しげにニコリと笑う。「でも、お祖母ちゃんの体質は受け継いでるから。」

 メラマは額縁を見た。額縁の老婆は微笑む。額縁には「魔女」サブレナ・ブルーチェットという名前が書かれてあった。



 そこから遠く離れた山中にて。

「いよいよ今日だな。」ジョースト・プラスティは言った。

「ああ、そうだね。」ケーリヒが答えた。「応援しているぞ。ジョースト。」

「ありがとう、兄さん。」

「自信の程は?」

「むしろ知力審査が不安かな。俺、勉強苦手だからさ。」ジョーストは照れ笑いしながら言う。「体力審査は調子が保たれれば全く問題無い。」

「僕が色々勉強教えた事を無駄にすんなよ。」

「わかってるよ兄さん。」

「さあ、頑張って行くんだ。」

「うん。」

 ジョーストはまっすぐと審査場の方角を見つめ、そして走り始める。山中には送り届けるバスなどない。だから彼はいつも走っているのだ。



 第一次審査は知力審査であり、クラウン社の会議室で行われる。デルブという丸メガネの小男は審査会場で受験者らを見てほくそ笑んでいた。

(どいつも、こいつも、華が無い。)

デルブは頭の中で独り言を言う。

(俺は直感で分かるんだ。身の程を知らずに大金を払って受ける馬鹿者が多い。もしもこの知力審査を通ったとして、体力審査や実施審査で正気で帰れると思うなよ・・・もっとも僕も体力審査にはあまり自信がないが、実施審査では誰よりも力がある。なにせ僕はパンプキン社社長ゲルミー・パーリンシンダの息子だ。型は違うが、「南瓜かぼちゃ」の衛星巨神の訓練場で何度か遊んだことがある。まあそこもバーチャルリアリティだから本当にやったわけじゃないが、お前らとは経験が違うんだ経験が。まあ、最も父の反対を押し切ったんだがな。)

デルブはふと受験者の中に静かに強い雰囲気を放つ長身の金髪女性を見かけた。

(だれだあいつ・・・相当の自信と業を抱えてそうだな・・・。ライバルになったら怖いな。関わりたくねえ。)

 彼女はセリーシャである。そしてデルブは見回すと銀髪の相変わらず華奢な女性も発見した。

(あれは・・・!) デルブは驚いた。(クローン第一号のガラ・ステラではないか。クローンでも受けられるのか、この試験は。) そんな制度上の疑念もありながら別の恐怖もあった。(であるからに、さぞかし能力も高そうだ。ならば、こいつも危険視せねばならない。俺こそが、俺こそが・・・) デルブはガラに激しい憎しみの目を向けた。(・・・宇宙道化師に相応しいのだ!)

「みなさまよく集まりました。」会議室の前に口髭を湛えた誰かが挨拶をした。「私が、探査用衛星巨神の”道化”を扱います、クラウン社の社長、ゴブルグ・キンピラーノでございます。この衛星に与えられた任務は、地球の周りを偵察・監視する事。場合によってはどこか特定の区域を調査してもらう事もありましょう。よって、自由な移動、及びに軌道復帰といった特別な動作をするのは、皆様既にご承知の事だとは思いますが、」しかし全く知らない人がいたらしく小さくざわめいていたのでゴブルグは苦々しく咳払いした。「まあ、とりあえず皆様今回の知力審査を頑張ってください。」


 知力審査は言語や数学などの7分野の試験を各1時間で行う。勿論その間に1時間ほど休憩があって、自由に外に出歩いても良い。ガラは休憩の間ずっと机に突っ伏していた。それはセリーシャの目には悲嘆にくれているようにも、あるいは単に余力を溜めているようにも見えて判断しにくかった。セリーシャはひたすら廊下をゆっくり歩いていた。セリーシャはむしろ休み時間が苦痛であった。なぜならば試験という目的が無いとたちまち(ガラ、いや、私、ガラ、いや、私)と思考が錯乱してしまうからだ。自分でも恐ろしいぐらいガラの事を意識している事にもセリーシャは内心恥ずかしさを覚えた。メラマは外に出て伸び伸びと日光浴していた。ジョーストは近くの試験を受ける男達と適当に喋っていた。デルブは教室の隅で一人ニヤニヤしている。しばらくして受験者達が集まり、試験官が現れて注意事項を喋った後に紙を配りはじめる。そして試験が始まる。この繰り返しである。



 終わった頃には夕陽が沈もうとしていた。試験会場のクラウン社を後にしながらガラは橙色の太陽を見つめ(お父さん・・・何とか頑張れたよ。)と心の中で唱えた。その時、 後ろから「よっ!」と懐かしい声がかかってきた。セリーシャである。

「・・・お疲れ。」ガラはやや落とした声で答えた。

「どうしたの?沈んだ声して。試験だめだったの?」セリーシャは何気なく尋ねる。

「いや、試験は別に大丈夫だし、何でもないよ。」

「本当に?私試験全部覚えてるから答え合わせとかしようか?」

「いい、大丈夫。」

「あらそう。」

 セリーシャは好意を無視にされた事をイライラしていた。セリーシャはガラに激しい敵意を置く一方で、利用価値のある人にはいくらでも好意を傾けて情報を貰おうとする性質が彼女にはあった。事実、セリーシャこそ、試験に対する不安があったのだ。だから、ガラの答えと照らし合わせて、もしも一緒だったら安心感があるし、ガラが間違えていたらさらに安心する、そして自分が間違えていたらそれも笑いの種になれば、ガラと再び仲良くなれるに違いない、と打算を踏んでいた。ガラが嫌いなのか仲良くなりたいのか、この矛盾したような行為には、ガラが自分の目的を阻害する敵であると思いながらもガラの能力を評価していた所に由来する。つまり彼女にとって仲良くなる、とは利用価値なのである。それが好きと嫌いの入り混じったコンプレックスを招いているのである。

「お疲れ様!」と二人に快活に話しかける声が聞こえた。メラマ・ブルーチェットである。メラマはガラに話しかける。「あなた、もしかしてガラ・ステラさん?」

 ガラは「あら、そうよ。」と答える。

「お会いできて嬉しいわ。私、メラマ・ブルーチェット。」

「ブルーチェット?」セリーシャが驚く。「もしかして・・・」

「そうそう、私の祖母はサブレナ・ブルーチェット」メラマは言う。「現在も衛星巨神の魔女をやっている人なのです。」

「魔女?夢占いとか悩み相談とかしてくれる衛星の?」ガラは思わず訊ねた。「驚いた!私、魔女コンピュータと相談したこともあって、この審査受けようと決めてたの!」

(占いで決めただって!?) セリーシャの顔が引きつるのを誰も気づかず、メラマはガラに答えた。「そうなんだ!じゃあ私たち出会えたのは運命かもしれない ね!」

「あなたのおばあちゃんに勇気をありがとう、て伝えてくれるかな?」

「勿論!一緒に頑張りましょう!あ、そうだ。」メラマはセリーシャを向く。「あなたの名前を伺い忘れてごめんなさい。私はメラマ・ブルーチェット。あなたは?」

 セリーシャはぼそぼそと答えた「セリーシャ・・・ショコラッテよ。」

「かわいい名前! よろしく! 一緒に頑張りましょう!」メラマはセリーシャに握手を求める。セリーシャはフン!と鼻息を出して踵を返してどこかに行ってしまう。

 メラマが訝しげに去りゆくセリーシャを見、そしてガラを見ると、ガラはため息をついて、「あの子、あまりに頑張りすぎてるの。」と答えた。メラマはなるほどね、と顔で言うかのように静かに首を傾けた。


「いやー試験終わった!」携帯電話でジョーストは言っていた。「兄さんの言ってた事が結構出てきて助かった!」

『僕は勘がいいからな。任せろ。ちゃんと受かれ。そして次回の試験こそ任せたぞ。』

「もちろん。それは誰にも負けないぞ。」

『お前アスリートになってもよかったのにな。』

「この試験がダメだったら次考えてみるよ。」

『ああ。』

 その時ジョーストは、目の前に全力疾走をする丸メガネの小男を見かけた。


 デルブは一次審査は完璧という自信があった。(俺は満点だ。)正解を探す、とい う事にかけては誰にも負けない自信がデルブにはあった。

 が、しかし、次の審査こそが不安であった。体力はあまり無いからだ。一次では一位なのに二次でビリとなったら非常にまずい、とデルブは思っていた。落ちたら約束通り、父のパンプキン社の後継である。衛星巨神のお守りをする役なんて衛星巨神を目指す自分からしたら屈辱だ。何としても・・・そう考えたら居ても経ってもたまらなくなり、体力をつけねば、と思って走り出した。今走るだけでは効果が無いから、継続せねばな、とデルブは思いつつ、駅に向かって走っていった。ガラとメラマ、そしてセリーシャを追い越して。

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