第三章 悩み

 ドンとバーミヤンは3階の一番奥にあるドンの部屋、303号室の前に着く。ドンが鍵を使わずにドアを開ける。1LDKの部屋のリビングにはガラスのテーブルと、黒革のソファが置かれている。ドンとバーミヤンは部屋に上がるとソファに座る。

 「よし、みんなを召集しよう!」

ドンは手を叩きながら言う。バーミヤンはすかさずスマートフォンを取り出し、電話をかける。

 「もしもし」

 「どうしたの?今千羽鶴折ってるよ、ハハハ!」

 「今からドンの部屋で集会するけど来れる?」

 「鶴折ってるからあと826羽折ったら行くね、ハハハ!」

 「よろしく!」

バーミヤンは電話を切る。

 「ハイコOK!」

バーミヤンはドンに向かって親指を立てる。ドンも電話をかけている。

 「緊急集会、303、お前来る」

ドンは暗号のようなしゃべり方で電話している。電話から茨城なまりの声が聞こえる。

 「あたりまえ、今すぐ帰る」

ドンは電話を切る。

 「トビー確保!」

ドンはバーミヤンに向かって親指を立てる。バーミヤンはまた電話をかけている。

 「それじゃきつそうだね」

バーミヤンは残念そうな声を出す。

 「大丈夫、次の新幹線に乗って戻るよ。小田原土産は何がいい?」

 「マジ?まだ着いたばっかじゃないの?さすがシームレス!」

 「土産は何がいい?」

 「面白い話で!」

 「わかった」

バーミヤンは電話を切るとドンに向かって再び親指を立てる。ドンも再び電話している。

 「テイジー今どこ?」

 「楽器屋でバイオリン見てる」

 「バイオリン?ギターはやめたの?」

 「ギターは今弾けないから替わりを探してるの」

 「集会これる?」

 「さとしのこと?」

 「そう」

 「行く」

ドンは電話を切る。バーミヤンに向かいガッツポーズをする。とその時玄関のドアが開く。

 「疲れたー、紙も骨も折れた、ハハハ!」

ハイコが部屋に入ってくる。

 「鶴折るの早いな!」

バーミヤンが驚いた表情で言う。

 「826折った気分になったから満足したよ、ハハハ!」

ハイコは満面の笑みで笑う。

 「あれ?セミナーなうじゃないの?ハハハ」

ハイコがドンに向かって質問する。

 「行ってる場合じゃないからやめた!」

ドンが応える。とその時再び玄関のドアが開く。

 「来たよ!」

トビーが玄関から入ってくる。髪は濡れ、首からはタオルを下げている。

 「風呂中にすまんね!」

ドンはトビーに声をかける。

 「さとし最近疲れてたからオレも心配だったよ」

トビーは小さめの声で言う。

 「そう、今日の集会はさとしのことだよ」

ドンは軽く頷きながら言う。

 「シームレスは今小田原みたいだから、ちょっと時間かかるかも」

バーミヤンはハイコとトビ―に向かって話す。

 「じゃあそれまで千羽鶴みんなで折るか」

バーミヤンが提案する。

 「めんどくさいからいやだ!ハハハ」

ハイコが提案を拒否する。

 「そうだね、やめとくか!ってお前が折ってるって言ったのに!?」

バーミヤンがノリツッコミをする。

 「何?ハイコ千羽鶴折ってたの?」

話の分かっていないトビ―は質問する。

 「もう満足したからいいの!ハハハ」

 「あれ?誰かの見舞い用とかじゃないの?」

ドンも質問する。

 「友達が明日バーベキューするから晴れて欲しいって言うんだ、だから応援しようと思ったの。でも天気は人の力じゃどうにもならないでしょ、ハハハ!」

 「そうだな、ハイコの言うとおり。晴れて困る人もいるし、やめておこう」

トビ―が腕を組み頷きながら言う。

 「確かにね、174羽で想いは伝わるよ、数じゃない、数じゃ」

バーミヤンも納得したように言う。

「お前らめんどくさいだけじゃ……」

ドンは呟く。とその時、玄関のドアが開く。

 「はあはあ……」

テイジーが息を切らして立っている。

 「お、テイジー!シームレスがまだだからそんな急がなくてもよかったのに!」

ドンがテイジーに声をかける。

 「え?バイオリン諦めてきたのに……」

テイジーは息を切らしながら言う。

 「悪いね、先に言えばよかったかな。てかギターでいいじゃん!ギターやりなよ」

ドンが笑顔で言う。

 「だからさ、ギター今弾けないって言ったよね?あんた人の話ちゃんと聞いてんの?あんまふざけてると市中引き回すわよ!」

テイジーが怒鳴る。

 「市中はやめて、せめて町内で!」

ドンがふざけて応える。

 「このクソ男!」

テイジーがドンに飛び掛かる。

 「ごめん、テイジー、冗談だよ!予定切り上げて来てくれてありがとう!」

テイジーを抑えながらドンが笑顔で言う。

 「ったく!」

テイジーはドンに掴みかかるのをやめる。

 「仲良いなー」

バーミヤンがその光景を眺め笑顔で言う。

 「せっかくどっちが勝つか賭けようとしてたのに!ハハハ」

ハイコは残念そうに笑いながら言う。

 「タオル投げる準備はできてた」

トビーもリングサイドのセコンドのようなコメントを言う。

 「それはそうと、シームレスはいつ頃になるかな」

ドンはそう言うと壁に掛けられた時計を眺める。時計の針は午後2時を指している。


 時計の針が午後4時を指している。ドンはソファで本を読み、トビーは床で居眠り、テイジーは窓辺で鼻歌を歌い、バーミヤンとハイコは「あっち向いてホイ」をしている。

 「バーミヤンはホント下向くクセあるね、ハハハ!」

 「なんでだろう、何か高いところに掲げられてる気分になることが多くて、つい下向いちゃうんだよね」

バーミヤンが下を向く。パーマの掛かった髪が顔を覆い隠す。その時玄関のドアが開く。

 「ただいま」

シームレスが玄関から入ってくる。

 「おかえり!」

バーミヤンが下を向いたまま玄関の方を見る。

 「え?貞子?」

シームレスが驚き一歩後ずさる。

 「オレだよ、バーミヤンだよ」

 「なんだ、バーミヤンか」

シームレスは胸を撫で下ろす。

 「せっかくの小田原旅行なのに帰ってきてくれてありがとう!」

バーミヤンが笑顔で言う。

 「小田原なんて近いから、着いたらどうでもよくなったんだ」

シームレスは淡々と言う。

 「あ、お土産は?」

バーミヤンが目を光らせて聞く。

 「小田原の駅に着いたらね、『あなたの愚痴聞きます』って書いたプレートを持ってる老人がいてね、試しにひどいの言ってやろうってなってね、愚痴を言ってみたらね……」

シームレスが淡々と土産話を話す。

 「言ってみたら何?すごい格言とかくれたの?」

バーミヤンが興味津々で尋ねる。他のメンバーもみんな聞き耳を立てている。

 「そしたらね、『え?』って聞き返されてねどうやら耳が遠くて聞こえなかったみたいなの。だから聞こえないならもっと言ってやれって言おうとしたらね、そいつがニヤリとするわけ」

 「どういうこと?」

バーミヤンが尋ねる。

 「それがそいつの手口だったわけ。聞こえないふりして色々聞き出そうとする魂胆。嘘ついてまで人の愚痴を聞くなんて趣味悪いと思ってね、そのことについて愚痴を言ってやったんだ」

シームレスは淡々と語る。

 「で?そしたらその老人なんだって?」

バーミヤンが更に尋ねる。

 「そしたらね、また『え?』って聞き返してきた。ホントに聞こえなかったみたい。これが私からのお土産の面白い話」

シームレスは無表情で言う。

 「ハハ、結局聞こえなかったんだ。でもそれでも愚痴を言ってすっきりしたんなら、そいつのやってることには意味があるのかな」

バーミヤンが無理やり笑いながら、話をまとめようとする。

 「全然すっきりしなかった」

シームレスは低いトーンで言う。静寂が部屋を包む。

 「はいはい、お土産ありがとう!シームレスも来たし本題に入ろう!」

ドンが静寂を切り裂くように手を叩く。

 「え?」

ハイコがドンに聞き返す。

 「え?」

トビー、バーミヤン、テイジーも聞き返す。

 「え?」

シームレスも最後に聞き返す。

 「そうオレの愚痴はみんなが話をきいてくれないことなんです!って小田原の老人!もういいから!」

ドンがノリツッコミをする。

 「それはそうと、さとしはきっと仕事のことで落ち込んでるんだと思うんだ」

トビーが語る。

 「ホント忙しいみたいで、風呂も誘ってるんだけど中々行けなくて」

 「この前は会社の人かなんかが来てて、かなり気を使ってた。結構先輩風吹かされてたね」

シームレスが淡々と言う。

 「家族の問題もありそう。お母さんがお父さん訴えるって、ハハハ」

ハイコがいつもより低いトーンで言う。

 「リカとも仲良くやれてないんじゃないかな、よく言い争いしてるからなぁ」

バーミヤンが腕を組みながら言う。

 「夜もあまり眠れてなさそうね。いつもクマ作って眠そうにしてるし」

テイジーが立ったまま腰に手を当てて言う。

 「なるほど、さとしが元気ない原因はいくつかありそうだね。なんとか力になれないものかな」

ドンが言う。

 「そういえば今度の鼻見で眠れてない原因については話してくれるって言ってた」

テイジーが言う。

 「そうなんだ、じゃあまずは鼻見に来てもらうところからだね」

ドンが言う。

 「鼻見に来た時にどうやってさとしが言いやすい空気にするかも重要だね」

バーミヤンが言う。

 「鼻見ですごい楽しいこと仕掛けよう、さとしが来たくなるし、来たらもっと楽しみたいと思えるようなもの!」

テイジーが提案する。

 「それはいいね、来るモチベーションと来たときにさとしが言いやすい環境を作る!」

ドンが勢いのある声で言う。

 「でもさとしが楽しいと思えることって何かな」

トビーが言う。

 「そうだね、私たちさとしのことまだよく知らないね、なんか悲しいね」

シームレスがそう言うと俯く。

 「そういえばさとしの部屋に全然使ってなさそうだけどエレキギターあったな」

バーミヤンが言う。

 「音楽好きなのかな?」

ドンが呟く。

 「みんなでマルミエーズってバンドでも作ってファンタのCM出ちゃう?ハハハ!」

ハイコがハイテンションで言う。

 「バンド……」

テイジーが呟く。

 「そうか!みんなでバンド組んでさとしのポジションを空けておく。それを鼻見で披露してさとし待ちだよって言えばぐっとくるかな?」

ドンが言う。

 「じゃあ作る曲の歌詞もさとしを元気づける内容にしよう!」

バーミヤンが言う。

 「でもさ、何が原因かわからないから根本的な解決にはならないんじゃないかな」

シームレスが低いトーンで言う。

 「まずは元気になってもらいたい気持ちを伝えて、さとしの気をほぐそう!その後にもっとさとしのことを知っていく!」

バーミヤンが熱く語る。

 「それもそうね、いきなり言うほど私たちのこと好きだと思ってくれてないだろうし」

シームレスが納得して言う。

 「じゃあバンド構成を決めよう、みんな何か楽器できる?テイジーがギターできるのはもちろん知ってるけど」

ドンが言う。

 「私今はギター弾けない。だから鼻見の時はバイオリンで行かせて」

テイジーが言う。

 「わかった。ギター弾けるようになったら頼むね」

ドンがテイジーの気を察して言う。

 「じゃあ一緒にバイオリンだね!ハハハ」

ハイコが笑顔で言う。

 「ハイコバイオリンできるの?」

テイジーが驚いて言う。

 「できるよ、できると言うよりバイオリンは友達だもん、ハハハ」

ハイコは少しテンションを下げて言う。

 「じゃあオレベースやるよ」

ドンが言う。

 「わたしはキーボードだね」

シームレスが言う。

 「オレは何も楽器できないからボーカルで熱く歌わせて!」

バーミヤンが言う。

 「オレも楽器できない。どうしよう」

トビーが俯く。

 「ドラムだろ!」

全員が声を揃えて言う。

 「え?見た目だけじゃ……」

トビーは驚いた表情で言う。一同はトビーを見つめ続けている。

 「わかった」

トビーが受け入れる。

 「よし、これでうまいことバランスも取れた構成になったね!明日から毎日練習だ!」

ドンが手を挙げる。

 「おう!」

一同が威勢よく声を出し手を上に挙げる。

 「あのさ、もしさとしが全然音楽好きじゃなかったらどうする?」

トビーが言う。

 「何もしないよりはいいでしょ!」

ドンがそう言うと、トビーを含め全員が頷く。


 103号室でさとしが横になっている。横になりながら、部屋の隅の壁に立てかけられているエレキギターを見つめる。

 「……」

さとしは物憂げな表情をしている。

 「セミナーか、そういうのも行った方がいいのかな……」

さとしは低いトーンでそう呟く。

 「ホントオレはだめだ。中途半端だ。いつだってそうだった」

さとしは昔を思い出すように天井を見上げる。

 「高校受験、大学受験、恋愛、仕事……本気で何かに向かったことなんてねーのかもな」

しばらく俯くさとし。

 「でもそれが正解なんだ。妥協してでもしっかりと生活できてるしな。隣のロンゲみたいないい歳こいたフリーターでもねーし、風呂ばっか行ってる肉体バカでもない。いつも何も考えてないようなテンションで笑ってるだけのお水でもない。定時に仕事帰るようなつまんない人間でもない。ビジネスにばっか夢中な金の猛者でもない。デザイナーか何か知らないけど人にズケズケ言うようなやつでもない……」

さとしは再び俯くと貧乏ゆすりをする。

 「妥協して、堅実に生きる、それが一番なんだ」

さとしは一人頷く。とその時さとしのスマートフォンが鳴る。

 「誰だよ」

スマートフォンを取り画面を見つめるさとし。

 「おふくろか……」

メールの文章を読むさとし。

 (お父さんのことを訴えるのは諦めました。まあ今まであなたにも言ってきた通り、ある程度で妥協することが重要かなって。何か求め過ぎるとその分嫌な思いをするの。だから期待もしないし諦める。それが人生よ。あんたも仕事頑張って、高望みはしないで、早くいい奥さん見つけなさい)

読み終えるとさとしはスマートフォンを置く。

 「よかった。訴えるのやめたか」

さとしはそう呟き再び横になる。本棚の上に飾ってあるトロフィーを眺めるさとし。トロフィーには『市民大会第三位入賞』と書かれている。しばらく見つめるさとし。突然さとしは手元にあったスマートフォンを掴み、トロフィーに向かって投げつける。トロフィーからそれたスマートフォンが、壁にぶつかり床に落ちる。

 「あーうぜぇ」

そう呟くとさとしは寝返りを打ち壁側を向いて眠りにつく。

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