後編:盗まれた髪を探し続けて

 どこだ…どこにある?俺は室内の床を埋め尽くす、溢れんばかりの髪の毛の塊を漁る。


「そっちはどうだ鷹山?」

「だめです…見付かりません」


 俺の近くでは、あれからすぐに目を覚ましたスキンヘッド姿の鷹山が、目に涙を浮かべながら俺と必死に行動をともにしていた。


 まるで、開業から廃業まで一度も掃除をしなかった歴史ある散髪屋のように床に溢れる髪の毛の塊たち。


 それは一見するとカツラのようだが、まるでブツ切りのような雑で歪な形をしている。頭の皮だった。


 映画、劇中で犠牲となり頭の皮を剥がされた人たちの亡き形見の一部。

 この中のどこかに鷹山のカツラがあるはずだ。


 鷹山は俺たちの元から離れたあと、頭を押さえながら走ってここまでたどり着いたが、室内の髪の毛に足が絡んで転んでしまい、頭を軽く打って気を失っていたらしい。


 その際にカツラが外れてこの室内で行方不明となったということだ。

 よりによって、こんな部屋でカツラを無くすとは、運が悪いというか、ある意味幸運というか。


「これだけの髪の毛の中から見つけるなんて、とても…」

「諦めるんじゃない!お前のカツラは見た目も出来も一級品なんだ。手に取ればすぐに気付くはずだ」


 プシュン!プシュン!プシュン!プシュン!


 薄暗い部屋に乾いた音が響き渡る。

 それと同時に部屋中に舞い上がる、頭の皮の群れ。


 最初は鷹山の傍を探せばすぐに見つかると思ったが、この仕掛けが俺たちのカツラ探しを難航させた。


 この部屋ではおよそ10秒感覚で床にある無数の穴から空気が噴出される。

 映画のワンシーンを再現しているのか、室内の頭の皮が一斉に跳ねるように舞うのだ。


 どうやら鷹山が気を失っている僅かな間、その仕掛けでカツラが室内のどこかへと移動してしまったらしい。


「鷹山、この部屋は映画でいうとどの辺りだったか覚えているか?」

「クライマックスの婦人との決戦の演出になります」 


 と言うことは、この部屋がアトラクションの最後の仕掛けである可能性が高い。

 俺は一瞬、このまま先に鷹山を部屋から出すことも考えたが、すぐ近くが出口であれば、きっと通路も明るくて係員もいるだろう。何より外には多くの人がいる。


 幸い、鷹山はこの部屋にたどり着くまでに誰ともすれ違わなかったらしいので、俺がここに来るまで誰にもスキンヘッドは見られていないはずだ。


 ぃゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…

 ぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…


 入口の扉の向こうから微かに聞こえてくる叫び声。

 鶴見たちの声か…?


「も、もうダメです。今度こそ終わりです。ごめんなさい…私がちゃんと鷲頭君の言うことを聞いていれば、こんなことには…」


 鷹山は遂に床に座り込んでしまい泣き始めた。

 

「泣きごと言ってる暇があるなら探せ!最後まで」 希望を捨てるな


 プシュン!プシュン!プシュン!プシュン!


 俺の希望を伝える激励は、無情にも途中で仕掛けの音でかき消された。


 うぉおおおお・・・!

 ひゃあああ・・・!


 入口の外からは、先ほどよりも近くて大きな悲鳴の声が聞こえる。

 まずい。鶴見たちは間違いなく部屋の側まで来ている。


「ううう…お父様、お母様…私はもうすぐそちらへ向かいます…」

「いや、お前の両親生きてるだろうが!ボケたこと言うな!」


 鷹山は頭を押さえながら、もうダメだと言わんばかりに首を振っていた。

 俺だって泣き出したかった。間に合いそうにない。


 カツラが他の人にバレたら鷹山は自害しなければならない。

 そんなアホな家訓を考えた親の顔が見たい…って確か、こいつの母親は同じスキンヘッドって言って………………たよな。


 …………!


「鷹山!カツラがお前だって、バレなきゃいいんだよな!?」


 俺は泣き崩れる鷹山の肩を掴んで顔を起こさせる。


「え…あ、はい。私だってバレなきゃいいですけど…そんなの無理です」

「馬鹿野郎!お前にしかできない方法があるだろうが」


 俺はそう言うと鷹山の手を引っ張って、その場に立たせた。


「すまんがちょっと借りるぞ!」

「え…え?」


 鷹山の後ろに回った俺は、彼女のリュックを開封する。そして中から折りたたまれたレジャーシートを取り出した。鷹山がみんなで弁当を食べようと持ってきたあれだ。


 俺はそれを広げると鷹山の体に巻きつける。

 そして、俺は預かっていた壊れたカチューシャを取り出し、その裏側の比較的に損傷が少ない加工を施したクリップ部分でシートを留める。


「よし、これで服装も含めてパッと見は鷹山だとは分からない」

「で、でも、私…私、他人のふりを押し通す自信なんてありません!」


 確かに服装は違えど顔を見れば、鷹山だとすぐにバレるだろう。

 顔を覆い隠して部屋の隅に身を潜めるのもひとつだが、万が一、鶴見に怖いもの見たさで興味を持たれたらおしまいだ。


「こうすりゃいいんだよ」


 俺はそう言いながら、鷹山の両手を掴んでこめかみへと持っていく。


 ギロリッ…!


 ちょっとした刺激に弱い鷹山のこめかみ、即頭部を通じて目の周りの筋肉が一気に強張る。


 俺の前に刃物のように鋭い眼光を持つ鬼神のような女子が久々に姿を現した。分かっていてもその姿は恐怖するものがある。


「鷹山、しばらくこのままでいろ。その表情なら絶対にお前とは気付かれない」

「けど、この顔、かなり疲れまして結構な集中力が必要です…」


「だったら、ここを自宅だと思ってリラックスしろ!」

「そ、そんなの無茶苦茶ですよ~」


 その時、入口の扉がギシリと静かな音を立てながら開く。


「こ、ここが最後の部屋っぽいね」


 扉の隙間から聞き覚えのある声が漏れる。どうやら鶴見たちが来たようだ。


 ジャジャジャジャジャジャジャ! ジャジャジャジャジャジャジャ! ジャジャジャジャジャジャジャ! ジャジャジャジャジャジャジャ! ジャジャジャジャジャジャジャ! ジャジャジャジャジャジャジャ! ジャジャジャジャジャジャジャ! ジャジャジャジャジャジャジャ!


「ひぃ、何、何よこの音は!?」


 部屋に入るなり突然流れる騒音。

 よくは聞こえないが多分、鶴見のリアクションからしてそう言っているのだろうと推測する。


 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……


 耳を切り裂くような楽器の騒音をバックに10秒間に「殺す」という言葉を100回は言い放ちながら、絶望、混沌、苦しみなどのネガティブかつアグレッシブな歌詞が連なる。


 この音楽は、俺のスマホから最大音量で流れていた。

 以前、鷹山からすすめられたあのデスメタルの歌である。皮肉にも映画の劇中挿入歌である【House of hair hidden:髪隠しの館】という曲だった。


 プシュン!プシュン!プシュン!プシュン!


「ひゃあああああ!!」

「のわあああ!!」


 仕掛けと同時に部屋中に舞い上がる頭の皮の群れに驚く鶴見たち。


「何だよこの部屋は…!」

「は、早くこんなところから出ましょうよ」

「そうだね、さっさと先に…って鷲巣君?」


 鶴見や他の連中皆が口々に部屋から早く出ようとしたとき、部屋の一角にいる俺たちに気付いた。


「どうしたの鷲頭君。尻餅なんかついたり…ひええええ!!!」


 一瞬俺のことを心配する鶴見だったが、その気遣いは目の前の光景で瞬く間に消え去った。


 それは事情を知る俺にとっても地獄絵図だった。

 俺たちの目の前には、デスメタルの音楽と宙を舞う頭皮のオーディエンスの中、鬼のような形相でハゲ頭をヘッドバンキングさせる奴がいた。


 『私、デスメタルを聞きながらヘッドバンキングをするのがストレス解消なんです』


 鷹山には、以前聞かせてもらった趣味や癖、所持品、そして俺しか知らない秘密のすべてをこの場でフル活用してもらった。


 その姿はまさに鷹山の究極最終形態と言っても過言ではない。


「鶴見。俺は少しばかり腰が抜けた。ここまでに鷹山はいなかった。俺に構わずに先に行け!」


 俺は迫真かつ、鶴見が好みそうなノリよい口調で言う。


「わかったよ鷲巣君。君のことは、君のことは忘れないよ!みんな行こう!アデュー!」


 ノリノリの演技を見せる鶴見は、他の連中たちと一緒にそそくさと部屋から出て行った。できれば俺も連れて行ってほしいくらいだ。なぜなら腰が少し抜けているのは本当なのだから。


「よし、乗り切ったぞ鷹山!」

「は、はい!」


 だが、のんびりとしている暇はない。早くしないと次の客たちが来る。俺たちは髪の毛たちが飛び交う中、カツラ探しを再開した。


    ◆


「みんなよほど遊び疲れたんだな」

「そうみたいね」

 

 そうに口にする剣先輩と蛇臣先輩。そのとおり、全員がぐったりと休んでいた。


 あの後、何とか鷹山のカツラを発見した俺たちは、鶴見と先輩たちと合流。

 その後もしばらく日暮れまでユニバを堪能した俺たちは、帰りのバスに揺られていた。


「そうなんですよ…。特にホラーハウスがですねぇ…」


 疲れきった声で鶴見は言う。確かにあのアトラクションで全員が体力を使い果たしたようなものだろう。


「何ですかあの最後のオリジナルキャラのハゲ怪人は?私たちみんな眼力で殺されるかと思いましたよ」


「なんだそれ?そんなのいたっけ?」

「私たちが二人で行ったときは、そんなのいなかったわよ?」


 ギクッ…。俺と隣に座る鷹山に緊張が走る。


「えー?またまた先輩たち私をからか…」


「あー!それより先輩たちはどうでしたか?二人きりのデート」

「す、素敵な思い出になりましたか?」


 俺と鷹山は咄嗟に話題をそらす。


「べ、別に何もなかったぞ」

「そ、そ、そうよ別にね…?」

「お!怪しいぞ御両人!さては何か進展がありましたか~?」


 ふう、やれやれ。どうやら上手く話題の矛先をそらせたようだ。

 先輩たちには申し訳ないが、鶴見の尋問に耐えてもらおう。


「今日は私、鷲頭君に二度も…ううん、それ以上助けてもらいました」

「まったくだ。お前のおかげで、どれだけ俺の寿命と髪の毛が短くなったと思っている。何度も言ってるが、少しは行動を考えろ。自重しろ」


 俺はほんの軽くだが、怒ったような態度をとる。

 実際はもう気にしてはいないのだが、鷹山には少しばかりは反省もしてもらわねばならん。


「ごめんなさい…。もう何度謝っても済むことじゃないとはわかっています」


 予想以上に落ち込む鷹山。俺は少々言い過ぎたかなと動揺する。


「いや、分かってもらえればいいんだよ。何より無事で良かった」

「ふふふ。ありがとうございます。鷲頭君は本当に優しくて…頼りになります」


 鷹山はそう言いながら俺の肩に頭を寄せる。

 カツラとはいえ、女子の柔らかい頭が体に触れることで、俺の胸は緊張と高揚する。


「お、おい鷹山。俺はだな…大変ではあったが結構…って、こら」


 俺が鷹山の方を向くと、彼女は目を閉じて小さな寝息を立てていた。

 そんなことだろうと思ったよ。 


 やれやれ。俺は溜め息をつきながらも少しばかり笑う。

 

 俺は鷹山の首の位置を戻そうと思ったがやめた。

 ちょっとだけ役得をさせてもらおうと、鷹山の僅かにズレたカツラの位置だけを整えて、帰りの旅路を青春らしく楽しませてもらうことにした。


(つづく)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る