第四話:俺は関西人に血液型を聞かれたら『髪型』だと言えるくらいの心の余裕はある。

 前編:笑う髪には福来る

 俺は例えすべての毛が抜け落ちたとしても、カツラや植毛に頼るつもりは毛頭もない。要するに自然体で自分に偽りなく生きることを信念としている。


 それにしても鷹山は、今の生き方に後悔や恐れはないのだろうか?

 転校してカツラを被り、それがバレたら死の掟を背負ってまで過ごす学校生活に…。


 俺はそんなことを思いながら、鷹山と二人で校内にある演劇部の部室へと向かっていた。


「ところで鷹山。俺は演劇部まで行って何をすればいいんだ?」


 今回、鷹山がクラブ活動紹介で演劇部のミュージカルを手伝うにあたり、カツラがバレそうなのを何とかして欲しいとのことだが、まだ具体的な説明を受けていなかった。


「その…実は、何も考えていません」

「んな!?」


 鷹山のノープラン宣言に俺の喉から引き攣るような声が漏れる


「ご、ゴメンなさい。でも鶴見さんと話をしてもらえれば、鷲頭君の発想と機転の良さがあれば、きっと良いアイデアが浮かぶかな…と思って」


「鶴見ってのは誰だ?大体、無茶苦茶なうえに俺を買いかぶり過ぎだ」


 ハードルの高そうな要望と聞き覚えのない名前に俺は眉をしかめる。


「え、ご存知ないんですか?」

「初めて聞く名前だ。学年も性別もわからん」


 予想だにしない反応だったのか、両頬に手を当てて少しオロオロとする鷹山。

 頼むから手をそれより上に持っていくなよ。こめかみスイッチ・オンによるお前の凶悪な眼を見るのはもうたくさんだ。


「でも、鶴見さんはよく鷲頭君の話をしています。てっきりお知り合いかと…」


 鷹山は再確認するように訊ねる。

 俺は自分が知らないところで、話題にされるのはよくあることだ。なにせこんな頭をしているのだからな。


「まあいい。ここまで来たら、なるようになれだ」


 話しをするうち、俺たちは演劇部の部室前までやって来た。

 練習中だろうか。中からは台詞らしき大きな声が聞こえる。


 鷹山は部室の扉を丁寧に2回ノックする。そして静かに開けながら足を踏み入れた。俺もそれに続くように部室に入る。


「失礼します」

「おおおおお!来てくれたのか美桂~!相変わらずお美しいね~!」


 部室に入り、軽くおじぎをしながら挨拶する鷹山。

 6人ほどの部室内で、鷹山に気が付いた1人の女子生徒が俺たちの所まで走ってやって来た。そういえば鷹山の下の名前は美桂だったな。


「いいね~。美桂は立ってるだけで絵になるんだから羨ましい…って、おや?その頭は!」


 女子生徒は声をあげる。ま、まさか鷹山のカツラがバレたか!?


「その勢い衰えぬ広いオデコを持つ君!まさしく、鷲頭君じゃないか!」


 なんだ、俺の頭のことか。ほっとひと安心…って、やかましいわ!


「初対面でいきなり、お前は何なんだ?」

「ゴメンゴメン。初めて絡んだ生の鷲頭君に驚いてテンション上がっちゃったみたい。ははは」


 女子生徒は笑いながら、手に持ったプラ製のメガホンで自分の頭を叩く。

 

 下はスカートだが、上には学校のジャージを着ている女子。

 学年カラーからして俺と同じ2年生のようだが、やたら大きな丸眼鏡とオデコを広く強調した三つ編みが目立つ。


「あ、紹介します。この人は演劇部で脚本や演出とかを担当している…」

「どうも、鶴見 光(つるみ ひかる)です。ツルピカって呼んでもいいんだよ?」


 鷹山が紹介する途中で乱入するように名乗る、ツルピカこと鶴見。

 第一印象は良く言えば、誰とでもフレンドリーに接するタイプだろうか。逆を言えば鬱陶しい。


 確かにこの性格と口ぶりだと、話題と話し方ひとつで、鶴見と俺が知り合いと鷹山が勘違いしてもおかしくないかもしれない。


「ああ、よろしくな。デコパチさん」

「誰がデコパチやねん!」


 鶴見はそうツッコミを入れながら、メガホンを俺の頭めがけて勢いよく振り下ろす。しかし途中で止めて、俺の髪の毛部分を避けるように、ひたいを優しく角で小突いた。


 ふむ。無礼な奴ながらその気遣いには感謝しよう。


「それにしてもまさか、伝説の持ちネタで一躍、学年中の心を掴んだ鷲頭君とこうして話ができるとはね」


 腕を組みながら鶴見はうんうんと頷く。


「伝説とは大袈裟だな」


 大した話ではない。俺はこんな頭のせいか、初対面で人に気を使われることが少なくない。だが、そんなときは自分のひたいや毛根を指さしながらこう言う。


「きれいな頭してるだろ。ウソみたいだろ。死んでるかもしれないんだぜ」と、昔懐かしの『お触り名称の青春野球アニメ』のモノマネを披露して空気を和らげる。


 また、自己紹介では「特技は、雨が降ったら他の人よりも刹那、気付くのが早いことです」と言えば、大抵は気遣いなどされなくなる。


 世間ではそれを自虐というかもしれない。馬鹿にする奴もいるだろうが俺は気にしない。こそこそ怯えるよりよほど気楽なものだ。


「ところで美桂。何で鷲頭君が一緒に来たの?」

「あ…えっと」

「俺は実行委員として、明日のクラブ活動紹介の手伝いをしている。だからこうして、各部の様子を見て回っているんだ」


 俺は狼狽しそうな鷹山を咄嗟にフォローする。


「なるほど。基本的に紹介内容は生徒会に提出したとおりだよ。まあ、よかったら見学していきなよ。あ、帰りに入部届けにサインしといてね」


「さりげなく引き込もうとするな」

「うちは部員が頭数5人ぎりぎりで寂しくてね」


「すまんが、俺は頭が五厘ぎりぎりで寂しくてな。部活をする余裕はない」

「ははは。鷲頭君は本当に面白い人だな。でもさ…」


「おーい。鶴見、ちょっと来てくれ」


 俺と鶴見が妙な掛け合いを交わす中、部員か有志の男子が彼女を手招きして呼びかける。鶴見は俺たちに「ちょっと待ってて」と言いながら、部室の奥へと向かった。


「なあ鷹山。お前と鶴見はどういう仲なんだ?」


 俺はいくつか疑問を抱えながら鷹山に聞く。


「鶴見さんは、私がこの学校に転校してきて最初の友達なんです」


 鷹山は笑顔で話し始めた。


「転校初日、周りの皆さんから遠巻きにヒソヒソ何か言われて私とても怖かったんです。よそ者だから虐められたりしないか凄く不安でした」


 それは多分、鷹山の可愛さにザワめいただけだと思うぞ。

 それよりもっと不安で心配すべき点があるだろう。


「そんなとき、私に声を掛けてくれたのが鶴見さんでした。私、あの子の明るさと元気さに凄く助けられて、みんなとも打ち解けるキッカケになったんです」


 鶴見のことを嬉しそうに話す鷹山。どうやら二人にはそれなりの信頼と友情があるのだろうか。


「ご存知のとおり、演劇部には今5人しか部員がいません。このままですと近い将来、廃部になってしまいます。私はこのような頭ですから、あまり動き回れないので入部できません」


 心配そうに表情を落とす鷹山を見て、俺は色々と合点がいく。話がだいぶ繋がってきた。


「何とか部員獲得の力になりたくて、私も簡単な役でお手伝いをすることになったのですが、鶴見さん、昨日になって突然、演出を少し変更するって…」

「それが例のダンスのシーンってわけか」


 事情は分かった。鷹山は部員が少なくて困っている鶴見と演劇部の力になりたいのだと。それで自分のリスクを省みずに尽力するも、予期せぬ状況に秘密がバレるのを恐れて俺を頼ったのだろう。


 無鉄砲というか、自分勝手というか、溺れる者はハゲをも掴むと言うか。

 だが、人のために動こうとするその考えは嫌いじゃない。


「状況は少し悪いが、何か良い方法があるかもしれん。一緒に考えよう」


 気休めかもしれないが、俺は少しばかり微笑んでみる。それを見た鷹山の表情が一気に明るくなった。


 我ながら柄にもないことをしたと俺は少し照れる。悠長に構えている暇はない。クラブ活動紹介は明日だが…


「だからさあ、そこはもっとエレガントにやるべきでしょう!」

「いや!力強くスピーディーに動くべきだ!」


 鷹山の素肌(頭)が観衆に晒されないためには、何からすればよいかと考えていたそのとき、部室の奥から何やら男女の騒がしい声が聞こえてきた。

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