後編:馬鹿と天才は髪一重

 放課後。俺は学校の屋上に美少女と二人きりで立っていた。

 ここはよく吹奏楽部が練習で使用している場所なのだが、今日は練習は行われていない。


「突然、こんな所に呼び出してごめんなさい」


 長く美しい黒髪の少女は、申し訳なさそうな表情を浮かべている。


「あのね…実はその…私と付き合ってほしいんです」


 その勇気を振り絞ったひと言と、優しくも力強い瞳の奥に見え隠れするのは緊張だろうか。彼女は何度も瞬きをした。


「……迷惑だった…かな?」


 目線を落としつつも、照れるように時折り上目使いを見せた。

 さて、まるで青春の1ページのような展開だが、残念ながら相手はシークレット・ヘッドを隠し持つ鷹山だ。


 あのメールと頭を見ていなければ、俺はきっとこの恋愛シミュレーションゲームのグッドエンディングのような展開を素直に愛の告白と受け止めて、鷹山とは清く正しい友達からの交際を始めたいところだ。


「で、一緒にどこに付き合えばいいんだ?」


 俺は一歩先を読んで鷹山に確認する。


「ありがとうございます!じゃあ私と一緒に演劇部に来てください!」


 は な し が ま っ た く 見 え な い 。

 鷹山は少し天然なのかズレているのか?ズレるのはカツラだけで充分だぞ。


「お前、演劇部だったのか?」

「いえ、違います」


 とりあえず状況が理解できないので、少しずつ話を聞くことにする。


「実は明日のクラブ活動紹介で私、僭越ながら演劇部のお手伝いをすることになっています」


 ふむ。鷹山の話したクラブ活動紹介とは、我が校の入学式の次に行われる最初の行事だ。

 

 入学して二週間もすれば殆どの生徒はどこかしらに入部するが、未だに悩む生徒も多い。そんな者たちへの活動PRと部員獲得を兼ねたイベントというわけだ。


 実は俺はその実行委員のひとりだったりする。

 クラブ活動を行っていない生徒は積極的に生徒会に協力するよう決められているので、俺はその手伝いをしていた。


 正確には【育毛研究会】という活動を学校に申請しているのだが、部員は俺一人しかおらず、俗に言う『部員5人未満は同好会』という扱いを受けていた。


「で、お前は何を手伝うんだ?裏方か?」

「部員の皆様と一緒にミュージカルに出演します」


 それはまた大した手伝いだ。だが、鷹山ほどの美少女ともなれば舞台は盛り上がることだろう。


「演劇部の部員は5人ほどの小さな集まりなのですが、私を含む何人かの有志がラストに盛り上げ役をお手伝いします」

「なるほど、エキストラ的な役をやるんだな」


「はい。でもそこでの演出に少し問題がありまして…その…男女ひと組になるのですが…」


 随分と言いにくそうに鷹山はモジモジとする。


「どうした。その男子と抱き合ったりキスシーンでもやらされるのか?」

「ち、ち、違います。一緒に手をつないで回転しながら踊るだけです!」


 全力で否定する鷹山を見て、少々からかい過ぎたと俺は内心反省した。


「じゃあ、その男子と手を繋ぐのが嫌なのか?」

「いいえ。確かに照れくさいですが、中学生の頃に男子と運動会でオクラホマミキサーを踊ったことがありますので、それくらいは大丈夫です」


 鷹山は確かこの学校に転校する前は、白頭巾を被って生活をしていたって話してたよな。少しばかりシュールな光景が俺の頭をよぎる。しかし一体何が問題なのだろうか。


「み、見ていてくださいね」


 困った素振りを見せながら鷹山は俺の目の前で突然、姿勢正しく立ったと思いきや、その場で片足を軸にして、そしてもう片足の膝を『くの字』に曲げながら軽くターンする。

 

 そのふわりと舞い上がるスカートから覗かせる、膝上から数センチ上までの脚、そして女子特有の香りが俺をドキリとさせる。


 思わず鷹山の可憐さに見とれてしまったか、俺は自分でも少しばかり頬が染まるのを感じるとともに、思わず照れて目線を逸らしてしまう。


 そうだ。俺は彼女のあまりの秘密に忘れていたが、鷹山は容姿端麗、品行方正、お高くとまってないお嬢様、この三言に尽きる誰もが憧れるアイドルというやつだった。


 そんな彼女に頼られる、こうして二人だけで話ができること。

 人生これまで頭にしか費やしてこなかった自分の青春を思えば、今の俺は最高に輝いているかもしれない。


 俺は声には出さずとも、鷹山に少しばかり失礼な態度を抱いていたようだ。

 ある意味、鷹山とは互いに最高の理解者であるとともに仲間になれるかもしれない。俺はその気持ちを改めて彼女に告げようと思った。


「鷹山…俺さ、お前にもう一度ちゃんと……って、おいいいいいいいい!」


 鷹山ときちんと向き合うべく、軽く頬を掻かながら正面を向いた俺の目にとんでもないものが映り、思わず声をあげる。


「その頭はなんだ!その頭は!」


 ガニ股で指をさす俺の目の前には、顔はこちらを向いているが、髪の毛だけが少し横を向いた状態の鷹山がいた。


 要するにカツラがズレているのだ。一瞬、そこだけ空間が微妙に歪んでるのかと思った。


「あの日の教室でも思ったんだが、お前のカツラもしかして緩くないか?」


 俺の問いかけに、鷹山は静かにカツラのズレを直しながらうなずく。

 やはりそうか。以前から違和感はあった。


 鷹山は歩くのが普通の人と比べてかなり遅いこと。

 体育は見学や休みがちではあるが、そこまで病弱には思えないこと。

 あの日、小刀を奪い取る際に転んだ弾みでカツラが簡単に転がり落ちたこと。


「おっしゃるとおり、パッと見はわからないのですが実はかなり隙間がありまして…あまり大きな動きはできません」


 疑問をあっさりと認める鷹山。ツッコミどころが多すぎて、何から言えばいいんだ。


「普通、カツラってのは外れ防止のネットやらがあるだろう?いくら何でも緩すぎだぞ。もう少しピッチリと被ったらどうだ」


 鷹山はスキンヘッドなので、外れ留めのピンを使用するのは難しいと思うが、それでも、そよ風のような回転動作ほどでズレるのは異常だ。


「私、こめかみや即頭部の刺激に弱くて、ちょっとした締めつけで大変なことになるんです」


 そう言いながら鷹山は、両手で自分の頭を左右からそっと押さえる。


「だからと言って限度ってものが……うぉあおおあああ!??!?」


 俺は再び声をあげる。そして同時に金縛りのような衝撃を受けた。

 

 目の前には、鋭い眼光で俺を睨む鬼神のような女子生徒が立っていた。

 その眼はまるで、刃物のように尖った三角定規がシンメトリーの形で並んでいるようだ。


 俺も眼つきは悪い方だが、鷹山の強烈さの比ではない。格が違いすぎる。

 人間、恐怖に陥ると思考がパニックになるというが、俺は「三角定規って、どうして丸い穴が開いてるんだっけ?」と素朴な疑問を自分に投げ掛けてそれを和らげようとした。


「ご、ごめんなさい。驚かせるつもりはなかったんです」


 鷹山はそう言いながら両手を頭から離す。

 すると先ほどまでの、今にも眼で殺されそうな鷹山は幻だったのかと思うほど、いつもの穏やかで優しい表情をしていた。


「私、頭周りの神経が過敏でして、サイズに適した物でも目の周りの筋肉が一気に強張るんです」


 お前はあと変身を何回残しているんだ…。思わず聞きそうになるも口を閉じる。


「そもそも、どうしてそんな長髪のカツラにしたんだ。もう少し負担の少ないセミショートでも良かっただろう。もしかして、これも家訓のひとつか?」


 確かに短髪だと不自然さが目立ちカツラがバレるリスクは高まる。だが、これだけサイズが緩い長髪となると色々と不便しかないぞ。


「私…私、生まれてからずっと、こんな頭でしたから…なのでなるべく長い髪が欲しかったんです」


 鷹山は泣きそうな表情を浮かべていた。

 ほんの一瞬でも、トキメキそうになっていた俺は冷静さを取り戻すとともに、ひとつの確信を得る。


 間違いない。この女は天然級の命知らずだ。

 世の中、勉強はできても頭が回らない、学べないタイプがいるが鷹山はきっとそれに当てはまる。


 本当ならば、何もなかったことにして、このまま踵を返して家で育毛の研究でもしたいところだが、相談を受けた以上は知らんぷりもできない。


 俺は、やれやれと思いながらも鷹山を宥めてから、二人で演劇部へと向かうべく屋上を後にした。


 ちなみに『三角定規に丸い穴が空いている理由』だが、紙から取りやすくするため、空気を抜いて滑りやすくするため、温度変化による伸縮を防ぐため、使用によるひび割れの負担を軽減するためだと、あとで調べて分かった。


(つづく)

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