第3話 赤い合宿所



「あ、釜谷コーチ」

小さなロビーを箒ではいている美少女。

 Tシャツに短パン姿だ。前かがみになっていると、首回りがゆったりしているので、胸がいまにも見えそうだ。


「あ、う、お……」

 どぎまぎと赤面して声のでない丹治。

「なに緊張してんだよ」

 後頭部をはりたおす心蔵。


「かわいいね、名前はなんていうの」

「はい?」

「聖メアリーのキャプテンだ。あいさつぐらいきちんとしろ」

 こんどは釜谷が心蔵の頭をはる。


「輝美さん、だれかみえたの」

 左手から華やいだ女性が顔をのぞかせた。

「同じく宮崎先生だ。ほら、あいさつして」


「お世話になりまーす!」

(輝美さんか……チェック完了!)

 心蔵の照準は完全にロックオンしていた。


「うちの女子と比べてみろよ。とても同じ人類とは信じられん」

 毒を吐く心蔵に同意せざるをえない丹治と野分だった。


 輝美はなにげない所作から、長い手足の先まで気品があふれていた。


~~~~~


 広い食堂に集う各高校の部員たち。

 正面には引率の教師とコーチ陣だ。


「どうして野郎がこんなにいるんだ?」

 丹治にささやく心蔵は不機嫌を隠そうともしない。

「県下六校の合同合宿らしいぞ」

「ちぇっ、河合の奴そんなこと、ひとことも言ってなかったぞ」


「それじゃ地元、水鳥高校のキャプテンにあいさつをしてもらおうか」

 そう言って一人の男子部員を指名した。


「悟道」

 呼ばれて立ち上がったのは、駅前で心蔵を突き飛ばした若者だ。

「あいつ……!」

 心蔵に気づかず悟道は前に立った。


「これまでになくコーチ陣の充実した合宿だ!コーチを取り合うぐらい、熱心に練習してほしい!とくに新入部員の一年生は」


 ここで心蔵の視線に気づき片眉をあげた。

「よそ見をすることのないように」

 つけたして唇の端に笑みをのせた。


~~~~~


 部屋で荷物の整理をしている丹治と野分。


「おい野分、心蔵はどこいった?」

 心蔵のバッグは放置されたままだ。


「水鳥の悟道さんと出てったみたいだけど……それより聞いた?この寮、ずっと閉鎖されていたんだって」

声をひそめて野分がにじり寄る。

「どうして」


「幽霊騒ぎが原因らしい。水鳥の部員によると、トイレの前の部屋が<開かずの間>だって」

「そういや1号室なのに使ってないぞ」

「昔、女生徒がカミソリ自殺をはかってから……出るんだって」

 両手を前にたらす。

「よ、よせよ」


「それ以来、窓から血まみれの顔が、うらめしそうにのぞきこんでいたりとか……」

 言ったとおりの状況が丹治の目にとびこむ。

 血まみれ顔が窓外に浮かんでいた。丹治の顔がひきつった。


「やだな、そんなに怖かった?」

指さして口をパクパクさせる丹治を笑っている。


 木製の窓枠がガタガタと軋んだ。

ドキッとして振り返った野分もまた、恐怖に顔を歪ませた。


「で、出たぁー!ヒッ、ヒィー!」

 腰を抜かして逃げだそうとする。


「……あけてくれぇ」

「し、心蔵……?」

 我にかえる丹治。


 滑りの悪い窓をこじあけると、暗い軒下にボロボロになった心蔵がへたばっていた。

「わっ!野分、たいへんだ!」



「ちくしょう、右手さえ使えりゃ悟道の奴なんか、ボコ殴りなのに!」

「ったく、おどかしやがって」

 部屋に引っ張り上げ、靴を脱がせる丹治。


「悟道さんは漁師の息子で、気が荒いんだって。しかも拳法の達人という話だよ」

「そういうことは前もって教えろ」

 靴の悪臭を嗅がせる心蔵。

「ウプッ!いま聞いてきたばかりだよ」


 ドアがノックされた。

「ぎくっ!」

押入れに隠れる心蔵。

「河合なら、おれはいないって」


「だれ?」

 野分がドアの隙間からそっとのぞく。

 そこには救急箱を持った輝美がいた。


「輝美さん!」

 野分を突き飛ばして心蔵が応対する。

「ささっ、どうぞ中へ!」



 心蔵の右腕の包帯を取り替える輝美。

「傷だらけで転がりこむのを、上から見かけたもんだから……」

「うひゃひゃ」

 感激して話も聞かずに見とれていた。


「悟道くんは短気だけど、悪い人じゃないのよ。許してやってね」

(輝美さんのバストが腕に当たってるぅぅ!)

 腕といっても石膏ごしなのだが心蔵には充分だった。


 丹治と野分も輝美の横顔にみとれていた。

「むっ」

 汚い靴を丹治の顔に投げつけた。

   

「いててっ、先輩の部屋は二階でしたか」

 丹治が顔をおさえてたずねた。

「ええ、真上よ」

(やったー!今夜は夜這いだ!)

 ガッツポーズをとる心蔵。


「一階はぶっそうでしょ、変な人がいるかもしれないし、ね」

「え、はっ?」

 同意を求められうろたえる心蔵。

「そっ、そうですよね、アハハハ」


 夜。川の字になって寝る三人。真ん中の心蔵は布団ごと縛られ猿ぐつわをされていた。

(ほどけーっ!おれは行かねばならないんだーっ!)


 夜更け。

 いましめ解かれた心蔵は爆睡していた。

 寝返りをうってはときおり「バカヤロー」と寝言を叫んでいた。


「眠ってるときぐらい静かにできないのか」

 丹治が押し入れにほりこもうと決意したとき、事件はおきた。


 甲高い悲鳴が合宿所に響きわたった。


 続いて何かがぶつかったような派手な音がした。


「輝美さん」

 そう叫んだ心蔵は、丹治を踏んづけて部屋を飛びだしていった。


「で、出た……」

 <開かずの間>の前で心蔵を待っていたのは、下半身を丸出しにしてふるえている野分だった。


「出てるのはテメェの皮つきウィンナーだ」

 ギブスをしている右でツッコミをいれた。

「痛い。そうじゃなくて幽れ……い!?」


 再び悲鳴が耳をつんざいた。


 様子を見に来た輝美ら聖メアリーの女子たちだった。野分はあわてふためき前を隠した。

 それを合図のように人が集まりはじめてしまう。


~~~~~


「それで用をたしたあと水を流したら、真っ赤な血が出たと……」

 心蔵が確認し野分はがくがくと首をたてに振った。

「どれどれ……」

 心蔵は水タンクのコックをひねった。


 果たして、真っ赤な水流が便器を洗った。


「おおー」

 心蔵が大げさに驚く。

「ねっ、ねっ、言ったとおりでしょ」


「バカヤロー、ただの赤サビだ」

 呆れ返るしかなかった。

「なるほどね、長く閉鎖されてたらしいから」

 丹治がもっともらしくうなずき野分の肩をたたいた。

「ちゃんとケツ拭いて寝ろよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る