第2話 青い入江
「マルシェ!ロンペ!」
釜谷の号令のもと、フットワークに汗を流す三人。野分はフラフラしている。
「なんでお前らまで入部するんだよ」
「スカウトされた」
心蔵の非難を丹治はさらりと受け流した。
「女めあてとは、見下げはてた根性だ」
「お前に言われるとむかつく」
「どうだった?」
練習終了後、顔をだした河合が尋ねた。
「さすがに心蔵はいいです。丹治も抜群の身体能力だけど、野分はちょっと……」
釜谷は口ごもった。
「ほれ、丹治」
「あいよ」
心蔵が缶ジュースを丹治に投げた。
ところが缶は丹治の額を直撃してしまう。
「丹治くん大丈夫?」
野分が転がった缶を拾いあげた。
「はは、身体能力はあるんだけど、反射神経がいまひとつなんだよね」
照れ笑いする丹治。
その光景は釜谷と河合の見込み違いを物語っていた。
「野分、お前よぉ、左にスイッチしたらどうだ」
汗を拭う野分に、ジュースを手渡す心蔵。野分は左手で受け取っていた。
野分「え?」
「お前の脚は左利きだ。手はたぶん両利きだな」
「脚が左利き?」
「たしかに目や脚にも得意な側があるそうだ」
観察眼を発揮する心蔵に丹治がうなずいた。
「それを右で踏み込むからふらつくんだ」
「でも力がはいらないんじゃ……」
「お・れ・に・合・わ・せ・ろ」
ためらう野分に右腕の包帯を見せて強制する。
「おれもお前も今日から左利きだ」
「おい見ろよ、野分がフェンシングやってるぜ!」
応援団が通りかかってからかいの言葉をなげかけた。
「あんな鈍くさい奴にできるのかよ」
団員が追従してゲラゲラとあざわらう。
団長の顔面に心蔵の飛び蹴りが炸裂した。
「なにしやがる!」
「お前らはいつも耳ざわりなんだよ」
また乱闘がはじまった。
~~~~~
制服に着替えて下校する三人。私服通学が認められているが体育会系の制服着用は海正学園の不文律だった。
「さっきはありがとう」
うつむいて涙ぐむ野分。
「ばかやろう、泣くな!」
胸ぐらをつかむアザだらけの心蔵。
「おれは硬派だから、弱いものいじめが大っ嫌いなんだ」
「く、苦しい……」
「おいおい、説得力のかけらもないぞ」
すかさずツッコミを入れる丹治だった。
~~~~~
週はかわり合宿に出発する朝。海正駅のプラットフォームに集合するフェンシング部の面々。
「心蔵はまだ来ないか?」
引率の河合はいらいらした様子だ。
「一時間前に電話したら、これから出るところだって……」
野分がつながらないスマホを手に報告した。
「まさかまた交通事故にでもあってるんじゃ……」
「丹治は自宅のほうに電話してみろ」
命じられるまま心蔵の自宅にかける丹治。
呼び出し音が鳴る。
『もしもし大林ですが』
心蔵の声だ。唖然とする丹治。
「心蔵か?なにやってんだよ!とっくに出てるはずじゃないのか!」
『おう、いまから出るところだ』
電話をきる丹治。開いた口がふさがらかった。
「心蔵くん、なんだって?」
「おれに合わせろだと」
心蔵の口調をまねて野分に告げた。
「あいつのルーズさに合わせていられるか!」
~~~~~
電車から降りたった心蔵は眠たい目をこすった。
「ふぁ~っ、やっと到着か」
背伸びして大あくびを連発した。
つづく二人は憮然としている。
心蔵は手荷物ひとつだが、丹治と野分はコーチの分まで荷物をさげ、ナマズと呼ばれる大きな用具入れをかついでいる。
道中のポーカーに負けた結果だ。
「ここは天国なのか」
駅前はほぼ歓楽街になっていた。
「お兄さんうちで遊んでいかない」
夕刻。すでに夜の女の出勤時間だ。
「うへへへ」
心蔵は鼻の下をのばし照れまくる。
「てっ!」
よそ見をしていて人とぶつかった。
頬骨の高い、気のきつそうな若者だ。スマートな肢体は、手足が長かった。
「気をつけろ!」
いきなり胸を突き飛ばされる心蔵。
「てめえ……」
尻餅をついていた。男は心蔵に見向きもしないで歩み去っていく。
「心蔵、こっちだ!」
河合がタクシー乗り場から呼ぶ。
「ちっ」
後ろ姿をにらみつける様子はまるで悪役だ。
~~~~~
リアス式海岸の広がる景色。
タクシーは小高い丘を登っている。
「いいところじゃない」
五人がすし詰めの車内から青い入り江を眺める。
「国立公園だからな。ほれ、あの体育館が練習場所だ」
下方を指さした。立派な体育館だが、周囲は開発途中の造成地で、道路しかない。
「練習はあそこでおこなう」
「うえーっ!」
「どうしたの?」
野分はけげんそうにたずねた。
「この坂だよ」
心蔵はにがい表情だ。
「まさか車で、送り迎えしてもらえるとでも思ってるのかよ」
「あ……!」
野分の顔が青ざめる。
「毎日ランニングだ」
釜谷がとどめをさした。
カラスが屋根にとまってひと鳴きした。
木造二階建ての建物は、潮風にさらされ風化しかけていた。朽ちた板塀に囲まれ、鉄格子の門は錆びて蔦がからまっている。
夕日に照らされた姿は不気味であった。
「これが合宿所?お化け屋敷のまちがいじゃないのかぁ」
「ぎくっ!」
丹治のひとり言に河合の肩が凍る。
「ブぷぷっ……」
不安げな丹治の肩を突っつく心蔵。目が笑っている。
「これ見ろよ」
門扉のプレートには『水鳥高校女子寮 白鴎寮』とある。
「じょっ、女子寮ーっ!」
「そのとおり。白鴎寮は離島からの女生徒が利用していたんだ」
河合が早口で説明した。
「利用していた?」
すかさず丹治が言葉尻をチェックした。
「いや、い、いまはそれ、夏休み中だから……」
「ああ、里帰りしてるのか」
「そうそう、そうなんだ!」
納得してバカ笑いする河合と心蔵、丹治。
(あやしい)
野分の小動物的直感が警報を発していた。
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