エト・ヴ・プレ?

伊勢志摩

第1話 白い弾丸


 アメリカンバイクを駆る少年。

 白いツナギがまぶしい。

 顔立ちは精悍だがお調子者の軽薄さが唇にある。


「兄貴お帰り!」

 すれちがった大学生に手をあげた。

「心蔵!」

 不出来な弟に絶叫した。

「てめ、おれの、バイク、だめ!修理中ーぅ!」

 声は白い弾丸には届かず、心蔵と呼ばれた少年は風になって町に消えていった。


「おっ」

 前方にすらりとした女性の後ろ姿があった。

 ミニスカートからのびた脚がまぶしい。


「風よ吹け!」

 念を送ったら本当に風が吹いてスカートがめくれた。


「きゃっ!」

可愛い悲鳴をあげてスカートをおさえる。

「ラッキー!やっぱり俺はなにか持ってるぜ」


 わき見をした心蔵の眼前に電柱がせまる。


 とっさにきったチョッパーハンドルがすっぽりと抜けてしまった。

「げっ!」

 クラッシュに電柱と電線が激しく揺れた。


 血まみれの右腕がダイヤの下からのぞいている。


~~~~~



 夏の陽射しにあぶられる運動場。


 夏休み中の海正学園に人影は少ない。


 サウナのような体育館の片隅に二人の男が膝をつきあわせていた。


「うーむ」

ごつい中年太りの男が腕組みして唸る。


「うーん」

 ひきしまった肉体の青年も唸る。

 中年はTシャツにジャージ姿、青年はフェンシングのユニフォームを身につけている。


「弱った」

「弱りました」

「どうするか」

「どうしましょう」

 おうむ返しの青年に、中年がムッとして頭を掻く。青年も頭を掻きむしった。


「釜谷!コーチのお前がきびしすぎるから、部員は全滅だっ!」

 中年がサーベルで床をたたいた。

「二年後の国体にそなえ合宿で徹底的に鍛えろといったのは、河合先生のはずです!」

かたわらのマスクに拳骨をおとす釜谷。


「開催県なんだから当たり前だ!」

「部員が逃げださないよう、ひきとめるのが顧問のつとめでしょう!」

「言ったな!」

「言いましたとも!」

 にらみ合う二人。


「はーっ」

 ともに肩をおとして溜め息をつくのだった。


「もどってきそうにありませんか?」

「無理だな」

 釜谷の問いに河合が首を振る。


「なんとか夏休み中に新部員をかき集めんとな……」

「でも運動神経のいい生徒はもう残っていないでしょう」

 サーベルの剣身で掌をポンポン叩いた。

「そうなんだよなー」

 河合は頭をかかえるのだった。

 二年後が国民体育大会ということは今年の新入部員が主力の三年生となるわけだ。

 かてて加えて県からの強化費、学校からの補助金が普通の活動費以外にも支給されている。

 部員ゼロとはいかない。


~~~~~


「あーっ?部員をくれだと」

 野球部の練習中、ネット裏で大声があがる。


「うちは甲子園出場校だよ!フェンシングなんて見向きもするもんか!」

 壮年の監督はけんもほろろである。




「こっちが欲しいくらいさ」

 サッカー部の銀縁眼鏡の若い監督はくびを横にふった。

「最低でも十一人いるんだ。フェンシングなんて一人でも出場できるだろ」

 じつに嫌味たっぷりの言い方だ。




「あと残っているのは剣道部だけか」

「団体戦を組むには最低でも三人……絶望的ですね」

 二人は汗まみれで懇願にまわる。




 剣道部の道場、面をとっただけの老師範が二人を待ち構えていた。


「部員をさがしているとか聞いたが」

 いかにも誠実そうな笑顔だった。

「ええ、みっともない話で……」



「心蔵はどうだい?」

「お、大林心蔵ですか?」

 河合の表情にひるみの色が見えた。

「あの、入院中の」

「もう退院したよ」


「何者ですか、その心蔵というのは?」

 釜谷コーチは役場勤めのため学校の事情にはうとかった。


「夏休み前に、バイクの無免許運転で事故をおこした生徒だ。問題児だが、剣道の特待生として迎えたほどの男だ」


「右腕の複雑骨折で、もう剣道ができない体になってしまったと、退部届けをもってきたときの……心蔵の顔を思い出すたび、わしは……」

 師範は顔を伏せ、肩を震わせた。


「師範!」

「あの嬉しそうな表情を思い出すたびに、わしは怒りに腹わたが煮えくりかえる!」

 誠実な笑顔もどこへやら、拳を震わせた。


「あの心蔵のアホは、学力では入れない海正学園に入学できたうえ、これで遊べると喜んでやがる!」

 老師範の豹変ぶりに顔を見合わす河合と釜谷だった。




 応援団のダミ声と鳴り物が体育館の外まで響いている。


「きょうは援団の練習日でしたか」

「あのへたなパフォーマンスを披露するそうだ」

 うんざりして耳を押さえる河合。


「河合先生」

 釜谷が窓からのぞきこんで呼ぶ。

「ん?」

 カッターシャツにスラックス姿で、体操の床運動をしているスポーツ刈りの少年がいた。


「体操部じゃなさそうですが……」

「ああ。しかしなんて柔軟できれいなフォームなんだ」

「そうか河合先生は体操出身でしたね」

「こいつは逸材かもしれんぞ」

 河合の表情が明るくなった。


「海正の生徒?」

釜谷が股割りで胸を床につけている少年に声をかけた。

 見上げた少年は端正な顔だちだった。

「はい、一年の柿本丹治です。補習の時間をまちがえて早く来すぎたので……」



 と、舞台から派手な音がとどろいた。


 転げ落ちている団員が一人いた。

鼻は低く、薄い眉に目は細い。体も小さく貧弱である。


「野分!お前みたいな下手クソはもうクビだ!帰れ」

悔しそうな野分は鼻血を出していた。




「クラスメイトです」

 丹治は釜谷に告げ、野分に駆けよった。


「誰がなぐった」

 上級生に怒りもあらわにつめよる。

「文句あるのか」


「いいよ丹治」

 怖い先輩に野分がびびる。

「おれは人数をかさに威張っている奴が1番嫌いなんだ」

 にらみあいも数瞬、拳の応酬がはじまった。他の団員も加勢し、仲裁にはいった野分も袋叩きになってしまう。



「これはいかん」

 一歩踏みだしかけた河合を追い抜く白い弾丸。


「祭りかー!?」

 石膏で固めた右腕を吊っている心蔵だ。

「おおっ、ケンカ祭りだ!」

 喜々として争いの輪に飛びこみ、暴れまくるのだった。


~~~~~


 フェンシング部のプレートの掛かった部室。


 ロッカーやフェンシング用品が並んでいる部室内に河合教諭、釜谷コーチ、心蔵、柿本、野分の五人が輪になっている。


 まず河合は丹治を口説きはじめていた。

「なるほど、やはり中学は体操部だったか。で、どうだ考えてみる気はないか」

「フェンシングですか……」

 うつむいてしまう柿本。


「それより剣道部からトレードされたって本当か」

 心蔵が仏頂面でわりこんだ。


「おう、来週からさっそく一週間の合同合宿だ。用意しておけよ」

「冗談じゃない!この包帯が見えねえのかよ。肩よりあがらないんだぜ」

「心配いらん。フェンシングは片手があればじゅうぶんだ」

 釜谷が剣先を突きつけた。


「おれは楽しい学園生活をおくりたいんだ。いまさら汗水たらす気はないよ」

 剣先を握ってそらす心蔵。

「野分もここはやめとけ」

「いや、ぼくは入部とか関係なくて……」

 のけぞって否定する。


「練習がきつくって、みんなトンズラしたらしいぞ」

 野分の首に腕をまわす心蔵。

「それよりこれから遊びにいこうぜ。よう丹治、金持ってるかぁ」


「じゃ、ぼくはこれで……」

「ぼくも」

 心蔵を無視して逃げだそうとする丹治とそれに続く野分。


「おれに合わせろよ」

 するりと二人の前に回りこんだ。

「さっき助けてやったろ」


「そうか、それは残念だなー」

 釜谷が首をふっていかにも惜しそうなそぶりをみせた。

「聖メアリー女学院との合同合宿なんだが」


いきなり心蔵の足に根が生え、野分の鼻に詰めてあったティッシュが鼻息で飛び出した。

「まーたまた、耳がダンボになったらどうすんのよ」

 うかがうように振り返る心蔵。


「彼女たちも楽しみしていたのにな」

 河合が尻馬に乗った。

「いやまったく、もったいない話だ。男子と合宿できるとはしゃいでいたのに」

 興奮に小刻みに震える心蔵。


「神様って呼んでいいですか!」

 心蔵はひざまずいて河合の手を握るのだった。


 聖メアリー女学院といえば県下でも名の通ったお嬢様学校だ。

 まずもって海正学園の生徒あたりでは相手にされない。それが一週間も同じ屋根の下で生活をともにできるというのだから、心蔵ならずとも宗旨替えしてしまうのも無理はなかった。

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