第22話『奴らを倒すぜ、先手必勝?』
「ホラ! あそこだよ」
竜馬が指差した先、秘薬草が自生する湿地帯から突き出すように、大きな岩山が聳え立っていた。
背の高い雑草が生い茂る一角に身を寄せながら、しゃがみ込んだ姿勢で遊撃隊の四人が眼を凝らす。一見しただけでは岩肌の斜面に、草が生い茂っているだけだ。
「中はどうなっているんだ?」
「一言で言えば蟻の巣かな。通路は狭くて二人がやっと並んで通れるくらいだよ。何ヶ所か枝分かれの横穴があって、それぞれ寝床とか武器庫とかに繋がってる」
「王子、竜馬さんの情報によると敵は十五人前後です。田舎の山賊といえども、遊撃隊の四倍近い人数なのでこれは侮れません」
「ロビンの言うとおりっす。まあ僕が半分以上蹴散らすとしても、一斉に掛かってこられるとさすがにヤバイっすね」
アーチャーと女戦士のペアが口を揃えた。遊撃隊の中でもレベルの高い二人の言葉には、やはり経験がモノを言って重みがある。
「となると、派手な行動には出られないな。なんとかコッソリと忍び込んで、敵を一人ずつ倒していくしかないか」
「ねぇ、竜馬君。出入り口ってあそこだけなの?」
「たぶんそうだと思うよ。と言うのは、オイラ戦利品の保管庫だけは行った事がなくてさ。あそこは首領のほか数人しか入れないんだ」
「ふーん、セコイ親玉ね。人を信じられないリーダーなんて最低!」
「竜馬、簡単でいいからアジトの内部図面をココに書いてくれ」
周りの雑草を引き抜いて地面をむき出しにした藤堂が、拾った木の枝でそこに入り口の印を描く。差し出された棒を受け取った盗賊が、不器用そうに線を書き始める。
「えーっと、入り口がココだとすると、通路がこんな風に真っ直ぐ伸びて、途中で大広間があるだろ。その奥に二股に分かれる通路があって……」
残念ながら、どうやら若い盗賊には絵心がないようだ。
アジトの通路を土の上に描いてはみたものの、うねうねとしたラインがのたくるだけで、まるで子どもの落書きのように判別がつかない。
「クソッ、ココは違う」
上手く書き表せない事にイライラしながら、手にした棒切れで地面に線を書き足していく。だが結局、せっかく書いた洞窟の案内図をグリグリと足で消してしまった。
「あー、駄目だ。もう説明するのが面倒くさいや。オイラも入り口まで一緒に行くよ」
「いいのか?」
「うん。でも、闘うのはゴメンだからね」
「ああ、分かっている。じゃあ、洞窟に入った所まででいいから頼むよ」
遊撃隊の四人プラス盗賊が一人。足音を忍ばせながら、野盗共がねぐらにしているアジトの入り口へ近づいていく。
五人が向かう先にある進入路は、岩山の地肌に生えた蔦でびっしりと覆われていた。
洞窟の上から下へ垂れ下がる緑のカーテンが、天然のカモフラージュとなって悪党共の巣窟への入り口をすっぽりと覆い隠している。
「これならパッと見ただけじゃ、奥に洞窟があるなんて気が付かないだろうな。へぇー中の通路、山賊にしては中々洒落た造りだな。」
手の平ほどもある蔦の葉をそっと掻き分けて王子が中を覗き込む。狭いトンネルの奥は、獣脂による蝋燭の明かりがほんのりと灯っているのが見えた。
「あいつらの中に、土の魔術師がいるんだよ」
恐る恐る四人の後に続きながら、竜馬も洞窟に足を踏み入れる。辺りをキョロキョロと見回しながら、土くれだらけの壁と地面が続く通路の奥に目を向ける。
「土の魔術師? まさか土木作業員みたいな事もやるのか?」
「うん。 オイラ詳しい事は知らないけど、土の魔術師ってのは戦闘だけじゃなく、こんな使い道もある職業なんだなって思ったよ」
どこか引け目を感じているような竜馬の口調に、藤堂が思わず声をかける。
「盗賊にだって役割はあるさ」
「……闘えなきゃ意味がないよ。それにしてもおかしいな?」
入り口から入ったすぐ脇の土壁に、径三十センチほどの四角い穴が開いていた。その中を覗き込みながら竜馬が首を捻る。
「どうした? その奥に誰か居るのか!」
「ううん、居ないよ。だから逆におかしいんだ」
穴の奥の向こうは、暗闇に包まれている。疑わしそうな表情のまま若い盗賊は、一人でトンネルを先に進み左側に開いた丸い大穴を潜り抜けた。
足音も立てず素早い身のこなしは職業柄か。慌てて遊撃隊の四人が後を追う。
「お、おい!」
竜馬が先に入った大穴に遊撃隊のメンバーが続いて飛び込む。それ以上進む道はない。暗闇に眼を凝らすと、そこは行き止まりの小部屋だった。
竜馬が室内の土壁をくり抜いて作られた棚に置かれた蝋燭に火を灯すと、薄暗かった部屋の中が夕闇程度の明るさになる。
獣脂の燃える嫌な匂いが立ち込める。蝋燭の光と土壁に開けられた穴から差し込む薄ら明かりで、この部屋の用途がおぼろげながら見えてくる。
「ひょっとしてココ。見張り番の詰め所なの?」
タニアが言うまでもなく、この部屋は入り口を通る者を見張るために作られたのだろう。地面から生えたように、粘土で固めて作られたテーブルや椅子があった。
「誰もいませんね」
「どうせ朝から酒でも飲んで、寝ているんじゃないっすか?」
殿(しんがり)を務めるアーチャーが最後に部屋を覗き込む。相棒の女戦士は、例のごとくお気楽な調子で肩をすぼめた。
「確かにあいつ等、酒盛りはしょっちゅうやっているけど。あ、これを使ってよ」
竜馬が壁の棚からカンテラを取り上げて火を点ける。すすけたガラスの内側で赤い炎が揺らめくと、薄暗かった視界が急に広がった。
詰め所にはそれ以上めぼしい物はなく、先ほどの分かれ道まで戻る。竜馬は右へと延びるトンネルの奥を指差しながら、声をひそませて説明を続ける。
「この道を真っ直ぐ行くと大広間があるんだ。そこは結構な広さがあってさ。首領が山賊全員を集めて、襲撃時の手筈なんかを確かめるのに使っているのさ」
「キャー! 冷たい、もう嫌!」
タニアが大声で叫んだ。押し潰されるような閉塞感に神経を尖らせていたシスターは、自分で張り上げた声に驚く。カンテラの明かりが彼女の真っ赤になった顔を照らし出す。
どうやら天井から染み出した地下水の雫が、彼女の豊かな胸の谷間に落ちたようだ。半円状に穿たれた通路は、酒田が手を伸ばせば届くほど低い。
「しっ、静かに!」
竜馬が口元に人差し指を一本立てて、通路の床にパッと身を横たえた。地面にピッタリと耳をあてて、わずかな物音でも聞き取ろうとする。
皆に緊張が走る。だが、奥へと続く通路の闇の向こうからは、何の物音も聞こえてこない。
「どうやら、大丈夫そうだね」
「ごめんね、竜馬君」
「えーっと、どこまで話したっけ? あ、そうだ。その大広間の奥に通路が二本あってさ、一つは首領の部屋へと続く道。もう一つは寝床や武器庫へと繋がっているんだ」
盗賊は夜目も効くのか、彼の後ろでタニアがかざすカンテラの明かりを必要ともせずに、坑道の奥へとドンドン足を進めていく。
「おい、竜馬。もうこの辺でいいぜ。後は俺達でやるから」
「王子の言うとおりですよ。どうも嫌な予感がします。貴方はそろそろ引き返したほうが良いでしょう」
ロビンの言葉に竜馬は振り返り、一瞬足を止める。だが、再び歩き出した方向は薄暗いトンネルの奥だった。
「大丈夫だよ、外に奴らの気配はなかったし。ここまでの通路も一本道だっただろ? 背後を突かれる心配もないから、大広間までオイラが案内するよ」
「悪いな」
「でも、戦闘になったらさっさと退散するけどね」
竜馬の言葉には、洞窟の外で藤堂の誘いを拒絶した時ほど強い意思が感じられない。
戦闘に参加しないという宣言も、遊撃隊のメンバーに対してではなく、どこか自分自身に言い聞かせるかのようだ。
普段はおしゃべりなタニアも、先ほどの失敗で懲りたのか硬く口を閉ざしている。狭くて薄暗い地下通路を無口な行進が続く。
カンテラの明かりが、地下通路の壁に五人の影絵を映し出している。低いトンネルの天井に届く長くて気味の悪いシルエットが、どこまでも皆の後からついて来る。
――■――□――■――
「へぇー、大広間って言うだけの事はあるな」
坑道を一番手で抜けた藤堂が、その奥行きの広さに正直な感想を漏らす。サッカーコートが、優に一面まるまる収まるほどもある。
何故か、土間床は数メートル四方の正方形のマス目状にラインが描かれていた。
そのタイルの目地に沿って、土で出来た直方体のテーブルと円柱状の椅子がそこかしこに設置されている。
さっき見た入り口脇の見張り番詰め所にあった物と同じく、まるで床から生えているような一体構造だ。
机の上には安っぽい陶器の食器が散乱し、中には酒が満たされたままの杯まで置いてある。吸い掛けの煙草や葉巻が溢れる灰皿からは、まだ煙が立ち昇っていた。
閉塞感に押し潰されそうだった身体が、フッと軽くなり思わず天井を見上げる。入ってきた通路より驚く程天井が高い。まるでここは、地下に作られた大聖堂のようだ。
ただし、神聖さは微塵も感じられない。
湾曲したアーチを描く円蓋の表面からは、樹木の白い根が無数に垂れ下がっていた。蛇のようにのたくる地下茎の先から、ポタポタと透明な雫が落ちてくる。
「ねぇ、剣一? ホラ、見てあの天井。あんな所にコップが!」
シスターが見上げた先の天井には、確かに銅製の杯がめり込んでいた。よく見れば、天蓋の所々にナイフやフォークまでもが突き刺さっている。
「どうせ山賊共が宴会の最中に酔っ払って、馬鹿騒ぎした結果だろ。好い気分になって、テーブルの上にあった食器でも投げ合ったのさ」
「それにしても酒宴の途中、奴らはいったいどこへ消えたのでしょう?」
大皿に残る山盛りの料理から、まだかすかに湯気が立っているのをエルフの深い新緑の瞳が見つめる。
「これは……? まさか、王子!」
「ちっ! ミスった。みんな引き返すぞ! 急げ!」
ロビンの叫びと同時に藤堂も声を大にする。隠密行動もへったくれもなかった。その表情に余裕はない。慌てて回れ右をしながら元来た通路へ取って返す。
だが、その時!
――ズ、ズ、ズ! ズガガガガガ!――
下腹を揺るがす轟音が、山賊の地下アジト中に響き渡る。大広間の地面がグラグラと波打ち、足元が揺れてバランスを崩したタニアが、泥だらけの地面にへたり込む。
「やん。もう、いったい何なのよ!」
「せ、先輩! 通路が塞がっていくっす」
なんとタニアと酒田の目の前で、地面から迫り出すように土の壁が隆起していった。
大広間に点在する四角いテーブルを大きくしたような赤土の直方体が、突然地面から生えて出現したのだ。まるで蓋でもするように、通路の出口をすっぽりと覆い隠した。
「遅かったか! クソッ」
「これは、土の魔法です。どうやら奇襲のつもりが、逆に誘い込まれたようですね」
「畜生! 出せ、出せってば!」
竜馬が突然出口を遮断した圧倒的な土の壁を両手でガンガンと叩く。僅かに窪んだだけの粘土層をこれ以上殴っても無駄と感じるや否や慌てて後ろを振り返る。
「オ、オイラじゃないよ。こんな仕掛けがあるなんて、本当に知らなかったんだ!」
「分かっていますよ、竜馬さん。貴方が手引きをしたのなら、のこのこと大広間まで入って来る必要はありませんから」
「ロビンさん……」
ホッと安心したように表情を和らげる盗賊の耳に、嫌らしいダミ声が飛び込んできた。
「グハハハハ、何だ貴様らは?」
黒光りするハゲ頭を叩きながら、山賊の首領が奥の通路からノッシノッシと巨体を揺らして姿を見せた。
部屋の壁という壁に設置された蝋燭にポツポツと灯りが点されていくと、薄暗い大広間が昼間のような明るさになった。
卑しい顔つきのゴロツキどもが大勢、舌なめずりをしながらボスの背後から湧き出すように出てくる。半円を描くように移動しながら、耳障りで下劣な声を上げた。
唯一の逃走ルートは、土の魔法で絶たれた。部屋の中央で一塊になって立ち尽くす遊撃隊の面々は、まんまと山賊の罠に嵌まり半包囲されてしまったのだ。
「見張りに立てたケツの穴の小せえ盗賊が、何の連絡もなしにノコノコ戻って来やがったからよー。こりゃー、てっきり隣街の自警団でも攻めてきたのかと思ったのによ!」
「竜馬さん! 貴方のデータ、山賊に加入したままになっていませんか?」
「あっ!」
ロビンの指摘に、若い盗賊が震える指先で宙に弧を描く。自分のデータ画面が、目の前にポップアップしてくる。
「しまった。オイラ何てミスを!」
首領以下、山賊たちの名前が連なるメンバーリストの一番下に、『村上竜馬』のデータがしっかりと表示されたままになっている。
自分の名前をクリックし、即座に【脱退】ボタンを押した。
「馬鹿め! 今頃俺たち山賊から抜けても遅せーよ。気が弱いだけじゃなく、オツムまで弱いんだなてめえは。ガハハハ」
「どういう事だ?」
藤堂が怪訝な顔で呟いた。奇襲を見破られただけでなく、どうやら逆に待ち伏せまで喰らったのだ。信じられないのも無理はない。
「マスター! リーダーは、仲間の居場所をある程度なら把握できるピョン。きっと山賊のボスは、竜馬が見張りから勝手に戻って来た事を不審に思ったんだピョン」
「王子、迂闊でした。遊撃隊に参加したばかりの私が、まず気が付くべきでした」
「いや、俺のミスだ。クソッ、本当に隊長失格だぜ!」
「てめえら一体何モンだ? 隣街の自警団じゃねえみたいだ。かといって王宮の騎士団でもねえ。雑魚ばっかりの寄せ集めが、まさか冒険者どもの敵討ちにでも来たか?」
ガハハと大口を開けて笑う巨漢の装備は、頭からつま先まで全身が山賊ルックだ。鎧の上に羽織った大熊の毛皮が、まだ生きているかのようにうごめく。
「やかましい! 俺達はワーシントン王国の遊撃隊だ。おとなしく投降するならよし。だが、抵抗するなら容赦しない。全員叩きつぶしてやるから覚悟しろ!」
「おうおう。言うじゃねえか、ガキの癖に。遊撃隊なんて聞いた事もないぜ。レベルも低い駆け出しの剣士が、この山賊ゴードン様を斬るってか? ケッ、笑わせるな!」
「ふん。馬鹿笑いは地獄でやってろ!」
これ以上山賊の首領を相手にしていても始まらない。藤堂はメンバーに戦闘フォーメーションの指示を出す。
「鉄平、俺と一緒に先陣を切れ! 敵を蹴散らすぞ、容赦するな!」
「待ってましたっす」
「タニアは俺達の後ろだ!」
「OK、回復はバッチリ任せてよね」
「竜馬、すまないもっと早く逃がすべきだった。だが、絶対に守るからな。お前はタニアの後ろに付いてくれ。手は出さなくてもいい!」
「う、うん」
「ロビン、悪いがまた殿(しんがり)を頼む。それと……」
「ご安心下さい、王子。竜馬さんは私が守ります。後ろの事はどうか気になさらず、敵を中央突破して下さい」
さすがにエルフは知能も高い。藤堂の作戦を瞬時に読み取って、指示を待つ事無く若い盗賊の背後のマス目に移動する。
「ガハハハ、中央突破だと? お前らみたいな若造どもが俺達の間を抜くってか? 面白い、やれるもんならやってみろ。野郎ども、こいつらを血祭りに上げてやれ!」
山賊ゴードンの一声で、ついに戦闘が始まった。
雪崩を打ったように数人の山賊が押し寄せる。武器を持つ者ばかりではなく、モンクと呼ばれるはぐれ僧兵(回復役)や魔術師の姿も見える。
一番最初に王子の攻撃範囲まで進み出た荒くれ者が、力任せに両手で斧を振り上げる。狂気に歪む醜い男が撒き散らすどす黒いオーラ。手にした凶刃が蝋燭の灯りに煌いた。
「グヘヘヘ、死にさらせー!」
【戦闘情報】
┏━━━━━━━━━━━
❙ 氏名:サミュエル
❙ 役職:――
❙ 職業:山賊
❙ LV:2
❙ HP:10/10
❙ ■■■■■■■■■■
┗━━━━━━━━━━━
【山賊のターン】
スタスタと王子の前に近寄った山賊の下っ端が、下卑た台詞を吐きながら担ぎ上げた凶器を渾身の力で振り下ろす。
だが、古武術中丞流の免許皆伝者たる藤堂は、余裕の表情で相手の斧が描く軌道を見切る。鼻先数センチで無骨な刃に空を切らせると、山賊が思わずよろけて前に出た。
「お、おわっ?」
「遅いぜ。今度はコッチの番だ、喰らえ!」
【戦闘情報】
┏━━━━━━━━━━━
❙ 氏名:藤堂剣一
❙ 役職:隊長
❙ 職業:剣士
❙ LV:1
❙ HP:22/22
❙ ■■■■■■■■■■
❙ ■■■■■■■■■■
❙ ■■
┗━━━━━━━━━━━
【王子の反撃】
低レベルな剣士は、学生時代に神業とまで呼ばれたステップを刻むにはまだ程遠い。
だが、今は動きのノロい山賊が相手だ。がら空きになった敵のわき腹に、ショートソードが描く銀の閃光が駆け抜けた。
「ぐ、ぐばっ!」
王子の一撃を受けたゴロツキの身体から、透過光処理されたような血潮が噴き上がる。フラッシュを浴びたような斬戟に、バッタリとそのまま地面へ倒れこんだ。
次の瞬間、下っ端山賊のアバターが数百、数千に分かれた光の粒子へと変わる。飛び交う蛍の様に宙空へと溶け込みながら消えていった。
「キャッホー! クリティカルヒット炸裂だピョン。マスター、武器の相性は抜群だから、山賊相手ならガンガンいっていいピョン!」
「そうか。剣は斧に対して有利だったな」
「うんうん。回避率も上がるし、攻撃力も五割り増しの特典付きだピョン」
仲間が一撃で葬り去られたのを目の当たりにして、お互いの顔を見合わせた山賊の子分どもが逃げ腰になる。
「ちっ、てめえら怖気づくんじゃねえ! よく見ろ、相手は少ねえ。シスターと裏切り者の盗賊を除けば、たった三人じゃねえか」
面倒臭そうにペッと唾を吐き捨て、ひるんだ手下のゴロツキたちに発破をかける。
「数に物を言わせるんだ! ビビリやがった奴は承知しねえぞ。てめえら、この俺様の戦斧で後ろから真っ二つになりたいか? 分かったら、さっさと畳み掛けやがれ!」
ドスンッと巨漢の武器が地面に突き立てられる。剣対斧の不利な状況に腰が引けていた悪党共が目の色を変える。狂気を身に纏いながら突っ込んでいく。
【山賊のターン】
「ぶ、ぶっ殺してやる、ウォリャー」
今度は藤堂の隣マス目に並び立つ女戦士に向かって、別の手下が斧を振り下ろす。
――ガキンッ!――
だが、弧を描いて迫る小ぶりな凶器は、酒田が楽々と両手で持つ大斧に弾き返された。鉄と鉄がぶつかり合って火花が飛び散る。甲高い金属音が、地下の大広間に響いた。
【酒田の反撃】
「ふんぬっ!」
下っ端の攻撃をいとも簡単に跳ね返した女戦士が、手首の返しだけで操る大斧を下から上へと叩き込む。
「ぐ、ぐばっ!」
藤堂が倒した山賊と同じように、倒れ伏した敵が消えていく。斧対斧。アドバンテージはないが、レベルの高い女戦士の重い攻撃は一振りで相手を葬り去った。
「いい調子ね、二人とも。これじゃあタニアの出番がなくて困っちゃう」
津波にように押し寄せる山賊共を堰き止める前衛の王子と女戦士の後ろで、イケイケ気分のシスターが癒しの杖を振り回す。
それを見て調子に乗った竜馬も、ここぞとばかり大声を張り上げた。
「ざまー見ろ、ハゲ親父! オイラをぶん殴った、あの時の威勢はどうしたんだよ? それとも子分をけしかけるしか、脳ミソがないのかい?」
「おのれ、裏切り者の癖に生意気な! 拾ってやった恩も忘れおって!」
「よく言うよ! 冒険者を騙し討ちする手引きばっかりさせたくせに」
「このクソガキが、何だその言い草は! 許さんぞ。そこを動くな! 俺様の戦斧でその首を切り落としてくれるわ!」
「うっ……。言わなきゃよかったかも」
竜馬は早くも後悔し始めた。ツルツルに黒光りする頭頂部から盛大に湯気を立てながら、巨大な斧を構えて突っ込んでくる首領を見て後ずさる。
「貴様らどけー!」
子分共を跳ね飛ばし、竜馬を睨みつけながら遮二無二に突入してくる。
「させるか! 鉄平、あのハゲ親父を絶対に通すな!」
「了解っす」
山賊の軍勢に中央突破をかけるつもりだった藤堂の瞳に焦りの色が浮かぶ。竜馬の余計な一言で激怒した首領を迎撃する破目に陥ったからだ。
王子と女戦士のツートップ。二人の攻撃力を合わせれば、敵の軍勢を左右に分断して駆け抜ける事も可能だった筈だ。
だが、防御となれば話が違う。数倍の戦力差による圧力を支えなければならない。ましてや敵の強力な親玉が猪突猛進してくるのだ。そのプレッシャーは比較にならない。
ここを逆に抜かれたら、後ろにいるのはシスターと戦力外の盗賊だ。最後尾に詰めるアーチャーの援護だけでは、到底山賊の首領を抑えきれない。
どうする、藤堂? 果たして遊撃隊はこのピンチを乗り切れるか!
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