第21話『若いアイツは、小心翼翼!』

「なんで、こんな事に! オイラが何をしたって言うんだ!」


「おい、しっかりしろ! 落ち着けって。ちょっと深呼吸してみろ。いいから、早くやれ!」


 パニックを起こしかけ、王子の腕を掴んで離さない盗賊をリラックスさせる。藤堂のキツイ口調にようやく若者が我に返り、深く息を吸い込み吐き出した。


「スゥー、ハァー。スゥー、ハァー」


「よし、それでいい。そのまま少し続けるんだ。鉄平、俺はコイツから事情を聞くから。お前に任せるから周囲の警戒に当たってくれ、分かるな?」


「え? ああっ、なるほど! 了解っす」


 藤堂の目配せに気がついた女戦士は、早速他の二人に指示を出し始めた。


「ロビンは山賊の見張りが交代に来ないかどうか、ここで隠れて待機して欲しいっす」


「分かりました。ちょうどすぐ傍に大木があるので、生い茂ったあの枝あたりで身を潜めましょう」


 高台になった山賊の斥候ポイントの横に生えた巨木。超美形のエルフがその遥か上のほうを見上げる。


「タニアは僕と一緒に来て下さい。山賊が見張りの交代要員を寄越すかもしれないから、湿地帯にいったん隠れるっす」


「うん分かった。盗賊さんも、私達に取り囲まれていると安心出来ないよね。じゃあ剣一、後はヨロシク」


「悪いな。こいつを落ち着かせてから事情を聞く。すぐに戻るから、心配するな」


 藤堂の要請に阿吽の呼吸で応えたサラリーマンの部下に、さり気なくアイコンタクトを送る。さっと踵を返して盗賊の若者の腰に手を回し、元来た脇道を二人で戻り始める。


 ゲームのキャラクターでしかないロビンとタニアは、王子がこれから盗賊の若者から山賊のアジトと戦力を聞き出すと思ったに違いない。


 だが、もちろんそうではない。


 藤堂の思惑を察した酒田は、現実世界に本体を持たないロビンとタニアを意図的に盗賊から遠ざけたのだ。彼らに新宿からの経緯を説明しても無駄である。


 いずれはこの二人にも藤堂達の秘密を打ち明けるべきだと藤堂も考えてはいるが、今はまだその時ではない。


 咄嗟にそう判断して女戦士の鉄平に合図を送り、なんとか盗賊と二人きりになる事が出来た。夢遊病者のように歩く若者は、言われたとおり深呼吸を繰り返している。


「よし、もういいぞ」


 冷静に振舞っているように見えるが、パニック障害を起こしかけているのは、実は藤堂の方だった。


 酒田二人、どこの誰の仕業かも分からぬまま、勝手に造られたアバターに自分達の精神を繋ぎ止められ、シミュレーションゲームの世界に放り込まれてしまった。


 ここは、自分の意思でログアウトすら適わない異世界だ。元の場所へ戻るには、ゲームのクリア【アメリア大陸の統一】が唯一の方法らしい。


 藤堂と酒田のたった二人でエンディングを目指すしかないと思っていた彼らの前に、何とゲーム世界の真実を知る三人目が現れたのだ。驚くのも無理はない。


 本当なら彼も若い盗賊と同じように、不満をぶちまけて叫び出したい。

 だが、そんな気持ちをねじ伏せて何とか冷静に質問を始める。


「俺は藤堂剣一。先ずはお前の名前を教えてくれ」


 いきなり今の事態を説明しても話がややこしくなる。まずは少年が簡単に答えられる質問から始め、情報交換に入る事にした。


 例えるなら、初対面のサラリーマン同士が、お互いに『名刺交換』をするようなものだ。


「オイラは竜馬、村上竜馬って言います」

「へぇー、いい名前だな」


「あ、あの。藤堂さん? ここって、ゲームの世界だよね? オイラ、元々足は速いほうだったけど……。この身体って、こんなに身軽じゃなかったし」


「そうだな。悔しいがそのとおりみたいだ。俺とあの女戦士の二人も、お前と同じくアバターだ。誰だか知らないが、俺達の精神というか意識だけをこんな世界へ飛ばしやがったんだ」


「まじですか」


 深呼吸が効いたのか。ようやく落ち着きを取り戻し始めた盗賊の竜馬が、藤堂の顔をまじまじと見つめる。


「よし、ここら辺でいいだろう」


 脇道から村から続く山道へと左折する場所まで二人が戻る。もちろん山賊の斥候に対する配慮もあるが、それ以上にロビンとタニアに話を聞かせないためだ。


「ああ。ところでお前、俺達の事を覚えているか?」

「え? すいません。オイラ、人の顔を覚えるのが苦手で」


「まあ、そうだよな。あの時は、まだ真夜中だったし。歌舞伎町を走り回ったからな」


「え? まさか、あの時社長さんと三人でいた? でも、たしかもう一人は、ゴツイ男の人だった筈じゃ?」


「さっき女戦士がいただろ? あれがそうだよ。あの夜、お前が見た図体だけデカイ大男の成れの果てだ」


「えー! 藤堂さんは若くなっているけどまだ面影とか分かるし、オイラのアバターだって、見た目はあんまり実物と変わらないのに?」


「だろ? 鉄平の奴だけ何故か女のキャラなんだ。いくらあいつがネットゲームで、いつも女性キャラを使っているといっても、おかしいだろ?」


「オイラ、あのネットカフェでアバターの設定なんかしなかった筈なのに」

「何? お前もあの店に飛び込んだのか?」


 竜馬の話を聞いた藤堂の脳裏にあの夜の一件が蘇ってくる。


「ええ、藤堂さん達に歌舞伎町の街中を追い掛け回されて。“もう捕まる”って時に、突然あの店の看板が目の前に現れたんだよ」


「そうか。鉄平と二人で挟み撃ちにした筈なのに、道理でお前を見失った訳だ。まさかお前まであの漫画喫茶に逃げ込んだとは、考えもしなかったな」


 黒服の竜馬にまんまと逃げられた挙句、逆にヤクザの大群に追い詰められた藤堂達の目の前に、渡りに船とばかりに出現した絶好の隠れ家。


「美人の店員に個室へ案内されて、なんかリクライニングシートみたいなマシンに寝かされたところまでは記憶があるんだけど……」


「実は、こっちもそうなんだ。俺はまだ数日前にこの世界にインしたばかりだが、鉄平の奴はもう三ヶ月も前からゲームに参加して、ここから出られないんだ」


「そんな! やっぱりログアウトは無理なのかい? オイラもここへ来て一ヶ月、どうしても元の世界へ戻る方法が見つからなくて」


 悲壮感を漂わせながら、竜馬が藤堂にすがりつく。


「この身体、アバターのくせにちゃんと腹が減るから、仕事も探さなきゃならないし」

「それで、山賊の仲間になったのか?」


「仕方がないだろ、オイラの職業って盗賊なんだから! 食うためには、なり振りなんて構っちゃいられなかったんだよ」


 まるで火を吐くように、竜馬の口から言葉の奔流が迸った。声を枯らして叫ぶ若者の姿は、怒りをぶちまけるだけではなく、どこか痛々しく見えた。


「だからと言って、ロビンの宝石を盗んでも良いって事にはならないだろ?」


「だって山賊の首領が、ネチネチと嫌味を言うから! あのハゲ、脳ミソが筋肉の癖に『働かざる者食うべからず』なんて偉そうに言いやがるし」


「それで、何とかイイとこ見せようと思ってアレを盗んだのか?」

「本当は村の様子を探りに行ったんだけど、つい出来心で……」


「様子を探りに? と言う事は奴ら、いずれ村を襲うつもりだったのか?」


「うん。クエストにやって来る冒険者の数も減ってきたから、戦利品も乏しくなったって。あれじゃ、すぐにでも手下どもを食わせられなくなるよ」


「そうか、危ないところだったな。となると、ここは今すぐそいつらを何とかしないとマズイな」


 本来の目的である妖精の石を無事に取り戻したので、ここはいったん村へ引き返そうとしていた藤堂は、竜馬の話を聞いて考えを改める。


 本当は、このまま少年にこの世界へ送り込まれた経緯をもっと詳しく聞きたいところだ。しかし、もたもたしていると村が襲撃される可能性が高い。


「もう、山賊なんてコリゴリだよ。このアバターだって、殴られれば血は出るわ痛いわで、もう最悪だし。新宿へ戻るにはさ、もう死ぬしか方法がないのかい?」


「それは、止めた方がいい。アバターのHPをゼロにしても元の世界には帰れないぜ」

「そんな!」


「俺は二回ほど死んでみたけど、結局この世界にある自宅のベッドで目が覚めた。どうやらそれは、俺がこのゲームの主役だからこその特例って事らしい」


「藤堂さんが主役?」


「ああ。こう見えても、俺はこの国の王子っていう役どころなんだぜ」

「うはっ! よくあるパターンだね」


「だから、俺は死んでもやり直しが効くけど、鉄平やお前とか、王子以外のキャラは“死ぬ”つまりHPをゼロにすると、恐らく復活する事はない」


「そう言えばオイラがまだ学生の頃、コレと似たようなシミュレーションゲームをやった事があるよ」


「そうか。おれはドラゴンを倒すっていう、あの有名なRPGしか知らなくてさ。で、お前がやったそのゲームも、やっぱりキャラが死ぬと駄目なのか?」


「最初にゲームの設定で難易度が決められるんだ。ハイレベルだともちろん育てたキャラがやられたら、そいつは死んだ事になって次の戦闘から使えなくなる」


「あのRPGなら教会や復活の呪文で簡単に蘇らせたが、そうはいかないのか。特定のキャラが死んでも、ゲームのクリアは出来るのか?」


「もちろん可能だよ。でも、手を抜いてキャラをホイホイ殺し過ぎちゃうと、戦力不足で結局詰んじゃうけどね」


「なるほど。どうやらこのゲームも難易度が高設定になっているみたいだな」


「畜生! その当時はキャラ復活可能なんて、滅茶苦茶ヌルイ仕様なゲームだと思って馬鹿にしていたのに。けど、まさか自分がこんな目に合うとは……。」


 顔をしかめながら、ガックリと肩を落とす。


「東京にも戻れず、この世界で死んだら生き返る事も出来ないなんて。何て酷いゲームなんだ。クソゲーもいいとこじゃないか!」


「なあ、俺達が元の世界へ戻れるゲームクリアの条件なんだが……」

「それは、オイラも覚えているよ。【アメリア大陸の統一】だろ?」


「クソッ! やっぱりそれしかないのか」


「でも、滅茶苦茶ハードルが高くない? 盗賊一人じゃそんなの絶対無理だと思って、オイラ考えもしなかったよ」


「だが、他に方法がない。三人目のお前に聞けば何か分かると思って期待したんだが、どうやら俺達と事情はあんまり変わらないみたいだな」


「オイラが目覚めた時から今まで出会ったキャラは、全てゲームの中のキャラクターだったよ。こんな話が出来たのは、ここへ来てから初めてなんだ」


「なあ、竜馬。モノは相談だが……。俺達と一緒に闘ってくれないか?」

「え?」


「さっきお前、盗賊一人じゃ絶対無理だって言ったよな? だが、王子と女戦士それにシスターだっている。そこにお前が加われば、少しは光が見える気がしないか?」


「ちょ、ちょっと待ってよ。藤堂さんが言いたい事はよく分かる。でも、オイラは見てのとおり盗賊だよ?」


 青痣が残る竜馬の口元に自嘲気味な笑みが浮かぶ。


「攻撃力も守備力もなくて、持っているのはコソ泥みたいな【盗み】と【開錠】のスキルだけ。とても役には立てないよ。それに……」


 ばつが悪そうに口ごもりながら、視線を外した竜馬の肩が微妙に震えている。


 藤堂はそんな僅かな身体の動きも見逃す事はない。江戸時代より連綿と続く藤堂家に伝わる古武術【中丞流】の免許皆伝者たる証だ。


「怖いのか?」


「ああ、そうだよ! そりゃあ元の世界じゃ夜の繁華街で黒服なんてやっていたけど、地回りヤクザに小突き回されるだけの毎日だったんだ」


 心の奥底までも見透かすような藤堂の瞳に、竜馬が思わず本心をぶちまける。


「オイラ、人を殴った経験すらないんだよ。そんな人間に、闘えだって?」


 藤堂と酒田は、剣道と柔道のインターハイチャンプである。格闘技に精通していた二人は、この戦乱が続く世界でも特に違和感なく戦闘に身を委ねることが出来た。


 だが、普通の人間はそうはいかない。剣や斧など、まさにゲームの世界でしか目にしない凶器を、例えアバターといえども実際その手に取って闘えというのは無茶な話だ。


「そ、装着!」


 震える声で竜馬が呟くと、数十匹の蛍が舞うような光が右手に集まる。次の瞬間、それは小ぶりなナイフに再構成されて、盗賊の手の平に現れた。


「オイラ、歌舞伎町の裏路地で客引きをやっていた時でも、こんなの持った事も使った事もないのに! 一体どうやって闘えって言うんだよ?」


「まあ、そこはホラ。お前、格闘ゲームとかやった事があるだろ? アレと同じ要領でさ。敵が来たら手を伸ばしてナイフで攻撃……」


「そんなのと全然違うじゃないか! 画面じゃなくて、目の前に敵がいるんだぞ。逆らったら殴られる、血だって出るし歯も折れるんだ。下手したら殺されるだろ!」


 この世界に飛ばされて、初めて愚痴を聞いてもらえる人間に出会ったのだろう。深呼吸でなんとか押さえ込んだ感情が、また一気に噴き上がっていく。


「こんな弱っちいキャラで……。どうやって、どうやって――」


 涙ぐんで訴える竜馬の姿に、藤堂は武術の心得がない事がどういうものなのか初めて気がついた。


「分かった。そうだな、俺と鉄平を基準にして考えちゃ駄目だよな。いくら同じようにこの世界に放り込まれたからといっても、無理強いは出来ない」


 この世界は、コントローラ片手の安直な格闘ゲームではない。まさに肉体を使った実戦あるのみだ。武道の経験者ですら、実際には慣れるまでに時間が掛かるだろう。


 いや、下手をすればそれまでに命を落としかねない。ましてや、竜馬のように学生時代に体育の授業で少しかじった程度の者では、言わずと知れている。


 だが、事態は急を要していた。一刻も早く手を打たないと、逆に山賊からの襲撃を受けて村人達の身に危険が迫る可能性が非常に高い。


 ここは、何としても竜馬に手を貸してもらわなければならない。


「お前の言い分はもっともだ。だから、遊撃隊に入って一緒に闘ってくれとは言わない。だが、少しだけ協力してくれ頼む」


「協力?」


「山賊のアジトに案内してくれるだけでいい。後はどこかへ消えても構わないから」

「それだけでいいのかい?」


「ああ、構わない。山賊共は遊撃隊で潰す。俺だって、さっさとこんな世界から抜け出したいさ。だから、俺はゲームクリアを目指す事にしたんだ」


「いいよ、分かった。アジトの洞窟までオイラが案内するよ。でも、協力するのはそこまで。あいつ等と戦闘になる前に、さっさとトンズラするからね」


「十分だ。その代わり、鉄平以外にはこの世界の真実を黙っていてくれ。ゲームキャラでしかないタニアとロビンには、到底理解する事が出来ないと思うからな」


――■――□――■――


 山賊の見張りポイントへ引き返した二人が、再び他の三人と合流する。こんな時、携帯電話代わりの【隊員通信】は便利な機能だ。


 タニアと酒田は、少し離れた場所にある湿地帯に身を隠していたが、彼女達を簡単に呼び戻す事が出来た。


 無論、先日幼馴染の入浴シーンを覗き見して酷い目に合った藤堂は、タニアではなく一緒にいた酒田の方をデータ画面に呼び出した事は言うまでもない。


「……と言う訳で、彼が手を貸してくれる事になった。ただし、今言ったとおり戦闘には参加しない」


「オイラ、村上竜馬って言います。よろしくお願いします」


 黒いフードを外したまま盗賊が頭を下げる。年は若いが礼儀はしっかりしている。言葉遣いは若干フランクな調子だが、最低限のマナーは心得ているようだ


 新宿ヤクザと付き合いがあったせいか上下関係にも気を使う。最近の若者が時折見せる、目上の者を小馬鹿にするような態度ではない。


「藤堂さんが言ったとおりオイラ戦闘は苦手だから、今回は山賊のアジトまで皆さんをご案内だけするという事で」


「また、ボッタクリの店じゃないっすよね?」


 この世界へ精神召喚されるきっかけとなったのが、歌舞伎町で客引きをしていた竜馬に案内されたボッタクリバーだった。それを根に持つ酒田が、つい嫌味を口走る。


「い、いえ。今度は大丈夫」


 女戦士の痛烈な皮肉に竜馬が慌てて手を振った。


「そうっすか。まぁ相手はヤクザよりも悪どい、人殺しも平気な山賊だしね」

「竜馬、奴らの戦力はどれくらいなのか、みんなにもう一度教えてやってくれ」


「えーっと。山賊達は、首領以下全部で十五人くらいかな」

「どうやら、予想どおりのようですね」


 ロビンの顔に僅かだが安堵の色が浮かぶ。山賊といえども妙に頭の回る奴がいて、自分達の戦力を伏せてあるという想定は、これで考えなくても良くなった。


「あっ! そうだ。大事な事を忘れていたよ、ロビン」

「どうかされたのですか? 王子」


「もう妖精の石は取り戻したんだから、お前は山賊との闘いに加わる必要はないぜ。竜馬と一緒に村へ引き返してくれ」


「このミッションは、遊撃隊のイベントとして発生していると思っていたのですが?」

「もちろんそうだ」


「では遊撃隊の一人として、私はこの戦闘に参加する義務があると思います」

「じゃあ、俺達と一緒に来てくれるのか?」


「王子がご迷惑でなければ」

「そんな訳ないだろ! よし、フェアリー。さっそくロビンを遊撃隊に登録してくれ」


「えー、それは無理だピョン」


 スーッと音もなく藤堂の目の前に飛んで来たウサギ妖精が、困った顔をしながら腕組みをする。バニースーツを着た人形のようなフェアリーが、ゆっくりと首を振った。


「なぜだ? ロビンが遊撃隊に入る事に何か問題でもあるのか? 強制した訳じゃないんだぞ。本人が入りたいって言うのに、どうして無理なんだ?」


「だって……。フフフ、二重登録になっちゃうピョーン!」


 ウサギ妖精の深刻な顔つきが、一転して満面の笑みに変わる。


「は? まさか……ロビン。俺が知らない内に、もう隊員登録を済ませたとか?」


「はい、石を取り戻した後すぐに。王子と一緒にいれば、もっと自分を見つめ直す事ができる気がします。これからも、よろしくお願いします」


 怜悧な刃物のような美貌が、フッと柔らかな表情を浮かべた。


「あ、ああ。こちらこそ」


 藤堂が慌ててデータをポップアップすると確かに、ロビンの名前が遊撃隊のメンバーとしてすでに登録されている。


【メンバーリスト】

 ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 ❙ 藤堂 剣一   LV1 王子 剣士

 ❙ タニア     LV1 令嬢 シスター

 ❙ 酒田 鉄平   LV5 ―― 戦士

 ❙ ロビン     LV4 妖精 弓兵

 ❙ チュートリアル LV― 執事 ――

 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「うふふ。駄目な隊長さんね。タニア、すぐに気がついたよー」

「ちなみに僕も、ロビンが正式に仲間になってくれたのは知っていたっす」


 ニヤニヤ笑いながら、シスターと女戦士が自慢げに語る。


「うぐぐぐ、俺が隊長なのに。フェアリー、お前……。俺に内緒で勝手に隊員登録しやがったな! コラ、待ちやがれ!」


「キャー。マスターがさっき【ウサギの丸焼き】の話でフェアリーをいぢめたから、そのお返しだピョン!」


 捕まえようと必死になる王子の手をかいくぐり、空高く飛んで逃げ去る。眼を閉じたままの小さな妖精が、アッカンベーとピンクの舌を出した。


 そんなドタバタ騒ぎを眺めていた竜馬が、ポツリと漏らす。


「ロビンさんも遊撃隊に入ったんだ……」


「ええ、そうです。妖精界から飛び出して来た私ですが、やるべき事も見つけられずに、昨日まではずっと寝てばかりの毎日でした」


 盗賊の独り言に緑の髪を持つエルフが優しげに答える。


「そんな私でしたが、遊撃隊のメンバーや村長と話をして、自分がどれほど投げやりだったか気がついたのです」


「投げやりって?」


「貴方にこの妖精の石を盗まれた時も、自分勝手に『運命だから仕方がない。石はいずれ捨てるつもりだったのだから』と諦めてしまうところでした」


 魔法のようにロビンの右手が翻ると、七色に輝く宝石が真っ白な指に挟まれていた。


「そんなやる気のないエルフを相手に、あの人達は真剣に怒るんですよ。『それは、間違っている』って。お節介にも程があると思いませんか?」


 美しい顔がそっと眉をひそめるが、その表情はどこか嬉しそうに見える。


「でも、それを聞いて私は何だか妙な気分になりました。そして気がついたら、いつの間にか彼らに妖精の石を取り戻すための協力をお願いしていたのです」


「エルフの貴方が? 人間に頭を下げたのかい?」

「何か問題でも?」


「い、いえ。そりゃあ確かにオイラなんかと違って、レベルの高いアーチャーだし。遊撃隊の即戦力になれるだろうね」


「誰でもレベルはいつか上がるでしょう。職業なんて、彼らは気にしないのではありませんか? いえ、貴方が気にしているのはそこじゃない」


「分かっているよ、藤堂さんにも言われたから。【闘うのが怖い】それを自分が盗賊だからって言い訳にして、逃げているだけなんだって。でも……」


 弱々しくうつむき加減で口を閉ざす竜馬に、美形のエルフが語りかける。


「いいのです。私には貴方を非難する資格はありませんから。私も故郷を逃げ出してきたクチですよ。失礼な言い方かも知れませんが、私と貴方はよく似ている気がします」


「どこが? オイラ、貴方みたいに格好良くないし。闘いだって出来やしない」


「姿形はともかく、闘いは人それぞれだと思いますよ。剣士には剣士の闘い方があるでしょう。戦士には戦士。そしてアーチャーにはアーチャーの闘い方があります」


「盗賊にも、盗賊の闘い方があるって言うのかい?」

「ええ、そのとおりです」


「でも、盗賊なんて力もないし、防御も紙みたいに薄っぺらい。そんなオイラが、どうやって闘えばいいんだい?」


「すみません。アーチャーの私には分かりません」

「だよね。期待して損したよ」


「しかし、ただ一つ言える事は他人に頼らずに、自分が出来る事を自分でやる。それしかないんじゃありませんか?」


「他人に頼らずに、自分が出来る事を自分でやる……」


「ええ、【自助共助】です。私は村長や遊撃隊の皆からそう教えてもらいました。貴方が心の底からそう思った時、盗賊の闘い方の道が開けるでしょう」


 経験の少ない若い冒険者を諭すように、エメラルドグリーンの瞳が意味深に輝く


「盗賊の闘い方……?」


 まるで彼を導く運命の天使のようにエルフが口にした言葉。それを半分も理解出来ない自分がそこにいるのを竜馬は感じていた。


「まあ、加入したばかりの私が偉そうに言うのもなんですが、共助は任せて下さい」


 ロビンは彼の心の扉をノックしただけだ。後は盗賊の竜馬が、自ら心の内側に掛けてしまったカギを自分で開けられるかどうかだ。


「悪い、悪い。待たせたな、竜馬。じゃあ、山賊共のアジトに乗り込むとするか」

「うんうん。バーンといっちゃおう!」


 胸中で葛藤を続ける若者に気が付きもせず、王子とタニアはやる気満々だ。その後ろでは、女戦士の酒田が鼻息も荒く大斧を振り回している。


 【山賊の撃破】イベントが、ようやく始まろうとしていた。

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