第19話『山賊どもは、烏合の衆?』
エルフのロビンから【妖精の石】を奪って行った盗賊の足取りを追うために、藤堂が村長から情報収集を始めた頃。
ベリハム村の宿屋で寝ていた冒険者からまんまと妖精の石を盗み出し、意気揚々と山賊達のアジトへ帰りついた盗賊は、巨漢の首領に殴り飛ばされていた。
「馬鹿野郎! てめぇは、宝石と妖精の石の区別も出来ねえのか? くそったれ!」
赤茶けた粘土がむき出しになった洞穴の奥。ジュクジュクと地下水が染み出したトンネルの土壁。地面に叩き付けられた盗賊のフードがハラリと外れる。
「だ、だってオイラ。そんなに綺麗な石なら、てっきりお宝だと思って……」
黒いマント姿の男は、幼い顔立ちをしていた。山賊の首領に喰らった鉄拳制裁で口の中が切れたのだろう。青黒く腫れ上がってくる口元から鮮血が滴り落ちる。
「黙れ、このガキが! どこにも行く当てがねえって言うから、拾ってやったのにこのザマだ。いくら盗賊だからって、無知にも程があるぞ!」
つるつるに禿げ上がった頭に、ぶち切れた血管を浮かび上がらせる。殴られたまま横たわる若者に覆いかぶさるように顔を近づけた。
「いいか、よく聞けよ。てめえが得意満面で持って帰ったのは妖精の石と言ってな。1バーツの価値にもならないガラクタなんだよ、分かったかこのボケが!」
若者の倍はあろうかと思われるデカイ顔が、ぺっと唾を吐き捨てる。どこからどう見ても山賊スタイルの鎧の上に、何枚も寄せ集めて作った大熊の毛皮を羽織っている。
ムキムキの筋肉質な二の腕を伸ばし、盗賊の胸ぐらを掴む。そのまま少年を引きずり上げると、若者の身長は山賊のボスの半分ほどしかない。
「いいか? このアジトの近くにある秘薬草の群生地に集まってくる冒険者どもの数も、最近じゃめっきり減ってきちまった。忌々しいクエストのレベルが上がったせいだ」
「そ、それはアイツ等を襲って、片っ端から身包み剥いで殺したからじゃないかと……」
「黙ってろ! 絞め殺すぞ!」
獣のような鋭い眼光に射竦められ、盗賊が余計な口を閉ざす。
「戦利品も乏しくなってきやがった。そろそろあの村を襲う準備を始めるって言っただろ? 誰がコソ泥の真似をして来いって言った? お前がやる事は一つだけだ」
安酒をあおった強烈に生臭い口臭を撒き散らし、ゴリラのような巨躯が妙に優しい猫撫声を耳元で囁いた。
「ベリハム村の兵力を探ってくればいいんだよ。俺達に逆らう骨のある奴が、どれくらいいるのか? それを調べて来いって言ってるんだ、分かるな?」
柔らかい物言いとは裏腹に、青年の細い首に回した豪腕を締め付ける。盗賊の顔色が見る見るうちに朱色に染まっていく。
「いいか? 間違っても盗賊稼業に精なんざ出すんじゃねえ!」
そう言いながら、片手で吊るし上げていた盗賊をブンッと放り投げる。背中からまた地面に叩き付けられた若者の息が苦しそうに詰まった。
「グハッ!」
盗賊が惨めに横たわる地下アジトのトンネル。
土壁のあちらこちらに、目の高さほどの位置でくり抜いて作られた窪みがある。その上には、大きな貝殻が一つずつ置いてあった。
中には濁った獣脂が満たされ、短い紙縒り(こより)が伸びている。その先に灯る僅かな明かりが、真っ暗な洞窟の所々をほんのりと照らしていた。
ジジジッと獣脂が燃える小さな音……そして、鼻をつくような嫌な匂い。
すでに興味を失くしたように若者に背を向けて立ち去る山賊の首領の影が、ゆらゆらと幽鬼のように小さくなっていくのを盗賊は絶望の面持ちで眺めていた。
「どうしてこんな事に? これってゲームじゃないのかい? 誰か助けておくれよ。オイラこのままだと、死んでしまうよ。東京に……、新宿に帰りたいよー。うううっ」
頬を伝う涙が、口の端にこびり付いた血と混ざり合って赤く流れ落ちる。ぽたぽたと血溜まりを作る粘土の地面に、首領が棄てて行った妖精の石が虹色に輝いていた。
――■――□――■――
ベリハム村の宿屋の二階。
主人が手配した村の建具屋が到着したので、王子たちは盗賊に出窓を破壊された部屋から、隣のツインルームに場所を移していた。
秘薬草の群生地と例の山賊について藤堂が尋ねた質問に、同席している村長が答える。
「秘薬草の群生地ですね。村を出て三十分ほど北に歩くと、右に走る林道があります。その脇道を入ってすぐの湿地帯が、クエストのアイテムが地生している場所です」
「鉄平、その秘薬草だけど、普通の薬草とどう違うんだ?」
「えーっと確か、二倍の効果があるっす。戦闘シーンでHPの回復量が多いと、それだけで有利っすよね」
「うんうん。タニアの回復魔法の効果が、もっと大きければいいんだけど。ゴメンネ。今はまだ低レベルだから」
シスターが、二人部屋のシンプルなベッドの一つに腰を掛けながら、申し訳なさそうに長い脚をブラブラさせる。
パーティにとって回復職の役割は大きい。とかく戦闘シーンでは、派手な攻撃で敵を殲滅する前衛の攻撃陣に目を向けがちになる。
だが、実際のバトルではシスターや神父といった、怪我を負ったキャラを治療する職業が必要不可欠だ。
遊撃隊のレベルが上がってもその事に変わりはない。いや、むしろパーティ全体の水準が高くなればなるほど、シスターのような職業が重要になってくる。
回復職であるタニアは、まさに遊撃隊の生命線といえる。
「私も弓使いという職業上、接近戦でHPを削られる場合が多いのです。普通の薬草の上位アイテムである秘薬草が、所持品に幾つか入っていると戦闘でも安心ですね」
「タニア。山賊退治のついでに、俺達も【秘薬草の採取】クエストを受けておくか」
彼女と同様、まだ駆け出しのランクでしかない藤堂が、しょんぼりしている幼馴染を気遣って声を掛ける。
「賛成! でも、山賊ってどれくらいの戦力なの? 四人で大丈夫かな?」
「クエスト屋で聞いた情報じゃ、十人前後のグループらいしいっすよ」
「本来このクエストは、手軽なお使いレベルのモノでした。それが山賊の妨害という想定外の要因で、レベルが上がっているのです」
王子とシスターに比べて、経験を積んでレベルも高いコンビが横から口を挟む。
「最近、このクエストに挑戦して、命からがら逃げてきた冒険者の話なので、信憑性は高いと思います」
「ふーん。山賊に身包み剥がれても、帰って来られた人がいるんだね」
「冒険者全員、皆殺しって訳じゃないって事か。すると山賊の規模は、やはり十名ぐらいとみていいのか?」
「そうですね。ただ、あまり派手に暴れると、中央から国王軍が山賊討伐に動き出すのは自明の理。少し考えれば、誰にも分かる事です。つまり……」
「クエストを受けた冒険者を次々に惨殺したりすると、奴らは自分で自分の首を絞めかねない。総戦力は伏せながら、適当に追い剥ぎをやっている可能性もある……か」
王子の力量を測るようなロビンの問いかけに、冷静な分析で対応する王子。特に気を悪くした様子もなく、さらに情報を得るために再び村長へ眼を向けた。
「村人の間では、山賊の噂とかの情報はないのか?」
「そうですね。宿屋の奥さんの話では、何でも隣街で仕事にあぶれた無法者達が集まって、愚連隊になっているんじゃないか? って事らしいです」
「隣街?」
「はい、マウントパーソンの街です。宿屋の奥方は、実はそこから嫁いで来たんですよ。以前、実家の近くで暴れ回っていた男達を、この近くで見かけたそうでして」
「しかし変だな? その街はそんなに廃れているのか? 村長には悪いが、この村の方が寂れているんじゃないのか?」
「うーん、そう言えばそうだね。タニアもマウントパーソンの街には何度か行った事があるけど、確かにここよりは活気があったよ」
村長を目の前にして、シスターがあっけらかんとストレートな意見を口にする。だが、泣きそうに困った表情になった村の代表を見て、慌てて弁解し始めた。
「あ! でも、タニアはベリハムの村の方が好きだよ。景色は綺麗だし空気は美味しいし。あと、村の人達はみんな親切で優しいし。うんうん」
何だか無理やりに数少ない村の魅力を上げていく彼女に、仕方がなく藤堂が助け舟を出す。
「だが、どのみち野盗を働くくらいなら、隣街の方が稼ぎも多そうだけどな?」
「隣街の自警団は、地方にしてはかなりの戦力がございます。山賊どもはそれを嫌って、ワザワザ自分たちのアジトをこんな最北の地に構えたのではありませんか?」
財政難に喘ぐ村は、隣街ほど豊かな状況ではない。地元を憂い隣街と比較する村長の発言にもどこか苦渋の色が見えた。
「確かに。ひょっとするとそいつら、何かやらかして隣街から締め出されたのかもな」
「先輩、善は急げっす。山賊共をぶっ倒しに行くっす!」
「鉄平ちゃん、さっきの話聞いていた? まずは道具屋さんに寄って、剣一とタニアがクエストを受けてからだってば!」
「あ、そっか。がははは」
「よし! じゃあ村長、聞いてのとおりだ。今から遊撃隊は、ロビンの石を取り返しに行く。恐らく山賊と戦闘になるはずだ」
「畏まりました。今から村全域に外出禁止令を出します。特に秘薬草の群生地の方角にある村の北門は、青年団で守りを固めるようにします」
「頼む。村に被害が及ぶような事態は避けるつもりだが、戦力不足で賊を取り逃がすかもしれないからな」
「はい、自助共助の精神で一致団結しながら村を守ります。こちらの事はご心配なく」
「次、タニア。お前は、道具屋についたら薬草なんかの回復系アイテムの補充を頼む。もちろんみんなの所持品ストックが、一杯になるようにな」
「うん分かった、任せて」
「次、鉄平。お前は全員の武器と防具を点検してくれ。村の道具屋にはあまり良いアイテムはないと思うが、攻撃力や防御力が少しでも上がる物があれば教えてくれ」
「了解っす。意外と掘り出し物があるかもっすけど、この世界では適正レベルで仕えないシロモノもあるみたいっすからね」
(へぇー。その辺はしっかりしているんだな、このゲーム。まあ、最初から『俺最強』的な装備でガンガン進めていくなんて、最近は小学生でもドン引きするってか?)
内心、藤堂は関心しつつ考え込む。
だが、最低レベルでも強力な敵をなぎ倒すことが出来るチートな設定であれば、この世界に放り込まれたサラリーマンが、元の世界へ早く戻ることが出来る。
二人を引きずり込んだ何者かに、藤堂はそっと舌打ちした。
「それよりも先輩。もし村に人員の余裕があるのなら、村の中を何人かでチームを組んで、巡回してもらった方が良くないっすか?」
「ああ、そうだな。さっきの盗賊の他にも、山賊の手下が入り込んで来る可能性は確かに高いな」
「あわわわ……。酒田様の言うとおりです。こうしちゃいられません。王子様、私はこれで失礼致します。公民館にさっそく対策本部を立ち上げなくてはなりませんので」
現れた時と同様に噴き出す汗をタオルで拭きながら、村長が席を立つ。大きな身体を揺らす老人が、“忙しい、忙しい”と呟きながら部屋を出て行った。
「じゃあ最後に、ロビン。何か意見があったら頼む」
「分かりました。私のために皆様にご迷惑をお掛けして申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
そう言いながら、美形の弓兵が深々と頭を下げる。開け放たれた窓から爽やかな風と柔らかい日差しが入ってきた。
「つきましては、そろそろ陽も高くなって参りました。今日はひとまずこの宿で泊まる事にして、明日の朝一番で山賊共のアジトへ奇襲を……」
「は?」
「へ?」
ロビンの提案に王子とタニアが目を丸くする。話の流れから言って、どう考えてみても今すぐ妖精の石を取り戻しに行く展開だ。
しかし、超イケメンのエルフは二人が呆けた表情になるのもお構い無しに、話を続ける。
「兵法でも夜討ち朝駆けと申します。されど夜襲には、まだ遊撃隊の皆様と私のコンビネーションに不安が残ります。最悪、同士討ちなどにもなりかねません」
そう言いながら、ロビンがベッドの毛布をめくり上げ、華麗な立ち振る舞いで布団の中にその華奢な身体を滑り込ませる。
「従ってここは焦らずに明日まで時を待ち、じっくりと事を起こす方が得策だと思われます。ふぁーあ」
真っ白な枕に半分顔を埋めると、さっきまでの真剣な目つきがとろーんとした眼差しに変わる。緊張感の欠片もない大あくびが、究極の二枚目キャラを台無しにした。
「では、皆様。おやすみなさい」
「あ、ああ。おやすみ……」
エルフの変貌にまったくついていけない藤堂とタニアが、大理石の像と化して固まっている。
「たっくもう。コレがロビンの欠点なんすよね。寝ぼすけにも程があるっすよ」
もう慣れているのか、酒田は毎度の事だと言わんばかりに毛布をバッとめくり上げる。早くもスースーと寝息を立て始めた相棒の頭に、女戦士の無骨な拳が振り下ろされた。
――ゴンッ!――
酒田の鉄拳に、エルフの新緑の瞳が僅かに開く。毛布に包まっていた身体を起こし、目をこすりながらベッドに腰掛ける。
「ふぁーあ。おふぁようございます。おや? 皆様、お早いですね? ま、まさかもう山賊のアジトへ奇襲を掛けられた後とか?」
「そ、そんな訳。あるかぁぁぁぁぁぁぁ! ハァハァハァ」
とんでもない本性を表したエルフの呪縛から、ようやく解き放たれた藤堂が肩で荒い息をする。
「ね、ねえ剣一? なんだかロビンってさ、タニアが想った最初の印象から、だんだんとズレていく気がするんだけど?」
麗しの美貌と爆睡大魔王のギャップに戸惑いを覚えるシスターが、隣で叫ぶ王子の袖口を引っ張る。
「気にするな! お前はまだいい方だ。俺なんか、今まで持っていたエルフのイメージを、根底から一気に覆された気分だからな、ったく」
興奮冷めやらぬ藤堂が吐き捨てる。
(くそっ、やっと話の分かる軍師キャラが出てきたと思ったのに。村長じゃあるまいし。畜生このゲーム、これだと何から何まで俺がやらなきゃいけないのか?)
藤堂と酒田のサラリーマンコンビがこの世界から元の現実へ戻るには、アメリア大陸を統一する事だという。
ただでさえ頭を抱える状況に加えて、一筋縄ではいかない個性的な面子が、顔を揃えつつある。
遊撃隊の隊長として彼らを纏め上げ、この大陸から戦乱の二文字を無くす事が出来るかどうか、藤堂は言い知れぬ不安を覚え始めていた。
「王子! 何をボーっとしていらっしゃるのですか? さっさと行きましょう。日が暮れる前に決着けりを付けるのです」
いつの間にか、宿屋の新しい部屋の扉から廊下へ移動していたロビンが藤堂を急かす。
「お、お前なあ!」
――■――□――■――
宿屋を出た藤堂達が村の通りを少し歩き道具屋の扉を開けると、お馴染みのカウベルがまたガランと来客を告げる。
「いらっしゃいませ、王子様。聞きましたよ! 今度は村の近くに巣食った山賊を討伐に行かれるんですって?」
待っていましたと言わんばかりに威勢の良い挨拶が飛ぶ。
この村に一軒しかない店のおかみさんと少女は、店内の棚にある大きな壷から丁寧に薬草を取り出して袋詰めしているところだった。
「ああ、よく知っているな?」
「いえ、さっき村長がやって来たんですよ。コレコレこういう事態になったから、王子様に協力してくれって。費用も村で何とかするって言ってくれたんですよ」
どこか誇らしげにニッコリと微笑む女主人の傍で、まだ幼い愛娘が母親から手渡された薬草を魔法紙で一生懸命に包んでいる。
「シャイナちゃん偉いわね。お母さんのお手伝い?」
「うん。タニアお姉ちゃんに、またうちの薬草を使ってもらおうと思って」
シスターに良し良しと頭を撫でられる健気な幼女が、エヘへと照れている。
「あの村長。見かけは太った爺さんなのに、結構やり手っすね?」
「外見はともかく、こういう気配りと言うか根回しと言うか……。あの爺さんも確かにスキルが高いな」
サラリーマン稼業では至極当然の事だが、意外とコレが難しい。たった一言、例え電話でもいいから相手に『要件はなしが通してある』事は基本中の基本だ。
その相手がどれほど格下だったり、要件を拒否できないような立場の人間だったりしても、僅かな時間で済む連絡に手を抜かないのは出来る人間の証拠だ。
どうやら村長は、公民館で山賊の対策本部を立ち上げる前に、道具屋に顔を出したようだ。
村の北にある秘薬草の群生地へ向かう藤堂たちが、クエスト屋を兼業しているこの店に、必ず立ち寄る事をあらかじめ伝えておいてくれたのだ。
「鉄平、どうだ? 俺達が装備できて、仕えそうな武器や防具はあるか?」
「残念っすけど、ちょっとこの店には置いてないみたいっすね」
「ごめんなさいね。うちの旦那があんまり商売熱心じゃないもので。さっきまでここに居たのに、村長にくっついて飛び出して行きましたよ」
「うん。お父さんね、今度は村を巡回パトロールするんだよ!」
薬草を袋に詰める小さな手を止めたシャイナの幼い瞳がキラキラと輝く。
「おかみさん、ここはクエスト屋もやっているんだって?」
「ええ、もう村の雑貨屋みたいな店なんですよ。と言っても、最近じゃ受け付けるのは、この近くでしか地生していない【秘薬草の採取】クエストくらいですけどね」
そう言いながら、すでに用意してあった申し込み用紙を二枚ずつ差し出した。
「ココとココにサインをお願いします」
「へぇー、中々凝った作りだな。契約条項にちゃんと書いてある」
「えー? 何が書いてあるの? どこどこ?」
用紙をチラ見した藤堂の独り言に、もう一枚を受け取ったタニアが反応した。店のカウンターに置かれたクエストの用紙を穴が開くほど見つめている。
第八条 (保障)
乙は当該クエスト挑戦中に身体及び精神的に障害を負い、又は生命・財産が失われたとしても、甲は被害の補償並びに一切の責任を負わないものとする。
酒田とロビンは、すでに隣街にあるクエスト屋でこの用紙にサインしている。もちろん【甲】とはクエスト屋を指し、【乙】は冒険者の事である。
藤堂とタニアがサインすべき書名欄の先頭に、ハッキリと乙の文字が書き込まれている。
「申し訳ありません、王子様。アメリア大陸にある全てのクエスト屋の統一様式の申込書なんですよ」
「いや、いいんだ。どこのクエスト屋で申し込んでも、受け取りは別の店でもOKみたいな仕組みなんだろ?」
そう言いながら、さっさとサインして用紙を戻す。
「はい、仰るとおりです。クエスト自体は、アメリア大陸クエスト協会ってところが運営しているんですよ。クエスト屋は、一件当たりいくらの手数料だけが入るだけ」
「ふーん、そうなんだ。えっと、じゃあ。この【秘薬草の採取】を達成した冒険者への支払いはどうなるの?」
「うちが一旦立て替えるんです。その後、受け取った秘薬草を付けてクエスト協会に申請すると、立て替えて支払ったお金が、手数料と一緒にうちに払い込まれるんですよ」
「へぇー。だからクエスト屋さんって、どこの国にもあるのか。ホント、よく出来ているよね。」
感心しながらタニアも二枚の用紙に自分の名前を書いて女主人に手渡した。
「えーっと。クエストの達成は、秘薬草を三株手に入れる事か……。ねえ剣一、ロビンさんの宝石を取り戻したら、絶対にクエストも成功させようね」
「そうだな。しかし、たった三株でいいってことは、秘薬草はそれほど多く生えていないのか?」
「そうでもないのですが、雑草のように植わっている訳でもありません。採り過ぎないように注意してくださいね」
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