第16話『ついに出た、悪役登場!』

 翌朝。

 予想どおりタニアの入浴シーンを覗いた罪で、藤堂は神に召されていた。


 また、ウサギ妖精のフェアリーも半死半生である。老執事チュートリアルから、名物料理の研究に名を借りたお説教を一晩中喰らったからだ。


 ようやく軌道に乗り始めた遊撃隊だったが、そんなこんなでいきなりの活動停止状態である。大陸統一への長い道のりの中、貴重な一日が無駄に過ぎていく。


 一方、藤堂たちがそんなドタバタ騒ぎを繰り広げている頃。遊撃隊の活動拠点であるベリハムの村から遠く離れた、ここワーシントン王国の都オリンペア。


 城壁で囲まれた街の中心には、人々が見上げるように王城が建てられていた。戦乱が続くアメリア大陸の王都だけに、ただの城というよりは、城塞と呼ぶほうが相応しい。


 だが、それでも一国の王が住まう城である。堅牢な外壁から一歩中に足を踏み入れれば、そこにはきらびやかな宮中を感じさせる内装だった。


 職人の手による緻密な細工のレリーフや王国の歴史を彩る文化や偉人を描いた見事なまでの絵画の数々。


 それらの美術品が飾られたおかげで、本来は無機質で味も素っ気もない石壁が、見る者に洗練されたデザインの印象を与えている。


 ただし、国王の謁見広間に通じる壮麗な造りの廊下は、宮中の貴人の間でも無駄に広くて長い割には、ごてごてと飾り付けられた彫刻ばかりであると不評だった。


 その一角にあるガスバル王弟殿下の執務室も、それに輪を掛けて豪華絢爛な内装や家具で溢れている。


 足首まで埋もれそうな毛足の長い絨毯が、部屋の床一面に敷き詰められていた。そこには大きな鷲とガーネットの宝石をモチーフにした図柄があしらってある。


 ガーネット騎士団の団旗の意匠を無造作に踏みしめながら立つ一人の男。無論この部屋の主、王弟ガスバルその人である。


 まさに傲岸不遜を絵に描いたような巨漢だ。その身なりは、ひょっとするとこの国の王よりも派手であり、装飾華美を通り越してまさに悪趣味の一言に尽きる。


 真紅のベストから覗く首元には、ヴァンダイクと呼ばれるフワフワとしたギャザーの付け襟があしらってある。


 腰の辺りまでを覆う金糸銀糸で刺繍された胴衣ダブレットは、上級貴族が好んで身に着ける男性用の衣装だ。


 ホーズという名の膝下まである男子が用いた脚衣タイツにまでも、凝った模様の装飾とビーズが施されている


 さらにかれが羽織っている豪奢なマントの襟周りには、色とりどりの宝石がまるでスパンコールのように散りばめられていた。


「ところでザイール卿。我が不肖の甥は、首尾よく遊撃隊を結成できたのか? 」


 居丈高に王弟ガスバルが問い掛けた貴族は、禿げ上がった頭部に僅かばかりの白髪を残す一人の老人である。その肌は闇のように黒く、白目がギョロリと見開く。


 王弟の前で畏まったように腰を折るその姿は、歴戦の勇士と呼ぶには相応しくない。どちらかといえば文官といった面持ちだ。


「はっ。畏れながら申し上げます。第四王子の藤堂様は、殿下の思惑どおり何とか遊撃隊を立ち上げた模様でございます」


「ふむ。どれくらいの戦力が集まったのだ?」


 老人への質問自体それほど興味がないのか、部屋の奥にあるソファに向かって身を翻す。腰に下げた大刀が、ガシャンと耳障りな音を立てた。


「それが隊員は王子のほか、シスターが一名、女戦士が一名の合計三人だけでございます」


「ぐはははっ。たった三人とな? ワーシントン王国の中でも精鋭中の精鋭、我がガーネット騎士団に比べて、あまりにも無力よのう。違うか?」


「仰せのとおりでございますが、さすがに殿下とお比べになるのは可愛そうかと」


「ふんっ! 第四王子のくせに、しかも母親は市井の出。所詮は妾腹の子だ。甥だと? けっ、血が繋がっていると考えただけでも腹が立つわ」


「しかしながら、これで国王陛下の好き勝手な要求に応じる必要もなくなり、何よりでは?」


 したり顔でようやく面を上げたザイール卿が、こびへつらって追従する。


「ぐはははっ、我輩の智謀は神をも凌駕するからのう」


 第四王子となった藤堂に遊撃隊を結成するように仕向けた張本人が、大口を開けて高笑いする。下品がマントを羽織って立っているような男だ。


「兄王にも困ったものよ。あんな出来損ないの王子ために、我がガーネット騎士団から戦力を割いて、新しい騎士団を作ってやると言い出した時には、耳を疑ったからな」


 誰かに聞かれたら即刻不敬罪で投獄されそうな発言も平気で口にする。巨体を揺すり、特注サイズの豪奢なソファにドスンと座り込む。


「全くでございます。それにしても、殿下の深謀は見事でございますな。【遊撃隊】の名目だけは与えておいて、戦力も資金も一切出さずに“自前で何とかしろ”ですから」


「ぐはははっ、当然じゃ。あんな小僧に騎士団を任せるなど、十万年早いわ。王宮の使者から命令書を受け取っただけでもありがたいと思えば良いのだ」


「藤堂王子の自立の意思を尊重すると言えば、国王陛下もこれ以上この件に関して口出しは出来ますまい」


 心底恐れ入ったような口調で、老人が上目遣いのまま王弟殿下を見上げた。


「あの難局をよもや、紙切れ一枚で解決なさるとは……。このザイール、感服いたしました」


「どうせなら、アンドレ第一王子とマックス第三王子の騎士団からそれぞれ戦力を削って、あの妾腹のガキにくれてやるという方策もあったが、そう上手くはいかぬか」


「もう一つの懸念である、ジョナサン伯爵のサファイア騎士団もございます。王国内での戦力の差し引きは、殿下にとってプラスマイナス両方に働きますからな」


「ワシではなく、貴様の主君にとってであろう?」


「これはしたり。ミハエル王子擁する我がオパール騎士団も、殿下の機転で戦力削減の憂き目に会わず、いくら感謝しても足りないくらいでございます」


 禿げ上がった黒い地肌の頭をパシッと叩き、黒人の文官が手をこすり合わせる。


「ふん。その第二王子殿は、ご健勝かな?」

「はっ。ミハエル王子は、国境沿いの砦で隣国の監視の任に付いておいでです」


 王弟が口にしたのは、心にもない労りの言葉だ。それと知りながら、闇のような黒い肌に浮かぶ白目をギョロリと剥いて、ザイール老人が白髪頭を下げる。


「殿下のガーネット騎士団と肩を並べ、我がオパール騎士団も今、南部戦線を支えております。最前線の王子には、殿下からの温情あるお言葉をしかとお伝えいたします」


「うむ。兄王の容態もすぐれぬ昨今、我らが一致協力してこの有事に当たらねばワーシントン王国は滅んでしまうからな」


 藤堂がこのゲーム世界にインした時、彼の後見人たるチュートリアルが話したように、やはりガスバル王弟殿下はミハエル第二王子と手を結んでいるようだ。


 カードゲームのポーカーで言う【ワンぺア】の二人。サラリーマンの藤堂が喩えたように、彼らが王宮内で共同戦線を敷いているのは間違いない。


 となると、老執事が指摘したもう一組の【ワンぺア】であるマックス第三王子とこの国の最有力貴族ジョナサン伯爵の二人も、同様に歩調を合わせているのだろう。


 ソファにその巨体をめり込ませ鷹揚に構えていた王弟ガスバルが、スッと立ち上がる。その隙が無い身のこなし……。どうやら戦士としても只ならぬ実力者のようだ。


「お主も今から前線に戻るのであろう? ミハエル王子によろしく伝えてくれ。ワシは、兄王に謁見して、第四王子の遊撃隊について報告に行かねばならぬ」


「ははっ」


 王弟殿下に続いて執務室を出たザイール卿が、九十度に腰を折ったままガスバルを見送る。黒人特有の浅黒い地肌に、ごま塩のような白髪が浮かぶ。


 王宮を闊歩する誰もが不満を唱える長い廊下の先に、王弟の姿が見えなくなるまで老人は最敬礼を続ける。


(くくく。神をも凌駕する智謀だと? 遊撃隊に加わったシスターが、いったい誰かも知らずに呑気な男よ)


 直角に腰を折りながら顔を廊下の床に向けたまま、第二王子の腹心である老人が、ほんの少し口の端を曲げた心の中で呟く。


(貴様など、我が主君ミハエル様がこの国の王となるための踏み台に過ぎぬ。今の内にせいぜいこの世の春を謳歌しておくがよい)


 第二王子の側近中の側近【黒い懐刀】と呼ばれるザイール卿の素顔がそこにある。

 だが、彼がようやく面を上げた時、その顔には一片の表情も浮かべてはいなかった。


――■――□――■――


 大股で闊歩する王弟殿下が、長い廊下の突き当たりにある謁見の間を閉ざす大扉の前に立つ。メタルアーマー装備の警備兵四人に、怒鳴るように声を掛けた。


「王弟ガスバルである。兄王陛下に報告すべき件があり面会を求める!」


 そう言いながら、腰に帯刀した武器を差し出す。謁見の間では刀や弓、魔法書など一切の武具の持込みが禁じられていた。


 王都の中央にある居城。無論万全の配備が敷かれてはいるが、戦乱の続くアメリア大陸。国王の命を狙う輩は、諸外国からの暗殺者だけとは限らない。


「はっ! しばらくお待ち願います」


 フル装備した警備兵の一人が、ぶ厚い謁見の間の大扉を押し開けて中へ入る。扉の向こうから、ガスバル王弟が面会に来た旨を復唱する声が聞こえ漏れてくる。


「どうぞ、お入り下さい」


 ガチャガチャと鋼鉄の鎧を打ち鳴らした警備兵が廊下へと戻り、ガスバルに謁見の許可を出す。


「うむ」


 防具のみで武器を身に着けない警備兵二人に前後を挟まれた形で、巨漢の王弟殿下が室内へと足を踏み入れる。


 いつもと変わらぬ部屋の内装に、ガスバルがこっそり舌打ちした。


(ふんっ! 相変わらず兄王は質素過ぎて困る。ワーシントン王国のトップたる者、室内装飾をもっとふんだんに施さねば、諸外国に舐められるではないか!)


 確かに一国の王が謁見する部屋にしては、少々手狭なようだ。明かり取りの天窓も極端な装飾は押さえられて実用的である。蝋燭のシャンデリアも天井に一基あるのみだ。


 樫の板で覆われた壁には、歴代国王のレリーフが慎ましやかに飾られている。彼の言うとおり、王弟の執務室の方がよほど贅を尽くしている。


 ただ部屋の四隅の大柱には、目立たぬようにいくつもの呪札が貼ってある。無論ベリハムの村でスライムを防いだような陳腐な物ではない。


 低レベルなモンスターだけでなく、バンパイアなど上級な魔物ですらこの部屋に侵入することは不可能だ。


 しかも、所持品データから一切の武器や防具、道具の取り出しすら無効にする魔法も掛けられている。


 よって扉の前でいったん武器を預けたと見せかけた後、室内に入ってから“装着”の一言で凶器を出現させてから、国王をその手に掛ける事は出来ない。


 部屋の奥は階段状にせりあがっており、その一番上にいわゆる玉座と呼ばれる椅子が設置されていた。


 さすがに歴代国王が受け継いできただけの事はある。質素と思えるこの部屋の中で、その玉座には歴史の重みが感じられる。


 王弟ガスバルが三歩前に進み、階段の下で片膝をついて頭を垂れた。


「面を上げよ、我が弟。兄弟ではないか。宮廷礼式など気にせずにとも良い」

「ははっ」


 そう言いつつ見上げた先に、至高の玉座が目に入った。数歩駆け上がれば手の届く位置に置かれた椅子に、ワーシントン十二世が腰を降ろしている。


 だが、実の兄である国王の顔は見えない。


 玉座を四方から囲うように、天井から御簾みすが四枚降ろされていたからだ。胸の辺りまで垂れ下がった天幕により視界は遮られている。


 王弟ガスバルの眼に映るのは、兄王の腰から下だけだった。つまり国王が身に纏う事を許される王衣のみ。ワーシントン十二世の表情はおろか、顔の動きすら定かではない。


 御簾の向こうから聞こえた兄王の言葉に従い、巨漢の王弟が立ち上がる。すると四方を外界から切り離したような玉座の隣に立つ、白銀の影の姿が目に飛び込んできた。


(ち、やはり居たか)


 そこに直立していたのは、プラチナの鎧で身を固めた一人の騎士。天窓から注ぐ陽光と僅かばかりの蝋燭の灯りをフルフェイスの兜がキラキラと反射させている。


 壇上から見下ろすその背格好は、王弟に引けを取らないほどの巨漢だ。手に捧げ持つ白銀の槍。この部屋で使える唯一無二の武器が、ガスバルを威圧していた。


(くそっ! 【ホワイトナイト】め。兄王の剣を気取りおって。我が手に太刀があれば、貴様など恐れるに足らぬものを)


 そんな王弟の気持ちを見透かすように『ホワイトナイト』と呼ばれた男は、すっぽりと覆われた兜の奥から、白銀の騎士の名に相応しい冷ややかな視線を走らせている。


 その両手にはガントレットがはめられ、髪の毛や肌の色さえ定かではない。


『許可なく玉座に近づきし者は、誰であろうと容赦なく突き殺す!』


 白銀の偉丈夫が、壇上から極寒の冷気を漂わせている。不埒な考えを抱く王弟殿下を氷付けするようなオーラを漂わせていた。


(うぬぬ、おのれ! 単なる騎士の分際で、王弟であるワシを見下しおって……)


「どうした、ガスバル?」

「いえ。兄王がお元気な様子に、ひと安心したところです」


 白銀の騎士に対抗意識を燃やし始めていた王弟が、国王の問い掛けで我に帰る。


「そうか。そう言えば、今日は体調が良い気がするな。毎日こうであれば嬉しいのだが……」


 最近、病状が思わしくないのか、床に伏せる事が多い国王が顔を曇らせる。だが、今日弟を呼びつけた件を思い出し、すぐに問い掛ける。


「そうじゃ、忘れるところであった。我が末っ子の王子には、騎士団を授けたのか?」


「いえ、兄王。過日も申し上げたとおり、我が甥も聖なる王家の血を引く者。甘やかしてはなりませぬ。戦力は与えられるものではなく、自らの手で築き上げるものかと」


「おう、そうであったな。弟よ、済まぬ。近頃、物忘れも激しくてな。剣一の母親には苦労を強いてのう。それもあって、あの子にはつい目を掛けてやりたくなる」


「ご心配なさらずとも、第四王子はこの度、ベリハムの村でめでたく遊撃隊を結成した模様。どうやら我が国王軍の一翼を担う所存のようですぞ」


「そうか……。それでこそ我が息子じゃ。ガスバル、お前の申したとおり手を差し伸べるばかりが王ではない……か」


 王弟が見上げる視線の先にあるものは、御簾に遮られた玉座に腰を降ろす国王陛下の下半身。そして、その向こうから届くどこか寂しげな声だけだった。


「仰せのとおり」


(くくく、愚かなる兄王よ。遊撃隊なるものが、出来損ないの王子の他にシスターと戦士の二人しか居ない張子の虎だと知れば、一体どんな顔をするであろう……)


 内心の腹黒い思惑を悟られまいとガスバルが一礼する。


 その時、直立不動の姿勢を貫いていた白銀の騎士が動いた。


 御簾で囲まれた玉座の隣で、それまで一言も口を聞かず、ずっと王弟を直視していたプラチナの兜がスッと横を向く。【ホワイトナイト】が国王陛下に何事か告げる。


 白銀の仮面の下から声を潜めるようにボソボソ呟くその声は、階段の下に立つ王弟の耳にはハッキリと届いてこない。


「……の……は、……で、……。したがって、……が、……であります」

「ほう! そうか。それは良い知らせじゃ」


 【国王の剣】と頼りにする配下に何事かを耳打ちされた途端、ワーシントン十二世の表情がパッと明るくなった。


「これで、安心じゃ。さすが、ジョナサン伯爵。先見の明とは、まさにこの事よな」


 嬉しそうにポンと両手を打ち鳴らす乾いた音が、謁見の間に響き渡った。


「ガスバル! これでもう、そちの騎士団から第四王子に戦力を分け与えてやってくれと頼む必要はなくなった。今は亡き第四王子の母も、きっと喜ぶに違いない」


 妾腹とはいえ、自分の息子を何とか一軍の将にしてやりたいという親心を、無理矢理に押さえつけていた国王が、ホッと胸を撫で下ろしたかのように声を上げた。


「そ、それは一体? 兄王! この愚弟にご説明頂けるとありがたいのですが?」


「愚弟などと謙遜するでない。 だが、妙じゃの? 我よりも武勇に秀で、我よりも知識に勝るお主が、まさかコレほど重要な情報を知らなかったとでも申すか?」


「畏れながら、君主としての器量にでは兄上劣るこの私めに、何卒お教えを……」


「そうか? では答えよう。剣一王子の遊撃隊に席を置くシスターは、何とジョナサン伯爵の娘だそうだ!」


「な、何ですと!」


 王弟ガスバルの巨体に、まるで電気が走り抜けたような戦慄が駆け抜けた。大きく見開かれた眼は、信じられない物を見たように辺りを彷徨う。


「さすが貴族の中でも一、二を争うほどの実力者よ。ワーシントン王国の武の要と謳われるサファイア騎士団が、第四王子に手を貸してくれるとはな……」


(おのれ、ジョナサン伯爵! ワシが兄王の意向に逆らってまで無理押しした、遊撃隊創設という策略。今回これに一言も異を唱えなかったのは、このせいか!)


 王弟ガスバルの手が握り拳を作りブルブルと震える。ギリギリと歯を噛み締める音が周りに伝わるが、天幕で遮られた国王の耳には届かなかったようだ。


「この日を予期し、愛娘をこっそり我が末っ子の元へ送り込んでおいてくれたようだ。おお、確か二人は歳も同じだったか? 幼馴染みであれば、お互い気心も知れよう」


(マズイ……。これは、マズイ。ワシの目論見では、出来損ないの王子が遊撃隊の運営に失敗し、泣き付いてきた所に救いの手を差し伸べてやる予定だったものを……)


 自称“神をも凌駕する智謀”が、悔しげに口をへの字に曲げる。


「おお、そうじゃ! 将来あの二人が結婚でもすれば、我が国の未来は万全じゃ。のう弟よ、お主もそう思うであろう?」


「御意」


 このままだと怒りの炎で謁見の間を焼き尽くしてしまいそうになると感じたのか? 王弟が再び臣下の礼を取りながら片膝をついて下を向く。


(くそっ、忌々しい【ホワイトナイト】め。なぜ彼奴は、ワシすら知らなかった情報を得ておったのだ? ……ま、まさか、ワシだけか? 第四王子を軽視していたのは?)


 冷静さを取り戻そうと顔を伏せて目を閉じる巨漢の脳裏に、へりくだった態度で淡々と遊撃隊の規模の事実のみを告げた、黒い肌に白髪頭の声が蘇る。


――それが隊員は王子のほか、シスターが一名、女戦士が一名の合計三人だけでございます――


(おのれ! ザイール卿。奴もこの情報を掴んでいたに違いない。今頃あのジジイめは、したり顔で主君ミハエル第二王子の元へ向かっているか)


「ガスバル、ご苦労であった。引き続き遊撃隊の状況を知らせてくれ。そして、ジョナサン伯爵と共に、未熟な王子をどうか導いてやって欲しい」


 内心では腸が煮えくり返る弟に、壇上の玉座から言葉が掛けられる。御簾の向こうで国王ワーシントン十二世の影が、頭を下げる気配が伝わった。


「畏まりました。微力ながら、私めも我が甥に助力いたしましょう」


(“導いて欲しい”だと? 良かろう。ワシを舐めたらどうなるか思い知らせてくれる。導いてやるとも。二人の両腕を引っ張ってでも導いてやる。行く先は、地獄だがな……)


 顔を伏せながら目を閉じる王弟が、ニヤリと悪魔のような笑みを浮かべた。


「では、兄王。これで失礼致します」


 国王との面会を終えて謁見の間を出た巨漢の王弟が、剣を預けていた警備兵からひったくるように愛刀を取り戻す。


 大刀を腰に下げ、クルリと踵を返して長い廊下を歩き始める。敷き詰められた赤い絨毯が、鋼鉄の長靴によって踏み躙られる。


 まるで一歩一歩憎しみを込めるかのように、王弟殿下が戻っていく。彼が進むその先に人がいなくて幸いだった。


 もし気の弱い誰かが今、ガスバルと鉢合わせしたら瞬時に魂を奪われて絶命するだろう。悪鬼のごとく顔を歪ませながら、ひたすら心の中で叫び続ける。


(殺してやる。殺してやるぞ! 出来損ないの王子め。そしてワシを馬鹿にしたジョナサン伯爵! 貴様の小娘も同罪だ。二人共まとめて始末してやるぞ。ぐはははは!)

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