第12話『ついにボス戦、絶体絶命!』

「お、おい。ちょっと待てったら」

「大丈夫よ。えーっと、今度はここら辺がベストみたいだね」


 迷うことなくシスターが、トントントンッとステップを踏んで立ち止まる。

 幼馴染の言葉に藤堂は、彼女が待機したマス目をすばやくチェックした。


(よし、今度も二つ隣り合った“岩山”のマス目か)


 王子の目の前には、上下に二段に分かれてポップアップした情報画面が浮かんでいた。上段には草原の戦闘図面。縦横に白い罫線で区切られた、四角いマス目状のMAPだ。


 地図上で彼女が陣取る場所には、タニアのアイコンが表示されている。シスターの笑顔がイメージされたそれは、行動終了を意味するように背景が灰色に変わっている。


「マスター! 気をつけて移動するピョン。前にいるスライムの移動範囲をしっかり見極めるピョン!」


「移動範囲?」

「んーとね、一番近いスライムにカーソルを合わせて欲しいピョン!」


 藤堂が手近な魔物に視線を合わせると、眼前に浮かぶMAP上に示された魔物のアイコンへ自動的にカーソルが飛ぶ。そのマス目の枠が、白と黒で反転表示された。


「おっ、何だ?」


 思わず呟いたのは、視点を定めたスライムのマス目を中心に、ひし形の表示が黒と白で表示されたからだ。


「スライムは、移動距離が「2」しかないピョン。戦闘ターンが回ってきたら、この黒いマス目が奴らの“移動範囲”になるピョン。斜め移動は出来ないからだピョン」


反転表示するモノクロのひし形表示は、今魔物がいるマス目から、二回だけ動ける範囲を示していた。ちょうどそこに隣接する形で、白いマス目が表示される。


「そうか! こいつらも直接攻撃しか出来ないんだな。だから黒いマス目へ移動した後で、その隣にある白いマス目にいる相手になら、先制攻撃が仕掛けられるってことか」


「そうだピョン。白いマス目……それが“攻撃範囲”になるピョン」

「分かった」


「剣一ってば、早くー」

「あー、今行くよ」


 戦闘の基礎を習得中の藤堂に構わず、先へ進んだタニアが可愛くせがんだ。差し当たって、MAPの右側前方の敵を叩くためにシスターの前に出る必要がある。


 まだ、魔物の攻撃範囲には入っていないようだ。草原の地面を踏み締めてゆっくりと歩を進める。タニアの横を通り過ぎ、回り込んでから彼女の前に立って待機した。


「気をつけろ! 来るぞ!」

「うん」


 王子がストップした場所は、偶然か? それともタニアがそこまで計算したのか? そこは、さっき藤堂がロックオンした魔物のまさに“攻撃範囲”だった。


――グギャギャッ!――


 自分のテリトリーに侵入してきた王子に、スライムが咆哮を上げる。ゼリー状に波打つ茶褐色の身体を震わせ、一直線に突き進んで王子の前でピタッと停止した。


 【魔 物】

 【王 子】

 【タニア】


【魔物のターン】


 だが、代わり映えのしない体当たりだ。王子はショートソードを上手く使って受け流す。 無論ノーダメージ。


【王子の反撃】


 返す刀で右斜め上段から一気に切り落とした。僅かにHPを残したスライムが、断末魔の叫び声を上げる。


――グギャギャッ!――


【タニアのターン】


「どうしよう? またタニアがとどめを刺す?」

「いや、空振りが恐い。次は俺の番だから無理するな!」


 二人とも被害はまだないので、HPはフルの状態だ。タニアは回復行動を選択する必要もなく、王子の背中でそのまま待機する。


【王子のターン】


「ふんっ!」


 軽く短刀を振るう。それだけでHPをほとんど削られていたスライムが、あっけなく無害なゼリーへと昇華された。


「あれ? 今倒したスライム、何か落としたよ?」

「どれどれ?」


 粘着質の魔物が、まるで草原の地面に吸収されるように消えていった跡に、白い花びらをつけた小さな草が落ちていた。


「マスター! それは、ドロップアイテムだピョン! ラッキー、薬草ゲットだピョン」


(へぇー。ゲームではお約束の宝箱みたいなやつか。スライムの粘液でヌチョヌチョだとさすがに気色悪いが、魔物は倒すと完全に消滅するみたいだな)


 バニーガールの格好をした小さな妖精が、嬉しそうに薬草の傍に舞い降りる。細い指がアイテムにちょんちょんと触れると、金色の粒子の光に包まれて消えていく。


「マスターの所持品に格納したピョン」

「サンキュウ」


「ねえ、剣一。今みたいな戦術スタイルでいけば、いいんじゃない?」

「だな。こんな風に一匹ずつ各個撃破で、戦力差を縮めていくぞ」


「あ、そうそう。マスター、さっきのが“釣り”って言うテクニックだピョン。先制攻撃を受けても大丈夫な人が、囮になって敵を誘い出して倒す戦術だピョン」


【釣り】

 文字どおり、魔物や敵のキャラを釣ってくる戦術。複数いる敵に対して、一対一の各個戦闘に持ち込む。敵の“移動範囲”の隣にある攻撃範囲に待機して待ち伏せる。


「なるほど。これなら、他の敵が【アグレッシブ】にならない限り、団体で襲われる心配はない訳だ」


【アグレッシブ】

 先ほど村へと繋がる狭い通路で、二人がスライム三匹に襲われた状態を指す。いったん敵の攻撃範囲へ足を踏み入れると、その相手はどこまでも追いかけてくる。


「ほむほむ。今の私達にピッタリな戦法よね」


 視界の中だけでも、まだ十数匹のスライムが蠢いている。データMAP上では草原の奥に、ボススライムの青いアイコンも行ったり来たりしている姿が表示される。


「このまま前にいる相手だけ料理して、一気にボススライムを倒しちゃおうか?」

「そうだな。草原の左半分にいる敵は、親玉を叩いた後にやる方が効率的だな」


 作戦方針が決まると、二人は地味な動きでそろそろと動き出す。二匹以上のスライムの“移動範囲”が重ならないポイントを慎重に選んで歩き出す。


 “三歩進んで二歩下がる”を繰り返し、草原を我が物顔で蠢く魔物達の数をゆっくりとだが、一匹一匹確実に減らしていった。


――■――□――■――


「ふぅー。何とかここまで来たな」

「うん。でも剣一? なんだかあのボススライム、大きくなっていない?」


 白い巨岩の上から見下ろす先に、他の茶褐色の魔物と違い一匹だけ青紫色のスライムが見える。一際大きな半透明な身体からは、異様な迫力が伝わってくる。


「気のせいじゃないか? もともと、雑魚スライムよりはデカかっただろ」

「そっかなー?」


 戦闘MAP上、すでに画面右側にはボススライムと数匹の雑魚のみ。反対側にはまだ十匹ほどの魔物が居るが、彼らのテリトリーを犯さない限り襲ってこない。


「よーし。タニア、HPは満タンか?」

「うん、バッチリだよ。回復用の聖書も準備OK!」


 見習いシスターが携えたコンパクトサイズの魔法の書物。いわゆる回復職と呼ばれるキャラの必需品だ。これがないと、タニアは癒しの能力が使えない。


「えーっと、薬草の残りは後いくつだったかな?」

「タニアが持っている分も、剣一の所持品に入れておいたら?」


 雑貨屋で提供してもらったアイテムは、MAPの右側を突破するために半分ほど使っていた。


 どうしても複数の敵を相手にしなければならなかったり、地形効果が活かせないポイントでしか戦闘に持ち込めず、魔物の攻撃を見切れなかったりした結果だ。


 当然、タニアの治癒魔法だけでは間に合わない。手持ちの薬草を使って、何とか王子とシスターはたった二人でここまでたどり着いたのだ。


「ああ、そうさせてもらうよ。その代わりHPが減ったら、お前もちゃんと自分に回復魔法を掛けるんだぞ?」


「分かっているって!」


「マスター! 所持品の持ち替えが完了したピョン! それと一つ。草原の奥はほとんど全てが“岩山”のマス目ばかりだピョン! 地形効果は当てに出来ないピョン!」


 手際よくデータを書き換えたウサギ妖精が、空中を舞いながら王子に注意する。


 内心、藤堂もそこが不安だったが、いつまでもこうしていられない。MAPの左側に残る雑魚スライムがやって来ない内に、短期決戦で勝負を挑まなければならない。


「突っ込むぞ!」

「OK!」


【王子のターン】


 ボススライムの“移動範囲”の外ギリギリまで近づいた後、王子は一気に青い粘液状の魔物の横に取り付いた。


「剣一? コイツ、前に見た時よりやっぱり大きくなってない?」

「そんな訳ある……か?」


 王子の背後から叫ぶタニアに思わず言い返したが、念のために魔物リーダーの基本情報を調べる。


 MAP画面上のボススライムのアイコンを睨み付けてカーソル固定。瞬きのダブルクリックで、敵のパラメータを表示させた。


【基本情報】

 ┏━━━━━━━━━

 ❙ 名称:ボススライム

 ❙ 役職:リーダー

 ❙ 職業:――

 ❙ 年齢:――

 ┗━━━━━━━━━

【ステータス】

 ┏━━━━━━━━━

 ❙ LV:4

 ❙ HP:15/15

 ❙ 直攻:6

 ❙ 直防:2

 ❙ 魔攻:0

 ❙ 魔防:0

 ❙ 必殺:0

 ❙ 回避:3

 ┗━━━━━━━━━


「ゲゲッ! こいつ、確かレベル「3」だったはずなのに!」

「うっそ? 魔物もレベルアップするの?」


「畜生! 俺達だって、まだレベルアップしてないんだぞ」

「こうなったら、レベルゼロの意地を見せてやろうよ、剣一!」


「ウォッシャー!」


 藤堂が免許皆伝を得た古武術【中丞流】は、彼の家に代々伝わる剣技だ。高校時代、剣道のインターハイで無敵を誇った藤堂が、脇構えからショートソードを繰り出す。


――グギャギャッ! グギャギャッ!――


 耳を塞ぎたくなるような雄叫びが、草原中に響き渡った。刀身の半ばまでグサリと貫いたゲル状の魔物の身体から、青紫の体液が流れ出す。


「やーん、臭いよぉー。タニア吐きそう。おぇー」


 雑魚スライムからも異臭は漂ったが、ボススライムはそれ以上だ。ムッと鼻につく獣が放つ嫌な臭い。さらに思わず息を止めてしまう魚の腐った臭いが同居しているようだ。


 傍に居るだけで、目から涙が溢れ出してくる。嘔吐感どころか長期戦になれば頭痛や眩暈めまいまで引き起こしそうだ。


【ボススライムの反撃】


 ブルブルと半透明の青い身体を震わせた魔物の群れのリーダーが、攻撃態勢に入った。

 藤堂が、雑魚よりも二倍以上の大きさに成長したボススライムの体当たりに備える。


「な、何? ちょっと、おい! グハッツ!」


 魔物の一撃をまともに喰らい、王子のHPゲージが減っていく。彼はてっきり相手の襲撃が突進だと思い込んでいた。だが、敵のアタックは体当たりではなかったのだ。


「しょ、触手だと!」


 青くて大きな身体の中ほどから、細長い棒状と化した腕が伸びていた。盾での防御が間に合わず、まるで槍の様な不意打ちを下腹にもらった王子の口から赤い血が滴る。


「ペッ。クソ油断したぜ」


【タニアのターン】


「主よ、彼の者の御霊みたまを回復させ給え。ライファ!」


 シスターがその場から移動せず、王子の背後から回復呪文で援護する。鮮血を吐き出した藤堂の傷が徐々に塞がっていく。


「剣一! 大丈夫?」

「サンキュー! 防具のおかげで、ダメージは少ない。お前の回復で何とかいけそうだ」


 そう言いつつ、視線はボススライムから離さないまま、剣を構え直して対峙する。ターンバトル制独特の“戦いの間ま”が静かに戦場を流れていく。


【ボススライムのターン】


――グギャギャッ! グギャギャッ!――


「何度もやらせるか!」


 今度は油断せずに敵の攻撃を待ち構え、左腕に装備した盾で触手の突きを弾き返した。

攻撃が不発に終わったボススライムが、怒りの咆哮を上げる。


【王子の反撃】


「くらえ!」


 今度は青眼の構えから、ぶよぶよしたゼリー状の魔物を一直線に切り裂いた。


――グギャギャッ! グギャギャッ!――


 またしても異様な音を草原中に撒き散らす。びちゃびちゃと流れ落ちる青い粘液が、白い岩の上に流れ出る。


【戦闘情報】

 ┏━━━━━━━━━━

 ❙ 氏名:ボススライム

 ❙ 役職:リーダー

 ❙ LV:4

 ❙ HP:9/15

 ❙ ■■■■■■■■■□

 ❙ □□□□□

 ┗━━━━━━━━━━


 半透明の液状化したスライムは、基本的に前後左右の区別がつかない。無論、顔や目があるはずもない。


 そこから表情など伺い知る由もなかったが、魔性の本能は二人の人間を明確に獲物として捉えていた。どす黒い怒りのオーラをぶちまける。


「剣一! 気をつけて。雑魚スライムが来るよ」


 ボススライムの周りで群れていた数匹の魔物が、一斉に襲い掛かってきた。まるで群れのボス猿に加勢する若い猿だ。リーダーに刃向かう人間に、次々と牙を剥き始めた。


 前後左右を茶褐色のスライムに取り囲まれて、王子とタニアには逃げ出す場所も隙もなかった。


【スライムどものターン】


――グギャギャッ!――


「くそったれ!」


 雑魚モンスターとは言え、畳み掛けるように続く先制攻撃の嵐が、二人を翻弄する。“地形効果”の恩恵はない。チクチクと地味ながらダメージが蓄積していく。


【王子の反撃】


 魔物達に反撃した内、クリティカルヒットになったのはわずか一度だけ。残りは全て普通の攻撃だった。今の王子の能力では、スライムを一撃で葬ることは不可能だ。


 殲滅し損ねた魔物達が、その場に留まる二人を取り囲む。雑魚スライムどもはほとんどHPを削ってあるが、包囲された状態に変わりはない。


【タニアのターン】


「主よ、我の御霊みたまを回復させ給え。ライファ!」


 何度目の回復呪文だろう? すでにタニアにもスライムの魔の手が伸びていた。致命傷とまではいかないが、自分自身への治癒呪文を掛けないと命に関わる状況だ。


 シスターからの回復が遅れると、必然的に王子は自分のダメージに手持ちの薬草を使うことになる。彼の所持品から、薬草の数がどんどん減っていった。


「マスター! ここは一旦引いた方がいいピョン! 戦術的撤退を要請するピョン!」


 ハラハラして戦況を見守っていたウサギ妖精が、ついに弱音を吐く。フェアリーは、戦闘に加われない。自分が仕える主人の危機に、何も出来ない事が悔しそうだ。


「いや、雑魚どもは次のターンでそれぞれ反撃すれば全滅できる。それにボススライムも、残りHPは半分ちょっとだ。ここは、押しの一手でいくぞ」


 苦渋の選択をした藤堂が、ボススライムに切りかかる。ショートソードを握る右手は、血と汗でぐっしょりだ。乾坤一擲の気合が迸る。


【王子のターン】


「シャア!」


 だが、ボススライムから流れ出た青い血溜りに、一瞬王子が足を取られる。


 岩肌を踏みしめて、必殺の一撃を放とうとした藤堂は、ぬるっとした血糊で思わず足を滑らせてバランスを崩してしまう。


「しまった!」


――キンッ!――


 白刃が虚しく空を切り、地面の岩で火花が散る。王子の背丈と同じほどの巨体が、まるであざける様にブルルッと震えた。


【ボススライムの反撃】


――グギャギャッ! グギャギャッ!――


 態勢の崩れた王子に、ボススライムが圧し掛かってくる。


「ちっ! 今度は触手じゃなくて、体当たりかよ」


 慌ててごつごつした地面を転がって避けるが、逃げ損ねた右足にズンと衝撃を受けた。溶かされたような痛みに、王子の口から苦痛の叫びが漏れる。


「グハッ!」


【タニアのターン】


「剣一! 主よ、彼の御霊みたまを回復させ給え。ライファ!」


 自分の負傷も省みず、タニアが回復呪文を唱えた。白煙を上げていた王子の足が治癒しダメージが回復する。だが、二人ともボロボロの状態だ。


「来やがれ、雑魚スライム!」


 そう叫んで、折れそうな心を奮い立たせる。自分も傷を負って苦しいはずのタニアが、王子の回復を優先させたのだ。藤堂はそれに応えようと気力を振り絞る。


 相手は、瀕死のノーマルスライム数匹と残りHPが三分の二を切ったボススライム。ダメージが蓄積した藤堂だったが、この時点でも彼は自分達の優位を確信していた。


 ところが!


【スライムどものターン】


「そんな! 見て、剣一!」


 回復魔法の連発に、王子の背中で荒い息をつくタニアが、信じられない光景を目にして悲鳴を上げる。


――グギャギャッ!――


 王子にHP削られた茶褐色のノーマルスライム達が、一斉に動き出したのだ。

 その移動先は、王子とシスターの隣……ではなかった!


 魔物達がズリズリと身体を引きずりながら、二人の傍から離れていく。ボススライムの前後左右のポジションで立ち止まり、寄り添うように取り付いた。


 ボススライムにへばりついた次の瞬間、ボウッと雑魚どもの身体が光った。まるでリーダーの青い巨体に取り込まれるように、茶褐色の魔物達が消えていく。


「フェアリー! アレは何だ?」


「【融合】だピョン! 魔物の中には、ああやって配下の魔物を取り込むタイプのモンスターがいるピョン」


「ふざけやがって!」

「うそーん。コイツさっきよりも、さらにおっきくなった気がしない?」


 藤堂もさすがに今度ばかりは、「気のせいだろ?」とは言えなかった。彼も一回り大きくなったボススライムが、こちらを見下ろしているような気がしたからだ。


「お、おい! ま、まさか?」


 慌てた藤堂が、MAP画面上のボススライムのアイコンを睨み付けてカーソル固定。瞬きのダブルクリックで、敵のパラメータを表示させた。


【戦闘情報】

 ┏━━━━━━━━━━

 ❙ 氏名:ボススライム

 ❙ 役職:リーダー

 ❙ LV:5

 ❙ HP:18/18

 ❙ ■■■■■■■■■■

 ❙ ■■■■■■■■

 ┗━━━━━━━━━━


「畜生! また、レベルアップしやがった!」

「違うよ! 他のスライムを食べて吸収したんだよ!」


「そうか! コイツがたった一日でレベルアップ出来たのは、この特技のせいか! クソッ! せっかくHPを削ったのが、無駄になっちまった」


「あーん、剣一。どうしよう?」


 【融合】の結果、前方にはもう雑魚スライムの姿はない。残る敵はボスただ一匹。レベルアップしたとは言え、ターンバトル制ならば王子とタニアの二対一の戦闘だ。


 王子が敵のHPを徐々に削りつつ、受けたダメージはシスターが回復。この基本スタイルを守れば、【融合】する雑魚がいなくなったボススライムは回復する手段がない。


(たとえ時間は掛かっても、戦術的に見ればこのまま力押しで勝てる筈だ)


 この時点でも、まだ藤堂はこう判断していた。短剣を握る手に力がギュッと入る。


 だが、……その時! 緊急事態を知らせる半鐘の音が草原に響き渡った。


――ジャンッ! ジャンッ! ……ジャンッ! ジャンッ! ジャンッ!――


「な、何なの?」

「バリケードに吊ってあった半鐘だ!」


 突然のけたたましい金属音に、タニアが辺りを見回す。藤堂の脳裏には、防護壁の向こうで煙草をくゆらせた村人の言葉が蘇った。


『魔物にここを突破されそうになったら、ジャンジャン鳴らして皆に知らせるだ』


「まさか、私達が手間取っている間に、バリケードが破られちゃったの?」

「いや、そうじゃない。もっと悪い事態だ。見ろ!」


 草原MAPの左半分に残してきた雑魚スライム達が、いつの間にかひたひたと二人の近くまでにじり寄って来ていた。


 スライムの移動速度は遅い。それが、逆に二人にとって災いした。


 王子たちは、前方のボススライムばかりに神経を尖らせていた。その結果、背後からゆっくりと迫る雑魚スライム達の動きへの注意を怠ったのだ。


「そ、そんなー」


「たぶん見張り番の村人が、心配して見に来てくれたんだろう。俺達がボススライムにてこずっている間に、雑魚が後ろから忍び寄っている事を半鐘で教えてくれたんだ」


――グギャギャッ! グギャギャッ!――


 どこか余裕さえ感じさせるスライムのリーダーが、一段と大きく咆哮する。草原中に虚しく響く半鐘の音を掻き消すような叫び声だ。


「この音か。俺が放った最初の一撃。あの時、この咆哮で仲間を呼び寄せたんだ」

「草原中のスライムが、全部アグレッシブに? コレって……。ま、まずいよね?」


「退路が絶たれる前に、撤退するぞ」

「うん、分かった」


 草原の右側を突破してきた二人が、顔を見合わせた後クルリと踵を返す。MAPの右側から、雪崩を打って何匹かの雑魚スライムが押し寄せてくる。


「やっぱり、時間を掛けて全部やっつけておくべきだったな」

「もう、今更そんな事言っても遅いってば!」


「そりゃそうだ。タニア、草原の端にある進入不可のマス目ギリギリまで移動しろ。スライムに追いつかれる前に駆け抜けるんだ」


「OK! 走るよー」


――グギャギャッ! グギャギャッ!――


 背後からは、耳をつんざく雄叫びを上げるボススライムが追ってくる。


「やーん。あいつ結構、足が速ーい」

「さすがに、ボスってか? 雑魚と違って移動力も高いぜ」


 草原を脱出する二人の足が重い。包囲網が閉じられる前に、このピンチを切り抜けられるか? フェアリーが上空から戦況を見ながらアドバイスする。


「タニア! 移動が終わったら、単に待機じゃなくてHPを回復するといいピョン」

「そっか。自分のターンは大切にだね。ようし……」


――主よ、我の御霊みたまを回復させ給え。ライファ!――


 ボロボロだった二人のHPが、逃げ出す途中に掛ける回復魔法でフルの状態に戻る。

 だが……。


「くそっ、そこをどきやがれ!」


 右手前方から詰め寄ってきた雑魚スライムが、ついに二人の行く手を遮る。


――グギャギャッ!――


【王子のターン】


「シャア!」


 王子の白刃が眩くフラッシュした。クリティカルヒット! ブルブル震える茶褐色の身体が、二つに裂けた。べちゃりとゼリーの中身をぶちまけて草原の土へと消える。


「タニア、立ち止まるな! 俺にかまわず行け!」

「駄目だよ! もう脱出ルートが……」


「クソッ。遅かったか」


 村へ通じる山あいの狭路へ逃げ込む直前、ついに二人は退路を絶たれてしまった。草原MAPの隅。前方には雑魚スライムが山ほど立ち塞がる。そして後方からは……。


――グギャギャッ! グギャギャッ!――


 怒りの咆哮を上げるボススライムが追撃してくる。半透明な青紫の巨大な身体。所々斑のように茶褐色が混じっているのは、雑魚どもを【融合】した結果だ。


 万事休す!


「どうしよう、剣一?」

「とりあえず地形効果の高い“岩山”で待機だ」


 覚悟を決めた二人が、草原の平地に二つ並ぶ“岩山”のマス目に移動する。


(……とは言ったものの、この戦力差じゃ気休め程度にしかならないぜ)


 前方には二人の行く手を塞ぐ雑魚スライムの群れ。そして後方には王子とタニアを追い立てるように迫るボススライム。


 まさに前門の虎、後門の狼。


 モンスターによる典型的な左右挟撃に、絶体絶命のピンチに陥った二人。

 藤堂は、そしてタニアは、いったいどうやってこの窮地を切り抜けるのか!?

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