第11話『草原の戦闘は、死中求活?』

【前回までのあらすじ】

――魔物退治の途中で立ち寄ったタニアの教会。神父夫妻から、とんでもない昼食の歓待を受けた王子。今度こそ本当に、ボススライムとのリターンマッチする?――


【本文】

 サクサク感のある歯ごたえと、ミンチ状に焼き上げた豚肉の食感。熱々の料理が王子の口の中一杯に広がって、驚くほど大量の唾液が出てくる。


「でしょ、でしょ? タニアね、シスター真由美が作ってくれるこの料理が大好きなの。うふふ。もう一口、食べる?」


 そう言いながら、もう一切れ料理を刺したフォークを近づける。


「うっ」


 テーブルの向こうで神父夫妻が、若い二人のやり取りをにこやかに見つめている。


 だが、それが気になったのは一瞬だけだった。

 目の前には幼馴染が差し出す美味しい餌……。


 真理的葛藤に呆気なく白旗を掲げた藤堂は、他人目ひとめを気にせず、自分からパクリとそれに食いついた。


 教会の手狭な食堂。四人掛けのテーブルの上には、所狭しと並べられた大皿小皿。そこに山盛りてんこ盛りだった料理が、今は跡形もなく綺麗さっぱり消え失せている。


「ふぅー。ご馳走様でした。いつも以上に美味しかったよ、お前」

「そう? タニアが育てているニワトリが、他の食材と相性バッチリだったのよ」


「いやいや。それだけじゃないよ。やっぱり本物の天使のような微笑と超絶ナイスバディのスタイルが料理に花を添えているからこそ、究極の味を醸し出しているんだよ」


「もうっ、あなたったら! 信者の皆さんに聞かせる法話でも、そんなお世辞を言って聞かせているんじゃないでしょうね?」


「おいおい。私は神に仕える身だよ、お世辞なんか言う訳ないじゃないか。第一、こんな片田舎の教会へ舞い降りてくれた私の天使に、嘘などつける筈もない」


「うふふ。あなた、コーヒーもう一杯いかが?」

「ああ、ありがとう。頂くよ」


 こんな風に神父とシスター真由美のイチャイチャが、かれこれ三十分以上も続いていた。最初は微笑ましく感じていた藤堂も、さすがに我慢の限界がきたようだ。


「ご、ご馳走様でした!」


 思わず両手を合わせて声高に叫ぶ王子。山のように出された料理の数々よりも、どちらかと言えばこの熱々な二人の会話の方で、文字どおり“ご馳走様”だった。


「なあ、タニア。それにしても、すごい料理の量だったな。俺はイメージ的に、教会って言うのは菜食主義者ばっかりだと思っていたよ」


「うん? あー、そうだね。宗教によっても違うんじゃない? 牛や豚が食べられない宗教もあるみたいだけど、キシリトール教はその辺おおらかだもん」


「へぇー、結構アバウトなんだな」


「戦乱が続くこのアメリア大陸で、人々を導く神父やシスターは粗食や空腹では務まりません」


 美人でセクシーな妻からカップを受け取り、食後のコーヒーを楽しんでいた神父が鷹揚に答える。


「キシリトール様の教えは、“慈愛の精神こころ”です。“人を慈しみ、人を愛する”ただそれだけです。そしてその対象は、信者だけにとどまりません」


「な? 他の神様を信じている奴にも、手を差し伸べるっていうのか?」


「もちろんです。“人を慈しみ、人を愛する”というのは建前ではないのです。我ら神の僕しもべは、主キシリトール神を慈しんだり愛したりするのではありません」


「神父やシスターが救う相手は、あくまでも全ての“人間”って訳だ」


「はい。そんな広い御心をお持ちのキシリトール様は、いつも我々を見守って下さっています。たとえ異教の神を崇めている人でさえも。だから私は主を信じているのです」


 ニッコリ微笑む神父とその隣で両手を組んで目を閉じるシスター。教会の食堂の一角が、まるで一枚の素晴らしい宗教画のキャンバスに見える。


「神父やシスターが持っている人々を治癒する能力ちからは、そのために与えられたのです。宗旨が違うからといって、目の前にいる怪我人を見過ごすことは出来ません」


(おぉ! すげぇな、神父の背中から後光が射している。さすが、タニアの父親が全幅の信頼を置いて愛娘を預けただけの事はあるな。さすがに言う事が違うぜ!)


 ワーシントン王国の有力貴族であるジョナサン伯爵は、人を見る眼もあるようだ。


「……そう言う訳で、キシリトール教の神父やシスターは、食事に関して常に臨戦態勢を取っているのです」


「へ?」


「毎日あれくらいの量を食べているおかげです。昨日も妻と二人で、スライムを何匹かあの世に送ってやりましたよ。あははは」


「ちょっと、王子様聞いて下さいってば。もう、この人ったら昨日も“魔物が出たー!”って飛び出して行って。お腹がペコペコになるまで、スライムを殴っているんですよ」


 テーブルの向こうから、シスター真由美が身を乗り出して喋り始める。まるで3Dのように飛び出す立体映像だ。


「その隣で私を回復する合間に、お前もゲシゲシ叩いていたじゃないか。あははは」

「だから、私もお腹が空いちゃうんですわ。おほほほ」


「やはり人を導くには、まず己の腹を満たさないと始まらないからね」

「さすが、あなた。どこまでも付いていきますわ」


 またしても、仲むつまじい夫婦のイチャイチャが始まった。王子とタニアが居ることも忘れたかのように、甘ったるい会話が飛び交う。


「なあタニア。今神父が言ったのが、あの膨大な質量を消費した昼飯の理由なのか?」


「そそ。自分のお腹も満たさないで、他人を導くなんて無理じゃない? だからタニアは、ここのシスターになったんだよ」


 あっけらかんと答える少女。


(ジョナサン伯爵様。あなたの娘は、ちょっとヤバイかもしれないぞ)


 藤堂は、まだ見ぬ彼女の父親に思いを馳せて両手を合わせる。


――合掌がっしょう、礼拝らいはい――


――■――□――■――


 長い昼食を終えた四人が、ようやく教会の外へ出る。


「何と、今から二人で魔物退治ですか! 分かりました。では、ぜひ私も一緒に……」

「駄目ですよ。あなたは午後からミサが入っていますからね」


「うっ! いや、あのボススライムは、私が叩きのめしてあげないと……」

「ハイハイ。言う事を聞きましょうね。信者の村人さん達がお待ちかねですよー」


 駄々をこねる神父を、シスター真由美がズリズリと引きずって行く。


「た、頼むよマイエンジェル! たった一発でいいんだ、殴らせてくれ……。あの青いスライムにクリティカルな一撃を!」


――バタン――


 礼拝堂の扉がシスターの手で無情に閉じられるまで、悲痛な神父の叫びが続いた。


「……じゃ、行くか?」


 開きっぱなしになった口を無理矢理閉じて、王子が本来の目的を告げる。見慣れた神父の姿には今更驚かないのか、タニアが恥ずかしそうに自分のお腹を押さえる。


「えへへ、ちょっと食べ過ぎたかな? お腹も一杯、胸一杯。食後の運動だね!」


 あれだけのパンやパスタの主食類や山盛りだった肉、魚、野菜といった副食の数々は、一体全体彼女のこの細い身体のどこに収納されているのだろう。


(やっぱり、そのデカイ胸の中か……?)


 そんな訳がある筈もないのだが、人並み外れた規格のデンジャラスなバディを目の前にすると、藤堂の脳裏にはそんな答えしか浮かんでこない。


「うん? どうかした?」

「い、いや別に」


 エロい妄想を振り払って教会の通りを右に曲がると、すぐ村の外れに着く。山あいの小さな峡谷が見えてきた。その通路の先にタニアお気に入りの草原がある。


「剣一見て! 看板が立っているよ」

「ああ、どうやら村長達が作ったバリケードだな」


 青字で通行止めと書かれた白い立て看板。そして太い木を組み合わせて作った防御壁が、草原へと続く道を塞いでいる。ペタペタと無節操に何枚もの呪札が貼り付けてある。


 そこには、村人二人が暇そうに見張り番をしていた。一人はパイプ椅子に座って煙草をふかし、もう一人は草原に通じる狭路の奥を所在無げに見つめている。


「あー駄目駄目。ここは今、通行止めだべ」


 看板を見ても近づいてくる人影に、よっこらしょと村人が腰を上げる。


「あっ! これは王子様でしたか。シスターもご一緒で」


 慌てて携帯灰皿を取り出し、吸いかけの煙草の火を消し中へギュッと押し込んだ。


「どう? スライムは、まだいるの?」


「ああ。今は居なくなったけんど、朝方までこのバリケードの近くまで来ていただ」

「うんだ、うんだ。青くてでかいスライムが、バリケードに体当たりしてきて……」


「呪札がなかったら、ヤバかったかんもな?」

「ああ、さすが村長だべ。何だかんだ言っても、最後は頼りになる」


「んだな。この半鐘だって、意外とこれ中々気が付かねえだ」

「魔物にここを突破されそうになったら、ジャンジャン鳴らして皆に知らせるだ」


 男の言ったとおり、二メートル程の高さで組み上げられた魔物の防御壁の中ほどに、神社でよく見る釣り鐘を小さくした半鐘が吊るされていた。


 大きくはない。だが、大人が力一杯打ち付ければ、狭い村中に鐘の音を響かせて緊急事態を告げるだろう。


 傍には、使い古されて変色した鐘を叩くための撞木しゅもくと呼ばれる丁字型の木の棒が、短い紐に結わえられて風に揺れている。


「俺達、今から魔物をやっつけに行くんだけど……」

「ねえねえ、ここ通してもらえるの?」


 王子とタニアが、代わる代わる村人に尋ねる。


「はいはい、聞いとります。さっき村長から連絡をもらったところですだ」

「だども、たった二人で大丈夫だべ? 村の若い衆を集め方が……」


「サンキュウ。でも、まずは俺たちだけで何とかやってみるよ」

「うんうん。危なくなったら、ここまで逃げてくるからね」


「そうだか……。では、お気を付けて」


 組み上げられた丸太を結ぶ、厳重に縛られた荒縄を二人がかりで外し始める。


「せっかく貼った呪札が破れないよう気を付けるっぺ」

「んだ。任せろ!」


 すぐに丸太で出来たバリケードの一部が、ぽっかりと口を開けた。草原へと続く狭路の奥へと視線を投げかけながら、王子とタニアが防御壁を潜り抜ける。


「シスター、絶対に無理しちゃ駄目だべ!」

「うん。ありがとう。じゃあ、行ってきまーす!」


 バリケードの向こう側から心配そうに覗き込む見張り番の村人を残し、二人は山あいの通路へ足を踏み込んでいく。


「タニアがお気に入りの草原って、すぐ近くなのか?」

「うん。あそこ、左にカーブした先だよ」


 時刻は、すでに午後三時を回っていた。太陽の位置はまだ高いが、辺境の山村は陽が沈むのが早い。鬱蒼と茂る樹木の影が、狭い山道にコントラストを描いていた。


 強烈な異臭が漂い始める。ざわざわと木々を揺らす風の音だけが二人の耳に届く。普段ならうるさい程の鳥の鳴き声や虫の音が、今は一切聞こえてこない。


「ねえ、剣一? これだけ静かなのに、なんだか耳が痛いよ!」

「……しっ、静かに!」


 両側を小高い山の斜面で隔てられた狭い通路。二人並んで何とか通れる山道。左にカーブした先にある草原は、ここからではまだ見通すことが出来ない。


 その時、二人の足元の影が一瞬揺らいだ。


「ちっ、上か!」


 剣道インターハイで連続優勝した実力を持つ藤堂。魔物の気配をいち早く察知した。だが、残念ながらこの世界では、まだ剣士としてのレベルが最低な王子だった。


 後ろにいたシスターの腕を取り、かろうじてポジションチェンジするのが精一杯。


 道路脇の山の斜面の上から先制攻撃を仕掛けたスライムが、二人の退路を遮断するようにしてボヨンッと現れた。二匹、三匹と次から次へと頭の上から降ってくる。


――グギャギャッ!――


 茶褐色のスライム達が威嚇するように、ブニョブニョと身体を震わせる。


「どうする? 剣一?」

「一気に草原まで走るぞ! ここで挟み撃ちにされたら、さすがにヤバイ」


「あんっ! 待ってよー」


 慌てて杖や防具を装着するタニアが、王子の後を追う。


「フェアリー! 戦闘開始だ!」

「了解だピョン!」


 次元の裂け目から飛び出したウサギ妖精が、可愛くウィンクすると彼の視界にデータ画面がポンと浮かび上がった。


 魔物を追い詰める筈の二人が、逆に追い立てられる。山間の通路から飛び出した王子とタニアが、唖然として草原を見つめる。


「くそっ! 結構多いじゃねえか。いったい何匹いやがるんだ?」


 ポップアップしたMAP画面に、数多くスライムの表示が赤く浮かぶ。草原の中に点在する白い岩々のマス目の向こうに、一際大きな青いアイコンが光る。


「ボススライムまで、結構遠いわね」

「ああ。だが、やるしかない……、装着!」


 光を撒き散らしながら、右手にショートソードが出現した。短い白刃が陽光をキラキラと反射させる。


 一方、防具の方はお世辞にもカッコイイとは程遠い。

 上から順に、“木の帽子”に“皮の盾”そして“布の服”だ。


 それでも、防御力はゼロのシャツとジーンズ姿だった王子が、少しだけ冒険者風の外見になった。


 だが、藤堂は恥ずかしいとは思わない。先のスライムとの戦闘で、敵と交互に攻撃を繰り返すターンバトルにおいて、防御力の重要性をひしひしと感じていたからだ。


 たとえ防具はみすぼらしくても、防御力が一つでも上がればタニアの負担を減らすことが出来る。攻撃役の王子よりも、むしろ回復役の彼女に拠る所が大きいのだ。


 そして何よりも、無償で武器と防具を提供してくれた雑貨屋の奥さんの心意気!

 藤堂は、そんな彼女の想いに応えようと、短剣を握る手に力を込めて前に出る!


「行くぞ!」

「うん。背中は、タニアに任せなさいって!」


 背後から追い付いて来たスライムの攻撃を避けるように、二人はいったん草原の右側へ移動する。


「デュアルモードだよ! 剣一は足が速いんだから、ちゃんとタニアが後から付いて行ける範囲で動いてね!」


【デュアルモード】

――敵と闘う時は、なるべく前後左右に並んで攻撃ポジションを取ると有利。ペアの相手が攻撃したりされたりすると、時々追撃や支援が出来る場合がある――


 二人のアイコンが戦場MAP画面のマス目を移動する。剣士の移動力は“五”だが、シスターは“四”しかない。


 もし王子が一人で敵中に突っ込めば、ターンが回って来る度にタニアとの距離が、一マス目ずつ開いていく事になる。


 空いたスペースに敵が割り込み、お互いが孤立無援になってしまう。スライム達に数で劣る遊撃隊の二人は、絶対に採ってはならない戦術。各個撃破されるのがオチだ。


「あ、そうか。分かったよ」


「マスター! 出来れば次のターンで“平地”のマス目じゃなくて“森”や“岩山”の所で止まるといいピョン!」


 クルリと頭上で弧を描くウサギ妖精が、戦闘のコツを伝える。


 シミュレーションゲームのお約束的な仕様である。相手の攻撃を避けるのは、基本的に武器や防具の重さなどを考慮した【回避】のパラメータに依存する。


 だが、戦闘MAP上では場所によって【回避】パラメータに、固定の数値が加算されるのだ。


 例えば“森”では十パーセント、そして“岩山”では、何と二十パーセントもの数値が上乗せされる。


 ちなみに、現在王子の回避率は三パーセントしかないが、移動先を“岩山”のマス目にすれば二十三パーセントになり、敵の攻撃を四回に一度は避けられる計算になる。


 もちろん敵のポジションが、回避率が加算されない“草原”などの平地である場合に限られる。相手の居場所が“森”ならば加算は、半分の十パーセントになる。


 万一敵も“岩山”に陣取っていれば、双方共に回避率二十パーセントがプラス補正されてしまう。よって、戦闘フィールドの草原上に、ポツンと単独で存在する“岩山”のマス目は重要な拠点となる。


 シミュレーションゲームにおいては、キャラクターのパラメータもさることながら、このポジション選びが生死を分ける事に繋がる場合が少なくない。


 いかに有利なポジションを確保して敵とのバトルに持ち込むか? デュアルモードを考えた場合、ペアを組んだ相手の位置も考慮してから闘いを挑むのがセオリーだ。


「ここの地形は、タニアに任せて! 隅から隅まで、全部知っているんだから」

「よし、頼む。でも、前のスライムには近づくなよ。今は、後ろの奴から先に片付ける」


 幸いな事に、MAPの右側には魔物の姿が少ない。タタタッとタニアが草原を駆ける。手近な岩の上にヒョイっと飛び乗り、手を振って王子に手招きした。


「剣一! こっち、こっち」

「タニアってば、ナイスチョイスだピョン! そこ、バッチリだピョン」


 王子がシスターの手前にもう一つある“岩山”で待機すると、二人の頭上でウサギ妖精が手を叩いて喜んだ。


 ちょうど王子とタニアが陣取る二つのマス目だけが回避率の高い“岩山”であり、周りは全て地形効果が加算されない平野の“草原”だ。


――グギャギャッ!――


「よし、来やがれ!」


 ようやく後ろから追いついて来たスライム①が、待機状態の王子に先制攻撃をかける。ぶわんと三十センチほど飛び上がり、いつもの体当たり攻撃だ。


「よし、見切れる!」


 地形効果を十分利用した王子が、魔物のジャンプする軌跡からその身を逸らせる。次の瞬間、足元へ着地してぶよぶよと流動する軟体動物に、袈裟懸けの一撃を見舞う。


――ズシャッ!――


「ちっ。ショートソードでも、まだ一撃で倒せねえ」

「焦っちゃ駄目。一匹ずつよ!」


 その後ろから二匹目が迫る。一匹目の横を通り過ぎ、王子の右側面へ移動してきた。現在の戦闘MAPを図形化すれば、こんな風にアイコンが並んだ状態だ。


――スライム②のターン――


今度も後手に回る王子に容赦なく魔物が襲い掛かる。気味の悪い粘着質な液状の身体を震わせて、ズンッと前へ出る。


「痛っ! くそっ、さすがに全部は見切れないか」


 ショートソードを斜めにかざし、スライムの体当たりを受け流そうとしたが、どうやら失敗したようだ。


【戦闘情報】

 ┏━━━━━━━━━━━

 ❙ 氏名:藤堂剣一

 ❙ 職業:剣士

 ❙ LV:0

 ❙ HP:19/20

 ❙ ■■■■■■■■■■

 ❙ ■■■■■■■■■□

 ┗━━━━━━━━━━━


「だが、防具のお陰でダメージが少ない。雑貨屋の奥さんに感謝だな」

「主よ、彼の者の御霊みたまを回復させ給え。ライファ!」


 右手に短い杖を握り、左手には聖書を抱えるシスターが、王子の背中から呪文を唱える。天から光の輪がいくつも降臨し、藤堂の怪我を癒していった。


「俺のHPはそれほど減ってないから、無理しなくてもいいぞ」

「うん、そうだピョン。でも、回復するとシスターは、経験値を稼げるんだピョン」


「へぇー、そうなんだ」

「うんうん。だから、じゃんじゃん回復してあげるからね!」


 頼もしいシスターの声を聞きながら、次は王子のターン。


 中丞流の脇構えから、一撃をもらったスライム②へ、短剣をズブリと突き刺した。


――グギャギャッ!――


 まるでゼリーにナイフを入れた時の手応えだ。茶褐色の軟体動物が、僅かにHPを残して身を震わせる。


 さらに今度は、王子のターン。無論移動する事なく、その場で先制攻撃だ。最初の一撃でHPを削ったスライム①に一撃をお見舞いし、まず一匹目の魔物を葬った。


「えーっと。タニアはここで、このまま待機だよね?」


 タニアのターンだったが、王子の背後から移動せずにその場で行動を終了する。


「それ正解だピョン。弱ったスライム②の横まで、無理して叩きに行く事はないピョン。今のポジションをキープして、ここは我慢、我慢」


 知能は低くとも野性の本能なのか? スライム②が王子の隣から一マス移動して、シスターの側面から攻撃をかける。すかさずタニアを庇おうとする王子だったが……。


「やらせるか! ……何だ? ち、畜生! “身代わり”が効かねえー」

「マスター、デュアルモードは百パーセント補助じゃないピョン!」


「大丈夫よ、剣一。タニアもアクセサリーで守りがアップしているから」


 身を硬くして敵の攻撃に備えるシスターは、そう言いながらもスライム②のタックルを何とか避けることに成功した。


「キャッホー! 地形効果バンザーイ。いくよー、今度はタニアの番なんだからね」


 嬉しそうに短い杖を振り上げるシスターの目が踊っている。頭上から一直線、必殺の打撃がスライム②の上部に伸びる。


――グギャギャッ!――


 王子よりも弱いと踏んだシスターの隣に、わざわざ移動してきた魔物が断末魔の叫びを上げた。王子に削られて残り少なかったスライム②のHPが底をついた。


 シュウシュウと嫌な音を立てて、粘液状の魔物が草原の露と消えてゆく。


「お、いけるぜ!」

「剣一が削って、タニアがトドメを刺す! うんうん。予定通りだね」


 さらに山あいの狭い通路を抜けて二人を追ってきた最後のスライム③が、王子の隣にへばりついて戦闘を仕掛けるが、難なく避けた彼に必殺の一撃を受けて溶け始めた。


「へ? 俺が削って、お前が回復じゃなかったっけ?」

「気にしない、気にしない。次、いってみよー」


 敵を退けた王子が、背中で得意顔をするシスターに振り向いた。思わず幼馴染に声を掛けるが、タニアは平気な顔をしながら新たな敵を求めて駆け出して行く。

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