第9話『ようやく二人で、装備完了?』

【前回までのあらすじ】

――藤堂と共にこのS-RPGの世界へ飛ばされた彼の部下。“酒田鉄平”は、今いずこ? 第三の遊撃隊員候補者を探しに、村長の家へと向かう王子とシスターの二人――


【本文】

「マスターってば! ぼうっとタニアの顔に見とれていないで、早く行くピョン!」


「なっ? ば、馬鹿! 変な事言うな」

「え? そうなの? もうやだ、剣一ったら……」


「もうぅぅぅ! 早くしないと、チュートリアル様が妖精界へ乗り込んで行っちゃうピョン! 私の仲間がみんな丸焼きにされて、特産品にされちゃうピョン!」


「へい、へい」

「村長さんのお家は、公民館を挟んだその向こうだよ」


 種族の危機を訴えるフェアリーに促され、遊撃隊の二人が王子の自宅を後にする。


「これは、王子様。仰って頂ければ、私の方から出向きましたものを」


 村長宅を訪れた王子とシスターを玄関先で出迎えたのは、村長その人だった。田舎造りの建物は、他の村人の家と比べてもそれほど大差ない。


「昨日は本当に助かりました。ボススライムを追い払って頂いたおかげで、今の処ベリハムの村にさしたる被害はございません」


「そりゃ良かった」

「村外れにある草原への通路を早い段階で、閉鎖する事ができて本当に幸いでした」


 その時、玄関の奥から村長の夫人が顔を覗かせる。


「あなた! 王子様に立ち話なんかさせて……。さぁ、どうぞ。散らかっていますが」

「おお、そうだった。ささ、お二人ともお上がり下さい」


 王子とシスターが客間に案内され、古めかしいがクッションの効いたソファに腰を降ろす。村長とは対称的にスレンダーな奥方が、お盆に乗せた紅茶を出してくれた。


「ねえ、村長さん。あの娘は元気?」


「公民館で命を救って頂いた娘ですね。はい、両親も大そう感謝しておりましたので、近い内にお礼に上がると思います」


「そんなの別にいいのにね、剣一?」

「ああ、気にするなって、村長からも一言伝えておいてくれよ」


「分かりました。ところで、今日は私に何か御用でしょうか?」

「そうそう。ちょっと聞くけど、この村に“酒田鉄平”というキャラはいないか?」


「キャラ?」

「ああ? ああ、キャラクターって言うか。酒田って言う名前の人間だよ」


「酒田ですか……。はて?」

「俺よりデカイ大男でさ。たぶん職業は、戦士か何かだと思う」


「巨漢の戦士でございますか…。村に一軒だけある宿屋にも、それらしい人物は泊まっていないと思いますが……」


(そうか。ひょっとして、他の村や町に飛ばされた可能性もあるか? そう言えば、自宅のリビングにあった大きな地図。この世界……アメリア大陸だったか?)


 老執事の社会勉強に出てきた戦乱の続くこの世界。とんでもなく広いこの国々の中から、たった一人のキャラクターを探し出さねばならない困難さに思わずため息が出る。


「はぁ」


 村長夫人が出してくれた紅茶に、せっかくだからと手を伸ばす。口元までティーカップ持ち上げると、琥珀色に輝く液体から鼻腔をくすぐる芳しい香りがする。


 そっとカップの淵に唇を寄せて一口すする。甘味の強い紅茶のテイストが、口の中一杯に広がる。あまりの旨さに喉の奥へ流し込むのも忘れ、再びカップに口をつける。


 王子のアバターをまとった藤堂。他のキャラとの会話やバトルで視覚・聴覚・触覚が完全にシンクロしているのは分かっていたが、どうやら嗅覚と味覚も同様のようだ。


「もう! 剣一ったら、何よ。タメ息なんかついちゃって。大丈夫よ。遊撃隊には、タニアがいるじゃない!」


「そうだな。頼りにしてるよ」

「まっかせて!」


「おや、王子様。ひょっとして新しい軍隊を率いられるのですか?」

「ああ。……と言っても騎士団レベルじゃなくて、遊撃隊どまりだけどな」


「いえいえ。それでも立派なものですよ。おめでとうございます。王子様の出身地であるこのベリハムの村は、全面的に貴方様をバックアップいたしますぞ」


「え?」

「やったね、剣一。これで遊撃隊の活動拠点が出来たじゃない?」


「活動拠点って?」

「待ってました! その説明は、フェアリーに任せるピョン!」


 王子の肩に止まっていたウサギ妖精が、ここぞとばかりに飛び回る。王子への説明役としての自覚が芽生えたのか? 老執事の地獄の恫喝が蘇っただけかもしれないが。


「一般的に騎士団などに代表されるような軍事組織は、とかくお金が掛かるピョン」

「あー、そりゃそうだ」


「そこでこの国の軍隊は、組織の運営費を捻出させるために、村や町、都市などをその支配下においているピョン」


「なるほど。町や都市の首長も、無用な戦乱には巻き込まれたくもないだろうしな。騎士団に資金を提供する代わりに、他国の軍隊や無法者達から守ってもらうのか」


「正解だピョン。例えば、アンドレ第一王子率いるダイアモンド騎士団は、もちろん首都を支配下においているから、軍資金はどこよりも豊富にあるピョン」


「うちのジョナサン家は、東部の主要都市かな? お父様は、あちこちの街や都市を一年中視察に行ったりして、実家に戻って来ない日が結構あるもん」


 ワーシントン王国有数の貴族である事を自慢するような素振りは微塵もない。逆に令嬢であるはずのタニアは、自分の家の事を口にすると少し寂しそうだ。


「そういう訳で、王子様。本日よりこのベリハムの村は王子様の管轄にして頂きます」

「いいのか? 村長の一存で決めてしまって?」


「いえいえ、ご心配には及びません。昨日村の役員が総出で魔物が出る草原への通路を閉鎖した折、ちょうどこの話が出ましたので。もちろん全員一致でした」


「それならいいんだ。取り合えず、あの魔物は早急に退治するつもりだしな」

「おおっ! それは、ありがたい事です。ただ……、その……」


 王子がスライムを退治してくれると聞いて喜んだのもつかの間、村長の表情に暗い陰りが見えた。ゴニョゴニョと言い出しにくそうな雰囲気だ。


「どうかしたのか?」

「ちょっと、剣一ったら! 少しは気を使ってあげなさいよ」


 王子の耳に手を当てながら、タニアが小さな声で呟く。

 それを聞いてようやく合点がいったのか、王子が村長に話しかける。


「あ、ああ! いいって、いいって。ここが僻地にある辺鄙で、ど田舎で過疎の村なのはよく分かっているよ。だから軍資金の提供なんて、当てにしていないから」


「もう、全然気を使っていないじゃない!」


「お、恐れ入ります。何かこの村ならではの特産品でもあれば、王子様の遊撃隊を経済的にご支援できると思うのですが……」


 恐縮する村長のセリフに王子がふと思い出す。


「特産品? 名物か……。そういえば爺さんが言ってたな。ウサギの丸焼き……」


 王子の言葉に、今度はフェアリーがパニックを引き起こす。柔和な老執事が吐き出す悪魔のような脅し文句が妖精の頭に蘇ったのだ。


「キャー! キャー! キャー! 駄目ピョン、それは絶対、絶対に駄目ピョン! もう居眠りしないであります! マスターに忠誠を誓うでありますピョン!」


 フェアリーがビュンビュンと村長宅の客間を飛び回る。そして最後は王子の目の前で直立不動の姿勢で固まっている。


 敬礼するその姿は、バニーガールのコスチュームよりもミリタリーの衣装の方が似合いそうだ。


「可哀想じゃない、そんなにいじめちゃ!」

「あ? 悪い、悪い。そんなつもりじゃなかったんだ」


「それよりも、剣一の後輩だった? どうやら村長さんも、その酒田さんって言う人の居場所を知らないみたいだし。今は、装備の方をなんとかしない?」


「そうだな。それが先か」

「うん!」


 そう言いながら二人が立ち上がる。


「何のお構いも出来ませんで」


 玄関先で申し訳なさそうに頭を下げる村長が、王子とタニアを見送る。村に一軒しかない雑貨屋へと足を急ぐ二人の背中を見つめながら独り言を呟く。


「“酒田”って言う名前の大男ねえ……」

「あなた、何か言った?」


 夫の独り言を耳にした妻が、エプロン姿のまま家の奥から出てくる。


「うん? いや、王子様が人を探していらっしゃるんだ。どうやら新しく設立された遊撃隊の新規加入の候補者らしいんだが、お前心当たりはないか?」


「酒田さん? さぁー聞いた事はないわね。職業は何をなさっている方なの?」


「戦士らしいんだ。王子様よりも、体格が良いらしいんだよ」

「へぇ。剣一様も結構背が高くていらっしゃるのに、もっと大柄なのかしら?」


「ああ。もしそんな大男が村に居たら、すぐ村長の私の耳に入ってくる筈だしな」

「それもそうね」


 その時、夫人が何かを思い出す。


「あっ! そう言えば、あなた。村の宿屋にお客さんが泊まっていたんじゃなかったかしら? 二人連れの内、一人は確か凄い筋肉質の戦士だって、誰かが噂していたじゃない?」


「お前、私の話をちゃんと聞いていたかい? 王子様は、戦士の大男をお探しになっておられんるんだよ?」


「あ、そうでしたわ。いくら体格が良くてもねー」


 彼女がポンと相槌を打つ。


「だろ? 王子様がお探しになっていらっしゃる戦士と言っても、あの人は違うよ。そう思って、何も言わなかったんだ」


「ところで今日の夜も公民館で、村の役員さんたちと打ち合わせでしょ?」


「ああ、魔物対策だよ。王子様には近い内に何とかして下さると仰って頂いたが、かと言って何もせずに放っておく訳にもいかん」


「なら、ちょうどいいじゃない? 村の人達にその“酒田”って人の事を聞いてみれば?」


「おお、それはいい考えだな。このベリハムの村全体で遊撃隊をバックアップすると宣言しておきながら、結局は王子様に頼ってばかりいたんじゃ近所の笑いものだからな」


「そうね。軍隊はお金が掛かるんでしょ? 軍資金の提供も何とかならないかしら?」

「王子様にも申し上げたんだが、この貧しい村の財政も厳しい状況だしな」


「何か“コレ”って言う村興しイベントのアイデアでも、あればいいんだけど……」

「名物、特産品、村興しか。うーん、そいつは難しいなー」


 遊撃隊の二人が通りの角を曲がって姿を消すまで、村の将来を憂う村長夫妻は見送っていた。


――■――□――■――


「あっ、剣一。ここが雑貨屋さんだよ」

「へぇー。本当に普通の民家と同じだな。一階が店舗で二階部分が居住用スペースか」


 村長の家から五分とかからず、二人は目的の店屋に着いた。

【雑貨】と書かれた年代物の看板が、入り口の扉の上で風に揺れている。


「ごめん下さーい」


 タニアの声と一緒に、錆びたカウベルがガランと来客を告げる。


 狭い店内には所狭しと商品が並べられていた。武器、防具、道具から日用品まで雑然と置いてある。


「いらっしゃいませー」


 お利口にも店番をしていた幼女が、元気良く声を張り上げた。


「あら!」

「おっ」


「あ、お姉ちゃんだ! お母さーん。シスタ-のお姉ちゃんと、ちょっと頼りないお兄ちゃんが来たよー」


 昨日二人が助けた幼女は、どうやらスライムに襲われた後遺症もなさそうだ。店の奥に向かって大きな声で呼びかける。


(ちぇ、頼りないは余計だろ?)


 藤堂が心の中で苦笑していると、ガラガラと引き戸が開いて母親が顔を見せる。あの公民館で、危うく魔物の餌食になりかけた愛娘をしっかりと抱きしめていた女性だ。


「まぁ、これはお二人共お揃いで。今日にでもお礼に伺おうと思っていたんですよ」

「いいんですよ、そんな事。ね、剣一?」


「ああ。人間だったら同じ事をすることさ。例えば、子どもが川で溺れていたら、誰だって後先考えずに飛び込むだろ?」


「うんうん。たまたま私達が、あの場に居合わせただけだもん。改まってお礼なんか言われると、くすぐったくなっちゃうよ」


「ありがとうございます。ねえシャイナ? お父さんはどこ?」


「うーんとね。ちょっと出掛けてくるって。お店番をしたらお駄賃あげるって。お菓子貰っちゃった、えへへ。あっ! いけない。お母さんには内緒だった。どうしよう?」


 小さな可愛らしい手に握り締めた飴玉が一つ。父親と指きりして約束した事をばらしてしまい、母親に取り上げられないか心配そうな表情で見つめている。


「いいのよ。お店番はもういいから、部屋でそれ食べていなさい」

「ハーイ。絵本の続き読もうっと」


 トテテっと幼女が駆け出し店の奥へと消える。

 女神のような微笑で娘の後姿を見送った母親が、一転して鬼の形相に変わる。


「あんの甲斐性なしの宿六が! 娘が昨日あんなに怖い目にあったっていうのに! 帰ってきたらギッタギタにしてやる!」


「あ、あのう……」


 恐る恐る王子が激怒する彼女の背中に声を掛ける。


「あらやだ。すいません、お見苦しいところをお見せして。おほほほ」


 その声に振り返った雑貨屋の奥方が、左手を口元に当てて品よく笑う。振り向く瞬間に表情を一変させた特殊スキルは、主婦ならではの特技だろうか。


「あー。今度王宮からの通達で遊撃隊を組織する事になったんだ」

「それは、それは。おめでとうございます」


「それで、俺達二人の装備を整えようと思って立ち寄ったって訳なんだ」

「さようでございますか。では改めて、“いらっしゃいませー”」


「あはは、それはさっき娘さんが元気よく言ってくれたよ」

「そうですか。父親に似ず、よく出来た娘で。本当にありがとうございました」


「あ、いえいえ。大した事じゃ……」


 再び礼を言い始める雑貨屋の奥方とそれに応える王子。それでは用件が終わらないので、タニアが横から助け舟を出す。


「じゃあ、剣一の装備から始めましょ」

「え? いいのか、お前?」


「大丈夫、大丈夫。えーっと奥さん。まずは武器から見せてもらえる?」

「はい。と言っても、こんな田舎の雑貨屋なので大した物はないんですよ」


 店の壁の一角に、ナイフや斧が立て掛けてある。ひと目で新品ではない事が分かる。握り柄の部分にキズがあったり、刃が欠けた物がほとんどだ。


「お、ショートソードがあるな」


 中古だが手入れが行き届いた短い刀は、雑貨屋の窓から差し込む陽光にキラキラと輝いている。妖精が管理する情報として所持されるから、普段持ち歩く為の鞘は必要ない。


「フェアリー?」

「ハーイ。情報画面を出すピョン」


 エイっとウサギ妖精がいつものウィンクで、王子のデータを表示する。藤堂の視界に

武器・防具の装備画面とステータス画面がポップアップしてきた。


【直接武器】

 ┏━━━━━━━━━

 ❙ 片手:ナイフ

 ❙ 両手:なし

 ┗━━━━━━━━━

【防具】

 ┏━━━━━━━━━

 ❙ 頭部:なし

 ❙ 頚部:なし

 ❙ 腕部:なし

 ❙ 手首:なし

 ❙ 身体:なし

 ❙ 足首:なし

 ┗━━━━━━━━━

【ステータス】

 ┏━━━━━━━━━

 ❙ LV:0

 ❙ HP:20/20

 ❙ 直攻:3

 ❙ 直防:0

 ❙ 魔攻:0

 ❙ 魔防:0

 ❙ 必殺:5

 ❙ 回避:3

 ┗━━━━━━━━━


「王子様、気に入った物があれば手に取ってご覧下さい。仮装備の状態になってステータスも変化する筈ですわ」


「へぇー、どれどれ」


 そう言いながら他の武器と共に壁に立てかけてある短剣を手に取る。白刃が輝きを放つそのショートソードは、中古ではあるが十分戦闘で使えそうだ。


【直接武器】

 ┏━━━━━━━━━━━

 ❙ 片手:ショートソード

 ❙ 両手:なし

 ┗━━━━━━━━━━━

【ステータス】

 ┏━━━━━━━━━━━

 ❙ LV:0

 ❙ HP:20/20

 ❙ 直攻:5

 ❙ 直防:0

 ❙ 魔攻:0

 ❙ 魔防:0

 ❙ 必殺:5

 ❙ 回避:3

 ┗━━━━━━━━━━━


「なるほど。直接攻撃が二ポイント上昇したな。けど、必殺の数値は変化無しか」

「ねえ。そっちにある斧なんかも。いいんじゃない?」


 どちらかと言えば武器と言うよりも、草木を切り倒して深い山へ割って入って行く時に使うと便利そうだ。刃は鋭く光り、持ち手の部分を獣の皮で巻いた細工が施してある。


「あー。これは駄目だな。手に取っても【直接武器】の表示が変わらない」

「そっか。職業が戦士とかじゃないと斧は無理なのね」


「だな。俺は一応剣士だから、刀剣類の武器しか装備が出来ない設定なんだろ」

「何だ、残念。せっかく攻撃力が高そうなのにね」


「仕方がない。贅沢言えば切りがないしな」

「そうだね。じゃあ次は防具だね」


「防具はこちらにございます。すいません、足元にお気をつけ下さい。うちの亭主が、ちっとも店の中を片付けないものですから」


「とりあえず盾よね?」

「最初は“木の盾”ぐらいか?」


 王子が丸い盾を手に取ると【防具】の装備箇所の腕部に“木の盾”と表示される。


「おっ、直接防御の数値が一つアップした」


「王子様、こちらの“皮の盾”はいかがですか?」

「わお! これって木の盾の表面に、獣のなめした皮が貼ってあるんだね」


「はい。多少ですが、剣戟を弾いたり剣圧を和らげたりする効果がございます」


「うーん。ただ少し値段が……。タニアの防具も揃えないといけないし。チュートリアルが用意してくれた資金にも限りがあるんだ」


 二百バーツと表示された値札を見つめて王子がぼそっと呟いた。


「王子様! そんな水臭い事を仰らないで下さい。お代を頂こうなんて、これっぽっちも思っていませんわ!」


 憤慨した雑貨屋の奥方が、本気で怒りを露わにする。


「大事な娘の命を助けて頂いた方に、うちの旦那が拾ってきたこんなガラクタを売りつけるような真似が出来ますか?」


「あ、いや。その……」


「店の場所ばっかり取って、邪魔で仕方がなかったんですよ。遠慮なさらずに、好きなだけ持って行って下さいな」


「キャッホー。良かったね、剣一」

「ああ。軍資金が減らない事に越したことはないからな」


 王子とシスター。それに雑貨屋の奥方と妖精のフェアリーも加わってワイワイガヤガヤ、ああでもない、こうでもないと全員で店に置いてある装備品を見繕う。


 現在のレベルで装備できる武器と防具をようやく調えた二人。最初の村で行える初期装備としては、これが精一杯の内容だった。


「木の帽子と皮の盾、それに布の服で防御が少し上がったか。スライムの攻撃ダメージをちょっとは軽減できそうだな」


【直接武器】

 ┏━━━━━━━━━━━

 ❙ 片手:ショートソード

 ❙ 両手:なし

 ┗━━━━━━━━━━━

【防具】

 ┏━━━━━━━━━

 ❙ 頭部:木の帽子

 ❙ 頚部:なし

 ❙ 腕部:皮の盾

 ❙ 手首:なし

 ❙ 身体:布の服

 ❙ 足首:なし

 ┗━━━━━━━━━

【ステータス】

 ┏━━━━━━━━━

 ❙ LV:0

 ❙ HP:20/20

 ❙ 直攻:5

 ❙ 直防:3

 ❙ 魔攻:0

 ❙ 魔防:0

 ❙ 必殺:5

 ❙ 回避:3

 ┗━━━━━━━━━


「ねえ、剣一? 見て、見て! どう、このアクセサリー?」


【直接武器】の“杖”と【魔法書】である“聖書”に替わる武器は、どうやら村の小さな雑貨屋にはなかったようだ。その代わり細い手首に、銀のブレスレットが光っている。


【直接武器】

 ┏━━━━━━━━━

 ❙ 片手:杖

 ❙ 両手:なし

 ┗━━━━━━━━━

【魔法書】

 ┏━━━━━━━━━

 ❙ 片手:聖書

 ┗━━━━━━━━━

【防具】

 ┏━━━━━━━━━

 ❙ 頭部:ケープ

 ❙ 頚部:ネックレス

 ❙ 腕部:なし

 ❙ 手首:ブレスレット

 ❙ 身体:修道服

 ❙ 足首:なし

 ┗━━━━━━━━━

【ステータス】

 ┏━━━━━━━━━━━

 ❙ LV:0

 ❙ HP:20/20

 ❙ 直攻:1

 ❙ 直防:4

 ❙ 魔攻:0

 ❙ 魔防:0

 ❙ 必殺:3

 ❙ 回避:3

 ┗━━━━━━━━━━━


「え? あ、ああ。よく似合っているよ。その修道服にピッタリだ」


 胸元をザックリとハート型に切り取ったデザインの黒いワンピース。十六歳とは思えないほど豊かに発育したタニアの胸の谷間で、十字架のネックレスが揺れる。


「えへへ、そう? でも色は、シルバーじゃなくてゴールドの方が良くない?」


 王子の返事に、満更でもなさそうなタニア。

 だが、自分を見つめる王子の視線の方向に気づく。


「……ん? ちょっと、剣一ったら、どこを見ているのよ! ネックレスじゃなくてこっちのブレスレットだよ! もう! 十字架は、最初から身に着けていたでしょ!」


 ほっそりとした彼女の手首にはめられた銀の腕輪が、王子の目の前に突き出された。ぷっくりと頬を膨らませて、不満そうに口を尖らせる。


(ギクッ!)


 藤堂の視線は、本当はネックレスの十字架ではなく、それを半分挟み込んでいる魅惑の谷間に釘付けだったのだが、慌ててサラリーマンスキル“弁解”を発動させる。


「い、いや。その修道服って結構防御力があるんだなって。じゅ、十字架とセット装備なのかなー? なんて考えたりしていたのさ。ほら、俺の布の服より数値が高いし」


 確かに王子の直接防御力は「4」しかないが、タニアは「5」だ。木の帽子、皮の盾と布の服を合わせても、シスターのエロいコスチュームに負けている。


「えへへ。いいでしょ? これ実は、タニアがお世話になっている教会のシスターから貰ったお古なんだよ。彼女がまだ見習いだった頃に、着ていたんだって」


 むくれていた顔が、パッとはにかんだ笑顔に変わる。黒いワンピースの腰の辺りを指で摘みながら、グレイの瞳が表情豊かに大きく開かれて王子を見つめた。


 さすが商社マンの営業で腕を磨いた“弁解”トークだけの事はある。防御力の差という具体的な数値を示す事により、見事彼女の疑惑の目から逸らせる事に成功した。


「へぇー、そんな風には見えないな。バッチリ決まっているし」

「そうかな? でも、最近ちょっと胸の辺りがきついんだよねー」


 そう言いながら両肘を直角に曲げてギュッと力をこめる。ただでさえ藤堂の視線をロックオンさせてやまない巨大な膨らみが、彼女の何気ない仕草でさらに凶暴さを増す。


「どうしようー、タニアまた太っちゃったのかも?」

「い、いや。そこは太ったんじゃなくて、成長期だからだろ?」


「だよね? だって、ウェストはまだ余裕あるもん」


 そう言いながら、首を下に曲げて自分のお腹周りの生地をチェックする。


 王子が、そんなうつむき加減な体勢のシスターを斜め上から見下ろすと、そこにはまたしても豊かな渓谷。十字架をスッポリ埋もれさす絶景に、しばし見とれてしまう。


(はっ! ヤバイ、ヤバイ)


 シスターに不届きなガン見の視線を悟られる直前、我に返った藤堂が声を掛ける。


「あー、装備はこれくらいでいいんじゃないか?

「うん、そうだね。奥さん、どうもありがとうございました」


「いえいえ。うちの旦那に言って、次はもう少しマシな装備を仕入れておきますわ」


 そう言って雑貨屋の入り口の扉を押し開けてくれた。ガランとカウベルが狭い店内に乾いた音を響かせる。


すると、それを聞きつけたのか、奥の部屋から幼女がひょっこり顔を覗かせる。


「お姉ちゃん。それと頼りないお兄ちゃーん。お買い上げありがとうございました!」


「ちょっと、シャイナったら!」


 命の恩人に失礼があっては申し訳ないと、慌てて母親が愛娘をたしなめる。


「ははは、しっかりしているな。あの娘」

「シャイナちゃん、またねー」


 店の奥にタニアが手を振って答える。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る