第7話『彼女と仲直りして、部隊編成?』
【前回までのあらすじ】
――突如、村を襲撃するスライムの群れ。何とか数匹を倒した王子(藤堂)とタニアだったが、二人の前に魔物のリーダー【ボススライム】が立ちはだかる!――
「何だ? あのスライム……」
油断なく周りに蠢く魔物達の気配を読みながら、中丞流の基本姿勢を保つ。その背後に陣取るタニア。
驚いた事に、足元の幼女を庇いながら戦闘を続ける彼女は、一歩も動いていなかった。
「あれ、ボススライムよ。きっと」
「奴が、この魔物部隊のリーダーって訳か?」
「くそっ! 参ったな、あいつ。レベルもHPも、結構あるじゃねえか!」
配下を従えた魔物の群れが、一段と高い唸り声を上げる。
(確かこの手のゲームは、イベントで現れた敵の指揮官をやっつけると、ミッションクリアっていうのが普通だよな。しかし……。今の俺に、やれるか? あいつ!)
胸の内で自問自答しながら、モンスター達の動きを目で追う。そんな藤堂の心中を察したように、ボススライムが移動を開始する。
「見て! 剣一。魔物達が村外れの草原の方へ逃げていくよ」
スライムのリーダーが、現在最低レベルの王子に恐れを抱いたとも思えない。
だが、野生の本能が王子の中にいる、藤堂の計り知れない実力を敏感に感じ取ったか?
まるでボスに率いられたサルの群れのようだ。茶褐色の軟体動物達が、青いスライムの後を追う。ズルリズルリと身体を引きずり、一匹また一匹と村から姿を消して行く。
「ふぅ。最初のバトルは、何とか切り抜けられたみたいだな」
難局を逃れた王子が一息つく。バトル終了と判断されたのか、右手の小ぶりなナイフが蛍の光のようにボワッと輝き始め、小さな鉄の原子へと戻っていく。
シスターの杖と聖書も、目映く煌めきながら虚空へと消えていく。ピッタリとフィットした彼女の修道服に、杖などを納めるポケットが見当たらないのはこういう訳だ。
「お姉ちゃん……」
シスターにしがみ付いていた幼女が、タニアを見つめる。
「ほらね! 言ったとおり、このお兄ちゃん強いでしょ?」
「うん! 最初はズッコケて、頼りなさそうだったけどね!」
再び腰を落とし、タニアが幼女と向かい合う。安心させるように、小さな手を握り締める。しゃがんだまま、見上げるようにして二人で王子に目を向けた。
感謝の色を示す幼馴染のシスターの視線と王子を見上げる幼女の眩しい眼差し。ジーンズにTシャツ姿の藤堂が、照れ臭そうに頭を掻く。
「あっ、お母さんだ。ここだよー。お母さーん」
「ああ、良かった。王子様、ありがとうございます。何とお礼を言っていいか……」
公民館の敷地を小走りで駆け寄った母親が、ギュッと愛娘を抱き締める。幼女をしっかりと抱え上げ、涙ぐみながらお辞儀をする。
「あー、それならタニアに言ってやってくれ。彼女が居なかったら、恐らくその娘はスライムの餌食になっていた筈だから」
「ありがとうございます、シスター。本当に、ありがとうございます」
「い、いえ。その私、まだ見習いだけどシスターだし。し、仕事っていうか。その……」
何度も何度も頭を下げる母親に、タニアがあたふたと手を横に振って答える。しどろもどろになったシスターの態度に、王子がフッと笑みを浮かべた。
(今朝いきなり平手打ちを喰らって、『なんだ、この暴力女!』って思ったけど、どうやら性格は素直でいい娘なんだな)
今朝自分がやった不届きな行為をすっかり棚に上げて、藤堂が感心する。
「お姉ちゃん、バイバーイ。頑張ったお兄ちゃんも、またねー」
田舎の村に建つ家並みに幼女の声が響く。王子達に向かって何度も頭を下げる母親。彼女と並んで家に帰る幼女が、ニコニコ笑いながら小さな手をずっと振っている。
「お二人とも、本当に助かりました。村長の私からも、礼を言わせて頂きますぞ」
村の存亡に関わる危機に、パニック陥っていた村長がようやく落ち着きを取り戻し、遅まきながら太った身体を折り曲げて礼を述べる。
「魔物は、全滅した訳じゃないぜ」
「そうよ村長さん。たぶん村外れに、まだ居るんじゃないかな?」
「はい。今からすぐに、草原への通路を塞いでしまいます。村人がうっかりあそこへ立ち入って、魔物に襲われでもしたら大変ですからな」
「その方がいいな」
「では、私は急いで村の役員と一緒に、バリケードを作らねばなりませんので……。あっ、そうだ! 村の雑貨屋に魔物避けの呪札って、まだあったか?」
ぶつぶつと独り言を呟きながら立ち止まっては腕を組み、駆け出しては首を捻る村長。
「そっか。あそこ、当分立入禁止なんだ……」
村長の背中を複雑な表情で見送るシスターに、王子が声を掛ける。
「どうかしたのか?」
タニアの顔に寂しそうな翳りが映る。
草原を渡る風。緑の大海原に点々と島のように浮かぶ白い岩々。ムシャクシャした気分を、いつも解消させてくれたあの場所へは当分行けそうにもない。
「お、俺が退治してやるよ。スライムリーダーなんか、目じゃないさ……たぶん」
「ホント? タニアの大切な場所を取り返してくれる?」
恥ずかしそうに頭をガシガシと掻く藤堂は、こういうシチュエーションに全くといっていいほど慣れていなかった。
大きな瞳で見つめ返してくる少女の顔。その内、まともに見ることも出来なくなってそっぽを向いてしまう。女の子には、からっきしなサラリーマンだった。
「け、今朝はゴメン。俺、昨日から記憶が飛んじゃったみたいでさ。お前があんまり魅力的っていうか……その……。つい、あんな事をしちゃって。ホント悪かった!」
「……良かった。元に戻ったみたいだね?」
「何が?」
「だって今、タニアの事を『お前』って呼んでくれたもん。今朝はずっと私の事、『君』って言ってたじゃない?」
「……あっ!」
(そう言えばそうだ。何だかこの娘と喋っていると、本当に幼馴染って気がしてくるから不思議だ。今日初めて出会った……、って言うか単なるゲームのキャラなのに)
束の間の沈黙が二人を包む。
早朝からこのゲーム世界のチュートリアルをこなし、バトルイベントも何とかクリアした藤堂。天空には既に太陽が高く昇り、さわやかな風が二人の間を吹き抜ける。
そんな沈黙を破るように、小さなバニーガール妖精が、村中に響き渡るような甲高い声で叫んだ。
「もぉぉぉぉ! 二人共じれったいピョン! マスターってば、さっさとタニアに遊撃隊に入ってもらう話をするピョン!」
「あ、そうか。肝心な事をすっかり忘れていた」
「何なの?」
「王城から伝令の使者が来ていただろ?」
「うんうん。ちゃんと会ったんでしょうね?」
「いや、それが帰った後だった」
「えー! タニアが、せっかく起こしに行ってあげたのに」
「ごめん。今朝はその……。昨晩飲みすぎて、どうかしていたんだ」
「十六歳になって、飲酒OKになったのは分かるけど。飲みすぎは駄目だよ」
アメリア大陸では、ほとんどの国や自治領で「お酒は十六歳になってから」とされている。日本と違い、結婚も男女共に十六歳からと法律で定められている。
「マスター、身体は大事にするピョン!」
妖精の世界にもアルコールがあるのか、フェアリーが訳知り顔で王子の頭上をクルクルと飛び回る。彼女に味方してくれた小さな援軍に微笑みつつ、シスターが尋ねる。
「で? どんな要件だったの?」
「俺が見たのは、一枚の紙切れだけなんだ。それが、国王の命令書らしくてさ」
「ふーん。どんな内容なの?」
「あー、確かこんな具合で……」
すると王子が両腕を突き出して、羊皮紙を胸の前でパッと縦に開く真似をする。姿勢を正し、神妙な顔つきで読み上げる。しかもずれた片眼鏡を直すゼスチャー付だ。
「ウォッホン。藤堂剣一、汝はワーシントン国の王子としてその責務を果たすよう申し伝える。ベリハムの村にて遊撃隊を組織し、我国軍の一翼を担うべし。以上」
「キャハハハ。もうやだ、剣一ったら。“爺や”さんソックリじゃない!」
「うぷぷ、ホントだピョン。チュートリアル様の特徴バッチリ、激似で怖いピョン」
二人で自宅へ帰る途中、舗装もされていない荒れた村の通りの路肩で、シスターが爆笑している。重力に縛られない妖精は、空中で寝転がったままジタバタと手足を動かす。
「ふぅー、可笑しかった。なるほどね、剣一もついに一軍の将って訳ね? そっか、だから妖精がいるんだ」
「私、フェアリー。よろしくピョン」
「タニアよ。こちらこそ、よろしく。仲良くしてね」
ぺこりと空中でお辞儀する小さなバニーガールに、シスターがニッコリと微笑む。
「タニアは、妖精の事をどれくらい知っているんだ?」
「詳しく分からないけど、お父様や将軍達が連れているのを見た事があるくらいかな」
「ジョナサン伯爵か……」
(確か第一王子や、王弟殿下と違い、世間では一本気な性格で有名な貴族だったな)
「うんうん。お父様の妖精はね、ネコ妖精なの。ネコ耳としっぽがとっても可愛くて、タニアも欲しいって言ったんだけど……」
(だが、世間の評判なんて当てにはできない。十年以上も前、今日のこの日を予期して、俺の元へあらかじめ娘のタニアを送り込んでおいたとも考えられないか?)
「妖精ってね、滅多やたらに召喚すると、この世界が歪んじゃうらしいの」
(まあ、この娘に直接父親の思惑を聞くほど、俺も野暮じゃないけどな)
「軍隊を指揮する役職の人でないと、妖精を持つのは無理なんだって。……ねえ、ちょっと剣一? もうっ! タニアの話、聞いてるの?」
老執事から得たこの世界の情報と、日本のサラリーマン生活で培った知恵を頭の中で吟味していた藤堂が、少女の言葉で我に返る。
「え? ああ聞いているさ。隊長っていっても、まだ一人も隊員がいないんだ」
王子の返事を聞いたタニアが、タタタッと一人で先に駆け出した。くるっと王子の方に向き直り、エヘへと微笑みながら自分の事を指差す。
「いるじゃない? ココに。可愛くて頼りになる幼馴染の隊員候補が!」
そう言って頬を染め、少し恥ずかしそうにうつむく。王子の反応を気にしながら、整備されていない歩道の小石を意味もなく蹴っ飛ばす。
「じゃ、じゃあ遊撃隊に入ってくれるのか?」
「えー? どうしよっかなぁー?」
パッと輝く王子の表情を目にしたタニアが、まるで少年を手玉に取るような妖艶な笑みを浮かべる。シスターと言うより、今の彼女は小悪魔のようだ。
セクシーな修道服から伸びる両手を腰の後ろで組み、顎を上げた姿勢で王子の前を行ったり来たりする。
「どうしよっかなぁー?」
困った顔する彼の顔をチラッ、チラッと盗み見しながら目の前を往復する。今朝の仕返しをするかのように、王子の表情を見て楽しんでいた。
「な、頼むよ。お前が入ってくれないと困るんだ」
「うーん、そう言われてもねえー。今朝みたいに、イヤラシイ事されちゃうと……」
「しない! 二度とあんな事はしないって!」
「え?」
「あー、ホラ。お前の信じている神様って何だっけ? その神様に誓うよ」
「キシリトール様に?」
(ネックレスは十字架なのに、キリスト教じゃないのか。何だか虫歯菌には強いガムみたいな名前の神様だな。キシリトールだなんて、まさに【噛み様】ってか?)
「そうそう。そのキシリトール様に、『噛みかけて』……いや、神掛けて誓うよ!」
タニアには分かりそうもない下手な駄洒落を口にしながら、必死の形相で両手を合わせる。朝の一件を帳消しにして欲しい、藤堂なりの精一杯のアピールだった。
だが、唐突に彼女の信じる神様へそんな妙な誓いを立てられたタニアの方が今度は慌てふためく番だ。
「だ、だ、駄目よ。二度としないなんて! そんなの私、困るもん」
「へ? どうしてお前が困るんだ?」
「ど、どうしてって? そ、それは、その……。将来二人が……」
「将来?」
「あわわ……そうじゃなくて。ほ、ほら。神様に誓うような事じゃないでしょ! 主キシリトール様は、すっごくお忙しいんだから!」
「けど、それくらいしないとさ。お前、遊撃隊に入ってくれないんじゃ……」
「入るよ! もう、入るから。入れて下さい、お願いします」
何故か顔を真っ赤に染めたシスターが、今度は王子の前で両手を合わせている。
「本当か? 助かった。これで何とか遊撃隊のイベントが、クリア出来る」
その時、王子とシスターの身体が二度、黄金色のフラッシュに包まれた。
「おっ?」
「えっ?」
「マスター! 今のが、遊撃隊結成の印だピョン。これで剣一王子をリーダーにした遊撃隊が組織され、タニアが隊員第一号に認定されたピョン。おめでとー」
ウサギ妖精が、王子とシスターの間を飛び回る。二人の顔の前で透き通った羽根を閃かせて空中停止しながら、パチパチと小さな手で拍手を送る。
「えーっと。その……。これからもよろしくな、タニア」
「あっ、うん。私、攻撃力は全然だけど、回復は任せてね」
一昔前のラブコメの主人公よろしく、剣士とシスターが小さな村の通りの中央で立ち尽くす。背景にピンクのハートを描きながら、お互いに見つめ合う。
だが、またしてもこういうシチュエーションに不慣れな藤堂が、今朝彼女に喰らった痛恨の一撃を思い出して、つい余計な一言を口走る。
「そうか? お前、攻撃力も結構あるんじゃ……。あっ!」
「な、何ですってー!」
ゆっくりとシスターの頭を覆うケープが持ち上がる。ズゴゴゴッ! という吹き出しが、彼女の頭上に浮かび上がってくる。
さっきまでの愛らしい面影は最早ない! 綺麗なラインを描く眉、大きな瞳、つんと少し上を向いた鼻、バラ色の頬、キュートな唇。すべてが暗黒の海に沈み込んでいく。
そして入れ替わるように、三日月のような切れ込みが二つ、闇に浮かび上がる。グレイの瞳が、王子を睨み殺すかのような視線を放つ!
「ちょ? ちょっと待て。そんなつもりで言ったんじゃない……」
「じゃあ、どんなつもりで言ったのよ?」
「え? それはその……。タニアの職業はシスターよりも、戦士の方が向いているかなーなんて。ジョブチェンジとかあるのか? “天職”へ“転職”なんちゃって」
【オヤジギャグ】
サラリーマン生活で培った藤堂の必殺技だ。話の通じない年配の上司や企業主相手の懐へ飛び込む場合、決死の覚悟で用いる職人芸である。
だが、そんな卑怯極まりない奥の手も、殺気立つ少女に効果はない。
それどころか……
「“戦士”ですって? ほほう、どうやらここで“戦死”したいのね、剣一?」
「げっ! お前、そんな風に切り返せるの? オヤジスキルのレベルも高いんだな」
「装着!」
タニアがオクターブ下がった重い声で一言叫ぶと、その華奢な右手に杖が再構成されて出現する。シスター見習いが使う、ごくごく初心者向けの装備だ。
だが、藤堂の目にはそれが、全人類を破滅させる悪魔の究極破壊兵器に見えた。
「だぁぁぁ! 武器はよせ、な? 武器は。やめろ! 武器よ、さらば」
「これは、武器じゃないよ。忌まわしい魔物を打ち滅ぼす、聖なる道具だもん!」
「社会通念上、一般的に言っても、普通それは武器って言うんじゃ?」
「問答無用!」
「くそ! こうなったら俺も、中丞流の奥義を出すしかないようだ。いけぇえええ!」
王子は、逃げ出した。
「あー! 足が重いっ! 俺の華麗なるステップはどこへ行った? くそっ、またレベルゼロの壁が立ちはだかるのか!」
「遅いよ!」
――だが、シスターに回りこまれてしまった。――
王子の前に立ちはだかったのはレベルの壁などではなく、物騒な笑みを浮かべる一人の少女だった。
「げげげっ! お前ボスキャラなのか?」
「うるさーい!」
がっちりと握り締められた杖が、唸りを上げて振り下ろされる。風切り音が身動きできない王子の頭上に迫る。
「か、身体が動かねえー!」
「地獄へ落ちろ!」
「お、お前! か、神に仕えるシスターなら、せめて『天誅』とか言えよ! や、やめろぉぉぉぉぉ!」
――ウギャァァァ!――
脳天に彼女の一撃を喰らった王子が、スローモーションでゆっくりと膝から崩れ落ちた。一直線状に凹んだ王子の頭頂部から、シュウシュウと蒸気が立ち上る。
「あ、今度はダブル・クリティカルヒットだピョン! タニアすっごーい」
「ふぅー。騎士も鳴かずば、撃たれまい」
「ソレを言うなら、騎士じゃなくて
――ゲシゲシ、ゲシゲシ――
「グハッ」
死に損ないが懲りずにツッコミを入れる。すぐさま彼女の黒いハイヒールの踵が、足元に転がっている王子の背中に、容赦なくゲシゲシと突き刺さる。
ほとんど屍と化した剣士の上を、ちっちゃなバニーガールが飛び回る。
「マスター、しっかりするピョン!」
(神様、前言撤回させて下さい。こいつはやっぱり『暴力女』です)
【ゲームオーバー】の文字が藤堂の脳裏をよぎる。
サラリーマンの意識が、ほの暗い海の底へずんずんと沈んでいった。
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