第4話『チュートリアルは、老成円熟?』

【前回までのあらすじ】

――バーチャルゲームの世界に意識を飛ばされた藤堂は、コスプレ姿の幼なじみが朝起こしに来るという設定に羽目を外し、ついに彼女を怒らせてしまう――


【本文】

 普段は服装のコーディネイトなど気にした事もない男が、姿見に映った自分の容姿を見てつぶやく。


「でも、結構イケてるな。俺って……」


 精悍な横顔にニヤリと笑みを浮かべ、そんなことを呟く。

 だが、残念ながらもう片方の頬には、タニアの平手打ちの跡がバッチリと残っていた。


「さて面倒臭いが、そろそろ爺やとかいうキャラを探しに行くか。あれ? そう言えばもっと他に、大事な何かを忘れているような気がするが……。何だろう?」


 サラリーマンのリクルートカットとは程遠い、ボサボサの頭をガシガシと掻きながら、自分の部屋を後にする。


「まぁ、いいか。ゲームだし」

「若様! 一体、いつまでお休みになられていらっしゃるのです?」


 “爺や”を探し回る必要はなく、部屋を出てすぐ正面にあるリビングルームで声を掛けられた。もうかなりの高齢だ。執事のような格好をした老人が小言を言う。


「あー。えーっと、あんたが爺やサン?」


 黒ではなく暗褐色の珍しい燕尾服。六個ボタンを前で止めた胴着。白無地のシャツは襟元からパリッと糊が効いているポケットには青いチーフが覗いている。


「おお、何と嘆かわしい。爺の顔をお忘れになられるとは! 若様がお生まれになったあの日から、今日までずっとお世話して参りましたものを……くっくっく」


 眼窩にはめた片眼鏡をサッと外し、どこからか取り出したハンカチで、ワザとらしく涙を拭き始める。


「陛下より若様の後見人を仰せつかって十六年。このチュートリアル、陛下に対し何とお詫びすれば良いやら。もはや、この皺腹をかっさばいて果てるしか……」


「ハイハイ。そういうキャラなのは分かったから、話を進めてくれないか?」

「おや? 今日はいつもと雰囲気が違いますな? ノリが良くありませんぞ」


 しれっとした顔で後ろ手を組み、手にしたハンカチは消えている。背丈は藤堂の半分ほどしかないが、歳相応にしたたかそうな老人だ。


「ノリってなんだよ。……って言うか、毎日やっているのかこんな事?」

「無論です。こういうスキンシップが、人間関係を円滑にするのです」


 そう言いながら、藤堂の手を握り締める。嫌そうに顔をしかめながら、藤堂がチュートリアルの萎びた両手を振りほどく。


「うへっ、出来ればスキンシップはなしで、コミュニケーションだけにしてくれ!」

「かしこまりました」


 そう言いながら、またしても老執事が手を取ってギュッと握り締める。彼の言葉と行動の一致には、若干の問題があるようだ。


「ハァ……。それで? タニアとか言ったか? あの娘に聞いたんだけど、お城から伝令の使者が来ているとか?」


 左右に素早く視線を走らせるが、リビングルームには他に誰もいなかった。リビングといっても日本式の居間ではなく、テレビもなければソファーのセットもない。


 十人掛けの大きな四角いテーブルが部屋の中央にデンッと据え置かれている。年代物の木製の椅子にはクッションもなく、無骨な机と妙にマッチしている。


「伝令の使者は、陛下より賜った命令書を置いて、先ほどお帰りになりました」

「あ、そう」


「若様! 『あ、そう』とは何たるお言葉! 後見人を仰せつかったこのチュートリアル、陛下に対し何とお詫びすれば良いやら……」


「ソレ、やめないか? 話が進まないから」


「さようですな。時間がもったいないですな。では、不肖このチュートリアルが、ワーシントン国王に代わりこの命令書を代読いたします」


 芝居がかった仕草で燕尾服のポケットの懐中時計をチラ見する。どこから取り出したものか、両手で持った丸められた羊皮紙を胸の前でパッと縦に開いた。


 ウォホンっと一つ咳払いした後、厳かな口調で命令書の文面を読み上げていく。


「藤堂剣一、汝はワーシントン国の王子として……」

「ストップ! ちょっと待て、待て。王子って、誰の事だ?」


「無論、若様の事でございます。貴方様は、我がワーシントン国の第四王子ではありませんか?」


「なんだ? 俺って王子の設定なのか?」


「設定? 何の事でございましょう? タニアが申していたとおり、今朝の若様は記憶に齟齬がお有りのようですな。昨夜どこかで、頭でも打たれましたか?」


「いや、現実世界とのギャップの話は、また今度でいいから」

「畏まりました。よく分かりませんが、大した事が無ければ結構です」


「それよりも、さっきの続きだ。ちょっと聞くが王子の屋敷にしては、この家は少しばかり貧相な造りじゃないか? 四番目でも、王様の息子なんだろ?」


 さっきの自室やこのリビング。どう見ても、田舎の村にある古びた一軒家だ。納得がいかない藤堂が、チュートリアルに詰め寄り質問を続ける。


「それにわざわざ城から来た使者が、王子の顔も見ずに勝手に帰るなんて、緊急事態でもない限り有り得ないだろ?」


「ううっ。申し訳ございません。すべてこの老いぼれの不徳の致す所でございます。若様の母上が、他の王子と違い貴族のご出身ではなく市井の出だからと」


 またしても魔法のハンカチがどこからか出現し、老執事が溢れ出す涙をぬぐっている。片眼鏡から伸びる金の鎖に涙が伝って落ちる。


「王城ではなく、こんな辺鄙な村に幽居させるなど言語道断! 私にもう少し力があれば、他の王子と同様に王宮で優雅な生活を送って頂きますものを!」


 小さな身体を精一杯伸ばし、老人が怒りを露わにした。

 だが、その話に共感することもなく、藤堂は冷めた目で老人を見つめる。


(いわゆる庶子って奴か。妾腹の王子とは、これまたゲームやラノベじゃ定番って言われるほどよくある設定だな。……って事は、この家は母方の実家という訳か)


「まあ、仕方がないだろ。で、命令書の続きは?」

「あ、そうでございました」


 またしてもハンカチが宙に消え、もう一度羊皮紙を胸の前でパッと縦に開く。普段以上に姿勢を正し、国王の代理として神妙な顔つきで読み上げる。


「藤堂剣一、汝はワーシントン国の王子としてその責務を果たすよう申し伝える。ベリハムの村にて遊撃隊を組織し、我国軍の一翼を担うべし。以上」


「は? おい、おい。ストーリー展開が早過ぎないか。ちゃんと説明してくれよ」


 さすがの藤堂もこれには慌てる。彼の身分が王子というのはゲーム上では良くある事だ。だが、いきなり「遊撃隊を組織しろ」と言われて、「はいそうですか」は無理だ。


「ストーリー? と申されましても……。今まで王子には、我が国の情勢などは何度もお話してきたつもりですが?」


 チュートリアルは国王より直接、王子の後見人を命じられたのである。その信頼に応えるべく、幼い頃から彼に英才教育を施してきたと自負する老執事が、顔を曇らせる。


 だが、もちろんそれはゲーム設定上の事であり、王子であれば耳にタコが出来るほど聞かされた話だろう。だが、今朝この世界に降臨したばかりの藤堂には寝耳に水だ。


「悪いな。もう一度頼むよ。復習の意味を兼ねてさ」


 いちいち現実世界の話をゲーム上のキャラクターに言って聞かせるのも面倒だと思い、藤堂は上手く話を合わせて執事から情報を聞き出す事にした。


「いえ、王子がやる気になって頂けるのであれば、このチュートリアルこれに勝る喜びはございません。王子にご理解頂けるまで百万回でも、二百万回でもお聞かせ……」


「分かった、分かったから」


「かしこまりました。ではまず、地理的なお勉強からですな」

「お勉強ねえ……」


「ウォッホン。お静かに。よろしいですか? 我がワーシントン王国はアメリア大陸の北西に位置しております。こちらの地図で申せば、左上の隅のココになりますな」


 老執事がそう言って指差す。部屋の中央に据え付けられた十人掛けの四角いテーブルの上に、大きな地図が二枚横並びで広げられていた。


「へぇー、どれどれ? コレがそうか。大陸には、全部でどれくらいの国があるんだ?」

「このアメリア大陸には、四十の国と九つの自治領が存在します」


「結構多いな。うーん、大陸の北西か……。隣国とかの情勢はどうなっている?」


「はい、まず我が国の北には天然の要害といえるコロンビール山脈が聳え立ち、少数の山岳民族がいるだけでございます。もちろん、国家と呼べるほどの集団ではありません」


 机上のMAPでも、険しい山並が灰色のエリアとして示されている。山賊などの特定キャラクターでもない限り、ワーシントン王国の上方からは進入できそうもない


「へえ。じゃあ西は?」


「はい。ご覧のとおり、ビッグオーシャンと呼ばれる大海に隔てられております。海賊などが時おり出没するくらいで、こちら側にも国はございません」


 大小合わせて百余りの島々が、王国の西部に広がるワーシントン湾に点在している。地図上でも、進入不可の青いエリアがずっと続いている。


「じゃあ、東と南にだけ国境線があるって事だな」

「然り。現在は国境を接する両国とも休戦状態ですが、何かあれば一触即発ですな」


「そうか、五十近くも国があるんだったな? あっ! ひょっとして、大陸全土で戦乱が続いているとか?」


 こんな事を聞いたのも、インターネットカフェで見せられた『アメリア大陸の戦乱』の映像と受付美女の声が、まだ彼の脳裏に焼きついていたからだった。


――仲間と一緒に、戦乱の続く大陸統一を目指すも良し。また、王国の玉座を奪って屍の山を築き、一人覇者の道を突き進むのも良し。――


「さようで。すでにあちらこちらの国家間で、軍事的な衝突が散発的に発生しています」

「それで妾腹の王子にも、東と南からの侵略に備えて、遊撃隊を編成しろって事か?」


「はい。ですが、それは表向きの理由に過ぎないかと……」

「と言うと?」


「それは、ここベリハムの地理的な位置を考えれば、一目瞭然かと」

「ははーん。さては、この村。ワーシントン王国の、一番北西にあるんだろ?」


 机の上に敷かれたもう一枚の地図。先ほど見た隣の大陸全図と違い、ワーシントン王国だけの詳細図だ。MAPの左上に、小さくベリハムと書かれている。


 アメリア大陸の北西にワーシントン王国が存在している。そして王国のそのまた北西に、藤堂が王子としてキャラクター憑依したアバターの住むベリハムの村がある。


「おっしゃるとおり。例えば今回の命令書が、国境を有する【南】あるいは【東】の最前線で、『軍を率いて敵国に対応せよ』というものであればともかく……」


 言いよどむ老執事の言葉を引き継ぐように、王子が口を開く


「……戦う相手もいないこんな辺鄙な田舎の村で、『遊撃隊を組織して王国軍の一翼を担え』って言われても……って事か? 確かに命令書の真意を疑うのも当然だな」


「はい」


「表向きの理由が、この国を取り巻く緊迫した世界情勢に対し、例えほんの僅かでも構わないから戦力増強を図るっていう事だとすると……。裏のそれは、何だと思う?」


「恐らくは、国王に対するパフォーマンスに過ぎないのかと」


 普段から冷静さを失わず、表情を顔に出す事が少ないチュートリアルが、思わず顔をしかめる。


「パフォーマンス? いったい誰の?」

「もちろん、ガーネット騎士団を率いておられるガスバル王弟殿下にございます」


「王の弟? 俺の叔父にあたるのか。そいつは、国王と仲が悪いのか?」


「表向きには、そういった気配はお見せになりません。が、ご存知の通り陛下はとかく病気がちでございます」


(ああ、なるほど。国王の弟が、兄の玉座を狙うっていう黄金パターンだな)


 思案顔の藤堂が、顎に手を当てて考え込む。外見こそ世間知らずな十六歳の王子だが、その中身は大人の社会で酸いも甘いも噛み分けた二十六歳のサラリーマンだ。


「ちょっと聞くけど、俺が第四王子だとすると、当然上には三人の兄貴がいるんだよな。そいつらは、王弟殿下の事をどう思っているんだ?」


「ハッ。まずは、陛下の近衛部隊たるダイアモンド騎士団を指揮するご長男。第一王子のアンドレ様は、文武に秀でたまさに時期国王に相応しいお方です」


「と言う事は、玉座を狙う我がガスバル叔父上とは犬猿の仲……とか?」


 おどけたように藤堂がツッコミを入れる。


「いえ、お二方は表面上、対決姿勢をお取りになってはいません。アンドレ王子は泰然自若の構えを崩さず、混沌とした宮殿内の情勢を見極めておいでかと」


「混沌とした宮殿内の情勢?」


「はい。と申しますのも、オパール騎士団を擁する二男のミハエル王子が、事もあろうにガスバル王弟殿下と手を結ぶ姿勢を取っていらっしゃるからなのです」


「へぇー。長男は呑気に構えていても大丈夫なのか? いくら王位継承権がトップでも、国王の座を争う相手が、第二王子と王弟殿下のワンペアじゃ勝ち目が薄くないか?」


 知らぬ間に藤堂はトランプのポーカーの役に例えたが、老執事が表情を変えないところを見ると、この世界にもカードゲームは存在するようだ。


 自分で質問しながらチュートリアル執事の返事を聞く前に、王子の貌をした藤堂がピンと何か閃いた。


「ははーん、そうか! そう言えば、もう一人王子がいたんだよな。さては、そいつが別の誰かと手を組んでいるとか?」 


「ご明察のとおり。嘆かわしい事にエメラルド騎士団を統括する第三王子のマックス様が、ジョナサン伯爵と通じ合っているともっぱらの噂でして」


「そのジョナサン伯爵っていうのも、騎士団を持っているのか?」


「はい。貴族の中でも一、二を争うほどの実力者。ワーシントン王国の武の要と謳われるサファイア騎士団は、彼の支配下にあります」


「何だ。もう一方の勢力も、仲良くワンペアが揃っているって訳だ」


 眉間に皺を寄せて社会勉強を続ける老執事を横目で見ながら、王子はリビングルームの大きな机の前で、腕を組みながら行ったり来たりする。


「そうか! 爺さんがさっき言った混沌とした宮殿内の情勢の意味は、こういう事なんだろ? つまり、頭の良い第一王子は、二組のワンペアの勢力争いを両天秤に掛けていると」


「はい、アンドレ王子は我が国の複雑な軍事バランスを、秤に掛けておいでなのでしょう。実際にどちらの勢力と組まれても、スリーカードが成立いたしますからな」


 ピンと伸びた口ひげを指でつまみ、老執事がフッと口の端を吊り上げる。


「至高の玉座を狙って、宮廷じゃ骨肉の争いの真最中って訳だ。王国の南と東に敵対勢力の国があるっていうのに悠長な話だな。まさに、内憂外患ってやつか」


「第一王子は、近衛師団たるダイアモンド騎士団を指揮し、病に倒れた国王陛下の名代として、国都オリンペアを守護しています」


「爺さん。さっき、あんたアンドレ王子が文武両道に優れて、次期国王に相応しいって言ったよな。ひょっとして、その優秀な国王代理は、相対する二組のワンペアを……」


 そこで王子に皆まで言わせず、老執事が破顔して補足する。いつになく頭の切れる王子(中身は藤堂)の問いかけに、思わず大きく目を開く。


「おお! これは、ご慧眼。陛下の名代は、ワーシントン王国の南部戦線には第二王子と王弟殿下率いるオパール、ガーネットの両騎士団を配備するよう指示致しました」


 机の地図には、王国の領土が横長の四角い形で示されている。MAPの底辺に、宝石のオパールとガーネットが描かれた凸形の駒が半円を描いていくつも並べられている。


 それが、第二王子ミハエルのオパール騎士団と、王弟ガスバルのガーネット騎士団を示している事は間違いない。


 隣国との国境沿いにある二つの砦を中心に、各騎士団の駒が羽を広げたように五つずつ配置されていた。凸型の方向は、もちろん地図上では下向きで隣国を睨んでいる。


「って事は……、地図のこっち側で睨みを利かせている、エメラルドとサファイアの駒。マックス第三王子とジョナサン伯爵が、東部戦線を支えているって事だな」


 地図上に置かれたエメラルドとサファイアの駒を一つずつ手に取り、王子がお手玉のように交互に中空へ投げ上げる。すぐに飽きたのか、そっと駒を元の場所に戻した。


「まさに的を射たご回答です。若様! 爺は今朝ほど感動した事はありませんぞ。いつもなら、とっくに話も聞かずに逃げ出してしまわれますから。オーイオイオイ」


 お馴染みのハンカチが魔法のように現れて、チュートリアルが涙を拭く。


「大げさな奴だな。大体、地図に書いてあるんだから、見れば分かるだろ?」


 机上にあるワーシントン王国のMAPの右端。隣国へと続く広い街道を表す線を挟み込むようにして、二つの砦が描かれている。


 一方には、マックス第三王子率いるエメラルド騎士団を表すマークの駒が、ひっそりと三つだけ並べられていた。


 もう一方には、ワーシントン王国最大の武力を誇るジョナサン伯爵のサファイア騎士団の駒が、その強大な戦力を表すように八つも置いてある。


 南部戦線と同様に東部戦線でもそれぞれの駒は、砦を中心に陣取って置かれている。凸方向をMAPの右側、つまり隣国へと扇状に展開した形で向けられていた。


 部屋の中を歩き回りながら、藤堂が今の話を頭の中で整理する。五年に渡るサラリーマン生活で身に着けた知恵。複雑な情報は、まず箇条書きにして書き出す事だった。


(えーっと、病弱な国王の後釜を狙う勢力図は、多分こんな感じになるのか?)


【首都防衛】

『第一王子アンドレ:ダイアモンド騎士団』


【南部戦線】

『第二王子ミハエル:オパール騎士団』+『王弟殿下ガスバル:ガーネット騎士団』


【東部戦線】

『第三王子マックス:エメラルド騎士団』+『ジョナサン伯爵:サファイア騎士団』


(うーん。結構バランスが取れていると……言えなくもないか? そこへ今回、第四王子の俺に遊撃隊結成の話が来たって事だよな)


 ようやく情報の整理が出来たのか、うろうろと歩き回る足を止め、チュートリアルの方へと向き直る。


「で? ようやく本題に入るけど。さっき爺さんが言った裏の理由は、今回の命令とどう関係してくるんだ?」


「ワーシントン王国の情勢は、表面上波一つなく穏やかです。が、膠着状態とも言えます。国王の病状も悪化する一方。現状を打破しようと誰かが、一石を投じれば……?」


 いつになく聡明な王子の顔色を伺うように、老執事が問いかける。


「分かったよ。王弟殿下は長男を取り込めないなら、この際妾腹でも構わないから四男の王子を味方に付けて、無理矢理スリーカードで上がっちまおうって魂胆だな?」


「おお! 今日の若様は、いつにもまして冴えておりますな」

「まあな。昨日の俺じゃない事は確かだ」


「ウォホン。ただし、特に焦って強引な役で上がろうという訳でもないのかと……」

「だろうな。遊撃隊の隊長っていう身分はやるが、“隊員は自分で探せ”だからな」


「陛下は、常日頃から若様の身を案じておられます。王弟殿下や他の王子に遠慮して強くは申されませんが、剣一王子の処遇に心を痛めておいでなのです」


「その割には、爺さん一人に俺を預けっぱなしで、知らん振りはないんじゃないか?」

「陛下も宮廷勢力のバランスを崩すには、それ相応の覚悟が必要とお考えなのでは?」


「なるほどね。爺さんが最初に言ったパフォーマンスの意味が、やっと判ったよ」


「若様は、このような僻地に追いやられた有様です。見るに見かねた陛下が、突然何か若様に手を差し伸べられると、恐らく“彼のお方”は大変お困りになるのではないかと」


「そんなマズイ展開になる前に、ずる賢い王弟殿下は先手を打った訳だな。ただの紙切れ一枚で、不遇な第四王子の救済措置を演出してみせた……か」


(なるほど、こんな手で国王の思惑を封じるとは……。第一王子も切れ者らしいが、どうしてどうして王弟殿下も負けてはいないぜ)


 まだ見ぬ叔父や長兄に、心の中で賞賛を送る。十六歳の王子はまだ子どもだが、中身は二十六歳の藤堂だ。


 サラリーマン生活で彼が培ったのは、例えばライバル会社や取引先の担当者が優秀な人物だった場合、自分よりも仕事が出来る相手を憎んだりせずにまず認める事だった。


 “敵を知る”これが社会に出て藤堂が教わった、世間を渡って行く上で最も重要な事だった。それが心の底から分かるまでに、彼が支払った代償は決して小さくない。


 相手の実力を測る。それは、人生でもゲームでも変わらない。ガキのように、闇雲に突っ走る歳ではない。藤堂はこの世界でも、現状認識の把握に努めるのだった。


「国王の勅命で既存の騎士団から人員を少しずつ削り、第四王子の俺が指揮する新しい騎士団に回されたりすると困る訳だ。それが、例え寄せ集めの張子の軍隊でも……」


「さようですな。若様の処遇において、一方では陛下にはイイ顔をしたい。しかしながら、そうかと言って自分の戦力を減らされるのは困るといった処でしょう」


「この辺鄙な村で戦力を自前で揃えろというのは、やっぱりそんな理由か。ちっ、茶番劇に付き合わされるのも楽じゃないな」


「さて、若様。いかがなさいます? 猿芝居と分かっていながら、この命令書に従い村で隊員を徴用して、遊撃隊を組織なさいますか?」


(うーん。ここで【いいえ】の選択をしたら、どうなるんだろうな? いきなりゲームオーバーって事もないだろうが、クリアまで厳しい道のりになりそうだ)


「誰かの策に乗せられるのは癪に障るな。だが、第四王子という御輿には乗らなきゃならないんだろ? 分かった。遊撃隊を組織するよ。具体的には、どうすればいい?」


「ハッ。このチュートリアルにお任せを!」


 最敬礼した後、白手袋の指を一本立てて、空中に見たこともないような文字を書き始める。英語の筆記体に似た金色の文字が、宙に浮かんでは消えていく。


 老執事が描いた呪文による影響か、大きなテーブルの上の空間に、ピンクと青の渦巻きが生まれる。グルグル回る中心の歪みが、まるで木の洞のように変化していく。


「異次元の彼方にある古の王国より、彼の盟約に従い我ここに召喚する……」


 老執事が呪文を唱えると次元に開いた穴から、ピョッコリと妖精が顔を出した。細い両肩、しなやかな両腕と順番に穴を潜り抜けるが、途中でお尻が引っかかる。


「うーん。抜けないピョン」


 両腕を次元の穴の渕にかけ、顔を真っ赤にしながら力を入れるが、どうしてもヒップが穴に引っかかってこちらの世界へ出て来られない。


 金色の髪から伸びる白地にピンクの長い耳。一本はピンと伸び、もう一本は手前に折れ曲がっている。小さな背中には、トンボのように透き通る四枚の羽が生えていた。


「ふぇーん。マスター、助けて欲しいピョン」


「え? マスターって俺か?」

「さようでございます」


 呆気に取られていた藤堂が、自分の事を自分で指差す。

 自らの召喚魔法を成功させたチュートリアル爺が、誇らしげに髭を撫でる。


「えーっと。じゃあ手を……指か。貸してやるから掴まれよ。そらよっと」


 藤堂の指に掴まり、空間の歪みから小さな妖精の腰から下がスポンッと音を立ててこちらの世界へ抜け出した。プルプルとお尻を振ると、綿帽子のような尻尾が揺れる。


 琴線をくすぐる様な音色を立てて、フェアリーが四枚の羽根でリビングの部屋の中を飛び回る。キラキラと光るきらめきが、妖精が空中を駆ける軌跡の後を追う。


「わーい。マスター、ありがとう。やっと私の出番が来たんだピョン」


 よほど嬉しかったのか。胸の前で両手を組み、うるうると瞳に涙を浮かべている。羽ばたきもせず、藤堂の顔の前で宙に浮かんでいる。


「この先、若様のお手伝いをする妖精です」

「これが妖精? うーん、ちっちゃいバニーガールの間違いじゃないのか?」


 体長は二十センチくらいか。さらさらなブロンドの髪にうさぎの耳。黒のバニースーツが、しっかりと胸の谷間をサポートしていた。


 首には赤の蝶ネクタイ。両手首には蒼いカフス付の短い袖口。腰まで切れ込んだ闇色の制服が、黒の網タイツを纏った妖精の白い脚をより一層長く魅せる。


「違うピョン。フェアリーはバニーガールじゃなくて、ウサギ妖精だピョン」


 五百ミリリットルのペットボトルぐらいの身長しかない。ピョンピョンと飛び跳ねながら、生意気そうな表情で頬を膨らませる。


「本来ならこの爺が若様に付き従い、戦場を駆け巡るのが本位。ですが、何分この歳でございます。代わりといっては何ですが、この者をお付けいたします」


「私の名前はフェアリー、頑張ってマスターのお役に立つピョン!」


 そう言いながら、バニーガールの妖精はTシャツ姿の藤堂の肩へちょこんと腰を降ろす。さすがに妖精なのか、体重は感じさせない

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