第7話 俺と、彼女と、彼と、仲間たちと。
結局、あの後さまざまな場所を捜索したが、ゾンビがちらほら居ただけで生存者はいなかた。無理のない程度に駆逐して全ての区域の捜索が完了すると、またトラックに乗って帰還してきた。
「あー……もうトラックの後ろはごめんだな」
俺は肩や腰を揉みながら荷台から降りる。
「お疲れさま、レオ君。大丈夫だった?」
ミレイが助手席から降りてきて真っ先に心配してくれた。
「大丈夫だ、二回乗れば慣れる。もう乗りたくないが」
ゆっくりとテントへと歩く。
そしてミチルがトラックから降りてきたところを見つめると、互いに目線が合った。
「俺からの条件のこと、すぐにでも始めよう」
「……分かった」
真剣な眼差しが飛び交った。
ライリア含め全員でメインの大きいテントでは無く、赤いテントへと足を運んだ。
いつも通り近づくと、かすれたうめき声が耳に入って来る。俺を先頭に全員が重い足取りでソウラの前に立つ。
ライリアはソウラの前ではよく笑っているが、今は真剣な面持ちで口を真一文字にして、我慢しているように見えた。
「ライリア、ソウラにただいまの挨拶は」
「あ、そうでした……ソウラ様……ただいま、戻りました」
『うぁぁ……』
いつも通り、猿轡越しのうめき声が返ってくるだけ。あとは鎖同士が当たって発生する音だけ。
俺はミチルに目をやる。その目線を受けて、ミチルがポケットから鍵を取り出して檻の扉を開ける。
「これだけ近づいたのは久しぶりだな……」
そう言いながらソウラの前に座って、頬のあたりを優しく撫でる。感触を確かめるように、生きているのか死んでいるのか、確かめるように。
「こんなに変わっちまったんだな……全然違うな」
出会ってからは俺に見せたこと無いような優しい目でそう呟いた。
「ソウラ……お前みたいな変人と知り合っちまってな。最初は全然何を考えてるか分からなかったけど……だんだんお前みたいに見えてきてさ……不思議だった。お前みたいなやつ、世界中探しても居ないと思ってたけど、案外早く出会っちまったよ」
ミチルは目に涙を溜めながら、俺たちの方を振り向く。
「ゴウ、こっち来てソウラに声かけてやれ」
「……おうよ」
ゴウも何とか震える声で返事をして檻の中へ入った。
その巨体をゆっくりと下して、あぐらをかく。
「ソウラ。実は、こうやって面と向かって話すのは初めてかもしれねぇ。まぁ、俺だけ付き合いは浅いからな。正直、つかみどころのない奴だと思ってたし、今でも思ってる。ひょろひょろしてるしよ、いっつもパソコンと向き合ってて俺とは真反対の人間だな。でも、もっと仲良くしたかったよ。俺、バカで機械音痴だからよ、色々教えて欲しかったよ。お前に筋トレ教えたりもしたかったよ。でも……もう叶わないんだよな……もう……」
そう言って泣き崩れたゴウの横に、ミレイが正座してソウラと向き合った。
「ソウラ……元気にしてるかな。ミレイだよ。ライリアちゃんを困らせるような事を言ってないよね? アタシは元気だよ。何とか頑張ってミチルたちを手伝ってるよ。レオ君って言う面白い友達も出来たよ。ほんと、ソウラみたいなの。ソウラと同じ、みんなでご飯食べるときに端末弄ってるの、ちゃんと注意したよ。普段から無愛想なの、それでからかったら面倒そうに反応するんだよ。それからね……それからね……」
その後の言葉がなかなか出せないミレイ。
なんとか、声を震わせながら、唇を噛みしめながら、涙をこらえながら言った。
「好きだった時期もあるんだ、ソウラの事を。これ、本気だよ? でもね、ライリアがいたから諦めたの……ライリアに溺愛してたから。でもライリアを嫉妬して嫌ったりはしなかったよ? それもソウラらしいな、って思って受け入れたの。ずっと言えてなかったんだ、その事。今更でごめんね……。きっとあの世でもパソコンばっかり弄ってるのかな……ちゃんと身だしなみとかご飯食べる事も忘れないでね……?」
拘束されているソウラの手に自分の両手を重ねたミレイは、しばらく目を閉じて動かなかった。祈りを捧げるような光景だった。
俺はテントの入口付近で突っ立っているライリアの方に視線を投げる。
「ライリア、最後の挨拶だ」
「かしこまりました」
堂々とした面持ちで檻の中に入り、ソウラの前に正座して見つめる。
「ソウラ様、お元気でしょうか」
『うぅぅ……』
いつも通りの唸り声だ。ソウラにはもう人間的思考は備わってないだろうから当たり前の反応だ。
「思えば、ソウラ様が私をお作りしたのはもう四年前の事でございますね。最初にお会いしたのはソウラ様の自室でございます。そのときのソウラ様のとても嬉しそうな顔、今でも鮮明に覚えております。それからしばらくはミチル様たちにライリアの存在を黙っておられましたね。ライリアを他の誰かに取られたくない、と言うことでした。しかしデートしたいというソウラ様のご要望に応えて、街で手を繋いでいるところをミチル様たちに見られてしまいましたね。ミチル様たちの驚き様も、これまた鮮明に覚えております。ミレイ様は『あんなソウラにとうとう女が……』とショックを受けてましたね。ライリアはミチル様たちとも仲良くなり、海へドライブなどにも行きました。ゴウ様が運転していたのですが、とても荒々しく速度制限を優に越した走りはスリリングなものでした。まだまだ思い出はたくさんございますが、語っている時間はどうやらなさそうなので……。一言だけ感謝の意の述べさせていただきます」
……。
「今までお世話になりました。この感謝はずっとライリアの中に留めておきます。ライリアは、ソウラ様が下さったこのチカラで人々を救います」
ライリアは土下座の恰好で深く頭を下げていた。
その姿は完全なる人間。ライリアという一人の人間の言葉だった。
「これで、最後の挨拶は全員終わりましたでしょうか」
「いや、俺を忘れないでくれ」
ライリアのその言葉に抗議する。
「レオ様は、ソウラ様と生前の認識はございませんよね……?」
ライリアの言う通り、俺は生きてた頃のソウラは見たことが無い。なんせゾンビになったら皮膚の劣化で別人のような姿になるからな。
ただ。
「それでも、俺はソウラという人間を知っている」
俺はライリアと入れ替わりで檻の中に入る。そして、ゆっくりと慣れない正座の姿勢に入る。
「ソウラ……まずお礼を言う。ありがとう、ライリアを作ってくれて。ライリアに助けられてなかったら、俺はお前と同じ運命を辿っていた。つまり俺の命はソウラによって守られたわけだ。この命、大切に使わせていただく」
お礼を言った。そして次の言葉。
「次に、文句を言う。なんでライリアに戦闘能力なんてつけたんだ。なんでそんな天才的な技術を、お前は身につけちまったんだ。きっとこれから起こる未来は、お前にとっては一番不幸なものになるぞ。そして俺にとっても不幸だ。なぜならライリアが、世界でタダ一人のライリアじゃなくなるからだ。これからライリアを使って、大量のライリアが生産されるんだ。国中どこにでもライリアが現れるんだ。お前の望んでいた未来では無いだろう? お前がひっそりと静かにライリアと暮らしたかったんだろう? このバカが……世界一頭が良い馬鹿だよ……」
罵倒した。力の限り、罵倒した。泣きながら。
「でも……お前がライリアを改造した理由が俺にはよく分かるんだ……分かっちまうんだ……。ライリアを、お前だけのライリアにしたかったんだ。戦闘能力を付与すれば、ライリアは「ライリア」では無くなり、特別なモノになるからな。たとえ「ライリア」が今後大量生産されて町中のどこにでも現れても、お前の側にはライリアがいるからな……。ミレイが言ってたよ、俺とソウラは似てるって。こういうことだよな……。俺も、お前も……「彼女」を守りたかったんだ……!」
涙が止まらない。肺にある空気を、全て出し切るかのように叫んで。
「生きている間にお前と出会いたかった。まぁ、そうしたらライリアの取り合いになっていただろうけどな……ははっ……」
そして俺は立ち上がって、立てかけてあったツルハシを手に持つ。とても鋭い刃先をソウラの胸元へ向ける。
「最後に、今からお前に対して行う事を説明する。ソウラがいないとライリアが動かないという仮説から、ミチルたちはお前をゾンビのまま同行させた。しかしその仮説はライリアの自供により崩れた。ライリアはお前が生きていない事を知っていたし、その事が分かっても問題なく動いていた。そして俺たちは一人でも多くの人々を救うために、ゾンビをなるべく駆逐しなければならない。そのゾンビには、お前も含まれる」
ゆっくりとツルハシを上げる。
「れ、レオ君……!」
ミレイが溜まらず叫ぶ。涙を散らしながら、言葉で表せない感情をぶつける。
「……お前らの誰かに、ソウラを殺したという事実を押し付けたくない。これは俺の役目だ」
というより、と自分の言葉に一つ添える。
「ソウラは……自分自身に殺されたんだ」
ミチルは食いしばって自分の身体を押さえつけてる。ゴウは子供のようにむせび泣いている。
ライリアは。ライリアは……。
前に一度向き直る。
しっかりと振り下ろす照準を定める。こんな事、一発で終わらせたいからな。
……。
俺の心臓の鼓動が高鳴る。今まで幾度もゾンビを殺してきたが、こんな感情になった事は無かった。これが、人を殺すという事なのか。
なんだか皮肉な言い方かもしれないが、次の瞬間に俺は引きこもりで人間を愛せないゾンビのような生物から脱却できる気がした。
俺が人間へ戻るとき。
「さようなら……この街を救う英雄よ……」
こうして、この街でやるべき事の全てが終わった。
ぶるるるるる。
この街を少し離れると田んぼ道だ。周りには何も無い。
そんな中でトラックのエンジン音を盛大に響かせて道を走ってゆく。
「……」
俺はようやくトラックの荷台というポジションから脱出した。代わりにゴウが荷台にいるらしく、とても申し訳ない気持ちになった。後から聞いた話、荷台でも気にせずに爆睡していたので、無駄な心配だったらしい。
でも、運転席にも助手席にもライリアはいなかった。
「なぁ、ライリアは本当にあそこに乗ってて大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。けっこうあの子トラックの上に乗るの好きみたい」
「インドあたりの電車にすぐに慣れそうだな……」
「なにそれー。それもネットで集めた雑学?」
「まぁ、そんなとこ」
窓を開けてサイドミラーの角度を変えてトラックの上を見る。そこには無表情であぐらをかいているライリアが見えた。一体どこを見て何を思っているかは分からない。
「変な奴だな、ライリアも」
「レオ君ほどじゃないよ」
「ははっ……」
「ん、レオ君もだいぶ自然な笑顔が見せられるようになったね」
「そ、そうか?」
ミレイからの指摘に少し顔を赤らめる。
「初めて会ったときとだいぶ印象違うよ」
「そうかい……」
そっぽ向きながら複雑な表情をする。
「レオ」
運転しているミチルが俺を呼ぶ。
「なんだ」
「初めて会った時、お前を避難所まで連れて行くって言ったけどよ。気が変わった」
「変わった……?」
「お前、俺たちについてこいよ。本社までライリアを届けに行くから」
「ついてこいって……本社まで、って事か」
「違う、ずっとだ。家出中なんだから丁度いい。もうちょっと長い家出にしてやる」
「なるほど……」
「そうしたら、ライリアと一緒に居られるぞ」
「ていうか、レオ君がライリアのご主人様になればいいよ。今はご主人様不在なわけだし」
二人はまるで好条件を提示してくるような言い分だった。
正直、そんな誘いが来ることは想定内だった。
だから、俺の返事は固まっている。
「断る」
「……なに」
「断るって言った」
「えー!? じゃあこのまま避難所でサヨナラ? ライリアちゃんとも?」
ミレイがびっくりしながら俺に問いただしてくる。
「あぁ。騒動が終わったら、街に戻る。家にも戻る。学校にも通おうと思う」
「ど、どうしちゃったのこの子……頭でも打った?」
なんでお前が親面してるんだよ。
「もしかして」
ミチルが言葉を挟んできた。
「ライリアへの愛が冷めたな?」
「……」
「図星か。まぁそりゃそうだよな。そうだ、ついでにソウラがなんでライリアに戦闘能力なんてつけたのかこの際だから教えてやろう。あいつはライリアと同じ性能のヒューマノイドがたくさん存在している事が許せなかった。だからわざわざ猛勉強して、寝ずに改造したってわけだな。バカな理由だよな、お前みたいで」
ミチルが鼻で笑いながら俺を見てくる。
そんな理由だったのか……もっと深い理由があったのかと思ったら、そんなバカな理由とは……ソウラらしい。
「だとすると、お前もライリアがこれから大量生産される事に耐えられる訳がない。ましてや自我が芽生えて感情まで存在するようになった。これはお前の理想のライリアとは真逆だ。だから愛想を尽かした。そうだろ、機械フェチ?」
完全にバカにしてきている。
「くっ……まぁ大体合ってる。だけど一つ違う」
訂正する。
「これからは、人間も愛してみようと思う。というか、愛せるんじゃないかって自信が出てきた」
「ほう」
ミチルが予想外の俺の言葉にそんな相槌を打った。
「じゃあ、ミレイでも持って行くか?」
「はぁ!?!? なんでアタシが!?」
「だって、ソウラと似てるレオなら丁度いいだろ。中身はともかく外見はけっこう整ってる野郎だし」
「あ、アタシのことバカにしないで!」
「ふっ……」
これに関しては苦笑いするしかない。
おっと、一つ言い忘れてた。
「それに」
一拍おく。
「ライリアのご主人様はソウラだ。それは未来永劫、変わりはしない」
まだまだトラックは走り続ける。
ぶるるるるるるるるるるるるるるるるるる。
「えー、お前本社までついてこないのかよー……」
隣町の避難所の近くに止められたトラックの前。
ずっと荷台で寝ていて事情を知らなかったゴウが俺に対して落胆していた。
「悪いな、ここでお別れだ」
「まぁ、しかたねぇか。一応学生だもんな」
前方に避難所が見える。この街の周りの景色も見える。
もちろん、俺がこの街に来るのは初めてだ。
そしてさっきまでいた街とは比べものにならないほど、平穏な姿で保たれていた。まるで騒動が起きてないような、平和な街。
「この街は、しっかり検問ひいて外部からウイルスが入らないようにしてあるからほぼ100%安全だ。安心して避難できる」
ミチルのその情報は、端末で既に取得済みだ。
「さて、お別れになるだろうが……またどこかで会えればいいな」
ミチルが握手を求めてくる。それに俺の右手が応じる。
「次会った時はその根性もっと叩き直してやるから覚悟しろよ。あと、親御さんと仲良くしろ」
「おう」
そしてミレイも握手を求めてきたので、すぐに応じた。
「端末ばっかり見ないで、人から教えてもらうって事の大切さを分かってね。けっこう外に出てみると楽しい事もいっぱいあるから、引きこもらないようにねっ」
次にゴウが手を差し伸べてきた。
ごりっっ。
「いってぇ!?」
「ははっ、次会うときはこの握手に痛み感じないくらい鍛えておけよ」
俺は手の痛みに耐えながら苦笑いする。
最後にライリア。
「レオ様、行ってしまわれるのですね」
「あぁ。元々そういう予定だったからな」
「ライリアのご主人様になってくれますよう、お願い申し上げようと思いましたけども、意志は固いようですね」
「あぁ。ライリアのご主人様はソウラだからな。俺じゃない」
「そうでございますね。レオ様がご無事に家へ戻られることを心からお祈りします」
「ありがとう」
ライリアの頭を撫でた。
「さて、俺たちはすぐにでも本社に向かわないといけないから。何かあったらさっき教えた連絡先に電話してこい。分かったな?」
「おう、気を付けて行って来いよ」
ミチルの言葉が終わると、ミレイがこちらに寄って来る。
「レオ君」
むぎゅ。
そんな効果音が出るくらい突然抱きしめられた。
「なっ……!?」
「ふふ、ちゃんと元気でやるんだよ?」
その言葉だけ残して、俺から離れてミレイはトラックへ乗り込んで行ってしまった。それにつられてミチルたちもトラックへ乗り込む。
俺は顔を少し赤らめて残っている温もりに浸ってボーっとトラックを見ていた。
ミレイが窓から身体を出してこちらに手を振る。
「レオ君―――! またねーーー!」
笑顔で俺も手を振る。
こうして俺はこれから英雄になるであろう者たちと別れた。
さて、行ってしまったし。
俺は、俺の人生をこれから歩んでいこう。
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