第6話 彼女と、戦いと、使命と。
カンカンカンカン。
「朝だよー! 起きてー!」
俺の耳に金属音と甲高い声が入ってくる。うっとうしそうな表情をしながら目をゆっくりと開ける。
「レオくん、おはよう」
「あぁ、おは、よう……」
視界が確保されてからすぐに時計へと視線を移す。
7時。
「おやすみ」
「なんで寝るのー!?」
ミレイに身体を揺さぶられて二度寝を防がれる。
「まだ人間が起きる時間じゃないだろう……」
「引きこもりは寝てる時間かもだけど人間は起きるんですー! はい顔洗ってきて!」
そのまま背中を押されてテントの外に出された。寝ぼけ眼のまま周りを見ると、水が入ったポリタンクから水を手に受けて顔を洗っているミチルが見えた。フラフラとミチルに近づく。
「ん、レオか」
「あぁ……」
「典型的に朝弱そうだな、さすが引きこもり」
「あぁ……」
言い返す元気すら無い。
「ほら、ビシっとしろ。すぐに捜索に出るからな。お前もだぞ」
「え、なんで」
「雑用。助けてもらったんだから命令は絶対だ」
「ちっ……」
見張りを引き受けてずっと寝ていようと思っていた。計画破たん。
「緊張感が足りないな、命賭けてるってことを認識しろ?」
呆れたような目でミチルが見てくる。そして顔を洗い終わったのか歯磨きもしている。
「あぁ、気をつける」
怒られたのでとりあえず謝っておく。
「気をつける、じゃなくてよ。はぁ……やっぱりお前の根性を一から立て直さないといけないな」
「あぁ……」
「とにかく、頼むぞ」
肩を強めに叩かれて歯ブラシをカシャカシャ動かしながらどこかへ歩いて行った。
……。
まだ昨日の温もりを覚えている。
ガタガタガタガタ。
……。
かれこれ二〇分は揺れてるか。周りが暗闇だから寝ようと思ったけどこの揺れで寝られるほど鈍感な体ではない。そしてかなり腰が痛い。揺れに合わせて何度か車体の壁に背中をぶつけていることが原因だ。
ガタガタガタガタ。
この空間にいるのは俺だけじゃない。
「……ライリア」
「なんでしょう、レオ様」
表情は全く見えないが、無機質な声だけが返ってくる。
「ここ、すっごい暗いからさ。昨日持ってた懐中電灯で光を照らしてくれないか」
「誠に申し訳ありませんが昨日ライリアが所持していた懐中電灯はミチル様から借りたものでございます。ですので現在はライリアの手元にはございません」
「そうか」
「レオ様こそ、寝るときも肌身離さない愛用している端末の力があれば光を照らすことは出来るのではないでしょうか」
「あぁ、端末は没収された。暗いところで見ると余計に目が悪くなったり頭が疲れるからってミレイに言われてさ」
「そうでしたか」
「ったく、不健康になろうがならまいがこっちの勝手だろ」
「しかしレオ様が不健康になってしまうのはライリアとしましては悲しい事でございます」
「……」
昨日の深夜の事をここで思い出してしまった。
「昨日はごめんな」
「大丈夫ですので、お気になさらずに」
すっっっごい気まずい空気が流れてしまった。早く到着してはくれないだろうか。
ガタガタガタガタ。
ピタッ。
揺れが止まると同時に、エンジンが止まる音がした。
「はい、到着だよー。大丈夫だったー?」
扉が開いて光が思いっきり差し込んでくる。
「ごめんねー。座る場所ないからってトラックの荷物の方に座ってもらっちゃってー」
「いいんだよ、こういう根性曲がってるやつにはそこがお似合いだ」
やけに攻撃的な発言をしてくるミチルを少し睨みながらトラックから降りる。昨日言っていたとおり、少し先にはグラウンドのフェンスがいくつも見える。
「ここで人間がいるか探すってわけか」
「そうだ、地面に着いたときから戦場だ」
そんな言葉は避けながら、ポンっと気軽に地面に足を着けた。続いてライリアがトラックから降りた。
辺りを一度ぐるっとみんなで見回す。
「あっちのグラウンド、何匹かいるね」
この中で一番視力が良いと宣っているミレイがそう言った。
「どうするー?」
「いない方が捜索はしやすい。見つけ次第倒していこう」
ミチルが先頭でミレイが指さした方向にあるグラウンドに向かって俺たちは歩き始めた。俺はライリアの隣を離れないように、彼女の歩みに合わせながら歩いた。
「今日は、良い天気だな」
ライリアに向かってそう話を振った。
「そうでございますね」
「ピクニックに最適な天気だ。行った事なんて無いけど」
「ライリアも経験はございません。なんせソウラ様はあまり外には出られませんから」
「じゃあこの騒動が収まったら、ピクニックでも行こう」
「……ライリアと、でございますか?」
何か驚いた様子で俺に問いかけてきた。
「もちろんさ。嫌だったか?」
「いえ、そういう訳では無いですが……なぜライリアとなのでしょうか。ライリアは大量生産されたヒューマノイドの一つでございます。わざわざライリアと行く事なんて、ミレイ様などを誘ってみてはいかがでしょうか」
「ライリアが良いんだ」
「ライリアが、良いのですか……」
「おかしいか……?」
「いえ。とても面白い方ですね、レオ様は」
「そうか?」
「まるで、ソウラ様のようです」
「……」
ソウラと似ているのか。嬉しい事なのか、悲しい事なのか、よく分からない。
「ちょっとそこのお二人さーん!」
前からミレイが口を出してきた。
「なんでこんなところでナンパなんかしてるのかなー?」
「な、ナンパってわけじゃねぇよ」
必死に否定した。
「でもライリアが良いんでしょ?」
「……っ」
出来るだけ小さい声で喋ったつもりだけどな。
「お前ら、今から戦うわけだけども、そんなんで大丈夫か?」
ミチルが顔をしかめながら俺を見る。
「まあー、いいじゃーん。そんな気を張っても良い事なんてないよ? それに大体ゴウが蹴散らしてくれるでしょっ」
「おうよっ!」
ゴウがその場で金属バットをブンブン振り回す。
「あぶねぇだろ!」
ミチルが怒る。
「あははは」
ミレイが笑う。
楽しそうだ。ゾンビが溢れかえってる街を歩いているとは思えないほど。
幸せそうだ。
いや。
ライリアは笑っていないけれど、幸せなのだろうか。決して前に表情は出さないし、質問しても無難な答えが返ってくるのは目に見えている。
実は俺は昨日ほとんど寝ていない。
ずっとライリアの事を考えていた。ソウラの事も考えていた。ミチルたちの事も少し。
そして一つの仮説を立てた。
もしソウラが死んでいる事を彼女に伝えたらどうなるのだろうか。君が従事しているご主人様はもう人間では無いから君は自由なんだ、さぁ俺と共に新しい日々を過ごそう、なんてなるだろうか。これに関しては何も予想出来ない。
もしその仮説通りの行動をしたら、彼女は無力になるだろう。人々を助けられなくなるだろう。戦闘能力を備えるデータが会社に渡らず、このままウイルス対策は困難な道を歩むだろう。
もしそんな悪い方向に進んだら。
悪いのか?
その未来は俺にとって悪いのだろうか。
極端な話、俺はウイルスによってこの国の人口が半分になったって何も構いやしない。確かにミチルたちが死ぬのは嫌だけれども、関わりの無い人間が死んだところで俺には何も影響してこない。
俺にとって悪い未来は、ライリアがこのまま大量生産されて、ただウイルス駆除のためだけに働く機械と化す事。
そして一つの結論を仮定した。
俺の望まない未来は、人々が望む未来で。
人々が望まない未来は、俺の望む未来なのかもしれない。
なんて不思議なジレンマだ。もちろん俺vs人々だから俺がマイノリティなのは言わずも分かってる。
ただ、さらに一つ思ったのはソウラはどちらの未来を望んでいたのだろう。ソウラは何を思って戦闘能力をライリアに付与したのだろう。
もし俺の望まない未来のために改造したならば、ソウラはみんなの英雄であり、俺にとっては人類最大の敵だ。
もしそうでないならば、数少ない同志と言える。
……。
とにかくモヤモヤしたままここに立っている。この道を歩いているわけだ。
「レオ様……?」
「あ、なんだ?」
「何かぼーっとしておられましたので」
「大丈夫だ、心配ない」
しっかりと前を向く。
「ほら、来たぞ」
ミチルの言葉どおり、目の前にゾンビの集団が見えてきた。
「レオ」
そう言って何かを渡された。
「お前は攻撃に参加しなくて良い。ただ念のためそのナイフを持っておけ。ゾンビの腹に刺したら捻るようにして攻撃しろ、そして抜く。ここまでがワンセットだ、使い捨てじゃないから大事に使えよ」
新品で何も汚れていないナイフの刃を隈なく見る。
「よっしゃあああ!」
ゴウが先頭を切って、ゾンビの集団に突っ込む。
そして俺を横切ってライリアが前へと走って行った。走って行ってしまった。待って、と言いたかったが、そんな事を口走れる場面じゃなかった。
戦いが始まった。
「っっ!」
右側のゾンビはミチルがゴルフクラブを正確に頭に打ち込みながら対処している。背中を取られないように周囲を注意深く見ながら戦っている。
「んん!」
左側のゾンビはミレイが必死にナイフを振り回して対処している。あくまで自分に近づけさせないために牽制している。よく見ると俺と同じナイフを使っていて、ゾンビの体液らしきものでかなり汚れていた。それほどゾンビを倒してきたという証。
ライリアは、ミレイの前に立って格闘を活かしてゾンビを倒している。噛まれることすら無く肉弾戦を行っている。これがソウラの改造の力なのか、と思い知らされた。
そして俺は、ただ後ろの方で見てるだけ。別にそこに不満は無い。
ただ不満なのは一つ。
「……!」
ライリアが傷ついてしまう事だけを恐れていた。
「あっ……!」
ミレイがナイフを誤って手放してしまい無防備になった。そんなミレイをゾンビが襲ってくる。
「やだぁ!」
その様子に気づいたライリアがすかさずミレイの間に入る。
そして腕あたりをゾンビに盛大に噛まれる。
噛まれる。
傷つく。
ライリアが傷つく。
俺のライリアが。
「ライリアぁ!」
噛まれながらも、違う方の腕でゾンビを力ずくで離してから顔面に強烈なキックをかます。
「ミレイ様、ご無事ですか?」
「うんっ……なんとかっ」
ミレイは冷や汗をかきながら一旦後ろに下がってくる。
ライリアはどんどん前へ出て無数のゾンビと戦う。その美しい身体は血液や体液で汚れに汚れていた。
俺のライリアが、汚れていった。
「ライリア!」
次はミチルの声。
「俺の前に出て囮になれ! 俺は裏を取る!」
そう言ってミチルはゾンビの集団を迂回するように後ろへ回り込んだ。
「承知しました」
ライリアは命令通り、ゾンビの前に立ちギリギリまで引き付ける。そして何も攻撃を仕掛けず、複数のゾンビに身体ごと押し倒される。
「おらあああ!」
この囮を機にゴウがゾンビを後ろから殴る。
全力で振り回した金属バットはライリアごとゾンビを攻撃していた。ライリアはバットで殴っても痛みを感じないから、いくら殴っても問題無いからか。
どすっ。
どすっ。
まるでリンチでもするかのようにライリアに乗っかったゾンビを攻撃していく。
傷ついてる。
ライリアはあの中で一人だけ傷ついている。
傷つく。
傷。
「やめろおおおお!!」
俺はライリアとゾンビの間に割り入った。何も理屈なんて無い。とにかくライリアを守ろうとした。あの時助けてもらったようにライリアに覆いかぶさって守る。
俺が守るんだ、ライリアを。
うぅぅぅぅ。
ゾンビが俺に襲い掛かる。当たり前だ、だって至近距離に無防備の俺がいるのだから。
どすっ!!
襲おうとしていたゾンビが横に吹き飛ぶ。そして俺は誰かに身体を掴まれて、とてつもない力でゾンビたちのいない場所へ放り投げられる。
砂利の地面に全身を打ってとてつもない痛みが身体中に響く。
「っってぇ……!」
ゴウとミチルが何とか残りのゾンビを戦闘不能になるまで叩きのめして、この辺りにいたゾンビは全て駆逐したらしい。
ミチルがとんでもない形相で俺に近づいてきて胸倉をつかんで顔を近づける。
どごぉっ。
そんな鈍い音が俺の頬から聞こえる。
殴られた俺はそのまま地面に叩きつけられて起き上がれなかった。ミチルはまた胸倉をつかんで声を震わせながら俺に問いかける。
「なにしてんだ……」
「何って……」
「なにしてんだって聞いてんだよこのぼけがぁ!!」
「……」
ミチルの怒号が俺の耳に入ってくる。
「死にたいのか……?」
「違う……」
「じゃあなんだ!?」
「ライリアを守っただけ……」
「レオ様、ご無事でしょうか?」
ライリアが起き上がって汚れた身体のまま俺に近づいてくる。
それを合図に俺は一気に立ち上がってライリアを抱きしめてミチルたちと距離を取る。それはまるで人質を取った強盗のような構図。
「なんのつもりだ、てめぇ……」
ミチルが睨んでくる。その目はとても鋭く、そして涙で潤っているようにも見えた。ミレイもゴウも、動揺を隠しきれないようで立ち尽くしている。ライリアは振り向いて無表情で俺を見つめている。
「俺はライリアを兵器にしたくない、兵器にさせない」
「はぁ……?」
「だから俺はこのままライリアを連れ去る。お前らに渡せばライリアは大量生産されて、兵器にされて……それはもうライリアじゃなくなる。ライリアが死ぬんだ」
「バカな事言ってんじゃねぇぞ……」
「本気だ」
今の言葉には、こいつらに対して発した発言の中で一番力が込められていた。
「レオ! 目を覚ませ! 話せばわかるだろ!」
ゴウは状況を把握していないのか混乱しながら俺に話しかけてくる。お前に俺の気持ちを話して何も理解出来ないだろう、と心の中で吐き捨てた。
「レオ君!」
ミレイが不安そうな眼差しで俺に訴えてくる。
「落ち着こうよ……確かにちゃんが傷つくのはアタシたちだって本望じゃないよ。ライリアちゃんだって、ヒューマノイドだけれど……アタシたちの仲間の一人だもの! でも、このままじゃウイルスの被害は広がる一方だよ!」
「そのためにライリアは犠牲になっても良いと?」
「ぎ、犠牲なんて……」
「犠牲だろ? ヒューマノイドだから犠牲になっても良いって思ってるんだろう、みんな」
「それは……」
言葉が減っていく。弱くなっていく。
「だから人間を好きになれないんだ。俺はライリアしか信じられない」
「レオ様……」
ライリアが俺を見つめる。
「ライリア、お前を楽にしてやるからさ……」
頭を優しく撫でた。綺麗な髪の毛が俺の指全体に絡みついてくる。
「レオ」
ミチルが口を開いた。
「なんだよ、止めても無駄だ」
「提案がある」
「提案?」
今さら何の提案だ。
「今、ライリアの運命をお前が決めようとしている。違いないな?」
「戦闘のために生まれてきたわけじゃないんだから、決めるも何もない」
「違う、お前が決めつけてるんだ」
強く否定された。一体何が言いたいんだ。
「ライリアの運命は、ライリアが決めるべきじゃないのか?」
「……いや、ライリアはヒューマノイドだろ。自分の意志なんてない」
明らかに俺の声が震えていた。
「おかしな話だろ、お前はライリアを人間と同じように扱って大事にしているんじゃないのか? だったらライリアにも意志があると思うのが普通だろ」
「くっ……」
矛盾がある事は俺だって知ってる。まるで切り札を使われた気分だ。
だったら、俺も切り札を出すまでだ。切り札が効くのかどうか確信的では無いけれども。
「だったら、今ここでライリアを戦闘不能にさせる」
「は……?」
「ソウラの事を……」
「ば、バカ!?」
やっぱりこいつらは隠し通そうとしているんだ。
ソウラの死をライリアに告げると、ライリアは原動力を失うかもしれないから。
「ふんっ……ライリア、行くぞ」
ライリアの手を引っ張ってこの場を去ろうと思っていたが、ライリアが石のように固くなって動かなくなっていた。
「ライリア……?」
「ライリアは……」
俺は目を丸くした。
ライリアが身体を震わせている。その目には、絶対に光ることは無い、光ってはいけないものが映っている。
「ライリアは……もう我慢できません……」
泣きながら、声を震わせながら。ライリアが一生懸命言葉を紡ぐ。俺は、俺たちはその様子をただ眺めることしか、見守る事しか出来ない。
「ソウラ様が、もう人間では無いことは理解していました……」
「え……?」
その場に居た全員がその言葉に困惑していた。
おかしいだろ。だってソウラとずっと人間相手のように話してただろ。ライリアを動かすために、わざわざソウラを監禁してまで……。
「どういうことだ、ライリア……?」
ミチルが動揺を隠せないままライリアに詰め寄ってくる。
「ソウラはいるぞ……? お前の帰りを今でも待ってる……」
諭すように、宥めるように。
「ソウラ様はもういません……あれはソウラ様と似て非なる者なのです」
冷徹だった。声の震えと何とか抑えて、いつも通りのライリアを保とうと必死に噛みしめているようだった。
その姿はもうヒューマノイドではない、人間そのもの。
足りなかったものを埋めて、人間になった。なってしまった。
「ライリアはしばらくショックを受けました……まさかライリアを庇って死ぬなんて思ってもいませんでした。ライリアがソウラ様を守らないといけないのに。ライリアは守るために造られたのに」
ライリアを庇って死んだ……?
「どういうことだ……?」
俺はミチルに説明を求める。
「そのままの意味だ……お前と同じだ……」
鼻息を荒げながら真実をぶつけてくる。ソウラと同じことをしたから……だからミチルたちは……。
ソウラは……俺と同じく、ライリアを庇った。傷つけられるのが見てられなくて、受け入れられなくて俺と同じ事をした……。
訳わかんねぇよ。
だってお前が戦闘能力をつけたんだろ? 自分でやった事なのに、それを受け入れられないなんて、おかしい話だろ……。お前がこんな改造をしたから……ライリアはこうして戦場に立ってるんだぞ……? こうしてお前を思って泣いてるんだぞ……?
なんて罪深いやつなんだお前は……。
「ライリアの中の人工知能が成長して、ライリアには無いはずの感情という概念を与えてしまったのです……それほどにソウラ様の事を想っていました」
人工知能が成長して……つまり本来無いはずのものを学習して、自我が芽生えてしまったって事なのか……? ネットでそういう噂は聞いたことあるけども、まさかライリアが……。
「ライリア……っ」
ミチルが落ち着いてライリアを見つめる。
「はい、ミチル様」
「そういうことなら、ライリアには意志があるんだな? ライリア自身が今後どうしたいのか」
「ライリアは……」
答えを待つ。
「ライリアは、確かに元々戦闘用ヒューマノイドではございません」
一旦、呼吸を整える。呼吸なんてしていないのに。
「しかし、今はご覧のとおり危機的状況でございます。ウイルスによって何人もの犠牲が出ました。街も汚れてしまいました。日常が失われてしまいました。みんなも、ライリアも一日でも早く日常を取り戻したいと思っております。そのためでしたら、ライリアがどんな使われ方をしようと、その運命を受け入れようと覚悟しました」
ライリアが両手を差し伸べてミチルの手を優しく包む。
「ミチル様、ライリアを本社まで持って行ってください。全てのデータはライリアの中に保管されております」
「ライリア……」
手を離した。
そして俺の方を向く。
「レオ様」
「ライリア……」
「このような勝手な真似をしてしまい、誠に申し訳ありませんでした」
「謝る事は無い……」
「ライリア、とても嬉しかったです」
嬉しかった。彼女はそう言った。
「ただのヒューマノイドであるライリアをここまで愛してくださったのは、レオ様が二人目でございます」
二人目、そうだな。
「しかし、一人目はもうここにはいません。ですのでレオ様が唯一ライリアを心から愛してくださる人なのです」
……。
「ライリアは、このまま戦闘用ヒューマノイドとしてデータを解析されて、大量生産されて町中にライリアが配備されます。ライリアはライリアだけでなくなってしまいます。その状況がレオ様が望まないモノだというのも重々理解しております」
……。
「しかし、ライリアはそういう運命なのでございます。ライリアの勝手なわがままを、どうか許していただけませんか……?」
……。
「許すも何も、俺はライリアの主人じゃないからな」
呼吸を一旦整える。俺は呼吸しているから。
「でも、ライリアの意志だって言うなら、俺は止める権利は無い」
「レオ様……」
頭を撫でた。
「よく我慢してきたな……本当に……よく頑張った」
「レオ様……」
あちらから、抱きついてきた。
俺の胸の中で、冷たい涙を流している。肌に触れてないのに、その冷たさが伝わるようで。
「さて、まだ捜索の途中だろ。早く戻ろう」
「おいおい、お前があんな事したから止まってるんだぞ……?」
ミチルが呆れたように指摘する。
「そういえばそうだったな、悪い」
「バカだな、お前も」
「うるせぇ」
ははは……、と笑い合った。
何か、久しぶりに心から笑った気がした。
「でも」
そんな明るい雰囲気を壊す言葉を俺はぶつける。
「ライリアを本社へ持って行く代わりに、俺から一つ条件がある」
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