第5話 俺と、彼女と、その距離感と。
テントに帰ったあと、ゴウは武器のメンテナンス、ミレイは食料在庫などの確認、ミチルは大きな地図を眺めながら色々考えていた。それぞれが自分のすべき仕事をしていて特に会話も飛び交うことも無かったので、端末をひたすら弄っていた。主に調べていたことはヒューノイド、ライリアの事について何か情報が無いか必死に探していた。
「無いか……」
まともな情報が載っていなかった。あるのはスレッドで無駄な知識を披露している愚者の言葉ばかり。ソウラだからこそ出来た改造なのだろう。当たり前だ、ネットの情報を教科書として生きてきた俺とは雲泥の差だ。これじゃライリアには到底近づけないな。
「よし」
ミチルが眺めていた地図を放り投げたと思ったら、部屋の隅にあった寝袋の固まりから一つだけ持ち出した。
「おやすみ」
食事のときにみんなが座っていたテーブルの下に潜りこんで、無駄の無い動きで寝袋に身体を入れて即座に就寝していた。ミレイやゴウは自分の仕事をしながら「おやすみー」と反射的に返事している光景も合わせて何か不気味だった。おやすみなさい、なんて言葉を口に出すことは俺の日常生活には組み込まれてなかったから。
「ミチルって寝るの早いんだよね、昔から」
ミレイが補足するかのように説明してくれた。
そうなのか、としか答えようが無かったけども。
「ソウラは逆に全然寝ないよな。あいつマジでいつ寝てたんだろ、ずっとライリアの手入れしてたじゃんか」
「まぁ、そういう体質だったんでしょ」
……。
ここで問い詰めるべきか。
「レオ君さ」
「ん」
「ソウラの事、気になるよね?」
予想外にも、あっちから話題に触れてきた。
「え、あ、まぁ」
「おいおい、余計な事喋るとミチルに怒られるぞ?」
「大丈夫でしょー。ほら、もうスヤスヤ寝ちゃってるし」
耳を澄ませるとミチルの寝息が聞こえてくる。
「ミレイが責任取るなら別にいいけどよ」
ゴウが承諾した。
「じゃあ話そうっかなー。前にもちょっと話したとおり、アタシとミチルとソウラは小学校の頃から幼馴染。ゴウは高校卒業してからの付き合いだよねー」
「まぁな。元々ミチルとは仕事仲間だ」
「身体から分かるとおり、トラック運転手なの」
「なるほど、もしかして脇においてあるトラックは」
「会社のやつ。騒動に乗じてパクってきちまった、はははっ」
「騒動収まったら、ちゃんと返しなさいよねー?」
「分かってるっつうの。ま、さすがに非常事態だしクビにはなんねぇだろ」
おほん、とミレイが咳を一つ入れて脱線していた話を戻した。
「ソウラは昔から頭がすごい良くてね、目を話したら機械を改造してたのよ。目覚まし時計から始まって、仕舞には電子レンジとかも……」
「ま、一言で表すと変人だよな」
「その延長線上で、ライリアを作ったというわけか」
「らしいわね。まだ市場に回ってないから外には一切出してなかったけど、相当溺愛してたね。いっつも会話がライリアの話から始まるんだもの」
機械とばかりコミュニケーションを取っている点においては、ソウラは俺に似てる気がした。でもソウラにはこいつらみたいな友達が居た、そこが俺と決定的に違う点かな。
「まるで恋人のように愛してたわね……」
ミレイは目くじらを熱く感じてるのか、口を真一文字で食いしばってるように見えた。
「分かった、辛いのに話してくれて助かる。ましてや今日出会ったばかりの俺なんかに」
「いいのいいの。なんかレオくんとは初対面って感じがしないからさ」
「お前ら、会ったことあるのか!? こいつ引きこもりなのに!?」
「雰囲気が初対面に対しての人じゃないって事よ。ほんっとうにゴウってバカよねー」
「なぁ!? なんだと!?」
テントの中ではしばらくこの騒めきが続いていた。今日だけで、とてつもない刺激を受けた。おかげで身体がクタクタ。二人は俺そっちのけで何か言いあってるので、その間に俺はテントの端に移動して頑丈な棚に身を託して目を閉じた。
目を開いた頃には、新しい明日が光を差してくるだろう。
目を開いても、外は暗闇だった。
端末を開いて時刻を確認すると深夜の三時を過ぎたころ。確かに普段の生活を当てはめるとまだ起きている時間だからな、目が覚めても何ら不思議では無い。
ミチルは相変わらずいびきを立てて寝ているし、ミレイやゴウも寝ているようでテント内の明かりは弱くなっていた。ゆっくりと身体を起こしてテントの外を覗く。そこには眠る前に俺が座っていたドラム缶に懐中電灯片手に腰かけてどこかを見つめているライリアが居た。足元に気を付けながら彼女に近づく。あちらも俺の気配に気づいたのかライトを俺に向ける。
「レオ様ですか、こんな時間にどうされましたか? トイレでしたらそちらの隅の方でお願いします」
「いや、トイレじゃない」
そういえば仮設シャワーはあっても仮設トイレは無いんだな。
「でしたら、どうされたのでしょう」
「なんか起きちゃってさ、隣座っていいかい?」
「どうぞ」
先ほどのライリアと同じように今度は俺が寄り添うように座る。
「暗いな」
ライリアと同じように虚空を見つめながらそう呟く。
「深夜ですから暗くて当然でございます」
「そういう暗さもあるけどさ」
「……?」
「この街は今、色々大変じゃんか」
「そうですね。午後一時統計では三〇〇〇人もの住民が亡くなっております。とても混乱した状態でございますね」
「ライリアはどう思ってるんだ、この騒動の事を」
「そうですね。何とかして力になりたい所存でございますが、ライリアでは力不足なのでしょう」
「そんな事ない。現に俺はゾンビの集団に囲まれた中からライリアに助けてもらった」
「それもこれもソウラ様のおかげでございます。ライリアは元々戦闘能力が備わっておりませんでしたので」
「……じゃあ俺が助かったのはソウラのおかげか?」
「左様でございます」
「……」
感情がこみ上げてきた。だからこそ言ってしまった言葉だと思う。
「俺とソウラ、どっちが好きだ」
「……それはどういう意味でしょうか?」
彼女は表情を崩さないまま。
「そのままの意味だ、答えてくれ」
「確かにソウラ様の事は愛しております。そしてレオ様の事も好きですよ?」
「どっちが好きなんだ」
急かすように強い口調で言った。その強さがライリアに伝わったかは不明。
「……ライリアには少々難しい質問でございます」
「分かった、質問には答えなくていい」
「はい、申し訳ございません」
ぺこり、と頭を下げるライリア。
「俺はライリアが好きだ」
「……ありがとうございます」
「その無表情でクールな姿、無機質な声……魅力的だよ」
「……ありがとうございます」
「なぁ……一つお願いしてもいいか」
「……?」
「俺を愛して」
「……レオ様を、愛して?」
「そうだ、ライリアは俺を愛するんだ」
「申し訳ございません、少々言っている意味が理解しかね……」
そのまま、抱きしめた。
今までこんなに人を抱きしめたことも無いし、抱きしめようと思ったことも無いけど、躊躇なんて微塵も無かった。
彼女の身体を俺の元へ引き寄せるように、離すもんか、と言わんばかりに。俺のモノだ、と。そう主張するように、我儘を突き通すように。
「……レオ様?」
彼女の身体は人肌と同じように暖かった。胸も身体に当たっていて少し興奮した。もっと、もっと強く抱きしめた。
「俺は人を好きになった事が無い」
「……そうでしたか」
彼女の顔を一切見ないで話を続ける。きっと無表情のままだから。
「人間に興味が無かったんだ。俺の親が俺に興味を示してくれなかったから。人間相手にはこれくらい無関心である事が俺の中では標準だったから。だからもちろんだけども人付き合いはうまく行かなかった。友達も全くいなかった。次第に学校にも行かなくなった。学校に行かなくなった俺に対しても親は無関心だった」
「……」
彼女は何も返さない。俺がただ一人で無様な自分の姿を語り続ける。
「気づけば機械としか接していなかった。機械があれば何でも出来るから。ヒューマノイドがいれば側にずっと置きたいとも思っていた、ライリアと出会う前から。この騒動が起きる前から」
話は続く。
「騒動が起きてから『外の世界』に初めて触れることが出来た。触れるために避難すらせずにこの街を駆け巡っていた。そしてライリアと出会う事が出来た。運命の出会いだ、一目惚れだよ。なんせ俺の命を救ってくれたんだから」
「そうでしたか……」
同じような、当たり障りの無い返答が来る。
「なぁ、ライリア」
「なんでしょう、レオ様」
「ライリアはこの後どうしたいんだ」
「どうしたい……?」
「このまま開発された会社に持って行かれて、データを抜き取られてライリアみたいな戦闘能力を持ったヒューマノイドが量産されてウイルスと戦っていく、そうなるのか?」
「そうなりますね……」
「それでいいのか、ライリアは……?」
「え……?」
「ライリアはこのまま戦闘用ヒューマノイドとして生きていくんだぞ? 致命傷にならないからってずっと傷つけられて生きていくんだぞ……?」
「傷つけられるなんてそんな」
「いいのか……? ましてやライリアは大量生産されて、自分のクローンが大量に現れるんだぞ?」
「ライリアはヒューマノイドですから、至極当然の事でございます」
「……そ、そうだけどさ」
「……レオ様、とりあえず落ち着いてください。ライリア、苦しいです」
「あぁ……悪い」
ここでやっと抱擁から解放した。
「レオ様は」
彼女が無表情で俺をじっと見つめる。
「レオ様こそ、この後どうされたいのですか?」
「……あんまり考えてないけど、ライリアと一緒に居たい」
「……」
彼女は何も答えずにすっと立ち上がる。
「明日もこなすべき行動がたくさんございます。なので眠くなくても横になっておやすみ下さい。テントへ戻りましょう」
「そうだな……色々、悪い。なんか動揺しちゃってさ」
「とんでもございません。ライリアは何も気にしておりませんので、大丈夫です。どうぞおやすみください」
俺はそのままテントへと歩いて行った。ライリアを抱きしめた時の温もりがまだ身体に残っている気がした。
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