第4話 俺と、彼女と、外の世界と。
ミレイの作ったチャーハンは美味しかった。ちょっと油っこくて攻撃的な味だけど、孤児院では絶対に食べられない味だった。「外の世界」の味、なのかな。
「レオ、おいしい?」
「うん、美味しい」
美味しいけど、こんなに心がモヤモヤしたまま食べるご飯は何か複雑な味だった。
ライリアとソウラの事を一旦忘れないと、正しい味が俺の舌に伝わってこない気がしたので、全力で忘れる。
「そんな表情で言われても嬉しくなーい」
それほどまで無表情で答えてしまったのか……。
「あと! ご飯食べてるときは端末をいじらない!」
「あっ……」
無意識に端末を片手に食事を摂っていた。慌てて端末から手を放す。
「どういう教育受けてるのよー!」
「教育なんて、受けてない」
「んー……」
ミレイが複雑そうな表情をしていた。自分とは全く境遇の違う人間を見て困惑だったり、ドン引きなりしているんだろう。
やっぱり俺は普通の人間とは違う。重々分かっている。
「端末で何見てるんだよ、まさかこんな時に呑気にゲームしてんのか?」
「あ……」
テーブルに置いた端末をミチルに取られてしまった。
「ん、ニュースサイトか」
「俺はそこしか見ていない、普段から」
「へー、意外。引きこもってゲームばっかりしてると思ってた」
ミレイにはだいぶオタクとして見られているらしい。否定も肯定もしない。
「教育を受けてないってのはどういう意味だ」
「……学校じゃロクな事教えてくれないから。端末で情報を漁った方が早いし。だからいつからか行かなくなった」
「うわー、典型的引きこもりじゃん」
ミレイの呆れ切った言葉を気にしない。
「典型的ってどういう意味だよっ?」
バカ大男が口を挟んでくる。
「ゴウは黙ってて!」
「とにかく!」
ミチルが場を整えるような大きな声で言った。
「お前を避難所へ届けるまでは、俺たちのルールに従ってもらう。助けてもらったんだから当たり前の事だろ?」
「……」
それが当たり前なのかすら分からなかった。外の世界は難しい。
「返事!」
「お、おう……」
「ったく……」
「まぁまぁ、楽しく行こうー。ほら、これ美味しいよー?」
ミレイがそう言いながら俺の手元に何かを置いた。ホワイトシチュー、湯気が立ち上っている……家から缶詰とかビスケットとかしか持ってきてなかったから、こんな温かい食事は久しぶりだ。
「……」
コンビニで買ったときに付いてくるようなスプーンを手に取って一口分のシチューを掬った。口にゆっくり含む。
「ん、美味しい……」
「でしょっ、これレトルトだけどアタシの手にかかれば絶品料理になるってわけー」
「ただお湯に入れただけだろ、ばーか」
「なんだとー、この典型的脳筋!」
「だから典型的ってどういう意味だよっ!?」
「ふっ」
ミレイとゴウが何か言いあってる。その間でミチルが鼻で笑っている。騒がしい中、俺はひたすらシチューを口に運んでいた。冷めないうちに全部身体へ入れたかった。
……。
食事ってこんなに賑やかにするものなんだ。家では絶対にありえない光景だった。
ご飯が出来たら椅子に座って、食べる事だけに集中して一切会話は飛び交わない。食べ終わったら皿を台所まで持っていって黙って洗う。洗い終わったら部屋へ戻る。
昼間は俺しか家にいないから部屋でカップ麺を食べてる。
これが俺の「食事」だった。
「じゃあお前は胸筋だなっ。胸が筋肉しか詰まってないからそんなに巨乳なんだな!」
「なに訳分からないこと言ってるのよー!」
「おい、さっさと食えよお前ら」
……。
外の世界は難しい。
「食べながらでいいから聞いてくれ」
バカな言い合いも終わって全員が座ってた途端にミチルが切り出した。
「今後の予定だけどよ、予定どおり南にある運動場地帯を探索する。明後日まで捜索
して生存者がいなかったらこれでこの街とはお別れだ。レオを避難所まで送る」
運動場……行った事が無いから何もイメージ出来ない。探索にそこまで時間がかかるほど広大な場所なんだろうか。地図アプリで……あ、没収されてるんだった。返してくれ、という想いをミチルに対して目線で訴えた。しかしミチルは俺を見て鼻で笑いながら、端末をボールのように上へ投げて遊んでいる。どうやらまだまだ返す気は無さそうだ。
「ちっ……」
「端末中毒の治療した方がいいよー。試しにやってみよー?」
ち、治療? まるで病気みたいな言い方してくれるものだな。
「こんな状況下でやる事でもねぇだろ……混乱してる今では情報が命だ」
それは当たり前の事だ。情報こそ命だ、情報戦を制したものが勝つんだ。
「ただ」
ミチルが端末を俺に向かって乱暴に放り投げやがった。無いに等しい運動神経や反射神経を駆使して必死でキャッチする。
「機械ばっかとコミュニケーション取ってないで、人間とちゃんと話せ。それだけは言っておく」
「なんだよ、偉そうに……」
「偉いだろ、お前を助けたんだから」
「……」
確かに助けられた身だけれども、そんな理論を振りかざされて不快に思わない訳がない。
「ちょっとその言い方はひどいわよ、ミチル」
今まで敵側に回っていたミレイが助け船を出してくれた。意外だったので何だかうれしかった。
「いいんだよ、こいつは叱られるという事を知らない。されないで生きてきたんだから」
核心を突かれた気がした。
親に問題があったのか、俺に問題があったのか。そんなことは知らないけども、叱られた記憶が存在しなかった。例えばテストで悪い点を取っても何も叱られなかった、もはや点数の報告すらしないこともあった。学校に行かなくなっても、日中に両親は家にいないので叱られることは無かった。
無関心、俺が両親から貰ったのはその三文字だった。
「いわゆるゆとりだよ、ゆとり」
「もー! やめなよー!」
スプーンをわざと大きめな音を出して皿に投げた。
「ごちそうさま、ちょっと外に出てくる」
俺は足早にテントから出て行った。
少し自分の世界に戻りたかった。あの赤いテントの中の光景も忘れたかった。
テントから少し離れた場所の地面に転がってたドラム缶の座り心地が妙に良かった。既に太陽が沈もうとしていて、灯りが無いとまともに歩けない暗さに染まろうとしていた。でももうちょっと、暗闇になるギリギリまでここに座っていようと思う。
実際、暗い場所にいる方が落ち着く。端末が照らす光で俺には十分だ。ニュースを眺める。ヒューマノイドを使用したウイルス駆除は世界からも国民からも高く評価されている、という記事が目立つ。今後ウイルスが発生した場合、わが国のヒューマノイドが世界へ出動されるかもしれない、という記事になっていた。
震災と同レベルな騒動の中で、ポジティブ要素をこれでもかと詰め込ませたような不思議な記事だった。
ふーん。
こうして俺は情報をまた一つ取得していく。
『こいつは叱られるという事を知らない』
ミチルの言葉が脳内で再生された。叱られる事、だけでない。褒められる事も、励まされる事も知らない。自分の感情を、自分の行動を他人から干渉されない。俺はこの端末とだけ、機械とだけ繋がって生きてきたから。
ぴかっ。
実際にはそんな音など鳴らなかったが、それ相応な強烈な光を顔に照らされたので思わず目をつむった。端末とは比べようにならない、とても強い光。
「レオ様」
「……ライリアか」
手のひらサイズの懐中電灯を俺に向けながらライリアが近づいてきた。彼女はヒューマノイドだから、こんな暗闇でも障害一つ無く歩けるのだろう。だから俺の元に来るまで懐中電灯のスイッチを入れてなかった。もちろん俺は彼女の気配に気づかずに驚いてしまった、という光景。
その光に照らされた顔は、やっぱり無表情だった。俺に対する彼女の表情は、これで決まってしまっているんだ。
「灯りも無しにこんな暗い場所にいますと危険でございます」
「あぁ……俺はこれくらい暗い場所が似合うからいいんだ。ここが居場所」
「いいえ」
否定された。
「レオ様の居場所は、ここではございません」
「なんで」
「レオ様がここで眠るのはとても危険でございます。テントの中で眠った方が安全だと思われます」
「……」
テントの方を見た。光が漏れないように丁寧に施されているけども、周りから見れば十分な光源だった。
「じゃあさ」
意地悪そうに俺は言った。
「ライリアの居場所はどこなんだ。やっぱりソウラの側か?」
どんな言葉が返ってくるんだろか。
どんな言葉が返ってくるように設計されているんだろうか。
「いいえ」
いいえ。
「ライリアはみんなの側にいます。ソウラ様の、ミチル様の、ゴウ様の、ミレイ様の。もちろんレオ様の側にも」
「……」
ちょっと予想に反した答えで固まってしまった。
「帰りましょう」
「悪い、もうちょっとここに居させてくれるか」
「でしたら」
ちょこん、と俺の隣にライリアが座った。
「な、なんだよ」
「一人ですと何かあった時に危険ですので」
「そうかい……」
ライリアの身体が微かに自分に当たっていた。
人間のような感触で、人間のような温かみで、人間のような気づかいも出来て……俺よりも人間らしかった。
人によって作られたものなのに。
「ライリアって」
黙ってるのもなんだから、会話しようと切り出した。
「本当にすごい高性能だよな」
「はい、ライリアは『La’La』で作られた感情型ヒューマノイド『new-la』です。世間ではまだ公表されていない最新型でございます。ライリアはソウラ様がつけて下さった固有の名前でございます」
「そっか……」
ヒューマノイドに元々それなりの興味を示してたから詳しいんだけども、ライリアは聞いたことも見たこともないタイプだったから疑問に思っていた。そりゃ分かるわけがないもんな、俺は流通した情報からしか学べないんだから。
ライリアはもちろんソウラがつけた名前なんだろうな。
「ライリアって名前の由来はなんだ」
「由来、ですか」
流暢に喋っていた先ほどとは違って口が止まっていた。
「申し訳ございません、ライリアの名前の由来の情報はライリアの中にはございませんでした。ソウラ様に直接尋ねるしか方法はございません」
「まぁ、そうなるか」
「でしたら、今からソウラ様の元へ」
「いや、大丈夫」
食い気味に否定した。今はソウラと対面したくない。
「そろそろテントに戻るかな……」
「では、ライリアはソウラ様の元へ行って参ります」
「あぁ、行って来いよ」
ライリアの背中を寂しく見つめているしかなかった。
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