第3話 俺と、彼女と、ご主人様と。

「今後生き残る上で関係無い話だ、気にするな」


 寝ていたはずのミチルが、ハット越しのこもった声で俺の疑問に答えた。


「言ってくれたっていいだろ」


 反抗する。そんな事で引き下がれない。


「命令だ、これ以上触れるな」


 イライラしているようだった。


「レオくん」


 俺とミチル間にミレイの言葉が挟まった。


「気持ちは分かるけど、今は何も気にしないでミチルの言う事を聞いてくれないかな。ミチル、こんな感じでツンツンしてて可愛くないけど本当は良い人なの。私の我儘だと思って我慢してほしいな」

「……分かった」


 ミレイにそんなに言われたなら、どうしようもない。


「素直でよろしいっ。とりあえずその汚い身体をキレイにしましょうっ。このアジトはすごいから、裏にシャワーがあるのっ。さっさと行ってきなさいっ。不潔な男は嫌われるからねーっ」


 確かに逃げ出してからシャワーなんて浴びてないから俺の身体は不潔そのものだ。ミレイに背中を押されてテントの外へ出ると、彼女の指さした方向に簡易式シャワールームが立っていた。


「ねっ、すごいでしょー」

「はぁ……」


これも本当にトラックで運んでいるのかと疑問を抱きながら近づいて中へ入ろうとする。


「中に濡れないようにモノを入れられる場所があるから、そこに脱いだ服入れてよ。テントからレオ君に合う服探してくるから、それまで待っててねっ」

「そ、そんな……」


 そんな事までしてもらえるとは思ってもいなくて驚いた。しかしミレイには違う捉えられ方をされたらしい、やけにニヤけた顔がそう物語っている。


「んー? もしかしてアタシと一緒にシャワー浴びたいの?」

「……!?」


 全力で首を横に振る。


「じゃあぜっっっったいに一緒には入りたくないんだ……」


 次は落ち込んだ顔を見せられた。

 それに対しても全力で首を横に振る。


「ふふ、冗談よ。レオ君面白いわね」

「……っ」

「そういう感じで言葉に出さずに噛みしめるような感じ、似てるなぁ」

「似てる?」

「あ、なんでもないっ。じゃあ着替え取ってくるねっ」


 ミレイが駆け足でテントへ戻って行った。

 似てる……誰にだろうな。

 そんな事を気にするより俺はシャワーを浴びたかったので、靴を脱いで中へと飛び込む。時間制限があるわけでも無いのに急いで脱衣すると、シャワーノズルに手をかけた。そして水の出るところを一旦見つめる。さすがに冷たい水か、そうだよな。季節的に今は冬に近いし……心臓麻痺に気を付けよう。


「ん、温かい……」


 ちゃんとしたシャワーだった事に驚愕した。いつも冷たい水ばかり浴びていたような人生だったからか、温かい水に身体が慣れていないのか、身体に馴染まない感覚がした。それでも、しばらく温水の恩恵に浸かっていた。

 ……。

 なかなか着替えが到着しない。ここからミチルたちに向かって叫ぼうかと思ったが、それでゾンビたちが寄ってきたら危機的状況になる。裸で戦うなんて経験は味わいたくない。

 こんこん。

 シャワールームをノックする音が聞こえてきた。やっとミレイがやってきてのだろう。そうなると俺は裸の状態でミレイという女の子と接近する事になるのか……冷静でいられるだろうか、今までにそんなイベントはこなしてないから対処方法がイマイチ分からない。

 とりあえず平静を装ってドアをわずかに開けて顔だけ外に出す。


「あ……」

「ライリアです」


 そこにはもふもふの白タオルと着替えを持ったミレイ、ではなくライリアが無表情で立っていた。


「あ、ありがとう……」


 確かに見た目は女の子だけども。

 何度でも言う。こいつはヒューマノイドだ、性別なんて無い。だから裸姿だろうと俺は恥じる必要が無い。


「相手はヒューマノイドだ、落ち着け」

「……? ライリアは確かにヒューマノイドです、それがどうかしましたか?」

「いや、なんでも無い」


 最後まで言い切る前にドアを閉めた。高速で自分の身体の水分を拭き取ったあと、着替えを受け取って新しい服装へと生まれ変わった。

 再度ドアを開けると、同じ姿勢でライリアが出迎えてくれていた。


「ありがとう、ライリア」

「いいえ。これもソウラ様に仕える身としては当然の事です」

「……」


 そうだ、こいつに聞けばいい。


「ライリア」

「最初に」

「え?」


 会話が成立していなかったのでライリアが故障したかと一瞬思った。


「最初に新規の情報取得としてご主人様のお名前を教えていただけませんか」

「あぁ……」


 そうか、ライリアには俺の情報が何一つ入力されていないのか。


「レオ」

「レオ様で、よろしいですね? よろしかったら『OK』とはっきりとお答えください」

「……OK」

「『レオ』を登録しました、これからよろしくお願いします」

「よ、よろしく」


 これで登録完了か。これでライリアに名前を呼んでもらえるようになったわけか。


「ライリア」

「なんでしょうか、レオ様」

「ソウラ、について情報が欲しい」

「ソウラ様はライリアのご主人様として登録されています」

「ソウラの事が、好きか?」

「はい、ソウラ様は素敵な人間でございます。ライリアの事をとても愛してくれていますから、ライリアもソウラ様の事は愛しております」


 愛している、か。ヒューマノイドに愛を持たせるなんて恐ろしい奴だな……。


「ソウラは、俺の事をどう思っている?」

「レオ様の事をどう思っているか、という質問でよろしいでしょうか?」

「あぁ」

「そうですね。レオ様は身長は平均的で身体全体のスタイルを見ても、とてもバランスの取れた身体をしておられます。髪などは少々手入れが届いていなくて、眉ももう少し……」

「外見とかの事じゃなくてよ……」

「申し訳ございません、レオ様の情報がまだ不足していますのでこれ以上お答えするのは難しいと思います」

「……まぁ、そりゃそうか」


 自分で質問しておいてバカだな。改造までして、ずっと一緒に居ただろうソウラと比べるなんてどうかしていた。


「ソウラは今どこにいるんだ?」

「今はそちらの赤いテントにおります」


 赤いテント。ライリアが向いた方向にそれは立っていた。他のテントが地味な淡い色をしている事も相まって、そのテントだけ目立っている。


「案内、してくれるか?」

「承知しました、後ろについてきてください」


 ミチルたちに内緒でこんな事していいのかという罪悪感があった。でも、申し訳ないけど気になってしまったものは仕方ない。

 俺はソウラについて、ライリアについて知りたかった。理由なんて無い、俺の中に珍しく本能が芽生えているから。ミチルに後で三発くらい顔面を殴られる事は覚悟しながら、ライリアの後に続いてテントへと歩いて行った。

 そして近づいてやっと分かったが、テントの中から微かに声が聞こえてくる。かすれたような汚い声。喉を痛めたときに出るようなかすれ声。そんな不快な声が近づけば近づくほどはっきりと耳に入って来た。


「中へどうぞ」


 ライリアの後に続いて、その声の中へ入る。

 そこには異様な光景があった。テントの中なのに檻がある。そして檻の中には鎖で拘束された人間……じゃない。

 人間じゃない、絶対に人間じゃない。俺の中にある知識をフル活用して分析しても目の前にいる物体を人間として認める事は出来ない。一つはその容姿。真っ赤に充血した眼球、腐ったように黒くなった皮膚。獣のようにとがった前歯。俺はこいつに似た物体をここ最近たくさん見ている。一番多く見ている。


「ゾンビ……」


 ゾンビだ。


 ソウラはゾンビだ。俺が、ミチルたちが戦ってきたゾンビと同じ。

 ライリアが愛しているのは、こんなゾンビなのか。


「どうしましたか、レオ様」

「ソウラは、どこだ」


 食い気味でライリアに言い放った。

 ゾンビから目を離していないのでライリアの表情を読み取る事は出来ないが、きっといつも通り無表情でいるのだろう。無表情で俺の質問に素っ気なく答えるのだろう。


「こちらにいらっしゃるのがソウラ様ですよ」


 無機質な声で真実を告げられた。猿轡のようなモノで大きな声で叫べないようになっているゾンビを見つめる。


「どういうことだ……」

「今日は大人しいですね、機嫌がよろしくないのでしょう」

「そういうことじゃなくて……」

「そうですか。今日のソウラ様はちょっと風邪気味らしいですが、問題無いらしい」

「風邪とかじゃなくて……って、ライリア……?」


 今度はソウラを見て驚いたわけではない。俺はライリアを見て驚いた。ライリアの表情を見て驚いた。


 笑っている。


 こんなところで彼女の笑顔を初めて見るなんて。確かライリアは感情付与型の最新ヒューマノイドとミチルが言っていた。しかし何かの故障なのか、感情を表面に出せないようになったと言っていた。

 なのに。笑っている。

 俺はもちろんのこと、ミチルの前でも、ゴウの前でも、ミレイの前でも決して表情を崩さなかったし、ましてや笑顔なんて見せていなかった。その事は俺とライリアが一緒にいたわずかな時間だけでも十分に分かってしまうほどの事実だった。

 なのに。

 笑っている。

 ソウラの前だから、なのか。

 ソウラを愛しているか、なのか。

たとえ生きていても、死んでいても。

訳が分からない、なんだよそれ。


「だから触れるなって言ったのによ」


 ミチルの声が聞こえた。混乱しながらもテントの入口を見ると、ミチルがイラついた面持ちで俺を睨んでいる。


「ちょっと来い。ライリアはソウラの側に居てやれ」

「承知しました、ミチル様」


 手を荒々しく掴まれて、強引にテントの外へと引きずり出された。

 俺は殴られると思って少し身構えていた、でも拳が降りかかってくる事は無かった。


「ライリアの言っている事は間違ってない。あそこにはソウラがいる」

「……ソウラは」

「人間じゃない」


 答えがすぐに返って来た。


「話すと長くなるが、一週間前にゾンビに噛まれたとだけ言っておく」

「……」

「ソウラは俺らの幼馴染だ。そしてソウラの親父さんは有名なヒューマノイド開発者だ」

「ヒューマノイド開発者……ってことは……」

「ライリアを作ったのはソウラの親父さんだ。ソウラがライリアを持っている理由が説明つくだろう」


 色々な情報が交錯していて頭の中で整理がついていない。


「ソウラは親父の血をひいていたのか、天才的なエンジニアだった。だからライリアの改造に成功した。自分だけを溺愛するようにプログラムされたライリアを」


 自分だけを溺愛するように……?


「ライリアはソウラにだけしか心を開かない。そういう設計なんだ。そういう設計にあのバカが作り変えたんだ」


 そんな……。

 つまりソウラにしか振り向かないのか、ライリアは……。


「極端な事を言ってしまうと、ライリアはソウラがいないと動かない。動かなくなったら俺らの役目は無くなる」

「それで、ゾンビになってもライリアが正常に動くためにああやって監禁して共に行動してるって訳か」

「そのとおりだ、だから場所を移動するのも一苦労だ」

「そしてソウラを生きているかのようにお前らが装っている、と……」

「とにかく。ソウラについてはそういう事だ、これで満足か?」

「……」


 情報量としては満足だけども、情報の内容に満足いくわけがない。


「ミチル、レオ、ご飯作るよー」


 ミレイの甲高い声がシャワーを浴びる前まで居た赤くないテントから聞こえてきた。


「ほら、戻るぞ」


 ミチルがテントに顔だけ覗かせる。


「ライリアも来い。ソウラも疲れてて休みたいだろう、一人にしてやれ」

「承知いたしました。ソウラ様、ライリアはちょっと席を外します。また夜が深まったらお話しましょう」


 ライリアの無慈悲にも楽しそうな声が聞こえてきた。

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