第2話 その仲間たちと、俺と。

 それなりにこの街を歩いた俺でも見覚えの無い場所を歩いていた。見える建物はほとんど窓が割れていたり、壁の一部が削れていたりと悪い空気が流れている。


「こっちだ」


 ミチルの声によって俺たちの足先が左へ転換する。左に入ると、人間が二人横に並んでギリギリの狭さの通路。さらに空気は悪く舞い散るホコリがうっとうしくて目を細める。

 なぜか未だにライリアと手を繋いでいるわけだが、こんな狭い通路でも縦に形を変えながら進んでいく。正直手を離した方が楽に歩けるだろうが、手を離してほしいと声をかけるタイミングも失っているので仕方なく耐える。

 なんとか耐え抜いて歩みを進めると、空気が変わった事に気付いた。ようやく開けられた目には廃ビルに囲まれた拓けた広場に自分が立っていることが分かった。 

その広場には、軍事用に使われているような大きなテントが複数立てられていた。ネット上で少し見たことあったが、実際見るとその大きさに迫力を感じた。これらはまさか元々置いてあったわけは無いだろう。

 少し奥に目線をやると、○○運送と横に書かれた大型トラックが止まっていた。どうやってトラックをここまで進めたのか些か疑問が浮かんだが、さらに奥側に先ほど通って来た道よりもはるかに広い道が見えたので解決した。最初からそっちを通ってここにたどり着きたかったけども、不満は押し殺しておこう。


「さぁ、行きましょう」


 ライリアに手を引っ張られて一番手前のテントに入った。

 中に入ると一番目に入ったのは真ん中に置かれている大きな丸テーブル。四人くらいなら余裕を持って使えそうな大きさだ。右を見ると、物騒な品がズラズラと並んでいる。見えるものだと、ナイフ、包丁、鎌、そしてゴルフバッグ。

 ゴルフバッグ……ミチルがさっきドライバーを持っていたけれども、それもあのバッグの一部なんだろうな。


「あのゴルフバッグ。俺のなんだぜ……?」


 ゴウが俺の後ろから嘆くように言った。


「たまたまトラックに積んでた俺のクラブを、こいつが凶器に使いやがったんだよ。あとでフルセットで弁償だから覚えてろよ?」

「ん? パターとアプローチは使ってないから、そいつらは対象外だ」

「うるせーよ!? つべこべ言わず全部出せよ!? まだ一回しか使ってない新品だったんだぜ!?」

「まぁまぁ」


 激昂するゴウをミチルとミレイがなんとか宥めていた。


「まぁ座ってよ」


 ミレイにそう言われて、大きな丸テーブルの前にあったパイプ椅子に腰かける。既に壊れてるのか、体重を少しでも左右に傾けるとガタガタと揺れるので、使いづらい事この上ない。

 そこは仕方ないとして、それよりも。


「あの」

「なんでしょうか」


 未だに手を離さずに俺の隣で空気椅子しているライリアに対して、どう言葉にすればいいのか悩む。


「ライリア、もう手は離していいぞ?」

「承知いたしました、ミチル様」


 わざわざ空気椅子してまで俺と同じ体勢を取るなんて思ってなかったぞ。


「レオ君って何歳?」


 ミレイが興味津々なのか、ニコニコしながら聞いてくる。


「一八」

「へぇ、けっこう落ち着いてるから同い年くらいと思ったけど年下か~。あ、アタシら全員二十歳だよ」


 俺より年上の連中に対してタメ口で話していたわけだけど、今さら敬語に変える気はないし、そもそも敬語を普段の生活の中で使ったことが無い。だから敬語は話せない。


「趣味とかあるのー?」


 なぜ俺をインタビューしているかのように問い詰めてくるんだろう。


「特に……ネットサーフィンくらいだ」

「外とかには出ないの?」

「最寄りのコンビニ以外行かない」

「休みも?」

「学校行ってないから休みとかそういう概念が無い」


 ……。

 これで俺と話してもつまらないという事が分かってくれたはずだ。


「なんか、ヒューマノイドみたいだね、君」

「……」

「感情もあまりないし、目的も無くただ本能で行動しているみたい。いや、もしかしたら本能すら無いかも」


 まぁ、確かに否定は出来ない。


「おい、ミレイ。あんまり気に障るような事言ってやるな」

「えー。我慢せずに言いたいことは言え、っていつも口をすっぱくして言ってるのはミチルだよ?」

「まぁ、そうだけどよ……」


 ミチルが頭を抱えていた。


「いや、別に気にしなくていいさ」


 自覚はある。今も昔も目的も無く、なんとなく生きてきたから友達なんて居なかったし、いつも端末とばかり向き合っていて、人間とは最低限の会話しか交わしていなかった。

 もちろん親も例外にあらず、ほとんどコミュニケーションを取ってない。


「さて」


 一旦話を戻すようなミチルの相槌。


「この騒動についてどれくらい知っている?」

「確か、数か月前。どこかの海外の島国で今のようなゾンビが現れはじめた。何かのウイルスが原因とかなんとか。ゾンビは噛むことによってウイルスを感染させて数を増やしていく。その島国はすぐに隔離されて感染が確認されてから二週間で、島内の人間の生存者はゼロになった。その騒動がこの島国でも起こって今に至る」

「ちゃんと情報を得ているのは分かった」


 これくらいの情報収集、当然だろう。


「じゃあヒューマノイドについては?」

「え……ヒューマノイドは、十年近く前にプロジェクトが発表されて、一昨年にようやく長い年月をかけて完成に至った。去年の年度始めくらいには社会で初めて導入されて、その有用性が認知されて、年末くらいには市場に頻繁に出回っていた。使われる用途としては、主に飲食店の接客用とか商業用に使われていて、今後は介護現場にも参入していくとか。ヒューマノイドのおかげで人材不足は減って、大幅な労働時間の短縮に成功したという事で世界からも表彰されてる。さて、情報はこれくらいだ」


 心の中で、よくもこんな長々と喋られたものだと自画自賛していた。


「よく調べてるな。でも今はその情報はどうでもいい」


 ……。

何か一蹴されたみたいで、とてつもなく気に食わない。


「お前の命の恩人のライリアは改造されたヒューマノイドだ。本来ないはずの戦闘能力を持ち合わせている」

「戦闘能力を持ち合わせている……?」


 どこかで聞いたことはある。オフィシャルなサイトでは無く、いわゆる闇サイトのようなところにチラっと書かれていた。ヒューマノイドに戦闘能力を搭載することは法律によって禁止されている。しかし水面下ではいつかの戦争のために開発が進んでいるという信じがたい話が一時期出回った。

そんな記事を読んだときは、都市伝説の一種だと思って信じてなんかいなかった。


「でも」


 ミチルが強調するように一拍おく。


「ライリアを一番使えるところは戦闘能力がある事じゃない」

「じゃない?」


 何か意味ありげな言い方だった。


「ライリアは人間じゃない、つまりゾンビが溢れているこの状況下ではそれは何を意味する……?」

「噛まれでもゾンビになる事は決してない。ウイルスが身体に回らないんだろう」

「さすがにさっき噛まれたからそれくらい分かるか。つまりライリアは無敵だ、絶対に負けない」

「それで、正義のヒーローをしているってわけか。ライリアを盾にしながら」


 わざと嫌味のように言ってみた。理由は特に無い。


「なんか嫌味な言い方だな、俺たちはお前の命の恩人って事を忘れるなよ?」

「助けたのは、ライリアだ」


 これは変わらない事実。捻じ曲げてはいけない事。


「……面倒な奴だな」

「これからもライリアを盾にするのか……?」

「仕方ないだろ? 俺たちは噛まれたら人間じゃなくなるんだからハイリスクだ」

「そうやって理由を必死に並べるのか」


 言い訳しているようで見苦しく聞こえた。


「あいつみてぇな事言いやがって……」 

「ん?」


 あいつ?


「とにかく最終的には、ライリアを開発した会社に改造データを持って行って対応してもらおうと思ってる。データはライリアの中に全て保管されているから、ライリアごと会社に持って行く」

「だったらこんなところにいないで、早くその会社に向かった方がいいんじゃないか?」

「だからよ……俺たちがすぐに向かわなかったおかげで、お前はこうして呼吸をして俺に対して反論出来てるってことを忘れるなよ?」

「だから助けたのはライリアだ」

「ペース乱してきやがるなこいつ……。とにかく、向かう前にこの街の生存者を救う方が先だと思った結果だ。たいていの住民は避難してるかゾンビになっちまったかのどっちかだが、取り残されて今もゾンビと戦ってる奴がいると思ったからな。でもそれも今日で終わりだ、明日の昼頃にはこの街から出ていく」

「なぜ明日?」

「明日で街の全ての区域の捜索は終わる。そうすればこの街での役目は終わるからな」

「俺はどうなる?」

「その辺に捨ててもいいんだけども、俺たちは優しいからな。隣町の避難所まで届けてやるよ」

「……そうか」

「ありがとうございます、って言え」

「……ありがとうございます」

「お前、どういう教育受けてきたんだよ……」


 ミチルが俺との会話で疲れ果てたのか椅子に深くもたれかかって、被っていたハットを顔から被って動かなくなってしまった。

 確かに俺はライリアが盾になってくれたおかげで助かった。

 でも。

 ライリアは傷ついたことには変わりない、致命傷にならないだけで。その事に何か引っかかっていてモヤモヤが取れなかった。

 思わず『彼女』を見る。

 ちょうどのタイミングで彼女はすっと立ち上がってテントの外へ出ようとしていた。


「ライリアちゃん、どこ行くのー?」


 ミレイがその様子に気付いて話しかける。


「ソウラ様とお話してきます」

「そっか……」


 そのまま彼女は外へ出て行った。

 ミチルとの話は終わったみたいだし、手持ち無沙汰になったので端末を取り出して弄る。不定期に顔を上げてテントの中をぐるっと目的も無く眺める。

 ミレイは何かクーラーボックスを開けて色々確認している。

 ゴウはそのクーラーボックスから缶詰を取り出して速攻で開けては中身を頬張っている。

 ミチルはさっきと体勢が変わっていないので、そのまま眠ってしまったと考えて良い。

 ライリアは……確か、ソウラの元へと行った。

 ソウラ。


「ソウラ、って誰だ」

「……」


 ミレイの表情が固まったのを俺は見逃さなかった。ゴウも一旦箸を止めて怖い面持ちでこちらを見る。

 今のライリアの言葉もそうだが、決定的なのは先ほどの彼女の言葉。


『初めまして、ライリアと申します。ソウラ様の元に仕えてさせていただいてます』


 ソウラ様の元に仕えている。この言葉の意味が気になった。ライリアというヒューマノイド……少女を知るために必要な情報だった。


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