第4話 ミッドポイント:魔術使い(マジッカー)

「魔術使い(マジッカー)か」


 陽と陰。生気(オド)と魔素(マナ)。活人と殺人。

 俺の出は、斉藤一門暗殺者養成施設。そんな俺達の性質の多くは陰であり、生気(オド)であり、殺人である。

 対して、魔術使い(マジッカー)は生気(オド)ではなく、魔素(マナ)を使う。

 生気(オド)と魔素(マナ)。

 前者は、誰が吸収しても有害ではなく、活力となる構成物質。

 後者は通常、誰が吸収しても有害であり、服毒し続ければ死に至る構成物質。

 俺達も十分に外法のモノだが、こいつらに比べればまだマシと言ったところだ。

 普通に生きていれば、魔素(マナ)に触れる機会なんてありはしないのだから。

 勿論、俺もその一人だ。魔素(マナ)に干渉する力はない。したらしたで大変なことになる。

 簡潔に言えば、命を落とす。

     

「厄介だな」


 本当に、正夢だ。

 また始まる。

 悪夢が始まる。

 斉藤桂一という名の存在に悪夢が始まる。

 殺し合いが――始まる。

 スイッチがもう一段階深く入ったそのときだった。

 瞬間。敵の殺気が膨れ上がった。

 ……似ているが、どことなく違う。

 さっきの鋭さは影を潜め、凡庸な気だった。

 まるで別人……だが。

 ――こいつか。

 だが、問題は俺の方にあった。

 敵を認識したとき、相手は既に自分の近くにいる。

 やられた。こんなんじゃ何時死んでもおかしくない。俺の第六感という奴は相当鈍っているらしい。


「加子ちゃんの薬使ったときは案外いけてるって思ってたのによ」


 殺気に振り返り、敵の姿を視認する。

 燕尾服を着た長身痩躯の男だった。ガスマスクを付けているため、顔は確認できない。だが、目とその周辺の情報を頭に叩き込むことは出来た。視点を動かす。格好に疑問は持たない。こんなときに暗殺授業が役に立つとは。基本中の基本だ。相手が何をやってくるかは検討が付く。手を見た瞬間、俺の考えが当たったことを証明した。それはしわだった。なるほどご老体か。俺は短く息を吸い、


「お命頂戴しますぞ」


 ナイフを突き出す老人。


「…………」

 

 ――甘い。本当にあの殺気を放った人物か、同一性を疑ってしまう。

 そんな単調な攻撃で俺を殺せると思っているのか?

 白銀が迫ったそのとき、俺は行動を起こした。


「やるかよ」


 死体の首に足を引っ掛け、勢いよく振り上げた。


「な」

「ばーか」


 俺の手に掴まれた首。盾となって俺と燕尾服の御老体の前に立ちふさがり、攻撃を塞いだ。


「――」


 刹那。短くキュインと鳴った。さっきは生気(オド)と力業の割合のバランスが悪く、ちょっと無茶したが――所謂、瞬間的な火力に頼った、火事場の馬鹿力という奴だ――今は違う。神速とまでは化さないが、ここでは関係がない。

 ブンと鳴った。

 それは今、防御として突如現れた壁が鉄塊となって真横に振り払われた音。

 燕尾服の御老体に直撃した。

 だが、この御老体、殺気はショボイのに、只者ではないらしい。

 刹那刹那の攻防にはまりはしたものの、自ら地を蹴ってダメージを軽減しようとする努力はやってのけた。

 腕をクロスアームに横腹を庇うように飛んだが、しかし衝撃にはさらされ、吹き飛ばされ、森の中をゴロゴロと転がっていった。

 俺はそれを見送った後、一人ごちた。


「おかしいよな」


 お前は何者だ?

 思いながら、俺は死体を床に落とし、踏みつぶした。

 グシャっと肉が弾ける音。


「やはり人形か」


 ではなく、機械が砕ける音。

 芯に熱が感じられなかった。

 鋭敏化された地肌で触って、初めて気付く、無機質で機械的なモノだった。

 死体は死体でも、こいつは偽物だ。外見だけ立派で、中身がまるで伴っていない。

 玩具ならリモコンで操作なんだが、こいつは発信器(伝聞だが、魔素によって生み出された低級の魔具だろうと思われる)を付けて遠隔操作するタイプの奴か。

 敵は改めて、魔術使い(マジッカー)であると確信を深める。

 そう考えると、コレ自体に何か目的があったのだろう。

 ……てんで分からない。

 とりあえず、俺の習った方の言い方をすれば、こいつらは、


「使い魔(ドール)か」


 人形製作を生業とした一族がいると聞いたことがある。

 俺はその精巧につくられた人形を細かく観察し、小さく彫られた名前を発見した。

 胸元にこう書いてあった。

 no.10139。


「…………」


 おかしい。こいつを作った奴に心当たりがある。

 表の顔は人形師。依頼されたら作るだけの今では珍しい職業人だ。

 だが、裏の顔はそこに命を吹き込む魔術使い(マジッカー)。

 買い取ったと考えることが自然。だが――


「これだけのために大金はたいてかよ」


 パートさんがこれ以上稼いだら、損になっちゃう! って辺りが相場だったはず。

 100万円だぞ。

 考えにくい。


「だったら、この人形は」


 一体何なんだと可能性を考えようとしたそのときだった。

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